商社および日系機関の現地駐在員 代表が語るミャンマーの今

三菱商事株式会社 ミャンマー総代表 兼 ヤンゴン駐在事務所長井土 光夫
豊田通商株式会社 ヤンゴン事務所 所長黒木 雄二
独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)ヤンゴン事務所 所長高原 正樹
伊藤忠商事株式会社 ミャンマー代表 ヤンゴン事務所長広江 透
三井物産株式会社 ヤンゴン事務所 所長室田 有輔
アジア大洋州住友商事会社 ヤンゴン事務所長妻鹿 英史
双日株式会社 ヤンゴン支店 支店長森 博文
丸紅株式会社 ヤンゴン支店 支店長黒田 浩司(司会)

1. はじめに

ミャンマーとの関わり


丸紅株式会社
ヤンゴン支店 支店長
黒田 浩司氏

黒田(司会)
本日は各商社の皆さんの他、JETROヤンゴン事務所長の高原さんにもご出席いただき、ミャンマーの最近の投資動向や政治経済動向、ミャンマーにおけるビジネス環境や留意点、また日本とミャンマーとの関係強化に向けた今後の支援の在り方などについてお話しいただきたい。初めに自己紹介を兼ねて、皆さんのご経歴とミャンマーとの関わりから始めたい。

私は丸紅でプラント・産業機械部門、中でも特に長く関わってきたのが産業機械関係である。一方、2004-10年までシンガポールに駐在し、電力分野のEPC(設計・調達・建設事業)案件やIPP(卸電力事業)案件も担当。残念ながらその当時はミャンマーに関わる直接の案件はなかった。当地へは2013年4月から赴任しているが、まさにビジネス環境が激変する中で、各種案件の開発に取り組んでいるところである。

黒木(豊田通商)
私は自動車販売部門の出身で、ミャンマーの駐在は今回で2回目となる。1回目は、2000-02年にかけて、トヨタ自動車の販売サービス会社「T.T.A.S」社長として、2年間勤務をしていた。その後、カンボジア、タイ、インドに駐在した後、2013年1月からミャンマーに再び赴任している。

(双日)
私は入社以来、開発途上国の空港、港湾、道路橋梁、きょうりょう水などのインフラ事業およびプラント事業に約30年携わってきた。海外駐在はケニア、フィリピン、ベトナム、そしてこのミャンマーが4ヵ国目となる。現在はミャンマーで特に農業・食糧を中心とする生活産業事業に注力している。赴任後2年が過ぎ、ようやくミャンマーの政治・ビジネスの実態を理解できたところである。

広江(伊藤忠商事)
私は繊維部門に配属され、欧米への繊維製品の販売を担当していた。ニューヨークが最初の駐在先で、その後、香港、中国の青島、そして、ミャンマー赴任前はロンドンに駐在していた。近く帰国の予定であるが、ミャンマー駐在は2014年で5年になろうとしている。私がこちらへ赴任した時にはまだ軍事政権下で雰囲気が全く異なり、社会全体に非常に緊張感が感じられた。以来、変化に富んだ5年間を経験できたと感じている。

高原(JETRO)
JETROのヤンゴン事務所は、1997年の第1次ミャンマーブームの時、所長だけが駐在する事務所として立ち上げられた。私は所長として5代目に当たり、2012年5月に着任した。東南アジアで仕事をしたいという希望もあってJETROに入職したが、ニューヨーク、上海を経て、ミャンマーが3ヵ所目となる。ミャンマー人のスタッフと一緒に仕事をして、過去2ヵ所では感じ得なかった仕事のしやすさ、心地よさを日々感じているところである。

室田(三井物産)
私は入社以来、肥料や農業に関わる仕事をしており、2003年から2008年まで駐在していたチリでは肥料製造販売会社の経営に携わっていた。その前の海外駐在は1990年代半ばになるがケニアでODA関連の仕事に従事していた。肥料の日本からの輸出商内で東南アジア各国へはよく出張したが、その中でもミャンマーは、肥料を日本から輸送するにはマラッカ海峡を抜けて少し辺ぴな場所にあるため、商売をするには非常に難しい国であると思っていた。今回ご縁があって2013年4月にヤンゴンに着任することとなり、会社の期待は今までの職務経験からしてODAや農業などの分野でのビジネスを開拓することと理解しており、その期待を肝に銘じて日々仕事に取り組んでいるところである。

井土(三菱商事)
私は2012年1月にインドネシアから異動してミャンマーに赴任してきた。今から2年前の事である。インドネシアには2回、計13年滞在した。2年前にミャンマーに赴任した当時は、「インドネシアから約30年遅れている」という印象を持ったが、その後の変革のスピードの速さにも驚いている。当社では機械グループ、中でも重電・発電機器を扱っており、特に東南アジア一帯を転々としていた。当社の事務所も10人以上の態勢となり、今後の成長が楽しみである。

