ロシア経済の現状と課題

ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所
代表取締役
隈部 兼作

2000年のプーチン大統領就任以降、石油価格および同生産量が好調に推移(価格は1999年17ドル、2007年69ドル、生産量は3.2億 t から4.9億 t )したことにより、2000年から2007年までのロシアの実質GDP成長率(以下「GDP 成長率」)は年平均7.2%を達成した。その間、財政収支も黒字を維持し、外貨準備額も世界第3位、格付けもトリプルCからトリプルBに上昇。外国からの投融資も急増、株価も高騰したが、その一方でバブル状態と懸念され始めていた。なお、石油・ガス関連の税収入は連邦予算歳入の5割以上、輸出額の6割以上を占めている。
メドヴェージェフ大統領が就任した2008年には、投機資金の流入により石油価格は一時138ドルまで急騰したが、リーマン・ショックの影響を受け、同価格は35ドルまでに暴落、株価も急落し膨大な資金が海外流出した。大型の財政金融支援がなされたが、2009年のGDP成長率は一挙に▲7.8%にまで急落、財政収支も対GDP比で前年の4.1%から▲5.9%に低下した。しかし、ロシア政府は、緊急時用に積み立てていた外貨準備金等を取り崩し、ロシアの大手銀行等の対外債務返済に充て、対外的な信用を落とすことを防いだ。2010年には、世界景気が回復し始め、石油価格も上昇し(2009年61ドル、2010年78ドル)、GDPは4.3%増とV字型の回復を見せた。


2011年の経済実績


米国債格付け引き下げによる世界同時株安やギリシャから欧州全体への経済危機の拡大の懸念、そしてロシア下院選挙不正追及大規模集会の拡大等、これらの影響を受け、2010年9月より見られた純民間資本流出は止まらず、年間約850億ドル規模となった。こうした中、国際金融機関は軒並みGDP成長率予測を下方修正していた。しかし、1月発表のロシア国家統計局速報値は、内需拡大により4.3%となり、2011年9月のロシア政府予測4.1%を上回った。「中東の春」やイラン情勢から、石油価格が前年比40%増の109ドル(年平均石油価格)に上昇したことが、経済成長を支えた。名目GDP1.8兆ドル、1人当たりGDP1万3,000ドル、貿易収支1,980億ドルは過去最大規模であった。2009年から2年続いた財政赤字も黒字(対GDP比0.8%)に転換した。
鉱工業生産は4.7%(2010年8.2%)と鈍化したが、農業分野と小売り取引は好調で経済成長に貢献した。2010年の異常気象により▲10%に落ち込んだ農業生産は、2011年16%伸び、同分野だけでGDP成長率を0.5ポイント上昇させたと推測されている。また、小売り取引は、インフレ率が過去最低であったことや、リテールローンの増加(36%増)により、前年を上回る7.2%の伸びを記録。投資も建設が回復傾向となり、2010年の6.0%を上回る6.2%となった。


2012年の経済見通し


2012年は、ロシアとの貿易の約半分を占める欧州経済がマイナス成長と見込まれていることや、ロシアの最大貿易国である中国の経済が減速し始めていることから、2-4%の範囲と2011年より低めのGDP成長率を予測している機関が多い。その一方、イラン情勢等により石油価格が上昇しているので、2011年を上回る、または同程度の経済成長は可能との見方もある。
ロシアの国外からの借入(融資・債権投資)に占める欧州の銀行の割合は80%程度とみられており、欧州の銀行の資産圧縮の影響を受け、2011 年後半から借り換え等に影響が出始めている。2012年も元利合計1,000億ドルの対外債務返済が予定されており、欧州危機が深刻化すると、ロシア企業の海外からの資金調達が一層厳しくなり、投資等に悪影響を及ぼす恐れがある。ただし、ロシアは約5,000億ドルの外貨準備を保有しており、対外債務返済に支障を来すことはないとみられる。


経済の課題


ロシア経済は、投機対象商品である石油に過度に依存しているため、石油価格に揺さぶられる脆い体質を抱えている。その危うさはリーマン・ショックで明らかになった通りで、持続的な経済発展をするには、石油頼みの経済から脱し、経済構造の多角化をしなければならない。
このことは、ロシア政府もよく分かっており、汚職との戦い等、ビジネス・投資環境の改善を何度もアピールしたり、国営企業を再興したり、海外から最新技術を導入しようとしている。しかし、まだまだ十分な成果を挙げるには至っていない。この他にも、地域間格差・所得格差、中小企業の育成、インフラ整備等の課題もある。さらに近年、財政問題も浮上している。2011年の財政収支均衡石油価格は、2007年の37ドルから102ドルと急上昇している。これは、近年の年金の大幅引き上げに伴い、財政から年金基金への補填(ほてん)額が急増しているためで、このままでは石油価格が100ドル以上でないと、財政黒字を生み出せなくなるのではないかと懸念されている。
また大きな問題として、最近ロシアの石油・ガスの生産・輸出が、これまでのように増大できないのではないかと指摘され始めている。
現在、ロシアは石油とガスの生産・輸出大国だが、既にこれらの生産量は伸び悩んでいる。ロシア政府も2020年までの石油生産量は横ばいと予測している。東シベリアでの新規開発が順調になされない場合は、現在の生産レベルを維持できなくなる恐れもある。また今後、開発が計画されているガス田の生産環境は厳しく、他のガス生産国に比べ、生産コストは高く、価格競争力は劣るとみられている。その一方、現在、インドネシアや豪州などで開発されている多数のプロジェクトが、2014年以降完成し、輸出が始まる予定である。また、米国等からシェールガスの輸出も見込まれている。より効率の高い省エネルギー技術等が開発される可能性もある。今後5-10年以内に、世界のエネルギー地図は書き換わる可能性が出てきており、これまでのように石油等に過度に依存できる環境ではなくなるとみられる。
かかる状況下、2012年に誕生する新大統領には、ロシアがWTOに加盟することもあり、待ったなしで真剣に上記課題に取り組み、解決へ導くことを期待したい。これは日本にとっても、対岸の火事ではないことを付記する。

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