政権交代を控える中国経済の行方

株式会社富士通総研
経済研究所 主席研究員
柯 隆

2012年、中国は10年ぶりに政権交代を控えている。10月に第18回共産党代表大会が開かれ、そこで次期政権の顔ぶれが判明する。中国の政治体制は共産党一党独裁のものであるが、どのような弊害があるのだろうか。まず、国民の監督を認めない一党独裁の権力は腐敗し、国民の不満と怒りが日々増幅していることである。そして、政権交代に当たり、新しい指導者の選出は民主主義の選挙によるものではなく、党内有力者による指名によって選ばれるため、新しい指導者は自らの正当性を主張できない。その結果、指導者のリーダーシップは徐々に弱体化するものと思われる。
振り返れば、32年前に、鄧小平は「改革・開放」を宣言したが、政治改革が先送りされた。今となって、共産党指導部において民主主義の政治改革はタブーとなっている。しかし、民主主義の政治改革を行わなければ、中表 中国指導者の世代交代国社会の発展と安定は持続不可能である。そもそも市場経済は個々のマーケットプレーヤーの自由を前提としている。すなわち、民主主義の政治改革は単なる共産党幹部の選出方法の変更だけでなく、同時に、共産党幹部が国民によって監督され、腐敗を最小限に抑えることにもつながる。


1. 政権交代と政治改革の行方


実は、中国共産党においても、民主主義の理念が明確に否定されたわけではない。温家宝首相は近年民主主義が人類の普遍的な価値であるとして中国にも導入すべきとの発言を繰り返している。一方、全人代委員長(国会議長に相当)の呉邦国氏は、中国は西側諸国の民主主義体制を導入しないと強調する。問題は、現行の政治制度において指導者の選出が明確にルール化されていないことにある。
例えば、次期国家主席に就任するといわれる習近平はおそらく彼自身が国家主席としての自分の正当性を主張できないはずである。現状では、新しい指導者は引退する指導者によって指名され、共産党中央委員会常務委員会によって承認を得て確定する手続きになっている。しかし、常務委員会の承認過程は極めて不透明である。
民主主義の基本は国民のコンセンサス、すなわち、最大公約数によって指導者の選出などがなされることである。引退する長老が新しい指導者を指名し決定するプロセスは封建社会の家父長制度の延長である。これは同族の世襲ではないが、形を変えた「準世襲」である。こうした指導者の決め方はその人の能力よりも、長老に対する忠誠心が重要な決め手となる。すなわち、国民のために働くのではなく、長老のために働くようになっていくということである。
こうして選出される指導者は代が重なるたびに、そのカリスマ性が次第に低下するものと思われる。その結果、新しい指導部は改革を推進する力が弱まり、国民から信頼されなくなる可能性が高い。政権を担当する政党への求心力が低下することは一党独裁の政治が持続不可能の証左である。このようなコンテキストで今回の政権交代を考察すれば、その問題点は一目瞭然である。



2. 持続不可能な成長偏重な経済運営


そもそも共産党政権が樹立してからの60余年を振り返れば、前半の毛沢東時代は反右派闘争や文化大革命などの政治運動が繰り返され、国民の生活が改善されるどころか、数千万人餓死してしまった。毛沢東時代に対する反省と総括がきちんとなされないまま、鄧小平は「改革・開放」を推進した。
イデオロギーの論争を棚上げにして、成長のみ追求するというのは鄧小平の理念である。これまでの30余年の「改革・開放」はいわば成長偏重な路線だった。確かに、30余年にわたり、年平均10%近くの成長が実現されたが、同時に、所得格差が拡大し、生態環境が犠牲にされてしまった。これは成長偏重な「改革・開放」の負の遺産である。
中国は歴史の古い国だが、市場経済を構築する歴史はまだ浅く、まさに古くて若い経済といえる。中国経済の中身を見ると、家計の貯蓄率(貯蓄÷GDP)は30%に達し、民間消費の潜在需要が旺盛であり、インフラなど社会資本の整備も必要である。従って、中国経済の潜在成長率は依然高いレベルにあるとみられ、世界銀行の研究チームの試算では、9%前後といわれている。
問題は政府が改革よりも成長を重視する姿勢にある。改革が遅れ、経済成長のみ追い求める政府の姿勢こそ資源効率の低下をもたらし、環境負荷を増やしている。また、経済成長偏重な路線はパイの拡大にこそ成功しているが、そのパイを国民の間で公正にシェアするメカニズムがいまだに用意されていない。現状では、国民所得の分配は共産党政権を軸にして行われ、権力に近い者ほど所得分配に有利である。
中国の社会構造は共産党中枢を中心とする同心円に沿って国民所得が分配され資源が配置されている。しかし、権力と縁のない国民の大多数は所得分配において不利である。また、国有企業に比べ、政府との距離の遠い民営企業は資源配置において同様に不利である。結果的に、権力の中枢に最も近い一握りの有力者は既得権益グループとなり、改革に抵抗している。こうした既得権益グループが自らの利権を固定化すればするほど改革が行われにくくなる。