妻鹿(住友商事)
私は、産業機械、電力プロジェクト、国内電力事業を経て、2012年10月末にヤンゴンに着任した。これまでインドネシア、ベトナム、インドに駐在したが、それまではミャンマーとの関わりはなかった。2013年4月から1年間、ヤンゴン日本人商工会議所の会頭を務めさせていただいている。当社のヤンゴン事務所は2014年で開設60周年目を迎え、1年半前には日本人1人、現地スタッフ12人であったが、首都ネピドーの事務所も含めると、現在、日本人駐在員11人、現地スタッフ24人を抱えている。

2. 最近のミャンマーの投資動向

黒田(司会)
ミャンマーは経済自由化が進み、日本からも投資が拡大の一途をたどっている。

また、日ミャンマー両国が官民一体となった「ティラワSEZ(特別経済特区)」開発も着実に進められており、ミャンマー進出を検討している日本企業の関心も高まっている。まずJETROの高原さんから、対ミャンマー投資
動向についてコメントを頂きたい。


独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)
ヤンゴン事務所 所長
高原 正樹氏

高原(JETRO)
現在、ミャンマーに多くの方が関心を持っており、商社各社の皆さまも本当に忙しい毎日のことと思う。JETROは海外73ヵ所に事務所を設けているが、ヤンゴン事務所は、現在、日本からの来訪客を最も多く受け入れる事務所となっている。

最近感じることは、以前は大企業の方や、日本商工会議所、日本経団連などの大型ミッションの訪問が多かったが、最近は地方の自治体、商工会議所、経済団体、銀行の方々に広がりを見せ、関心を寄せる層も中小企業へと裾野が広がっていることである。

ヤンゴンに着任する前は、ミャンマーには製造業の方々が製造拠点の新設や移設等に関心を持って来訪されると想像していたが、実は、製造業をはるかにしのぐ数の他の業界の方々が、6,000万人の消費人口に狙いを定め、足繁く訪問してきているということに気付かされる。例えば、物流、建設、二輪・四輪車販売、家電販売、消費生活用品の販売、小売業、広告代理店といった分野の方々が一斉に押し寄せてきている状況にある。また、日系企業の進出が進むことを見込み、弁護士・会計士事務所、コンサルティング事務所などの進出も活発化している。ミャンマー日本人商工会議所の会員数は、2014年3月末で146社に達したが、2年前までは50社程度であった。それが一気に2年で約3倍に膨らんでいる。

日本企業がこぞって進出したのは、ミャンマーで唯一の国際標準の設備を備えた工業団地と評価される「ミンガラドン工業団地」であるが、2年前の段階で全区画が売却済み、あるいは着手金が払われた予約済みであるため、現在では「進出することのできる工業団地が見当たらない」という感想を多くの企業が持っている。労働集約的な軽工業の場合、特定の工業団地にこだわる必要はないのかもしれないが、高付加価値品の製造では、他の工業団地では候補にならないという状況にある。

また、製造業の方々が挙げる問題が電力不足である。ミャンマーは電力供給の約75%を水力発電に頼っており、乾期が半年続いた後の4-5月には電力需給が逼迫し、工業団地は軒並み計画停電対象となる。2013年は1月から夜間の計画停電がスタートし、2月に日中5時間の停電が追加され、2013年5月には1ヵ月間、電力供給がないこともあった。そのため進出各社は、自家発電機での電力供給が必要となったが、燃料が輸入ディーゼルオイルであるため通常の2倍から2.5倍程度の電力経費が追加で必要となる。また、瞬間的な停電によって工程が無駄になる産業もある他、電圧が一定ではないことから溶接作業には不向きである。自動車関連企業の中には、電力が供給される時間帯であっても自家発電で対応するところもあると聞く。

日本で新聞報道やテレビ等をご覧になっている方々は、製造業も含め、ミャンマーへの進出ラッシュが起きているように映るかもしれないが、今はインフラ受注やミャンマー市場を目的とした企業による「拠点づくり」が進んでいる状況であり、日本企業の製造業の本格的な進出ラッシュはまだ始まっていないというのが私の印象である。しかし、この進出ラッシュの契機となると思われるのが、2015年夏に開業を予定している「ティラワSEZ」の開発である。これは日本の商社が手掛ける第一級の工業団地を、日本の円借款を利用してインフラ整備を行う計画である。製造業の進出を阻むインフラ課題が解決されることにより、ミャンマーに対する製造業の進出ラッシュが始まるのではないかと強く期待をしている。

