稲畑産業のタイにおける事業の現状と今後の展望

Inabata Thai Co., Ltd. Managing Director
中野 幸治

1.稲畑産業のタイにおける事業の位置付け

当社が 1976年東南アジアに戦後初めて進出した国はシンガポールですが、次いで1987年に現地法人化した国がタイです。当社のタイにおける事業は 2017年に 30年を迎えました。現在、従業員 105人(うち、日本人駐在員 16人)を抱える当社がタイで手掛ける事業は、商社機能として合成樹脂、化学品原料の卸仲介業の他、顧客ニーズに基づいた機能性樹脂コンパウンドの製造・販売が主軸となっています。

現在、当社はアジア+北米の 7ヵ国に 8工場を設け、年間約 20万 t生産していますが、タイは自動車、家電といった日系企業の一大製造拠点として知られ、当社もこうした日系企業向けを中心に、自動車、家電製品、OA機器等の原材料としての樹脂コンパウンドを販売しています。特に自動車向けは、タイで製造される自動車約 200万台に対する需要だけでなく、タイから海外向けに輸出される自動車関連部品に対する需要も含まれるため、市場はタイにとどまらず、グローバルに広がります。

2.タイのビジネス環境

⑴安定期のステージに入ったタイ経済

現在のタイは、1980年代の急成長のステージから安定期に移行しているといえます。タイでは洪水が発生することも多く、そのたびに経済活動に影響が表れますが、それでも国内総生産の成長率は3%強と安定し、東南アジア諸国の中でも重要なマーケットの一つです。2014年には建国以来 19度目となる軍事クーデターが発生し、タイの政治動向が注目されましたが、現在は軍部が政府を掌握しているため政治的にも安定しています。

私は以前中国に駐在したことがありますが、タイは日本人がビジネスをする上でとても「フレンドリーな環境」にあると思います。それは日本料理を味わえる店が多いということだけではなく、日本人駐在員が中心となって事業を展開できるという意味においても、中国とはビジネス環境が異なるという印象を持っています。この背景には、タイでは顧客の多くが日系企業であるため、日本人を相手にビジネスの交渉をすることが多く、日本人駐在員が直接顧客に対応しなければビジネスが進まないという事情があります。

余談になりますが、こうした日本人駐在員の多さから、タイにある日本人学校は、全世界の日本人学校の中で最大規模を誇り、現在は 3,000人近い児童・生徒が就学していると聞いています。

ただ、近年、日系企業向けの事業とともに、日系以外の企業に対する事業も拡大傾向にあるため、日本人駐在員を中心とする運営から、将来的にはタイスタッフ主導の運営にシフトさせる必要も出てくるのではないかと考えています。

⑵タイ周辺国との関係の深化

他方、タイでは、日本同様、少子高齢化が進んでおり、国内市場の縮小も懸念され、今後はタイ周辺国(ミャンマー、カンボジア、ラオス)も市場として捉える中で、事業を展開していくことが重要になるのではないかと考えています。これらのタイ周辺国では、若年層人口の拡大やインフラの整備とともに、急速な経済成長が見られることから、当社もタイのみならず周辺国へのビジネスの拡大を検討しているところです。

また、外国人労働者の受け入れをめぐっては、先進諸国においていろいろな意見が聞かれますが、タイにおいてはむしろ周辺国からの受け入れは、国内経済活動を支える重要な要素の一つといえます。例えば、タイからエビ類等の食品加工品が日本向けで輸出されていますが、現在こうした漁業を実際に担うのはタイ人ではなく、隣国ミャンマーからの出稼ぎ労働者です。タイが輸出する木材についても、伐採のような重労働も周辺国からの出稼ぎ労働者が従事しており、タイ経済も外国人労働者に依存している部分は少なくありません。

3.これからのタイにおける事業展開

現在はさまざまな産業向けに合成樹脂、化学品原料および機能性樹脂コンパウンドの製造・販売が当社のタイにおける事業の中心ですが、タイ人の生活の質の向上もあり、新たな事業の拡大も目指しています。例えば、医薬品、食品、化粧品を扱う事業は、タイ人の嗜好の変化もあり、今後拡大の可能性を秘めていると考えています。化粧品については、肌の美白を求めるタイやその周辺国の女性向けに、化粧品原料を拡販することを考えています。

2015年にASEAN経済共同体(AEC)が発足し、表向きは ASEAN加盟各国間での経済活動の自由化が進むことが期待されているとはいえ、その歩みはゆっくりとした印象です。例えば、タイとミャンマーの間における物流においても、トラック貨物の積み替えが必要であり一気通貫が難しく、域内流通の円滑化に向けたインフラ整備の改善も必要です。それでも、今後、こうしたインフラ整備が進むことで域内経済の発展が進み、タイにおける当社事業のさらなる拡大にもつながるのではないかと考えています。

この他、タイを東南アジアの拠点と位置付ける企業が多い中で、その視線は東南アジアの西側にある「インド」にも向けられています。当社としても今後、対インド向けビジネスとの関係において、タイの輸出・製造拠点としての役割が重要になるものと考えており、ASEAN域内においてだけでなく、海外展開においてもその重要度が増すのではないかと考えています。
(聞き手:広報・調査グループ 石塚哲也)

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