ヘルスケア産業の新潮流と商社への期待

株式会社日本政策投資銀行
医療・生活室長
栗原 美津枝

急速に超高齢社会の進むわが国で、今、ヘルスケアの産業、企業、ビジネスにイノベーション、リノベーションが始まっている。それは、単なる現状の医療・介護市場の拡大ではなく、それらと関連した新しい医療生活産業の創出を意味する。さらに、アジア等海外市場で、わが国の強みである一体的な医療サービスの展開も予想される。こうした新たな流れの中で、商社の持つ多岐にわたる業種・地域でのリソース、機能の活用が期待される。以下では、メディカル・ライフケア市場の中でも、医療、介護およびこれら周辺ビジネスを中心にヘルスケア産業の新潮流と商社への期待を考えてみたい。


1. 拡大するヘルスケア市場


超高齢社会が本格化するわが国では、2025年には65歳以上人口が32%、75歳以上人口が20%に急増し、65歳以上の高齢者のみの世帯も全体の4分の1に達する。
これに伴い、公的保険で捉えた医療・介護市場は、効率化を図り医療費を抑制した上でも、2010年の48兆円から2025年には83兆円への増加が見込まれる。さらに、この7月に国が発表した「日本再生戦略」では、これら医療・介護市場に保険適用外事業の健康関連サービス産業を含めた市場は2020年には約103兆円となり、先端医療等の経済波及効果を含め50兆円の市場拡大を見込み、規制・制度改革や基盤強化を進めるとしている。これに加え、海外市場でのヘルスケア関連産業で日本企業は約20兆円(現状0.6兆円)の市場拡大を目指している。
注目すべきは、こうした市場規模の拡大に加え、次のような質的変化である。

新潮流1:施設から在宅へ、B to BからB to Cへ
まず、医療・介護政策に見る国内の方向性の変化である。2012年2月の社会保障・税一体改革大綱と7月の日本再生戦略、そして2012年4月の診療報酬、介護報酬の同時改定では、いずれも高齢化に伴う需要と費用の増大に対し効果的・効率的な医療・介護サービスの構築を目指し、具体的には、医療と介護の連携、施設から在宅へのシフトを進め、早期の在宅療養、地域生活への復帰を促進する内容になっている。この政策は、現実的な施設の需給バランスを考えると必然ともいえ、特に医療施設の不足が見込まれる大都市圏を中心に医療施設外サービスへのシフトは必至である。すなわち、将来の市場は、単なる現状の医療・介護体制の延長線上ではなく、在宅市場へのシフトを想定する必要がある。この新市場ではさまざまな「新医療生活産業」の興隆が見込まれる。遠隔医療や、訪問看護・訪問介護等の医療・介護サービスの他、在宅仕様の医療機器、治療食・在宅食の配食、自宅からの移動・移送サポート、家事や入浴等の援助、在宅中の見守りサービス、健康増進や健康管理・疾病管理サービス、健康食品等の伸長が予想される。
ここで重要なのは、各サービスを「誰がどのように」利用者目線で提供できるかであり、多様なサービスを既存の業態、事業領域を超えて連携することができるかである。これは大きな変化である。病院や介護施設向けのB to Bビジネスが、個人向けに公的保険対象外のサービスを提供するB to Cビジネスに変化するからだ。医療情報・個人情報の共有や、last one mileに対応する物流、個人の与信リスク管理等課題も多い。そこで、小売りや物流、住宅、交通、そして決済や保険等の金融も巻き込み、かつITCを活用した仕組みづくり、共同での事業プラットフォームの構築が有効となる。現在、既に横同士の連携が始まっているが、今後はさらに高次な連携へと進む可能性がある。

新潮流2:日本の医療サービスの国際化
次に、医療サービスの海外展開に注目したい。これまで、医療・介護およびその周辺関連産業は内需産業と捉えられ、また医療機器もデバイスラグのある輸入産業として認識されてきた。しかしながら、高齢化の進む欧米、アジア諸国では日本の動きに関心を持ち、また、 医療が未整備の新興国でも日本の診断・治療サービスへの関心は高く、既に日本の医療サービスとの連携が試行されている。医療機関の買収や病院PFIへの参画も始まっており、今後、日本式の一体的な医療サービスを導入する拠点の増加に伴い、医療機器・材料の輸出や、ICTシステムの構築、医療生活ビジネスが海外で展開されるポテンシャルは高い。
しかしながら、海外展開には特有の課題もある。日本企業が競争力を発揮するためには、単独企業の進出ではなく、医療機関・介護事業者、医療機器・医薬品メーカー、卸・物流業者等が連携して事業展開するための事業主体づくりや人材の確保が必要となる。また、現地の地元パートナーや現地サポートも重要である。関係者を巻き込んだ連携事業基盤の構築が肝要である。


2. 商社への期待


これまで触れてきた国内外のヘルスケア産業の新潮流で、重要な考え方は「連携」である。それも、既存の業界やサプライチェーンの範囲内の連携を超えた異業種、異業態間の効率的・効果的な連携が、国内でのB to B からB to Cへの急速なシフトや、海外での一体的な医療サービス体制の構築に欠かせない。
この連携のコーディネートという観点で、今後商社の果たし得る役割、ビジネス機会は極めて大きいと考えられる。商社は、さまざまな業種・地域での商取引、資本取引実績と、それらネットワークを業種・地域を超えて結び付けることで付加価値を高めてきた。今こそ、わが国の成長産業であるヘルスケア産業において、異業種・異業態を大胆に「結び付ける」機能を発揮していただきたい。
もちろん、各社の戦略には違いはあるものの、こうしたビジネス環境の変化を敏感に捉えた動きが各グループで始動している。例えば、在宅向け福祉用具の販売事業者が、そのネットワークを活かし、メーカー、小売業、金融業等を巻き込みながら、さまざまな商品・サービスをワンストップで介護事業者に提供する試みも始まった。また、一部の商社では海外の大手病院グループの買収・資本参加も進んでおり、病院ビジネスのみならず付随する周辺ビジネスの展開も考えられる。いずれもこれらの展開に当たっては、社内でヘルスケアに関連する事業部門を横断的に組織し、関連する事業に戦略的かつ包括的に取り組んでいる様子がうかがえる。
商社にはあらゆる業界・業態に対面し、商取引や資本取引を通じて、さまざまな商品、顧客基盤、情報インフラ、物流拠点、決済システム等のアセット、ネットワークがある。これをフルに活用し、外部連携のコーディネーターとなり、医療生活産業、医療国際化事業のプラットフォームの核となることをぜひ期待したい。

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