南アフリカのビジネス環境と日本企業への期待

日本貿易振興機構(ジェトロ)
ヨハネスブルク事務所
稲葉 公彦

ずばぬけた南アの存在感


財務省および日本銀行の資料などを基にジェトロが作成した日本の対外直接投資統計(国際収支ベース、ネット、フロー)によると、2012年の日本の南アフリカ共和国(南ア)への直接投資は3億7,000万ドルだった。1996年から2012年までの累計額は31億1,000万ドルで、同期のアフリカ全体への直接投資累計額46億9,100万ドルの66.3%を占める。ちなみに、ジェトロ作成の日本の対外直接投資残高統計では、2011年末時点のアフリカ向け残高80億8,100万ドルに対して、南ア向けは24億4,100万ドルで、30.2%を占める。
ジェトロは2012年に在アフリカ進出日系企業実態調査を行ったが、アンケートを送付した進出日系企業数333に対して、在南ア進出企業は96を数えた。2位はエジプトの65社、3位はケニアの35社で、南アの突出が分かる。また、同調査によると、過去5年間に業績が改善したと回答した進出日系企業は51.6%だったが、南部アフリカだけで見ると、その比率は72.0%であり、西アフリカの61.5%を大きく上回るとともに、北アフリカの35.9%、東アフリカの29.2%とは顕著なコントラストをなしている。北アフリカにおける政情の不安定化や、東アフリカでのODA案件獲得における競争激化が背景にある。


プレーヤーの多様化


南アへの日本企業の進出が続いている。近年は、NEC、島津製作所、アネスト岩田、富士フイルム、古河ロックドリルなど販売強化を狙いとするメーカーの進出が多い。NECは、アフリカ全域における携帯電話の急速な普及を踏まえ、その基地局向けの機器の納入を狙いとする。アネスト岩田は、自動車修理に欠かせない塗装用スプレーガンの市場開拓を目指している。富士フイルムは、フォト・イメージングの展開を進めているが、これは中間層の拡大に伴う消費市場の活性化を踏まえて、B to Cでのビジネス強化を目指すものだ。消費市場開拓では、ソニーがいち早く南アの消費者のニーズに応えたオーディオ機器「ムゴンゴ」を投入して成功した。また、パイロット・ペンは価格競争力の高いインドネシア製ボールペンを投入して、低所得階層に対するブランディングに取り組んでいる。ブラザー・インターナショナルも現地法人の社屋を2012年に新設し、マーケティングを強化しているが、量販店における比較的低価格のプリンターの販売拡大を第一の狙いとする。
進出形態としてのM&Aも看過できない。NTTは、ディメンションデータ買収により、51ヵ国市場へのアプローチ手段を手に入れた。関西ペイントは、フリーワールド・コーティングス買収により、アフリカ市場でのリーディング・カンパニーとなる。アフリカの人口は、今後、 アジアを上回るペースで増えるとみられ、2050年には現在の約2.3倍の20億6,900万人に達するとの予測もある。世界の2001-10年の経済成長率上位10ヵ国中6ヵ国をアフリカが占めたが、2011-15年においても7ヵ国をアフリカが占めるとみられている。ビルや住居の建設が進むことは間違いなく、建築用塗料に対する需要はどの地域よりも高いペースで増えると いうのが関西ペイントの見方だ。


総合商社の挑戦


総合商社も南アを拠点として南部アフリカで事業内容を広げている。資源開発ではリスクを取りつつ、選別的、かつ戦略的な投資を行っている。住友商事のマダガスカルでのニッケル開発、三井物産のモザンビークでの天然ガス開発、伊藤忠商事の南アでのプラチナ開発、 ナミビアでの天然ガス開発、双日のモザンビークでの木材チップ生産など数々のプロジェクトが動いている。南アのハーニック・フェロクロムは、三菱商事が過半を有する株主だが、社員3人を出向させてその経営を主導している。住友商事も、マダガスカルでのニッケル事業アンバトビー・プロジェクトに複数の社員を出向させて経営に従事させている。これらは、鉱山、精錬所経営への総合商社の本格的な取り組みといえよう。
インフラ関連では、三井物産が主導する南ア国営貨物輸送公社(TRANSNET)への電気機関車の供給が特筆される。現地の鉄道車両メーカー UCW(ユニオン・キャリッジ・アンド・ワゴン)で製造を行うが、電気部品は東芝が供給している。UCWはそれ以前、長期にわたり、受注がなく、エンジニア、工員共に経験者を抱え続けることができなくなっていた。この技術と経験の不足を補ったのが東芝による技術支援だった。
エネルギー分野では、独立発電事業者(IPP)としての参入が進んでいる。南ア・エネルギー省の再生可能エネルギーIPP調達プログラムに住友商事が風力発電、伊藤忠商事が太陽光発電で参加している。
水関連では、丸紅が水道公社ランドウォー ター向けに東レの逆浸透膜技術・システムを活 用した鉱山廃水処理プラントを提供する。これには草の根無償資金が活用された。また、丸 紅は南アで事業会社マープレスを設立し、内務省向けにNECの指紋認証システムを納めている。


南ア市場の魅力とリスク


近年、アフリカ市場に対する日本企業の関心が急速に高まってきているが、南ア市場におけるビジネス機会は、他のアフリカ諸国とは一線を画している。資源ビジネスはもとより、消費市場の拡大、巨額のインフラ投資、環境・エネルギー分野における先端技術の導入可能性などがその魅力だ。さらに、小売業、通信、金融などサービス分野における南ア企業の域内多国籍化の進展が南ア発のビジネスを加速させている。サブサハラ・アフリカの経済成長を取り込むことも南アの優位性として捉えられる。南アがサブサハラ・アフリカ市場へのゲートウェイであることは間違いない。 他方、ビジネス・リスクの高まりも考慮する 必要があろう。2012年8月のマリカナ鉱山に端を発する労働協約違反のストライキの頻発は、企業の労務管理を困難なものにしている。 また、中国等の景気減速に伴い、2012年の南アの輸出総額は前年比9.8%減の873億ドルに減少した。このため、貿易赤字が拡大し、経常収支赤字はGDP比6.1%にまで上昇した。本来であれば、経常収支赤字を補うために直接投資の流入を促す政策が講じられるべきところ、現政権はビジネス・フレンドリーな政策を講じられずにいる。南ア国債の格付けも引き下げられた。財政収支の悪化から、財政主導の景気対策が講じにくくなっていることが背景にある。為替の軟化傾向も、輸入販売のビジネスにとってはリスク要因だ。
これらリスクの高まりにもかかわらず、サブサハラ・アフリカにおけるビジネスの中心が南アであることは変わりない。しかし、今後はそのリスクを分散、あるいは軽減する視点を持ちつつ、長期的、かつ持続可能なビジネスモデルの形成が求められることになろう。

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