長瀬産業が取り組む医薬・医療ビジネス

長瀬産業株式会社
ファインケミカル事業部 有機ファイン部統括
和久津 道夫

長瀬産業は、医薬品の合成プロセスを開発する研究開発センター(神戸)、原薬・中間体の生産を手掛けるナガセケムテックス(福知山)、注射液剤を中心とする無菌製剤を生産するナガセ医薬品(伊丹)を生産部門として、グループ内に技術・製品開発、生産、マーケティングのバリューチェーンを有している。さらに2009年に資本参加したインドの医薬中間体・原薬会社のZCL Chemicals社(グジャラート州)を加え、2011年よりNPG(Nagase Pharmaceutical Group)として一体的な運営を行っている。営業拠点としては、国内は東京、大阪、名古屋、海外はニューヨーク、デュッセルドルフ、ムンバイ、上海、シンガポールを主要な拠点として、国内外の製薬、検査薬、医療機器メーカーに対して、医薬品製剤・原薬・中間体・原料、検査機器・検査薬、医療材料の輸出入、国内販売を行っている。

現在、長瀬産業が最も注力している分野は、抗ガン剤の製造機能の強化である。ナガセ医薬品において、高度封じ込めレベルの達成、日米欧三極対応ライン、少量多品種対応をコンセプトとした最新の製造システムを導入した注射棟を2012年4月着工、2013年度初めの製造開始を予定している。同棟では、治験用、商業用の抗ガン剤バイアル注射液剤の受託製造を行う他、今後は現在開発中の自社ブランド抗ガン剤に加え、リポソーム製剤など付加価値の高い製品の開発を行っていく。

また、従来から自社技術の向上にも力を入れている。中でも京都大学丸岡啓二教授が開発し、長瀬産業が工業化した不斉相間移動触媒「丸岡触媒 ®」を活用した非天然型アミノ酸では、メチルプロリンやアリルグリシンを医薬品原薬、ビルディングブロックとして提供する他、約70品目の非天然型アミノ酸・ライブラリーの販売も行っており、国内外の製薬会社ではペプチド医薬などの創薬研究に利用されている。また最近では、丸岡触媒によるアミノ酸合成技術を活用し、分子イメージング、特にガンなどを精度よく画像診断するためのPET(Positron Emission Tomography)診断薬を理化学研究所(神戸)と共同で開発している。さらにペプチド分野では、生体親和性の高い医療材料の共同開発を行うなど、広い分野での応用展開を目指している。

2012年から長瀬産業のグループ会社となった林原(岡山)のトレハロースは、食品分野ではパンや菓子の品質保持のため広く使用されている機能性糖質であるが、医薬分野においても、そのポテンシャルは大きく、現在は主に抗体医薬などタンパク質の安定化剤として普及してきている。今後は長瀬産業の海外拠点から積極的なマーケティングを行い、市場への浸透を加速するとともに、ワクチンや抗体医薬などバイオ医薬の製造工程で使用される細胞の培地成分など、新しい用途の開発も進めていく。

その他にも核酸の安定化、人工塩基対の技術を有するタグシクスバイオサイエンス(横浜)やバイオ医薬、バイオシミラーを開発しているジーンテクノサイエンス(札幌)など、先端分野のベンチャーにも資本参加し、長瀬産業のバリューチェーンとの中長期的なシナジー創出を目指している。

長瀬産業は社訓に「誠実に正道を歩む」を掲げ、2012年に創業180年を迎える。医薬業界においては、ナガセ医薬品の前身である帝国化学産業の設立から70年を超えて医薬ビジネスに従事しており、また、1970年代から30年間ほど血液検査機器、微生物検査システムを病院などの医療機関向けに直接販売する事業も手掛けてきた(2006年に事業売却)。医薬・医療業界における「正道」とはヒトの命への貢献であり、人々の Quality of Life(QOL)の向上に貢献することが、われわれの「正道」=アイデンティティであるといえるであろう。

最後に長瀬産業がQOLへの貢献を経験することができた一例をご紹介させていただきたい。2003年検査薬大手の栄研化学㈱(東京都台東区)様と便潜血検査薬のASEAN展開を推進させていただいた当時、シンガポールのガン協会と共同で企画し、われわれがスポンサーとなって50歳以上のシンガポール国民1,500人を対象に便潜血スクリーニングを実施した。その陽性患者の中から6名の早期大腸ガン患者を見つけることができ、全員がその後医療機関で適切な治療を受け、現在も以前と変わりなく元気に社会生活を送られている。これをきっかけにシンガポールではほとんどの医療機関に便潜血検査薬を供給しており、さらに栄研化学様とは米国展開をご一緒することができた。米国においては、この10年の活動により、主要な病院・医療機関に数百台の検査機器を設置し、免疫便潜血検査による大腸ガン検診を定着させることができた。大手保険会社からはこの検診システムの導入により、効率的な大腸ガンの早期発見が可能となり、結果として大幅な医療費削減に寄与している旨の学術発表もされている。

自動車や電子産業のように日本企業が世界の第一線を走っている業界と異なり、日本の医薬・医療産業の競争力は欧米に比べ、大きく後れを取っている。医薬品の輸入超過額(輸入が輸出を上回った額)は2011年には1兆4,000億円と膨れ上がり、今後日本が直面する人口減少、高齢化などの社会問題とも相まって、この流れは一層強まる見通しである。このような環境においても、長瀬産業はグループ内のバリューチェーンを活用し、商社として、また製造メーカーとして、人々のQOLの向上に貢献できるよう、グローバルに医薬・医療事業を進めていく。

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