三井物産の鉄鉱石事業の歴史

三井物産株式会社
鉄鉱石部長
小寺 勇輝

始めに


鉄鉱石は文字通り鉄分を多く含有する鉱産物であり、鉄鋼製品を生産するために不可欠な鉄鋼原料である。鉄1tを生産するために約1.6tの鉄鉱石が消費される。2012年、世界で1年間に消費された鉄鉱石は20億t弱であり、うち約11億tが海上貿易で流通した。当社は豪州・ブラジルでの投資を通じて年間50百万t弱の鉄鉱石権益生産量を保有している。


戦後~1980年代


当社の鉄鉱石事業投資の歴史は1960年の豪州の鉄鉱石輸出解禁と軌を一に始まった。1965年のローブリバー・ジョイントベンチャー(以下JV)、1967年のマウント・ニューマンJVへの本格出資を通じて鉄鉱山開発のみならず、関連する鉄道・港湾インフラ建設やプロジェクト従業員が居住する町の建設等、現在鉄鉱石の海上貿易数量の約半分を供給している西豪州北西部ピルバラ地区の鉄鉱石事業開発に黎れい明めい期より関わってきた。
戦後1950年代は日本鉄鋼業躍進の起点に位置付けられ、粗鋼生産をたどると1955年の9百万tが60年22百万t、65年41百万t、70年93百万t、73年119百万tと5年で倍以上という高成長が約20年間継続した。こうした成長を支えたのが大型高炉を備えた臨海型の新製鉄所建設である。それまで当時の製鉄業先進地域である欧米では製鉄所は鉄鉱石ないし原料炭の産出地域に隣接する原料立地型で発展してきたが、戦後の日本鉄鋼業は鉄鉱石も原料炭も輸入に依存するというユニークな環境で発展した。豪州鉄鉱石事業は日本の長期引き取り契約を担保にした大型開発投資で供給力の拡大と安定化を図り、日本鉄鋼業と共に成長、当社もその開発輸入の一端を担ってきた。
立地的に欧州を主要マーケットとする大西洋圏の主力鉄鉱山も、同時期に日本鉄鋼業との長期契約を主軸に開発されてきた。現在、世界最大の鉄鉱石生産会社であるブラジルVale社(当時CVRD)も、1962年の第1次契約では日本が大型積み出し港建設を条件とし、ツバロン港開発に深く関与した。原料調達先の多角化・安定化を目指してきた日本鉄鋼業にとって、大型船による輸送効率化は遠距離デメリットを克服するための大きな課題であった。ブラジルでは他にもMBR社(ブラジルの民間鉄鉱石生産会社)の鉄鉱山・積み出し港の開発や1980年代に開発された世界最大の鉄鉱山であるカラジャス(Vale社保有)においても、日本は鉄鉱石引き取りの長期契約や協調融資等を通じて支援を行った。当社も1971年に他の日本企業と共同でMBR社に投融資を行い、ブラジルにおける初期の鉄鉱石供給体制整備に携わった。
こうして1970年代から80年代にかけて、豪州・ブラジルで現在も第一線で供給を行う鉄鉱山群の祖形がつくられ、日本鉄鋼業がその発展に重要な役割を果たす中で、当社も鉄鉱石事業への取り組みを拡大していった。


1990 年代~近年の動き


ローブリバー鉄鉱石の積出港

前述のごとく、日本鉄鋼業による支援は戦後の世界的な鉄鉱石供給体制の構築に大きな役割を果たしたが、1980年代から90年代は日本鉄鋼業が低操業・低生産に苦しみ、粗鋼生産量が6年も1億t台を下回る等、合理化を強いられる厳しい時代であった。同時期は対日主体で開発された鉄鉱山にとっても引き取り数量・価格共に低迷に見舞われる時代ともなった。2度の石油ショックによる影響もあり、1980年代前後に米国系資本が次々と鉄鉱山権益から撤退する動きが始まり、1980年代後半以降2000年代初めまでさらに規模・体力に劣る山元が大手に買収される等、資本集約化が加速されるに至った。このようにして最後まで残った3社、Vale社、Rio Tinto社、BHP Billiton社が2000年代初頭には海上貿易量の約7 割を占めるようになった。
その後、2000年代に入り中国の鉄鉱石輸入が爆発的に増加したことで、鉄鉱石需給が世界的に逼迫(ひっぱく)し、価格も大幅に上昇した。このため、世界の金融資本や中国勢が積極的に新規鉄鉱山開発を後押しするようになり、新興企業による鉄鉱石生産参入が相次いだ。この結果、前述大手3 社は、生産量自体は増加したものの、海上貿易量シェアは2012年には6割強に低下している。
このように日本鉄鋼業主導の鉄鉱石供給体制が変容し始めた中でも、当社は積極的に鉄鉱石権益を拡大していった。豪州ではマウント・ニューマンJV に続き1990年にゴールズワージィ、ヤンディの2つのJV に投資、ブラジルでは「失われた10 年」といわれた80年代の困難な時期に積極果敢にMBR社の権益を買い増し、その後幾多の資本変遷を経て2003年にブラジルValepar社(Vale社を支配する持株会社)に出資するに至った。
豪州、ブラジル以外では、最終的に投資リサイクルの観点から他社に売却したが、インド、カナダの鉄鉱山への資本参加も行った。

「鉄は国家なり」といわれるごとく、鉄鋼はかつてより国家の経済発展を支える基礎材料、産業のコメである。その主原料たる鉄鉱石には長期安定供給が求められることは今後も不変である。当社は幾度かの困難を乗り越え、パートナー変遷・資産リサイクルを経ながらも、1960年代から長期的視野に立って鉄鉱石事業に取り組んできた。今日、当社は豪州でRio Tinto社とローブリバーJV、BHP Billiton社とマウント・ニューマン、ゴールズワージィ、ヤンディの3つのJV運営に従事し、またブラジルValepar社の株主としてVale社経営に携わっている。地域社会や地球環境に最大限配慮した鉱山開発・インフラ整備を行い、資源を保有するホスト国の経済発展に貢献し、鉄鉱石の安定供給を通じて世界経済の成長に寄与していくことが、当社の経営理念の体現であると考えており、今後もパートナーと共に世界が求める鉄鉱石、鉄道・港湾等のインフラ拡充に取り組んでいく。

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