商社に求められるCSRとは

新日本有限責任監査法人
公認会計士
大久保 和孝

1. CSRとは何か?


CSRを一言でいうとするならば、「相手(社会)の立場(目線)にたった、誠意ある仕事ができるか」ということに尽きる。相手のニーズを敏感に感じ取り、相手の求めに対して、これまでの経験を活かし、自分たちとして何ができるのかについて、既成概念に捉われずに新しい発想(視点)を持って取り組むことが、CSR活動の本質である。
このような当たり前のことが、なぜ、あらためて「CSR」として議論をされているのか。その理由は、ニーズをくみ取るべき相手が変わったことと、ニーズ自体が多様化・複雑化していることにある。
社会の価値観が大きく変化し、企業もこれまでにないリスクに直面するようになった。マスメディアの影響力の増大の他、インターネットの普及などさまざまな要因により市民の力が急激に強まったことも、企業が直面するリスクに大きな変化が起き始めた要因となっている。中でも、レピュテーションリスクが企業に与える影響が大きくなり、些細なことでも時には企業経営に重大な影響を及ぼしかねない事態に発展することがある。また、日本企業のグローバル化が生産市場から販売市場へと変化したことも、直面するリスクを大きく変えている。
そこでは、単にルールを守ればいいという単純なことではなく、社会の価値観に照らして自身の行動を常に見直していくことが求められている。特に、社会の価値観の多様化・複雑化は、これまで黙認されていたことを表面化・顕在化させたり、想定もしていないような問題を引き起こす。また、単純な解決策や唯一の解決策がないような複雑な問題にも直面する。もはや、教科書的に画一的な対応をするのではなく、さまざまな相手と「対話と議論」を通じた落としどころを模索していくことが不可欠となっている。
このように、変化する社会からの期待や要請に対して、柔軟かつ的確に応え、社会と共生しながら持続的成長を実践していくことがCSR経営である。


2. 人材育成こそがCSR経営


CSR経営を推進するに当たって最も大切なことは、「誰」のニーズをくみ取るか的確に捉えることだ。直接的な顧客だけでなく、(地元)政府をはじめ、社会運動や地域貢献をしているNPO・NGO、広く一般的な消費者、マスメディアなどあらゆる関係者への気配りと、それらの関係者が望んでいる「真」のニーズを捉えることが求められる。特に、ニーズは常に変化していることに留意が必要だ。変化するニーズを的確に捉え、柔軟かつ迅速に対応できる体制を構築することがCSR経営の成否のカギを握る。そして、変化が激しくあらかじめ想定ができない事象や価値観の相違故に単純に白黒の判断が付きにくい事象、唯一絶対的な解決策がないような課題に対しては、時には、既成概念にとらわれない大胆かつ新たな着眼点に基づく解決策が必要となり、イノベーティブな発想力と「対話と議論」を通した解決力が求められる。すなわち、CSR経営の実践に当たっては、社会の環境変化を敏感に感じ取るセンシティビティと、それらの環境変化の中から課題を見いだし、対話と議論を通して解決策を見いだすことのできる、リベラルアーツ思考(自ら考え教え学ぶ力)に裏打ちされた人間力を持った人材なくして取り組むことはできない。すでに欧州では、CSRを人材育成の一環として位置付けている企業もある。


3. 経営理念の実践がCSR


他方で、社会の価値観が大きく変化する時代だからこそ、揺るぎない理念・信念を持つことが重要となる。ブレることのない確固たる理念・信念を持ちつつ、変化する社会の環境に適応してこそ初めて持続的な成長を実現できる。特に、商社は活動範囲も広く、対応すべき社会問題も切りがない。無論、社会にとって重要な問題に取り組むことが前提であるものの、対応をすべき問題が複数あるときに、全ての問題へ対応することは物理的にも限界がある。対応すべき問題を抽出する際には、自社の経営理念やCSR方針に照らして実施の可否を判断することで、ブレることのない一貫した取り組みを可能にし、それを積み上げていくことで、企業ブランドを構築し、企業価値を高める。
言い換えると、CSRを推進していくということは経営理念の実践でもある。経営理念に書かれていることを、リアリティを持って体験・経験することを通して、社員の自社への帰属意識を高揚させ、モチベーションを高めることとなり、 結果として、CSR活動を持続的かつ効果的な取り組みとする。そして、全ての社員が、経営理念に基づく同じ価値観で行動をしていくことで企業ブランドを構築し、それが社会からの信頼へと繋がることで、企業価値の向上に寄与する。揺るぎない経営理念の浸透を徹底させることが、CSR経営を推進させていく前提となる。


4. グローバル市場の競争制限としてのCSR


EUや中国をはじめとした一部の国では、CSRを国家戦略として取り組み始めている。しかし、実態面から見ると、市場競争を制限させる要因となっていることも事実だ。非財務情報の開示規制をはじめ、CSRへの取り組みを評価して税制優遇にひも付けているケースなどいろいろな形でCSRの取り組みを促しているが、社会の価値が一様ではないからこそ、各国の思惑や政治的思想に基づく恣意性が入りかねない危険な側面も併せ持っている。それ故に、CSRという名の下に、競争制限的な側面があることを認識する必要がある。これらのリスクへ対応するためには、各国がCSRを国家戦略として導入する背景や狙いを、しっかり捉えておくことで、本音と建前に翻弄されずに、冷静に判断できるようにしておくことだ。
また、海外で事業活動する際には、NGO(海外での呼称)の動向についても注視が必要だ。建前は、自発的に社会問題を解決する市民団体としながらも、政府が強い力を持っている場合や、発言力の強いNGOが一定の価値観を持って特定の企業の経済活動を直接妨げるケースが生じるなど、企業活動の大きなリスク要因ともなっている。
経済がグローバル化する中で、多様な社会の価値観に直面するが故に、CSRへの取り組みをめぐり、各国や関係者の思惑が交錯し、時には企業の重大なリスクにもなりかねない。そして、CSRが、時には、新しい形での企業の競争制限をもたらす側面があることも認識しておくことだ。


