東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の可能性

ジェトロ・シンガポール
椎野 幸平

RCEP交渉が始動


東アジア地域包括的経済連携(RCEP、Regional Comprehensive Economic Partnershipの略、アールセップ)交渉が始動した。RCEPは、ASEAN10ヵ国と日本、中国、韓国、インド、豪州、ニュージーランド(NZ)の16ヵ国が参加する広域・包括的経済連携構想で、2012年11月のASEAN関連首脳会合で、交渉立ち上げが宣言、2013年5月に第1回交渉会合がブルネイで開催された。
RCEPの主な交渉対象分野は、関税の削減・撤廃、原産地規則などの物品貿易分野、サービス分野の外資規制等を扱うサービス貿易分野、投資保護等を扱う投資分野で、2015年末までの交渉完了を目指している。RCEPが実現すれば、世界GDPの3割(21兆ドル)、世界人口の5割(34億人)を占める世界最大規模の自由貿易地域となる。
一方、RCEP交渉に参加する16ヵ国の域内では、既に約30件のFTAが発効している。中でも、ASEAN10ヵ国が参加するAFTA(ASEAN自由貿易地域)に加えて、ASEANと周辺6ヵ国間のFTAであるASEAN+1のFTA(ASEAN・日 本、ASEAN・中国、ASEAN・韓国、ASEAN・豪州・NZ、ASEAN・インドの各FTA)が発効し、日系企業も幅広くFTAを利用している。こうした中、RCEPの意義はどのように整理できるのだろうか。


RCEPは域内FTAカバー率を大幅に引き上げ


まず、物品貿易の意義を整理してみたい。第一に、RCEPによって、日本・中国・韓国間など、16ヵ国域内でFTAが未発効な国間で新たにFTAが形成されることが挙げられる。RCEP交渉参加16ヵ国間の域内貿易額(2兆1,956億ドル、2012年)のうち、FTAカバー率(FTAが発効済みの国間の貿易が占める割合)は58%を占めているが、残り42%の貿易はFTAによってカバーされていない。このうち、28%は日中韓の貿易である。RCEPは、アジア域内のカバー率を大幅に引き上げる効果を持っている。
第二に、RCEPによって、既存のFTAを上回る水準の自由化をもたらす効果が期待できる。既存のFTAでは、AFTAは先行6ヵ国が既に99%以上の品目で関税撤廃、CLMVも2015年までに93%以上、2018年までにほぼ全ての品目で関税が撤廃される。一方、ASEAN+1のFTAでは、ASEAN・インドの自由化率が80%と低い他、ASEAN・豪州・NZは96%、ASEAN・中国は95%、ASEAN・日本は93%、ASEAN・韓国は95%となっている(注)。2012年11月のASEAN関連首脳会合で16ヵ国首脳に承認された「RCEP交渉の基本方針及び目的」では、既存のFTAを上回る包括的で質の高い協定を目指すことが明記されており、RCEPによって、特にインドなどで、既存のFTAの水準を上回る自由化がもたらされることが期待される。


