日本のこれからのエネルギー戦略―リスクとチャンスに満ちたエネルギー情勢への対応

一般社団法人日本エネルギー経済研究所
理事長
豊田 正和

1. エネルギー情勢をどう見通すか


①不確実性を増幅させるエネルギー情勢


日本を取り巻くエネルギー情勢を一言で言えば、「連立方程式において、方程式の数より変数の方が多い状況」ではないだろうか。そういう状況下では、明確かつ安定的な解答は見いだし難い。能動的に、変数を減らすか、方程式の数を増やす必要がある。
エネルギー情勢を具体的に見てみよう。
需要面も、供給面も、楽観・悲観こもごもというのが実態だろう。需要面では、先進国について楽観論者は、米国は財政の崖を乗り越え、EU もユーロ危機のボトムを超えたと言う。特に米国では、後述するシェール革命が、米国の産業競争力を強化し、米国の復活につながると自信満々だ。しかし、悲観論者は、財政の崖は一時先送りされただけであり、ユーロ危機は本質的解決に程遠いと言う。日本も、アベノミクスに期待をする声が大きい一方、将来のインフレを危ぶむ声も少なくない。
新興国についても、中国やインドを中心に、経済はついに離陸したという楽観論と、先進国経済あっての途上国経済との悲観論が併存している。とりわけ、中国については、巨大な貧富の差と深刻な汚職問題が、社会不安を招くという慎重論は、増加傾向にある。
供給面における楽観論の筆頭は、北米におけるシェール革命だ。東欧や南米に広がり、やがて中国での生産も始まるだろうといわれている。この結果、60年ほどといわれていた天然ガスの埋蔵量は、倍増したといわれる。しかし、これにも、環境問題が生産活動に影を落とすだろうという悲観論が存在している。しかも、シェール革命の恩恵をアジアの国々がどこまで共有できるのかについては、さまざまな見方がある。特に、日本のように、米国とFTAを締結していない国へのシェールガス輸出には米国政府の許可が必要であり、米国の一部の産業界は、国内のガス価格を上昇させる可能性があるとして、輸出に反対している。
最大の悲観的事象は、言うまでもなく、石油生産の4割近くを依存する中東・北アフリカの政治的不安定さだ。チュニジアから始まった「アラブの春」は、各国で民主化を根付かせることの困難さを見せつけている。歴史を見ても、一つの専制政治が、新たな専制政治に置き換わる例は、枚挙にいとまがない。日本は、1973年の第1次石油危機以降、着実に石油依存度を下げ、約40年で75%から43%まで低下させたが、実は、中東依存度は、石油危機当時の78%から87%へと上昇している。さらに、深刻な失業問題と、政治的腐敗への不満等を背景に、イスラム過激派のテロ組織が、中東・北アフリカ地域に勢力を拡大している。先日のアルジェリアでの痛ましい事件は、あらためて、これら地域の不安定性を印象付けた。イランの核兵器開発疑惑に起因するイラン制裁と、これに対抗するイランによるホルムズ海峡封鎖の懸念は消えていないし、イスラエルによるイラン攻撃の可能性もくすぶっている。
さらに、地球温暖化への対応が、将来のエネルギー情勢を一層不確実にしている。温暖化交渉は低迷しているが、温暖化現象を否定する声は少数派であろう。2020年以降の枠組みを、2015年までに合意するべく交渉が続けられるが、結果によっては、化石燃料の使用は大きく制限されることになろう。交渉の成り行きは、エネルギー情勢に大きな影響を与えざるを得ない。
以上、石油も、天然ガス・LNG も、石炭も、需給両面において、不確実性を増幅させている。自主開発エネルギー拡大や、原子力発電の導入は、変数を減らし、方程式の数を増やす作業の一環であった。


