住友商事の国内農業生産事業への取り組み

住友商事株式会社
食料事業業務企画部 部長代理
佐藤 幸一

本稿では、当社が、2010年11月に出資した農業生産法人から見た国内農業生産の問題点とその対応策についてお話ししたい。


当社が国内農業生産事業に参画することになった経緯


当社では、従来、国内農業に隣接する分野で、肥料等の食料生産資材の製造・販売事業、青果 ・ 生鮮農産物の広域流通卸事業および量販店の経営などを行っていたが、国内の農業生産事業には参画の機会がなかった。
そのような状況下、2008年4月、当社内に国内農業について検討するためのタスクフォースが設置された。
国内農業生産が抱える数々の問題点(生産者の高齢化・減少、耕作放棄地の拡大、小規模生産によるコスト高など)がクローズアップされた時期でもあった。当時、「当社として日本農業に何が貢献できるか」と自問しながら、北海道・東北・九州を中心に農業生産法人や農業協同組合を訪問した。訪問先でよく言われたのは、「農業生産は天候に左右され収益予測が立てられない、もうからない、規模が小さく商社の参入するビジネスではない」というものだった。
確かに指摘されたような問題が山積だったが、当社は、鹿児島県志布志市の農業生産法人株式会社さかうえ(以後、さかうえと記載)と協議を重ねた。当初、同社は、自社のビジネスモデルを確立、拡大することで日本農業への貢献を考えたが、単独では、そのスピードが限定されると危惧した。そこで、海外からの食料調達で培った当社の流通・販売ノウハウと融合すれば、早期に日本農業活性化に寄与できるとの考えに至った。
当社が、2010年11月、さかうえに出資し出向者を1名派遣することで、農業生産事業に参画したのは、このような経緯だった。


さかうえについて


1995年に有限会社として設立、2010年に株式会社に移行した農業生産法人(役職員約50名)。
鹿児島県において約370圃場(ほじょう)、延べ160ha(農地面積87haの二期作・二毛作)の耕地に野菜(露地栽培でケール・キャベツ・ネギ・ホウレンソウ・ジャガイモなど、ハウス栽培でピーマン)と飼料用トウモロコシの輪作生産を行う。同社は積極的に農地を賃借し、作業受託も含め、規模の拡大と機械化・システム化によりコスト削減を実現。畜産業から出る堆肥を野菜や飼料用作物の生産に使用するなどの循環型農業も行い、耕作放棄地の拡大防止や、農業における新しい雇用創造を実現している。
さかうえでは、哲学・環境・経営の3つの領域で調和の取れた農業価値を創造することで持続的に発展する企業を目指している。


大型機械での収穫


圃場


国内農業生産の問題点とさかうえの対応策


さかうえへの出資を通して見えてきた問題点として、主に「農地集積」、「担い手」、「販路」、「経営」の4点があり、同社の対応策と共に紹介する。


1)農地集積問題:


(農地に関する日本の現状)
・ 各農家の所有面積が小さい(1 農家当たりの耕作面積: 国内平均2.27ha(2011 年農水省)/米国169ha(2009 年USDA))。
・ 農家では、耕作をやめても先祖伝来の農地を他人に貸すのを嫌がる。
・ 農地を集積するための遊休地や耕作放棄地に関する情報が不足。
・農地が、バラバラに点在。

(さかうえの対応 )
・ トラクターが使用可能な農地なら借り受け、きれいに使用して農家の信頼を得ることで近隣からの貸し出しを促進している。農地の集積が可能な場合、地主に許可を得て、あぜを取り払い広い圃場にしている。
・ 収穫季節の異なる作物を輪作し、点在している370 圃場(平均0.24ha)の農地を年2回転することで延べ作付面積を実質倍増の160haとし、自社開発のIT システムで一元管理することで、日本の標準単位面積3 反(0.3ha)未満でも大規模農業を実現している。中山間部含めた日本全国で有効なモデルであり、全国展開を目指している。


2)担い手問題:


(担い手に関する日本の現状)
・ 生産者の高齢化により、さらに担い手が減少していく。
・ 農業は、きつい、もうからないというイメージがあり、高齢者がやめる一方、若い層の就農数が少ない。
・ 若い人が、農業に興味を持っても、どうしたらよいのか分からない。


(さかうえの対応)
・ 自社開発のIT システムの活用(作業工程を細分化し、採用当日から作業を開始できる仕組みづくりなど)。栽培品目別担当者制の導入(入社3-4年目から品目担当として責任ある仕事をさせ、生産技術だけではなく予算作成や管理などの経営ノウハウ習得をさせる)。多様な農業経験ができる体制の整備(農閑期には他の農業法人への派遣等)など人材育成・戦力化に工夫を図る。
・ 上述の施策により、全国から農業を始めたいという熱い思いを持った多くの若者の応募があり、2013年4月に新卒5名を採用(ホームページ採用面の充実や就職サイトも活用)。
・ 繁忙期の作業に合わせて、全員正社員で採用。農閑期にお茶農家など繁忙期の異なる他の農業生産法人へ派遣し、雇用を維持。


3)販路問題:


(販路に関する日本の現状)
・ 大部分の野菜は、農協・組合等が集荷し、市場で価格が決まるが、需給関係により価格が変動するため、収益の見通しが立てづらく、経営が安定しない(約7割が市場経由) 。
・ 作物の売り先が決まらねば、収益の見通しが立てられない。

(さかうえの対応)
・ 野菜の販売は、「契約栽培」を採用。定量定価で製品を製造する加工食品メーカーや、一定量を定価で仕入れたい量販店へ売り込み、栽培開始前に価格・数量・条件を決めている。
・ 契約栽培により、生産コスト削減に経営資源を集中できる。
・ 保存可能期間が異なる野菜と飼料用トウモロコシの生産を組み合わせ、最適・弾力的な輪作を実施。


4)経営問題:


(農業経営に関する日本の現状)
・ 多くが個人農家であり、人件費を経費認識しないなど企業的経営手法が十分浸透していない。
・ 農家の規模が小さく、コスト削減の余地が少ない。

(さかうえの対応)
・ 自社開発のIT システムで作業工程を管理し、作物ごとの採算管理を実施。
・ 農地を集積し、機械化して生産コストを削減。
・ 当社の出資・人材を受け入れ、企業の経営ノウハウを導入(規程など内部統制・組織設計を整備、当社グループ企業との交流や取引推進など)。


ITシステムへの入力作業


ITシステムを活用した勉強会


今後の日本農業への期待


日本での農業に企業的経営手法の導入を考える農業経営者もおられ、農業への従事を希望する若者も多く、日本農業にも未来があると思える。
上述の問題点を解決しながら、農業の発展のために国や企業がサポートする体制をつくることができれば、日本農業も規模を拡大し、生産コストを下げて収益を得ることも可能であり、世界でも戦える体制づくりができるようになると考える。
当社も微力ながら、引き続き支援をさせていただきたい。

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