インドシナ経済の新潮流―地場企業の域内展開が加速

公益社団法人日本経済研究センター研究本部 国際アジア研究部長 兼 主任研究員
牛山 隆一

「陸のASEAN」と言われるインドシナ地域に対する日本企業の関心が高まっている。ミャンマーなど後発国の経済が躍動する一方、経済回廊と呼ばれる国際幹線道路の整備も進み、この地域が一つの経済圏として発展すると期待されているためだ。タイから周辺のカンボジアなどに生産拠点を分散させる「タイプラスワン戦略」に見られるように、日本企業は既に域内で国境をまたいだ経営展開に乗り出している。本稿では一体化が進むインドシナ経済の別の側面として、地場企業が近隣諸国への展開を加速している状況に着目したい。

インドシナ地域で経済が最も発展し、規模も大きいタイは、域内の中核的な国といえる。同国では域内のほぼ中心に位置する地理的条件も活かし、成長力に富むカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)の活力を取り込み、自国の経済に役立てようと懸命だ。政府は CLMVで事業を拡大するよう地元企業に求め、企業側もタイの景気が伸び悩む中、CLMVを重視する姿勢を強めている。

こうした状況は、タイの対外直接投資データから確認できる。同国中央銀行によるとタイ企業の対 CLMV直接投資残高は近年急増、2016年 9月末に約 118億ドルに達した(図)。2010年末からの約6年で5倍増というハイペースだ。タイの対外直接投資額全体に占める CLMV向けのシェアは既に 13%に上昇し、CLMVはタイにとって香港(2位)、シンガポール(3位)を上回る最大の投資先へ浮上した。



CLMVの中でもタイ企業の進出が加速しているのがベトナムである。同国への直接投資残高は 2016年 9月末で 39億ドル超と年初から 7割近くも拡大した。ミャンマー、ラオスへの投資も急増しているが、ベトナム向けはそれらを上回る伸びを示している。この結果、同国はミャンマーを追い抜き、タイ企業にとって CLMVで最大の投資先になった。

タイ企業が狙うのは人口 9,000万人超を有すベトナムの内需。例えば、小売りセクターでタイ企業による大型 M&Aが相次いでおり、2016年は流通最大手セントラル・グループが仏カジノ傘下の大型スーパー「ビッグC」を邦貨換算約 1,200億円で買収した他、大手財閥 TCCグループも独メトロ系のスーパーマーケットを同 900億円で取得した。同グループはまた、傘下に持つシンガポールの大手飲食品メーカーを通じベトナムの乳製品大手ビナミルクに対する出資比率を引き上げた(2017年 1月時点で約16%)。

一方、タイ企業の攻勢にさらされているベトナムでも地元企業の海外進出が活発化してきた。主な展開先は、やはりインドシナ地域だ。ベトナム統計総局によると、2015年末の同国の対外直接投資累積額(承認ベース)は約 197億ドルと 5年間で 2倍超に増えた。投資先の 1位はラオス、2位はカンボジアで、両隣接国で全体の 4割強を占める。ラオス向けは以前から多かったが、2009年ごろからカンボジア向けが急増しており、ベトナム企業の対外直接投資は一段とインドシナ色を強めている。

ベトナム企業がここへきて新たに力を注ぎ始めたのが対ミャンマー投資だ。金額自体はまだ多くないが、2015年末の件数は国別順位の 4位に当たる 40件超で、直近の 2年間でほぼ 4倍に拡大した。軍事政権から民主政権へ移行し、アジアの「ラストフロンティア」として注目されるミャンマーで、ベトナム企業も積極経営に動いていることがうかがえる。

対外投資の拡大とともにベトナム企業の存在感も高まってきた。代表格は、大手通信会社、ベトナム軍隊通信グループ(ベトテル)であろう。2009年にカンボジアとラオスの携帯通信市場に進出、同社によれば既に両国で業界首位の座を獲得した。2017年に入りミャンマーでも携帯事業の免許も取得。地元企業と合弁で市場に参入し、総額 20億ドルの大型投資を計画中と伝えられている。ASEAN域内の携帯通信市場ではシンガポールのシングテル、マレーシアのアクシアタが国際化で先行していたが、CLMを軸に攻勢をかけているベトナム発の新興多国籍企業、ベトテルが第 3勢力として浮上してきた格好だ。

インドシナ地域で進む地場企業のボーダーレス化の動きは、域内経済統合の推進力になり得る。地元企業の域内投資が拡大すれば、それに付随する形で人やモノの流れも太くなる可能性がある。事実、タイの対CLMV貿易、特に輸出は近年急増中だ。対外貿易が全般に伸び悩む中、タイにとって貴重な貿易相手である CLMVの位置付けは高まっている。

有望市場のインドシナ地域をめぐっては、日本企業はもちろん、欧米や中国、韓国などの企業も商機獲得に血眼になっている。加えて本稿で見たようにタイ企業など地元勢も積極姿勢を強めており、内外企業が入り乱れ競争は一段と激化している。日本企業はこの地域で越境経営を推進する地場企業の動向も注意深くフォローする必要があろう。

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