日本の目指す経済連携について

株式会社三井物産戦略研究所
国際情報部アジア室主任研究員
股野 信哉

1. 経済連携の現状


日本は、2000年代に入ったころにそれまでのWTOによる多国間の通商政策から、WTOによる自由貿易体制を補完するとしてEPA(経済連携協定)の締結も進めるとの政策転換を行った。その後、2002年に発効したシンガポールとのEPAを皮切りに、これまで二国間のものを中心に13件のEPAを結んでいる。
日本が外国と経済連携を強化する目的は、国益の追求であることは言うまでもない。では、経済連携における国益の追求とは何かと言えば、日本にとっては貿易・投資の自由化等を通じ、海外の活力を取り込むことである。背景には、人口減少により将来にわたり内需が縮小すれば、日本経済は衰退してしまうとの懸念がある。
そこで、日本はこれまでASEAN諸国やインドといった目覚ましい経済成長を続けるアジアの新興国を中心にEPAを結んできた。それらは、今日、日本企業による海外との経済関係は、貿易だけでなく投資やその後の現地における事業展開にまで広がりを見せていることを踏まえ、関税の減免(物品市場アクセス)だけでなく、投資や知的財産、ビジネス環境整備等、幅広い分野を対象としている。
2012年に発効した米韓FTAのように諸外国が結ぶFTA(自由貿易協定)の中には、日本のEPAのような幅広い分野を対象にしたものもあり、また、そもそもEPAもFTAの一つである。しかし、外務省は、FTAを「特定の国や地域との間で、物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定」、EPAを「貿易の自由化に加え、投資、人の移動、知的財産権の保護や競争政策におけるルール作り、さまざまな分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定」と定義し、両者を区別している。世界的にはFTAと呼ぶ国際約束を日本は自身が結ぶものについてはEPAとしてきたのは、上記の日本企業による海外展開の実態を制度面で支援しようとの戦略の表れであると理解される。


2. 経済連携の今後


今後、日本が目指す経済連携の在り方について考えると、原則論としては引き続きWTOによる自由貿易体制の拡充とそれを補完するEPAやFTAの推進でよいと思われる。しかし、WTOドーハラウンドが長期間停滞し、当面は決着する気配が感じられない現状を踏まえると、実際にはEPAあるいはFTAといった形で経済連携を進めることになりそうである。そこでポイントになるのは、面的で、重層的で、ハイレベルで、包括的なEPA/FTAにすることである。

⑴ 面的なEPA/FTA
日本企業の海外展開は今や日本との二国間貿易だけでなく、例えば、日本で生産した部品をA国で組み立て製品にし、B国へ輸出して販売するというように面的な広がりがあるケースも珍しくない。その場合、関税の減免と併せ求められるのは、累積原産地規則であるが、日本が主にこれまで結んできた二国間のEPAでは対応できない。唯一、日ASEAN・EPAには同規則が導入されたが、今後は同規則を盛り込んで、既存の複数のEPA/FTAを束ねる形にしたものや多くの国が参加するEPA/FTAをつくり、海外における日本企業によるサプライチェーンの拡充を一層支援することが求められる。
具体的には、交渉中のRCEP(東アジア地域包括的経済連携)やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)において実現可能と思われる。RCEP交渉には ASEAN 加盟10ヵ国と日本、中国、韓国、インド、豪州およびニュージーランドの6ヵ国が参加しているが、同6ヵ国はそれぞれ既にASEANとEPA/FTAを結んでいる。したがって、RCEPは、これら既存のEPA/FTAを束ねる形になるので、累積原産地規則を盛り込んで関税の減免を行えば、同16ヵ国間において上記の支援を行うことが可能となる。また、日本や米国をはじめアジア太平洋をまたぐ12ヵ国が交渉に参加しているTPPも同様である。