多様なサプライチェーンに適応した枠組み


第三に、RCEPによって多様なサプライチェーンに適応したFTAが形成されることが挙げられる。サプライチェーンは、AFTAやASEAN+1のFTAを超える広域に及び、サプライチェーンの実態に既存のFTAが適合できないことで、FTAが利用できないケースが生じている。そのため、RCEPにおいて、累積規定(FTA締約国の原産品である原材料を、その他のFTA締約国で利用する場合は同原材料を原産材料とみなす規定)が採用されれば、多様なサプライチェーンに対応してさらにFTAを活用することが可能となる。
具体的ケースでは、現在、中国や日本からキーコンポーネントを輸入し、ASEANで電気機器や自動車部品に加工、インドにASEAN・インドFTA を利用して輸出するケースでは、中国や日本の部品はASEAN・インドFTA上は非原産材料となり、同FTAの原産地規則を満たせず、一般税率を払って輸出しているケースがある。また、中国産の生地を利用してベトナムなどのASAENで縫製品に加工し、ASEAN・日本FTAを利用して日本に輸出するケースでは、中国産の生地はASEAN・日本FTAでは原産材料として取り扱えないため、同FTAの原産地規則(二工程基準)を満たすことができない。RCEPでは、累積規定を通じて、上記のケースで中国産や日本産の原材料・部品は原産材料となるため、FTAの原産地規則を満たすことが可能となる。
ジェトロの「在アジア・オセアニア日系企 業活動実態調査(2012年度調査)」によると、RCEP交渉参加国で製造活動を行う日系企業の約9割の部品調達は、現地を含むRCEP交渉参加国から行われており、RCEPがいかに日系企業のサプライチェーンに適した枠組みかが分かる。
RCEPが企業のサプライチェーンに適したFTAであることは、累積の他に、ストック・オペレーション(分割輸送)への対応がある。近年、アジアでは物流ニーズが多様化する中、企業はリードタイムを短くすることなどを目的に最終需要地に近いところで在庫し、顧客の発注に応じて在庫を分割して輸送するケースが増えている。例えば、日本で生産された製品をいったん、シンガポールやマレーシアなどで在庫し、在庫を分割してインドに輸送するケースでは、現状、FTAを利用することができない。日本とインド間ではFTAがあるが、直接積送基準(原則として輸出国から輸入国へ直接輸送することを求める基準)によって、シンガポールやマレーシアでいったん在庫し、在庫を分割輸送した場合は、同基準違反となるためだ(単なる積み替えは問題ない)。また、中国やインドの製品をシンガポールやマレーシアで在庫し、豪州やNZに分割輸送する場合も同様のこととなる。RCEPが形成され、連続する原産地証明書制度(輸出国が発行した証明書に基づき、第三国が連続する原産地証明書を発行する制度。輸出国、第三国共に同一FTAの締約国であることが必要)が導入されれば、こうしたケースで、シンガポールやマレーシアが、分割輸送に合わせて連続する原産地証明書を発給することが可能となり、FTAを利用することが可能となる。


サービス分野の外資規制自由化に期待


サービス・投資分野も、物品貿易と共にRCEPの主な交渉分野となっている。サービスでは、アジア各国では依然としてサービス分野の外資規制が厳しく、外資の出資が制限されている国が多い。例えば、小売業はカンボジアを除くASEAN各国やインドでは、出資比率規制やコンビニなどの小規模小売店への外資出資が制限されている。小売業の他にも、運輸、メンテナンス・サービス、法律サービスなど幅広い分野で外資規制が存在している。 一方で、日本のサービス業は新たな成長源を求めてアジア地域への進出を活発化させつつあり、サービス分野の外資規制緩和への期待は高い。サービス業の外資規制はアジア各国ではセンシティブで壁は厚いが、RCEPを通じて外資規制の自由化がもたらされれば、日本のサービス業のビジネス機会を広げることにつながる。
投資については、パフォーマンス要求の禁止や現地の雇用義務、投資家対国家の紛争解決などいわゆる投資保護規定が強化されることが期待される。


ルールの調和がもたらす円滑化


最後に、RCEPがもたらす効用にルールの調和がある。発効済みの既存FTAでは、FTAごとに異なるルールが適用されている。例えば、原産地規則ではインドを含むFTAでは併用型と呼ばれるルール(付加価値基準と関税番号変更基準等の複数の基準を満たすルール)、ASEAN・中国FTAは付加価値基準のみ、その他の主要FTAは選択型(複数のルールからFTAを利用する企業が選択)が適用されている。加えて、デミニマスと呼ばれる基準は主要FTA では含まれているが、ASEAN・インドFTAでは含まれていないといった具合だ。こうした複雑なルールは、FTAを利用する企業、特に中小企業の情報収集コスト負担を高めることにつながりかねない。柔軟で効率性の高い統一されたルールが広域で締結されることは、FTA利用の円滑化につながることが期待される。

(注)
Fukunaga/Kuno, ERIA Policy Brief, No.2012-03, May 2012.

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