兼松中国総代表に聞く

兼松株式会社 常務執行役員
中国総代表
稲葉 啓一

兼松は、1990年代後半の厳しい経済環境の中、一度は中国事業を縮小したものの、その後の中国経済の目覚ましい成長を背景に、2008年に統括拠点、兼松(中国)を設置し新たな中国ビジネスをスタートさせた。兼松(中国)では、食品・食糧、機械・プラント等を中心に中国事業の拡大を進める一方、社内体制の基盤強化にも注力しており、中国語の社内公用語化も着実に進めつつある。兼松(中国)の設立以来、トップとして現地法人の指揮を執られてきた稲葉中国総代表に中国ビジネスの現状と今後の事業展開、経営課題、日中関係に対する思いなどについてお話を伺った。


1. 現地法人の現況について


この数年の中国経済の目覚ましい発展に対峙(たいじ)し、中国商取引の拡大、新規ビジネスの開拓を図るため、2008年に現地法人の兼松(上海)有限公司を資本増強して、兼松(中国)有限公司(以下、兼松中国)へと衣替えし、当時北京、天津、大連に設置していた駐在員事務所を傘下の支店にして、中国全体の業務を統括する機能を持たせた。
各拠点の陣容は、大連が本社採用1名、ナショナルスタッフ(以下、NS)6名、天津が邦人1名、 NS4名、北京が邦人1名、NS7名、上海・兼松中国が邦人11名、NS40名である。兼松中国では、他支店をサポートし事業を拡大させるため、ここ2年ほどで駐在員を4名増員している。
兼松中国は、本社が出資する中国グループ企業・独資企業の管理も担っており、これらは当社が主力とする事業分野において幅広く展開している。PCバッテリーモジュールの開発・製造を行う上海の兼興電子、飲茶・点心製造の大連天天利食品、加工野菜・加工フルーツ製造の山東省魯豊食品、非鉄金属加工の大連保税区兼松工貿などがある。また、上海の兼松通訊商貿は、中国で初めて携帯電話の小売ライセンスを取得した外資企業である。


2. 主力の取扱商品と最近の動き


HACCP やISO9001等の認定を受け国際規格に対応した工場設備や管理を有する加工野菜・加工フルーツ工場

当社は、鉄鋼、IT、食品・食糧、機械・プラント、環境・素材等の分野を主力としているが、特に食品関係はここ2年で大きく拡大している。中国に進出してきている日系ベーカリー向け小麦粉等の出荷が好調であり、また品質要求等の厳しい日系豆腐メーカー向けに大豆や日系コンビニ向けに調理品を供給している他、日本向け大豆・米・飼料等の取り扱いも順調に拡大している。一方、中国では、冷凍車、冷蔵車のライセンスの取得制限や交通規制の問題が多く、日系企業の非常に厳しい品質管理や納期への要求に応えるために、現地パートナー企業のノウハウを借りながら対応を図っている。
また、市民の所得増加を背景に、ペット市場の成長が目覚ましく、毎年10%以上の伸びであり、ペットフード、ペット用品の販売が拡大している。これまで中国で生産し日本向けに販売していたものを、中国国内にも販売している。
鉄鋼関連では、インド鉄鉱石の中国への販売や、中国で製造の難しい日本製自動車部品用の特殊鋼材取引が順調である。その他、プラント関係では温暖化廃ガス焼却設備を成約し、リチウム電池製造設備を拡販中である。さらに、船への衝撃波を研究する回流水槽(海洋工学試験設備)の販売も行っている。これらは、中国の第12次5ヵ年計画の戦略的新興産業として盛り込まれた、省エネ・環境保護やハイエンド設備製造等のニーズを着実に捉えようとするものである。


3. 中国のビジネス環境に対する認識、取り組み


世界の工場から世界の市場へのシフトは、高コスト体質へと変化しつつある中では当然の流れと認識している。工場の人件費が相当上がってきており、作業の自動化による人員削減や、内陸への生産拠点の移動も検討している。ただし、中国市場は競合も厳しく、さらに政治、政策による影響を大きく受けかねないリスクがあるため、慎重に推進する必要があると感じている。
また、食の安全の問題が深刻であり、今後の中国人の健康が非常に気掛かりである。日本の安全な食品を中国人に提供したいとの思いを持つ中国人経営者もおり、そのような経営者と共同で事業を立ち上げていきたいと考えている。
なお、近年のチャイナプラスワンの議論にもあるように、アジア市場が日本にとってますます重要視されていることを受け、本社ではアジア戦略チームを発足させ、中国から東南アジアへ向けた展開について検討中である。


4. 経営課題


当社は、2008年の兼松中国の設立以来、収益力拡大を目指しアクセルを踏み続けてきた。しかし、2011年下半期からは、いったん徐行運転に切り替え、社内管理上の問題点を洗い出し、効率性・健全性を一段と高め、足場を固め、強い経営基盤の体制づくりに努めている。また、 2012年下期あるいは2013年以降の景気回復に向けての準備も進めており、駐在員の数も増やしている。
かねてより課題としていた兼松中国での部長級会議における公用語であるが、2012年1月から全て中国語で実施している。少し遅かった感もあるが、現在では、新規派遣者には駐在前に中国語を習得することを課している。これにより業務遂行もさることながら、内部統制の観点からも有益であると考えている。また、ナショナルスタッフ育成の観点から、幹部候補社員を本社での研修を通じて育成する制度策定について検討中である。今後、同様の取り組みを中国のみならず東南アジアでも、システムとして展開できるよう本社と協議を進めているところである。一方、ナショナルスタッフの管理の面で、中国国内拠点間の異動に難しさを感じている。キャリアアップや期限などの問題も絡めて、拠点間異動をしやすい環境を整えていく必要がある。
最も対応に苦慮しているのは、2008年1月に施行された「労働契約法」である。これは、これまで不当な扱いを受けてきた労働者の保護のために制定されたものであるが、労働者保護への偏りがあり、公平性に欠ける感が否めない。
労働争議に至った場合、企業が勝つケースは少ないと聞いており、企業にとっては労務管理が一層難しくなっている。当社では人事制度・就業規則の見直しとともに、駐在員の派遣前研修にも労務管理の項目を加えるよう検討中である。
労務管理においては、日本企業である以上、基本的には日本のルールにのっとった経営を行うべきではあるが、現地の商習慣、風習を考慮し、ナショナルスタッフが納得して働きやすい体制を整えることも必要である。従い、人事制度・就業規則の見直しにおいても中国人幹部を中心に検討させたいと考えている。


5. 総代表の抱負、日中関係の深化に向けて


中国は政治の影響力が強いこともあり、日中関係への貢献という観点から考えると、一企業としてできることには限りがある。しかしながら、少なくとも中国の生活環境の改善に貢献したいと強く感じている。空気・水の汚染、前述の食の安全性等、改善するべき点が多々あり、環境改善のための技術・設備導入、安心して食べられる食品の提供等を行っていきたいと考えている。
さまざまなレベルでの日中友好があるが、われわれは商業レベルにおいて、どのような貢献ができるかということを常に考えていきたい。

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