⑵ 重層的なEPA/FTA
WTOドーハラウンドが停滞している現状で、日本企業の海外展開を制度面から支援するためには、日本は可能な限り多くのEPA/FTA締結の取り組みを重層的に進めることが求められる。また、そのように進めることにより、互いに刺激し合うので、全体として取り組みが進展し、早く締結に至ることも期待できる。実際、日本が2013年3月にTPP交渉への参加を表明すると、日中韓FTA、RCEP、日EU・EPAの交渉入りが立て続けに実現した。これは、EPA/FTAには貿易転換効果があるので、TPP交渉に参加していない中国やEU、一部のASEAN 諸国等が、そのデメリットを緩和しようとこれらの取り組みに前向きになったためと考えられる。
さらに、重層的な取り組みにより、同時並行的に多くのEPA/FTAを結ぶことができれば、次の段階として、それらをまとめて一つの大きな自由貿易地域を創出することも可能となろう。例えば、TPPと日中韓FTA、RCEPは、APEC参加21ヵ国・地域によるFTAAP(アジア太平洋自由貿易地域)創設に向けた道筋と位置付けられている。政府は、日本がTPPに参加すると、日本のGDPを年0.66%、額にして3.2兆円押し上げるとの試算を公表している。さらに、FTAAPが創出されれば、これを大きく上回る経済効果があると予想される。

⑶ ハイレベルなEPA / FTA
日本がこれまで結んだ全てのEPAで、HS9桁分類で約9,000種類ある貿易品目のうち、関税減免対象から除外しかしたことがない品目数は、農林水産品を中心に約450ある。TPPはハイレベルなFTAにするのが目標であるが、現時点ではどれだけ除外品目を認めるか合意していないようである。仮に約450品目より少ない除外品目数で合意することになれば、日本は今回いくつかの品目で初めて関税の減免に踏み切ることとなる。その場合でも、10年程度かけて段階的に関税を撤廃したり、関税割り当てを導入することにより、また、関税減免の結果、輸入が急増して国内産業への悪影響が出るか、懸念されることになれば、セーフガード等の貿易救済措置により、国内産業への影響を緩和することとなろう。とすれば、当該国内産業にはその間に競争力強化のための対策実行が求められよう。
一方、RCEPや日中韓FTAは、TPPほどハイレベルなものにならない見通しである。ただし、関税減免交渉は、品目ごとに協議して決める「リクエスト・オファー方式」で進めるべきである。除外品目数を決めて、どの品目を除外するかは当事国の裁量で決められる「バスケット方式」では、日本が求める相手国の品目の関税減免が実現しにくくなることが懸念される。
さらに、関税減免分野以外のサービス貿易や知的財産、政府調達等WTO協定と重なる分野では、単にWTO協定を再確認するような規定を設けるのではなく、同協定を上回るハイレベルなものとすることが求められる。

⑷ 包括的なEPA / FTA
包括的なEPA/FTAとは、上記各分野に加え、WTOでは対象にしていない投資や競争政策、環境、労働等の分野も含めたものといえよう。TPPに関しては、これらを含む21分野を対象にしていることから、包括的なFTAになることが予想される。
日中韓FTAでは、交渉対象を15分野とすることで合意したと報じられており、これまでの交渉で関税減免、サービス貿易、競争政策、税関手続き、知的財産権等の分野で議論が行われている。今後は、これらを欠かすことなく同FTAに盛り込むことが期待される。投資分野については交渉で議論されているか不明であるが、多くの日本企業が中国へ投資を行っていることを踏まえれば、日中韓FTAに不可欠な分野である。まずは、2012年に署名された日中韓投資協定の発効が待たれるが、同FTAにはこれを改善した上で組み込むことが期待される。例えば、同投資協定は投資の促進、円滑化および保護に関する協定であるが、投資の許可段階からの内国民待遇および最恵国待遇(いわゆるプレのNT、MFN)を認め、例外について留保表に明記する(いわゆるネガティブリスト方式) 等、投資の自由化の要素を加えることが考えられる。これにより、日本企業は、中国に投資を行おうとする初期段階から、地場企業や他国企業に比し劣後する待遇を中国政府から受けることがなくなる。
RCEPに関しては、2013年5月に開催された第1回交渉会合で、関税減免およびサービス貿易、投資の分野に関する作業部会が開かれ、また、交渉分野について議論されたという。今後、より多くの作業部会が立ち上がり、包括的なFTAとして合意に至ることが期待される。


3. WTOへの反映


日本が以上のポイントを踏まえたEPA/FTA締結の取り組みを進め、また、2013年7月に交渉が始まった米国EU・FTAのように、多くの諸外国・地域間でも同様の取り組みが進めば、世界レベルでその成果をWTO協定に反映させようとのモチベーションを生じさせよう。その結果、将来WTOによる自由貿易体制の強化につながれば、日本は海外からより大きな活力を取り込むことが可能となろう。

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