水素エネルギーへの 取り組み

岩谷産業株式会社常務執行役員
水素エネルギー部長
宮崎 淳

当社は、水素の国内トップサプライヤーであるとともに、「究極のクリーンエネルギー」としての「水素」に長年にわたり取り組んでおり、水素利用拡大および来るべき水素社会の実現に向けて、水素を安全・安価・安定的に供給する「水素事業者」を目指している。
ここでは、まず水素の特性について述べ、その特性を利用した現在の水素の工業用途から将来の水素のエネルギー利用への当社の取り組みについて紹介する。


1. 水素の特性


水素は、①水や化合物として地球上に無尽蔵に存在している②宇宙ロケット燃料に使用されるほどハイパワーなエネルギー③燃焼しても空気中の酸素と反応して水に戻るだけの究極のクリーンエネルギー④燃料電池の燃料や、大容量の電力を長期間貯蔵するための電力貯蔵媒体に適している、という4つの特性がある。また、化学的性質として優れた還元性を有し、反応性が高い反面、常温で安定に存在すること、酸素との混焼時の火炎温度が高いことから工業用途に広く利用されている。


2. なぜ今、水素なのか


世界の人口はこの100年で15億から70億人へとおよそ5倍となり、気候変動の要因となる温暖化ガスの排出量が増加するなど、全世界でのCO2削減が喫緊の課題となっている。このため、水から生まれて水にかえるCO2排出ゼロエネルギーである「水素」の活用に期待が寄せられ、開発が加速している。また、水素はさまざまな一次エネルギー源から多様な方法で製造できるエネルギーであり、いろいろな形式で貯蔵・輸送が可能であるなどエネルギー媒体としての性質も持ち、燃料電池と組み合わせることにより高効率で電気に変換できる。
産業政策上からも、水素をエネルギーとする燃料電池自動車(FCV)の市場規模は全世界的に大変大きな数字が見込まれており、高度な技術を要する領域の中でも特に燃料電池分野の特許出願数の多い日本においては、産業競争力を発揮できる分野として水素エネルギー活用の意義は大きい。


3. 工業用をはじめとする既存用途に対する当社の取り組み


水素は、石油コンビナート、化学プラントなどで大量に使用されている。また、ガラス分野、半導体分野、金属冶金分野などで使用されている。
現在の国内の水素需要は、石油精製等の自家消費を含めると180億㎥強に達していると推定されるが、そのうち市販水素の需要は約1.4億㎥である。市販水素は、供給形態別に圧縮水素、液化水素、オンサイト水素に大別される。2000年代初期には圧縮水素、オンサイト水素が工業用途の需要を賄い、大口ユーザーにはオンサイト水素で、中・小口ユーザーには圧縮水素で供給するのが一般的で、液化水素はロケット燃料の需要に限られていた。
一方、液化水素は気体の800分の1の体積となるため大量貯蔵・大量輸送が可能となる。専用ローリーで運べば圧縮水素ガスの12倍の量を一度に輸送でき、かつ高純度というメリットがある。PSA等の水素精製装置などの設備が不要となり、ユーザーにおいては貯蔵・精製設備等の省スペース化にもつながる。
当社は2006年に、LNG冷熱を利用して液 化水素を生産・供給する㈱ハイドロエッジを関西電力グループと合弁で建設・稼働(3,000ℓ/h×2系列)した。その後2009年には、東日本初の液化水素製造プラント(3,000ℓ/h)を千葉県市原市の岩谷瓦斯㈱千葉工場に建設・稼働、2013年には山口県周南市に㈱トクヤマと合弁にて山口リキッドハイドロジェン㈱を建設・稼働(3,000ℓ/h)し、本州・四国・九州全域に液化水素を供給できる体制を整えた。現在、液化水素の需要量は4,000万㎥を超えようとしている。


4. 水素のエネルギー利用への当社の取り組み


2011年に、自動車会社3社と岩谷産業を含めた水素供給事業者10社は、2015年にFCVの一般販売を開始すること、および4大都市圏に100ヵ所の水素ステーション建設を行う共同声明を発表している。当社は「水素供給・利用技術研究組合」(HySUT)、「燃料電池実用化推進協議会」(FCCJ)のメンバーとして2015年のFCV一般販売開始に向けて事業成立のための課題解決および社会受容性の確立に取り組んでいる。
FCV量産開始との両輪となる水素ステーションについては、水素供給事業者が掲げる「2015年までに100ヵ所を建設」のうち、当社は20ヵ所の建設を目指している。当社ステーションの基幹装置には、高効率、コンパクトであるドイツLINDE社の「イオニックコンプレッサー」を用いる。課題である建設コストについては、技術開発、仕様標準化、機器の内製化などにより低減を目指す。FCVおよび水素ステーションが広く普及するには、高圧ガス保安法や消防法、建築基準法などの関連法規の見直しが必要であり、これについては関係省庁のご協力を頂きながら再点検の作業が進められている。
地域エネルギー・マネジメントシステム(CEMS)による電力需給の最適化を図る「北九州スマートコミュニティー創造事業」において、当社は高齢者福祉施設に水電解装 置、水素貯蔵タンク、固体高分子型燃料電池(5kW)を設置し、施設に電気と温熱を供給しながら地域の電力が余剰であるときには水素に変換して貯蔵し、電力需要が増えると燃料電池を稼働させて電力供給する「水素による電力貯蔵・発電システム」の実証実験を行っている。また、パイプライン敷設で一般家庭への水素供給実証を行う「北九州水素タウン」においては固体高分子型燃料電池(1kW級)での実証中であり、他にもリン酸型燃料電池(100kW級)による「地域のエネルギー需給バランス調整」の実証などに取り組んでいる。


5. 水素事業構築に向けて


当社は、1958年尼崎に水素ガス製造会社をいち早く設立するなど、水素事業に対しては積極的に取り組みを行っており、今後も液化水素製造拠点を中心に同事業を推進していきたい。
水素社会の実現に向けては、水素インフラ整備やFCVをはじめとする市場を創出することが第一であることから、国のご支援の下、関連業界と協働して水素ステーションの先行整備に努める。これまで培ってきた水素に関するノウハウ、技術や当社の経営資源を活かしながら力を注ぎ、水素エネルギー事業基盤を構築していきたいと考えている。

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