5. NPO等とのリレーションシップの在り方とイノベーション


NPO等の考え方や行動には、企業の考え方と相いれないことがある。その一方で、NPO等は、企業にはないイノベーション的な新たな発想を持っていることが多い。同じ物事でも、視点を変えるだけで新しい発想が生まれることがある。事業活動をNPO等の視点から見つめ直すことで、新しいニーズや発想が生まれ、イノベーションを起こすことが期待できる。特に、社会問題解決のように、従来の発想では簡単に解決できないような問題で、かつ、社会視点での解決策が要求されるときには、NPO等の視点は重要だ。そして、新しい発想・視点に基づき社会問題解決をはかることで、結果として、潜在的な市場ニーズの掘り起こしにも繋がり、本業にもプラスの効果をもたらすこともある。最近着目されているのは、途上国における社会問題解決を目的にイノベーション的な発想に基づき考案・開発された製品が、結果として先進国でもヒットするという、リバースイノベーション現象である。
このように社会で問題となっていることを、これまで自社で培ってきたノウハウを活かして、新しい視点によるイノベーションにより解決していくことで、事業活動を通したCSR活動を実践するとともに会社全体での取り組みとし、企業価値の向上にも繋がっていく。すなわち、CSR活動とは、潜在的な社会ニー ズを掘り起こすべく積極的に社会問題解決に取り組むとともに、それらの問題解決をNPO等とのリレーションシップによりイノベーションを起こすきっかけとして位置付けることで企業価値の向上に繋げていくことだ。決して、NPO等からの一方的な要求を聞いたり、問題解決を任せっ放しにすることではない。両者が真摯に向き合い、簡単に答えを出すことのできない社会問題に対して、「対話と議論」を通してイノベーション的発想に基づき問題解決に当たっていくことだ。


6. ISO26000が企業にもたらす影響


本稿では、ISO26000についての詳細な説明は省くが、2010年11月にISO26000が制定された背景を理解しておくことも大切だ。ISO26000の制定は、米国の国力の低下とともに経済社会の中における法律が果たす役割が大きく変化し、世界全体がハードローからソフトローにシフトしていることを示している。特に、「国際行動規範の尊重」が採択されたことは、その意味合いが大きい。必ずしも各国の法規制には依拠しない社会的価値を捉えた「国際行動規範」を尊重した行動が求められるようになった。すなわち、法律のように守るべきものが明確に示されたものばかりではなく、常に、個々人が社会の価値を捉えた行動が求められている。そして、これまでのような法による規制だけではなく、社会の価値観に基づく自発的な行動が求められるようになったことで、企業が直面するリスクもより複雑化し、それに対応した人材育成が急務の課題となっている。


7. ステークホルダーダイアログの戦略的活用


CSR経営を実践していくためには、ステークホルダーダイアログを戦略的に活用する。より効果的にするためには、実施する目的を明確にして戦略的に取り組むことがポイントだ。ダイアログに参加する社員は、経営者、各部責任者、現場担当者など実施する目的に適した者を選抜し、それぞれに見合うダイアログの相手を選定した上で、タイミング、頻度などを決める。具体的な活用方法の例は、以下の通り。

⑴ 社員の意識啓発を目的とする場合
NPO等とのダイアログを通じて、社会視点で自社の事業を見つめ直すきっかけとして、社員の意識啓発につなげる。普段接することがないNPO等とのダイアログにより、社会視点での考え方を身に付ける。この場合は、広く社員の中から選定し、不定期に実施する。いわば研修のような位置付けとして捉える。

⑵ 社会視点での商品開発を目的とする場合
社会問題の解決を目的とした商品開発を実施する際に、NPO等との「対話と議論」を通じて、新たな商品開発に役立てようとするもの。自社のノウハウを、NPO等の視点から見つめ直していくことで、社会のニーズに応えていく商品開発に活かしていくことを目的とするもの。この場合は、しっかりした考え方を持ったNPO等とじっくりと時間をかけた「対話と議論」が必要となる。商品開発部門の担当者とNPO等とのある程度の頻度の定期的な会合を設定する。

⑶潜在的なNPO等のリスク対応を目的とする場合
自社の事業領域に批判的なNPO等と適切なリレーションシップを構築していくためには、NPO等への対応の専門部署が当たらなければならない。そこでは、NPO等との良好な関係構築が目的であり、単なる批判の聞き入れではなく、直面する社会問題(難題)に対してどのように解決を図るべきかを議論と対話を通じて共に考えていくことだ。この場合、広報部や人事部等CSR業務に関連のある主要な各管理部門の責任者が参画し、年に2-3 回実施し、当該NPO等との適切な関係構築を目指す。


8. 商社に求められるCSR


商社は、一般的には、事業領域が広く、かつ、取引先を通して社会と接することが多い。しかし、経済のグローバル化と社会の急激な環境変化の中では、むしろ、商社が、率先して社会問題と向き合い、取引先の取り組みを先導していく役割が期待される。トレーサビリティへの関心の高まり、アジアをはじめとした新興国への進出など、取引先企業が急激な環境変化にさらされる中、マクロ視点で見られるポジションにあるからこそ、商社がイニシアチブを取りながら、「社会問題解決」という新しい視点から事業領域の見直しを促すことで、取引先企業にイノベーションをもたらし、当該企業の成長を側面から支援することで、結果として商社自身の企業価値の向上に寄与することが期待される。

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