伊藤忠商事が取り組む南アフリカ共和国の白金族金属開発事業

伊藤忠商事株式会社 ヨハネスブルグ支店
金属カンパニー マネージャー
星野 裕司

1. はじめに


アフリカ大陸初のサッカーW杯開催に沸いた2010年の南アフリカ共和国。時を同じくして、首都プレトリアから車で3時間の距離にあるプロジェクト鉱区で、白金族金属採掘業界の常識を覆す大規模鉱床が発見された。そのプロジェクトは、プラットリーフ白金族金属・ニッケル・銅開発プロジェクト。カナダベースの探鉱会社Ivanplats社が1990年代後半から粘り強く探鉱活動を続け、世紀の大型鉱床の発見につなげた。現在はまだ広大な耕作地が広がるだけの土地であるが、数年後ここに世界最大規模の白金族金属の鉱山が誕生する。
伊藤忠商事は2010年後半に本プロジェクトに参入。現在日本グループとして計10%のプロジェクト権益を保有する。自動車の排気ガス中の有毒成分を無毒化する触媒に不可欠である白金族金属は、地球上でそのおよそ9割が南アフリカ共和国に存在しており、白金族開発メジャー数社に生産を寡占されてきた。この地域で白金族金属の上流権益を日本企業として初めて取得したこと、開発・生産に関与することは、伊藤忠商事のみならず日本国としても非常に大きな意義を持つ。プロジェクトの概要を下記に紹介する。
①案件名:プラットリーフ・プロジェクト
②位 置:南アフリカ共和国リンポポ州
③開発対象:白金族金属・ニッケル・銅
④ステージ:Pre FS 中
⑤株 主:カナダIvanplats社 90%、日本グループ 10%(うち伊藤忠 8%)


2. 地域編在の白金族金属資源と規格外のプラットリーフ鉱床


稼働中の探鉱ボーリング現場の様子

前述の通り、白金族金属は世界の中でも限られた地域にしか存在しない。地球の表面積の0.01%にすぎない南アフリカ共和国のブッシュフェルト複合岩体に、地球上に存在する白金族金属の約90%が存在し、当然生産の中心も同地域に偏っている。一般的には、1tの岩石の中に数gのみ白金族金属を含む鉱石が、厚さ1m以下の層の中に存在している。地表から浅い部分に存在する層は長い採掘の歴史の中 で既に終掘・枯渇しつつあり、現在は地表から1,000m前後の深度での採掘を余儀なくされている。かような深度で、1m弱の薄い層を人力に頼った手法で採掘する環境は、常に危険と隣り合わせであり、今後はより安全な手法による 採掘が喫緊の課題で、生産コストが上昇する要因となる。
これに対し、プラットリーフ・プロジェクトでは、上記と同程度の品位の鉱石が平均20m超の厚さで広範囲に且つ平坦に広がっていることが確認された。しかも鉱量が確定している部分は広大な鉱区内の一部にすぎず、今後の探鉱によってさらに規模が拡大することが期待されている。この規模の鉱床では、採掘に大型重機を導入することが可能であり、より効率的に安全な手法で大規模採掘を行うことが可能である。安全性やコストの観点からもこれまでの白金族金属の採掘の常識を覆す大発見である。


3. グリーン・メタル


白金族金属(特にプラチナ)というと指輪やネックレス等の宝飾品が頭に浮かぶが、白金族金属の用途の半分は、自動車の排気ガス中に含まれる酸化硫黄物や酸化窒素物を無害化する触媒に使用されており、環境に優しい役割を果たすその性質から「グリーン・メタル」 と呼ばれることもある。現在、中国で大気汚染が深刻化し住民の健康にも影響を及ぼし始めているという話であるが、汚染の原因の一つとして自動車の排気ガスが挙げられている。中国ではまだ全ての自動車に排気ガス浄化触媒を導入できておらず、かような状況は他の新興国でも同様であり、自動車需要の増加とともに今後ますます浄化触媒の導入需要が増え、同時に白金族金属が必要となってくる。
一方で、白金族金属の最大産地である南アフリカ共和国では、鉱山の深部化・労働環境の悪化によるコストアップやそもそもの資源の枯渇に伴い閉山が相次ぎ、近年生産量がピークアウトするとみられている。かような中での本プロジェクトの生産開始は、白金族金属の需要増への対応に適時に貢献する見込みであり、日本の自動車産業にも資する事業として期待が高まる。


4. 生産開始までの道のり~地域との共生


2012年にプロジェクトは探鉱段階を卒業し、いよいよ本格的な開発段階へと移行する。とはいえ、開発から生産開始に至るまでには乗り越えるべき山もあり、まだ見ぬ大鉱山の誕生に向け、スタート地点に立った段階である。
本プロジェクトで特記すべき留意点は、地域 社会・住民との共生と相互理解であろう。南アフリカ共和国の失業率はおよそ25%。特に地方都市に行くほど失業率は高くなる傾向で、農業を主産業とするプロジェクト現場周辺でも失業率は高く、本案件に新たな雇用創出・社会インフラの整備・利益の還元を期待する声は大きい。一方で生産開始はまだ先であり、すぐにでも雇用を期待する住民の思いとギャップがあるため、過度な期待を持たせないように、地域社会に対し透明性の高い説明と充実した教育を図っている。資源の開発案件は周辺住民への負担をかける点も多い分、その期待に応える努力を怠ってはならず、バランス感覚のある運営と地域住民とのコミュニケーションが必須だ。


5. さいごに


資源開発案件が探鉱から成功し生産に至る確率は1,000件に3から4件しかないといわれている。かような成功例に参入する機会は極めて限定的であり、特に世界に案件数を限られた 白金族金属の優良開発案件への参画は言葉通り千載一遇の機会である。伊藤忠商事は、パートナーであるIvanplats社、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)および日揮株式会社と共に、世界最大級のグリー ン・メタルの開発・生産を通じて、日本の基幹産業に不可欠な資源の確保および、地域社会の発展に貢献していく。

(注)白金族金属:Platinum Group Metals。
プラチナ、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスニウムの総称。

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