2013年11月号 (No.719)
1998年にフィリピンの国家プロジェクトとして建設が開始され、2003年より電力を供給しているサンロケ水力発電所。その事業主体として発電所の運営・管理を行う一方、移転住民を支援するCSR活動にも注力。また新規事業として、周波数安定のためのサービスにも乗り出している。
首都マニラから北に約200㎞。ルソン島北部にあるサンロケ水力発電所は、ダムの高さ200m、長さ1,130m、貯水量は東京ドーム700杯分に相当し、アジア最大級の規模を誇る。345MWの水力発電の他、かんがい、洪水調整、水質浄化などの機能を有する。総事業費約1,000億円というこの国家プロジェクトの建設と発電を担う事業主体として、丸紅、関西電力の出資によって設立された現地法人がSan Roque Power Corporation(以下、SRPC)だ。
発電所は1998年に建設が開始され、2003年に完工。同年から電気を供給している。フィリピン電力公社に25年間電力の卸売を行った後、設備と運営をフィリピン政府に移管する契約となっている。そのため、ローカルスタッフへの技術移転にも力を入れており、年1回、数名のローカルスタッフを関西電力の発電所に3ヵ月程度派遣し、そこで実際にチームの一員として発電所の改修作業等に当たらせ、技術移転を進めている。
このプロジェクトは1970年代にすでに計画されていたが、フィリピンでは従来、新規の発電所建設は電力公社が行っており、資金難から実現が見送られてきた。しかし、民間資金を活用して発電所を建設・運営する方法を導入することにより、実現が可能になった。フィリピン政府にとっては、日本の資金と技術を導入することによって、より安定した電力供給が可能になると同時に、日本の技術・経験を取り入れることで、国内の技術力を向上させることができる。
一方、丸紅や関西電力にとっては、フィリピンで使用されている電力量は日本の10分の1以下であり、今後も大きな需要が見込める市場だ。こうした両者の考えが合致し、サンロケ水力発電所プロジェクトは実現に至った。
現在の丸紅は、IPP(独立系発電事業者)事業において国内トップを誇っているが、当時はまだIPPとしての実績が少なかった。このプロジェクトの成功はその後、丸紅がIPP事業に注力していくターニングポイントともなった。
ダムの規模が大きいだけに、建設に際して660世帯の住民移転が必要となり、当初は反対運動も起きた。しかし、フィリピン政府とSRPCが協力し、移転先の村を用意し、住居や学校を建てて生活基盤を整えるなど、移転住民の支援に真摯に取り組んだ。その結果、現在では移転した住民と良好な関係を築いているという。「大規模プロジェクトは、地元の人々の協力なしには成り立たない」との考えから、SRPCでは現在もこうしたCSR 活動を継続しており、10人のCSR担当者が教育支援や医師の派遣など、さまざまな対応を行っている。
しかし、何かをしてあげる活動だけでは、人々の自立を促す活動にはならない。そこで、4年前から新たにマイクロファイナンスの取り組みを始めた。数千円から数万円程度の少額を移転した住民に貸し付け、借りた人はその資金を元手にビジネスを立ち上げるなど、その収益から借金を返済する仕組みだ。ただ資金を貸し付けるだけでなく、その人のビジネスプランをより良いものにするための相談にも乗っている。民間企業がプロジェクト単位でマイクロファイナンスを行うケースは珍しく、「アニュアルグローバルCSRサミットアワード2012」でSRPC社長がCSRリーダーシップ賞を受賞するなど、評価は高い。
SRPCでは、最近新たな事業を開始した。フィリピンでは、電気の供給量が少ないこともさることながら、送電網の周波数が不安定という問題がある。周波数が安定しなければ、工場のモーターの回転速度にバラツキが生じて商品に欠陥が生じるなど、製造現場などで支障が出てしまう。そこで、瞬時に出力調整可能な水力発電の特性を活かし、送電会社に対して周波数安定化サービスの提供を開始した。
周波数の安定した電力が得られることは一部の製造業にとっては重要要件であるため、SRPCのサービスによって既存の工場が恩恵を受けられるのは当然のこと、海外からフィリピンへの新規直接投資や工場進出を促すことにもつながり、国の発展にも貢献する。そうなれば、ますます電力需要が増え、発電ビジネスのチャンスも広がることになる。また、発電量が安定しないために周波数を不安定にさせる要因になってしまう風力や太陽光といった再生可能エネルギーの建設をしやすくすることにもつながるため、間接的にはCO2削減にも貢献し得る。
25年間の契約という安定した状況に甘んじることなく、SRPCはビジネスとCSR活動の両面で、地元へのさらなる貢献を追求しているのである。