井土(三菱商事)
実は日本企業の進出が少ないだけで、例えば台湾、香港、韓国も含めて、多くの外国企業が進出している。ティラワSEZに関して言えば、香港の縫製業界50社が40haを購入しようという勢いである。実はその背後には100社以上が控えており、ティラワSEZの敷地100ha全てを購入したいという話があるほどである。やはりミャンマーを魅力的に思っている人にとって、特に国内市場6,000万人という市場は非常に大きい。

室田(三井物産)
台湾や韓国の企業にとっては、ミャンマーの電力不足は所与であるというスタンスであり、彼らはインフラが不十分な状態の中で競争している。日本企業の多くは、電力を含むインフラ整備が不十分なミャンマーに即刻参入するという決断を早期に行うのは難しいのかもしれない。

広江(伊藤忠商事)
当社は2002年に自社投資でミャンマーに縫製工場を立ち上げた。これは合弁であったが、現在は100%当社が運営をしている。確かに電力不足の問題はあるが、その他にも、現地通貨「チャット」の為替レートの問題もある。赴任した当初は対ドルレートが1,200チャットであったが、2013年あたりは、700チャットにまで値上がりした。現在は980チャットであるが、ミャンマー進出の判断として、為替の要因も大きい。

その一方で、豊富な労働力、素直な国民性に加え、日本に対する理解も深く、日本企業で働きたいというミャンマー人は多い。製造業を営む場合には技術指導が必要になるが、技術指導をされる方からもミャンマーに対する不満を聞くことは少ない。労働集約型ということであれば、克服できる部分も多いのではないかと思う。

黒田(司会)
日本の製造業は、より付加価値の高いビジネスにシフトする傾向が強く、電力やその他のインフラが整わないと進出が難しいという見方があるかもしれない。

高原(JETRO)
縫製分野では、もう少し日本企業の進出があってもよいかもしれないという印象はある。縫製工場は賃金の安い国に動いていく業態と考えているが、中国で賃金が上がり、タイでも賃金が上がり失業率が1%を割るような状況の中で、もう少し労働集約的な産業がスピード感を持って進出してもよいのではないか。

井土(三菱商事)
ミャンマーの場合、加工貿易を行うための原材料を中国やベトナムから輸入しなければならないが、この貿易手続きが非常に煩雑であることも、ハードルを高くしているのではないか。ティラワSEZでは、フリーゾーンの保税地域が設けられるため、輸入、加工、そして輸出という一貫性、透明性が保たれる仕組みが出来上がれば、一気に日本企業の進出は加速するのではないか。材料の入手経路もボトルネックになっている。

広江(伊藤忠商事)
中国から工場をミャンマーに移設したいという話を聞くことが多いが、中国で享受しているサービスをミャンマーでも受けることができ、かつ賃金も安いという想定の下で来られる場合が多い。しかし、ミャンマーはインドネシアから見ても30年ぐらい遅れている。ミャンマーに進出する場合は、進出する側がミャンマーに対して支援をするという認識が必要。中国では、日本語や日本の常識への理解もあるという前提であると思うが、ミャンマーでは簡単には話は進まない。

高原(JETRO)
2013年末に国際金融公社(IFC)が、「Doing Business Index 2014」を公表した。その中で、ミャンマーは189ヵ国中、ビジネスのしやすさでは182番目、下から8番目で、新規事業を起こす難しさでは189ヵ国中で最下位である。その他、「契約の履行」「投資家保護」の項目でも最下位に近い。この指標を見ると「ミャンマーは本当に投資するのにふさわしい国なのか」と疑問に思われるかもしれないが、やはりこの国には進出のメリットも多く、特に6,000万人超の潜在的な市場は大きな魅力である。

井土(三菱商事)
「コンプライアンス」の項目でも、ミャンマーは 140番目あたりであったが、インド、バングラデシュ、パキスタンよりも低く評価されているのを見ると、「本当に現地で調査をした結果なのか」という疑問も感じる。実際の印象としては投資に適している国であると思う。

黒木(豊田通商) 投資の方はあまり伸びていないが、日本の技術者は数多くミャンマーを訪れており、日本が求める品質管理を行っている。技術移転や取引量の拡大を見ると、日本とミャンマーとの間での取引は順調に拡大しているという見方もできる。