②福島から何を学ぶか


そうした状況下で、2011年春、東日本大震災・大津波によって福島の原子力発電所の事故が起きた。原子力は、日本にとって、中東へのエネルギー依存度を下げるのみならず、5年近い備蓄効果を有するものであり、温暖化ガスを排出する化石燃料依存度を下げるという意味で、エネルギー安全保障上も、地球温暖化政策上も重要なエネルギー源であった。しかも、石油や天然ガス価格が高止まりする中で、原子力発電は、相対的に低コストであるとされ、いわゆる3E(エネルギー安全保障=Energy Security、環境=Environment、経済効率性=Economic Efficiency)上の優等生であった。しかしながら、今回の事故により、安全性(S=Safety)の面で、国民の信頼を損なうこととなってしまった。果たして、再び、原子力の安全性への信頼性を回復することはできるだろうか。私は、可能と考えている。
国際世論の調査で有名なギャロップ調査によると、主要国の中で、福島の事故後に、原発を否定する比率が支持する比率を上回っているのは、日本とドイツの2ヵ国であり、米国、フランス、英国、ロシア、韓国、中国では、支持する比率が若干減少したものの、依然として支持する者が多数を占めている。
これは、多くの主要国が、原子力の安全性の確保が可能と考えているからに他ならない。主な理由が、原子力の安全性確保のための国際標準への信頼だ。IAEA(国際原子力機関)では、チェルノブイリの事故の後、長期間にわたる議論の末、10の安全基本原則をまとめている。福島の事故原因については、複数の調査委員会が分析し、数々の政策提言を整理しているが、実は、そのほとんどは10の安全原則の順守を提言しているに等しい。つまり、これらの原則を守っていれば、事故は防げたのではないか。
例えば、第2条は、「政府は独立した規制機関等の設置維持に責任を有する」としている。第7条から10条までは、事故を前提とした対策について規定している。
第8条では、「事故の影響の防止と緩和の主要な手段は「深層防御」」であり、「安全裕度、多様性、及び多重性を実現する設計、工学的施設の導入」が必要と規定し、第9条では、「緊急時の準備と対応をあらかじめ確立すべき」とある。これらは、今回のような原子炉への損傷に及ぶ過酷事故をも想定したものといってよい。IAEAは、日本に対し、独立性のある規制機関の設立などの改善勧告をしていたが、日本がこれに十分対応しなかったことを、深く反省しなければならない。しかし、それは、原子力を否定することを意味するのではなく、日本の安全スキームを国際標準に沿って改善すれば、事故を防ぎ、仮に事故が起きても、国民への悪影響を回避できると考えられているからであろう。日本には、今回の事故原因を世界に明らかにし、安全性の一層の向上に貢献すべく、世界の安全スキームをより良いものに提言していくことが求められている。


2. 日本のエネルギー戦略はいかにあるべきか


①エネルギー・ミックス決定と複眼思考


話を、エネルギー戦略へと進めよう。福島の原子力発電所の事故の後、民主党政権は、新たなエネルギー・ミックスの検討を始めた。経済産業大臣の諮問機関である総合エネルギー調査会基本問題委員会において、約1年近い検討が行われ、2012年6月に中間的に、原子力への依存度が異なる3つの選択肢(①0%、②15%、③20~25%)が国家戦略室のエネルギー・環境会議に報告された。その後、本会議は同年9月に「革新的エネルギー・環境戦略」を発表した。そこには、「2030年代に、原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」との記述があり、産業界のみならず、米国を含めた国際社会、原子力関連施設を有する地方政府からも、曖昧さと矛盾に満ちた提言であるという深刻な懸念が表明された。私自身、基本問題委員会の委員として、槍田委員他、5人の委員の連名で、原発ゼロの道は日本経済崩壊の道であるとして、本戦略の再考を促すペーパーを提出し、その旨意見を申し上げた。
一体、日本にとって望ましいエネルギー・ミックスとは何か。私は、3E+S+Mという5つの視点から、各エネルギーの得失を客観的に評価し、複眼的思考から、答えを見いだすべきと考えている。その結果、日本には完璧なエネルギーは存在せず、省エネルギーを最大限行った上で、原子力、再生エネルギー、石油・ガス・石炭等の化石エネルギー、熱併用発電(コジェネ)等の多様なエネルギーをバランスよく使うことが適当という考えだ。すなわち、3Eの優等生である原子力を否定することが賢明とは思われない。しかも、福島における事故の後に、2011年末に発表された国際戦略室のコスト等検証委員会では、2030年においても、原子力発電は、依然として、相対的に最も安いエネルギーと位置付けられている。一方、安全性(Safety)上のリスクを許容レベルまで低下することが可能としても現行エネルギー基本計画のような、2030年で50%といった高依存も非現実的だ。ちょうど、リスク資産にバランスよく投資することが賢明とされるように、エネルギー・ミックスにおいても、ポートフォリオ理論に基づき、バランスを基本にすべきではないか。しかも、コスト等検証委員会がまとめたコスト比較を使用した2つの研究所の分析では、原子力比率の高い選択肢ほど、マクロ経済への悪影響も最も小さいという結果が出ている。従って、M(マクロ経済への影響)の視点からも、原子力の一定の維持は合理的だ。従って、私は、上記の5 つの基準に照らして、基本問題委員会のとりまとめにおける3つ目のオプション(原子力:再生エネルギー:化石燃料(コジェネ含む)= 20~25%:30~25%:50%)を支持している。


