テイン・セイン政権の3年:改革の成果とポスト2015年

アジア経済研究所 新領域研究センター長
工藤 年博

新生ミャンマーと改革

2011年3月30日に23年ぶりの民政移管によって誕生したテイン・セイン政権が、民主化、経済開放へ向けた大胆な改革を始めてから 3年が経過した。この改革によりミャンマーは欧米諸国をはじめとする国際社会との関係改善を実現し、グローバル経済へ再参入し、経済成長を追求する国際環境を獲得した。ミャンマーは国際社会の「パリアー(嫌われ者)」から一転、「アジア最後のフロンティア」と呼ばれる新興国として立ち現れた。ミャンマーにとって、この3年は歴史的転換点であり、希望に満ちた幸せな時間となった。

テイン・セイン政権は改革を段階的に進めてきた。第一段階は、政治改革およびそれによる国際関係の改善である。この改革の成果がミャンマー・ブームを引き起こした。現代において、米国との関係改善がどれほどのインパクトを持つか、端的に示す出来事であった。

第二段階は、経済改革である。経済改革は政治改革とは性格を異にする。リーダーが決断することで大きく進展する政治改革とは違い、経済改革は成長の基盤をつくり上げるプロセスである。規制緩和、自由化は経済改革の重要な要素だが、それだけで自動的に成長が始まるわけではない。各分野で改革は進んでいるが、ひとたび制度、インフラ、人材をつくり上げる段階に入ると、その進しんちょく捗は必ずしも順調とばかりはいえない。考えてみれば、ミャンマーは半世紀にもわたって実質的に国を閉ざしてきたわけで、国際社会に復帰したからといってすぐに成長に必要な基盤を構築できるはずもない。これは長期戦にならざるを得ない。第三段階は、行政改革である。汚職撲滅や国民の声に耳を傾けるための改革であるが、これに時間がかかることは言うまでもない。


このように、ミャンマーの改革において課題は山積している。しかし、繰り返しになるが、テイン・セイン政権の改革の最大の成果は、国際社会との関係を改善し、グローバル経済へ再参入し、経済成長を追求する国際環境を整えたことである。このインパクトは過小評価すべきではない。一つの事例として、外国投資の受け入れ件数の推移を紹介しよう(図)。2012年度(4-3月)以降、認可件数が大幅に増加していることが分かる(ただし、認可金額で見た場合、2010年度、11年度に比較して、12年度以降は減少している。これは中国、タイなど近隣諸国による資源開発案件が少なくなったためである)。そして、最大の受け入れ分野は製造業である。テイン・セイン政権の改革の結果、欧米の制裁が大幅に緩和・解除され、外資にとってもミャンマーは生産拠点として視野に入ってきたのである。

2015年総選挙へ向けて

大胆な改革を推し進めてきたテイン・セイン政権であるが、その任期 5年の折り返し点を過ぎ、2015年終盤に予定される総選挙へ向けて、難しいかじ取りが求められている。アウン・サン・スー・チー氏率いる最大野党・国民民主連盟(NLD)が参加をボイコットした前回(2010年)の総選挙と異なり、今回の総選挙では与党・連邦団結発展党(USDP)の苦戦が予想される。次期大統領を目指すスー・チー氏は、自らの大統領就任を阻む憲法59条f項(本人、両親、配偶者、子供とその配偶者が外国国民であってはならないとする規定)の改正を求めている。ところが、憲法改正には議会の4分の3を超える賛成が必要で、議会の4分の1を占める軍人議員が実質的な拒否権を握っており、憲法改正の道筋はまだ見えていない。2015年の総選挙でNLDが大勝しても、党首のスー・チー氏が大統領に就任できないとなると、政治状況が流動化することもあり得るのではないか、と懸念する声がある。

こうした懸念は理解できる。しかし、テイン・セイン政権の3年を振り返れば、ミャンマーは2015年をうまく乗り切るのではないかと私は考える。今回の改革は国軍が主導し、それにスー・チー氏が呼応したものである。国軍の理解と支援がなければ、これだけ大胆な改革は実現するはずはなかった。テイン・セイン大統領の権力基盤も国軍(退役軍人を含む)なのであるから。国軍は23年間の孤立を通じて、国際社会に復帰する以外に発展の道はないと理解している。そして、そのためにはスー・チー氏との協力が必要なことを了解しているのである。「ポスト軍政」は20年以上にわたる国軍と民主化陣営(スー・チー氏)との―国際社会をも分断し、巻き込んだ ―消耗戦の末に到達した、両陣営の穏健な協力体制によってようやく幕を開けることができたのである。スー・チー氏も自身の年齢を考えれば、妥協する他はなかったのだろう。

両陣営が、現在の穏健な協力体制が国民生活の向上と漸進的な民主化を進めるのに最適であると認識しているならば、2015年総選挙の結果がどうなろうとも、相手に決定的なダメージを与えるような政治的動きはしないだろう。両者が改革の原点を忘れることがなければ、ポスト2015年にも改革路線は続くはずだ。

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