3. 転換期にある中国社会と中国経済の行方

30余年間続いた「改革・開放」政策は今回の信用危機で見直されることとなった。「改革・開放」の発展モデルは、中国国内の廉価な労働力と外国資本とのハイブリッドにより経済成長をけん引することである。しかし、①人件費の上昇、②人民元の切り上げと③信用危機による外需の停滞を原因に、従来の廉価な製品の輸出を中心とする「外向型発展モデル」は行き詰まるようになった。ここで産業構造の転換が模索される必要がある。
そもそも産業構造の転換や産業構造の高度化とは何を意味するものなのだろうか。簡単にいえば、低付加価値産業の比重を下げて、高付加価値産業の比重を上げることである。具体的に、農業のGDP寄与度を引き下げ、製造業およびサービス産業のGDP寄与度を引き上げることが産業構造高度化と一般的にみられている。
「改革・開放」以降の20余年間、沿海部の労働者の賃金は低く抑えられていた。労働者の多くは内陸農村部の出稼ぎ労働者だった。農民は農業に比べ、沿海部の工場で出稼ぎする場合、現金収入が得られるため、賃金が抑えられても、その労働条件を受け入れた。
しかし、「改革・開放」からすでに30余年経過し、出稼ぎ労働者の2世が中心になっており、現金収入だけでは、満足せず、賃上げを求めるようになった。近年、沿海部において日系企業など外資系企業でストライキが多発する背景にはこうしたことがある。
そして、産業構造の高度化を促すもう一つの要因は人民元の切り上げである。長い間、中国政府は輸出を促進するために、人民元を米ドルにペッグしていた。その結果、国際貿易の黒字は年々拡大し、欧米諸国から人民元の切り上げを求める圧力が急速に強まった。 2005年、欧米諸国の圧力により中国政府は人民元を切り上げた。2012年6月現在、累計で約25%切り上がった。
人件費の上昇と人民元の切り上げにより輸出製造業のコストが上がり、このままでは、輸出製造企業は価格競争力が低下することは避けられない。中国経済にとり、外需は引き続き重要なエンジンであり、何としても輸出競争力を強化しなければならない。そこで、価格競争力の低下を補うために、技術力を強化し、輸出製造業の技術レベルを全般的にボトムアップしなければならない。
朱鎔基前首相の下で、内需振興を中心とする新たな成長モデルの構築が呼び掛けられたが、いまだに実現されていない。こうした中で新成長戦略の模索について、最近、新たな動きが見られている。1つは、「改革・開放」のフロンティアだった広東省では、「幸福広東」を新たな開発のコンセプトとして打ち出した。それに対して、GDPでは、全国1位になった江蘇省は近代化の実現を目指すことを宣言している。
振り返れば、「改革・開放」当初、広東省を中心とする「華南モデル」と江蘇省南部を中心とする「蘇南模式」(蘇南モデル)は成功例だった。実際の市場経済の構築は1990 年代初期上海から始まったものだったが、新成長戦略はいわば、「改革・開放」の原点に立ち返り、再スタートを切る形となる。ここで、新成長戦略の構築において誰が主導権を取れるかは重要なファクターになっているようだ。
最後に、強調しておきたいことは、権力争いの行方はともかく、新成長戦略が成功するかどうかの決め手は戦略の中身である。これまでの10年間、改革が大幅に後退したのは事実である。国民は安心した幸せな生活を熱望している。鄧小平の言葉では、「白猫だろうが、黒猫だろうが、ネズミの捕れる猫がいい猫である」といわれるように、国民の目線から見て、青年団だろうが、太子党だろうが、きちんと改革を進めて、幸せな生活を実現してくれる指導者こそいい指導者である。

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