日本のメディカルサービスの現状と課題

多摩大学大学院
教授
真野 俊樹

メディカルサービスの分類


日本においてメディカルサービスといった分野は、医療本体なのか周辺事業なのか、製造業なのかサービス業なのか、という視点で分類が可能である。もちろん、医療本体は病院や老人保健施設、クリニックなどを指し、つまりはサービス業に分類されるので、医療本体で製造業というカテゴリーはないのであるが、この分類はビジネスの視点では重要であると思われる。


1. 医療本体


医療の本体業務については幾つかの規制が加わっている。制度的な規制の最も大きなものは、株式会社の病院経営を禁止しているものであり、文化面での規制は、日本の医師や医療従事者に正確な意味での経営マインドを持った者が少ない、という点であろう。
前者の問題は、さらにはスケールメリットを追求できない経営になったり、価格を自らが決めることができないといった点を併せ持つ。
後者の問題は、患者の知識が少ない、いわゆる情報の非対称性の問題があるために、患者満足を必ずしも追求しない経営スタイル、公的な財源で管理が甘いために、「うまく金もうけをする」といったところに経営マインドが向いてしまっているという欠点がある。
この点においては、日本有数の病院チェーングループの総帥の徳田虎雄は、「民主党政権になって医療が甘やかされた」と指摘する。確かに一時期に見られた「生き残りをかけた病院経営セミナー」の類はほとんど見ない。しかし、一方では、赤字が当然という公立病院の経営難は、自治体の財政悪化とともに顕在化している。これは、国立病院機構が、独法化1年目の2004年度と5年目の2008年度で比較すると、以下のようにいずれも改善しているのと比較すると興味深い。
・総収支率:99.8%(赤字)→ 103.9%(黒字)
・純利益:▲16億円 → +300億
・赤字病院:76病院 → 41病院
・長期借入金残高:7,471億円 → 5,971億円
これは国立病院機構が、1986年には全国で236の病院があり、現在では144病院に減少しているが日本最大の病院チェーンとしてのスケールメリットを追求した結果と考えられる。


2. 医療周辺:製造業


医療周辺の製造業の代表は国内でも8兆円の市場規模を誇る製薬産業そして、2兆円の規模の医療機器や医療材料の製造業であろう。最初に製薬産業について述べたい。高い利益率を謳歌してきたこの業界であるが、この分野は、製造業であるが故に国際競争に巻き込まれている。また、新薬が以前ほど見込めなくなった点、新興国などの人口が爆発的に増え、そちらの医療ニーズが増えてきた点、この2点から、最高でなくてもそれなりのものを、というニーズが上昇してきた。簡単に言えば安い薬、ジェネリック医薬品の台頭である。世界1位のジェネリックメーカーの売り上げは、もはや武田薬品を上回っている。
このトレンドは医療機器産業でも同じである。ただし、日本の場合には国際競争力を持つ機器メーカーが極めてわずかで、それもリスクが相対的に少ない、診断機器に集中しているという特殊事情がある。
それに比べれば、製薬企業はまだ国際競争力がある会社もあるが、それ以前の大きな環境変化にどう対応していくのかが問われているといえよう。
一方では、新薬のネタをつくる、バイオ産業、あるいは、再生医療といった分野では日本は進んでいるとは必ずしもいえない。たとえば、2006年に京都大学の山中伸弥先生がマウスの線維芽細胞(皮膚細胞)からiPS細胞の作製に成功した。誘導多能性幹細胞(Induced pluripotent stem cells)は、分化万能性を持った細胞なので、理論上、体を構成する全ての組織や臓器に分化誘導することが可能であり、拒絶反応なしでの再生医療の可能性が高くなった。
従来のES(embryonic stem)細胞も同じ分化万能性を持つが、細胞の作製に受精卵が必要なことから倫理的な問題も呼んでいた。iPS細胞はそういった論議がないので期待も大きい。
このように、日本の基礎医学領域のレベルは高く、例えば、トムソン・ロイター社のインデックスでは、米国、ドイツ、英国に次いで4位になっている。この論文がいくつ引用されたかという引用回数でのインデックスは、科学者の評価の大きな位置付けを占めており、特に基礎医学では日本はさほど見劣りしない。
しかし、応用研究になると日本の力が落ちる。医療系の応用研究の代表は治験である。この治験の空洞化問題が起きている。要するに産業化の力が弱いということである。


3. 医療周辺:サービス業


最後に、医療周辺産業のうちサービス業を見てみたい。実はこの分野はBtoBのサービス業なのか、BtoC(この場合のCには医師も含む)なのかでさらに2つに分けられる。
BtoBの代表は、例えばCRO(contract research organization)やCSO(contract sales organization)といった、巨大産業である製薬や医療機器産業の一部のアウトソースという形で生まれている。また、病院の業務のアウトソースという業態もあり、最近では病院数が頭打ちで減少に転じているために、伸びが止まっているが、数百億から1,000億単位の売り上げの企業はこの分野では多い。
逆に、この分野の新たな波は、医療のIT化と情報化である。ここでは電子カルテやPACS(Picture Archiving and Communication System)といった画像のデジタル化あるいは、病院や保険組合に蓄積されている膨大なデータの解析、といったところに新たなビジネスが生まれている。特にデータの分野は、経営体としての統合が遅れている医療界においては、バーチャルな統合とスケールメリットの可能性があり、ビジネスとしても魅力があると思われる。しかし一方では、基本は患者のデータということになり、自由にビジネスできるものではないところに難しさもある。また、BtoCについては見るべきものは少ない。


まとめ


述べてきたように、メディカルサービスは、既存の枠組み以外での今後の参入の機会が多くあると考えられる。また、医療の国際化の進展に伴い、また新成長戦略に記載された動きに伴い、医療界にも地殻変動が起きつつある。日本の医療をさらに国民目線にするために、この文章が少しでもお役に立てば幸いである。

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