②電力改革に生かすべき欧米諸国の教訓


電力システム改革委員会は、広域系統運用、小売り全面自由化、発送電における法的分離を段階的に行うとの報告をとりまとめた。電力の相互融通体制の強化、需要抑制も促し得る小売部門における電気料金メニューの多様化、送電部門の透明性の確保等、それぞれ、合理的目的を有する一方で、電力部門への市場メカニズムの導入については、欧米諸国に、既に成功例も失敗例もある。電力改革を欧米諸国の後から始める日本として、成功例のみならず、電力不足を招いた失敗例も十分に踏まえた上で、現実的な制度設計が必要であろう。


③急がれる北東アジアエネルギー協力


過去1年、日中韓の間で、領土紛争が深刻化している。領土問題について、自ずからの正当性を主張することは当然のことではあるが、それが3 ヵ国間のエネルギー協力を阻害させることのない外交的英知が求められる。3ヵ国の間では、省エネルギーの推進、LNG におけるアジアプレミアム(アジアの天然ガス価格が相対的に高いこと。近時天然ガス価格は米国2 - 3 ドル/ MMBtu(百万Btu:Btu は英国熱量単位)、欧州12ドル/ MMBtu 前後、アジア16-18ドル/MMBtu となっており、液化・輸送コスト6ドル/ MMBtu を考慮してもアジアのLNG価格は割高の状況にある)の解消、地域大の原子力発電の安全確保等ウィンウィン状況をもたらす協力案件がめじろ押しだからだ。日本の省エネ技術の中韓への普及は、エネルギー需給を緩和し、アジアプレミアムの解消は国を超えた共同調達・共同開発などを必要としているのみならず、2012年時点で約7兆円にも膨らんだ貿易赤字の削減につながる。さらに、アジア地域の原子力発電所の安全確保が、地位的共通利益であることは明らかだ。


3. 期待される「リスクをチャンスに転じるエネルギー戦略」


東日本大震災・大津波によって引き起こされた原子力発電所の事故は、21世紀初頭の日本にとって、最大の惨事の一つだ。中東の不安定性や、シェール革命の恩恵をどこまで共有できるか、気候温暖化が地球的災害をもたらす恐れがあることなど、日本をめぐるエネルギー情勢は、リスクを拡大させている。
しかし、そのリスクを乗り越える技術力と、知恵とリーダーシップが日本にはあるはずだ。エネルギー関連企業と政府が、緊密な意思の疎通を行いつつ、適切な政策が企業活動を支援し、役割分担をしていけば、リスクは日本企業の競争力を強化し、日本経済の発展につながるチャンスになるはずだ。今、日本に必要なことは、国家独占資本主義でもなく、市場原理主義でもない、対外的に開放的で、透明性に満ちた新たな官民協力モデルであろう。それこそ、エネルギー情勢という連立方程式の変数を減らし、方程式を増やすことに他ならない。

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