双日株式会社
ヤンゴン支店 支店長
森 博文氏

(双日)
弊社でも繊維の委託加工を行い日本向けに輸出しているが、工場のオーナーは韓国系の場合もある。日本が直接投資をした工場ではなくても、十分に日本が求める品質を製造することは可能で、ビジネスとしては成り立つと思う。例えば靴の製造も、ブランドの靴を受注した台湾メーカーがミャンマーに一次加工を発注しているケースもある。日本からの直接投資額がまだ少ないことは確かかもしれないが、実際のビジネスと商品は日本にも流れている。

広江(伊藤忠商事)
繊維分野の投資について言うと、既存の工場の製造ラインを借りて、その中に投資をしていくというやり方も多い。これは直接投資上の統計には数字として表れてこないかもしれない。労働集約型の産業は、徐々に増えており、ミャンマー商工会議所会頭からは「50社は超えている」と言われたこともある。縫製業や靴の製造、中でも軽工業については、今後も増加傾向にあるのではないか。

黒田(司会)
今の話で見えてきたように、日本企業の直接投資はまだ少ないものの、日本企業のミャンマーに対する関与は相当に増えていることが分かったように思う。続いて伊藤忠商事の広江さんから、最近のミャンマーの政治経済動向についてコメントいただきたい。

3. ミャンマーの政治経済動向と展望

広江(伊藤忠商事)
2009年にミャンマーを訪れた時には、ダイハツの初代の「ミゼット」など、非常に古い車が走り、道路の渋滞もなく、2週間に1組、来客があるかないかという閑散とした状況であった。それが2010年以降、大きく変化した。民主化のロードマップ7段階のうち、4段階までが完了し、新憲法が制定された2010年には総選挙が行われ、その翌年に議会が招集され、テイン・セイン政権が3月にスタートした。

2011年8月にテイン・セイン大統領がアウン・サン・スー・チー氏と会談し、同年9月にはインドネシアで米国のオバマ大統領がテイン・セイン大統領と会談したことで、一気に経済制裁が緩むのではないかという期待感が高まった。そして、同年12月にクリントン国務長官がミャンマーを訪れ、その直後に日本からも玄葉外務大臣、翌年1月に枝野経産大臣などが来られて、日本でも一気に投資の機運が高まった。

政治的な側面では、現政権は民主化路線を順調に推進してきているが、ミャンマー企業のオーナーと話をすると、彼らは一様に、2015年以降の政治動向の行方を気にしている。そういう中で、テイン・セイン大統領よりもシュエ・マン下院議長の方が対外的な外交舞台に登場することや動きが非常に目立ってきた。シュエ・マン議長は大統領職に対して意欲を見せ、旧政権のナンバー 3に位置していた。周辺には政商出身の議員もかなり抱えているが、ミャンマー国内企業にとっては、再び統制が厳しくなるのではないかという懸念もある。実は、シュエ・マン議長に追随して外国投資を加速させることに慎重姿勢なのはスー・チー氏である。スー・チー氏も国内企業を育ててから外国投資を入れるべきだという点では、シュエ・マン議長と同じ考え方を持っている。テイン・セイン大統領に対しては、来期も続投してほしいという声は根強いが、健康上、難しいかもしれない。そうなると、シュエ・マン議長、スー・チー氏、あるいは軍の最高司令官などが、今後の政権のキャスティングボートを握っているのではないか。

経済面で見ると、ミャンマーに着任した当初は、ほとんどの人が民族衣装の「ロンジー」を身に着けていたが、海外の文化が流入し、それに刺激されて消費も伸び、輸入もかなり増加している。必然的に物価も上昇し、ヤンゴンの不動産価格は現在も異常な状況にある。外資導入によって製造業を誘致し、雇用機会を生み出し、物を生産して輸出するというプロセスが生まれないと、この国は立ち行かなくなるのではないかという懸念もある。経済動向を見ると、先ほど申し上げたような外資誘致を抑制するといった政治的なブレーキをかけることは難しいのかもしれない。

日本はミャンマーとのつながりが強く、過去4,000億円を超える円借款の負債を免除した他、製造業の注目度も高く、今後も日本の役割は大きい。インフラ整備が優先されないと日本企業の進出は拡大しないと思うが、ビジネス機会がますます増える可能性は高い。

(双日)
ミャンマーにおける基礎インフラ整備の遅れは、長年の経済制裁による影響もあるが、資金の借り入れに対するアレルギーや抵抗感も一因かもしれない。発展途上国では、政府がソフトローンを借りて基礎インフラを整えるのが通常だが、ミャンマー政府は資金の借り入れに関しては極めて慎重な姿勢である。ミャンマー政府は基礎インフラ整備全体をBOT、PPPなどのスキームで外国民間企業に丸投げする傾向があるが、収益があまり出ない部分のインフラ整備は政府が自ら実施しないと、事業全体が暗礁に乗り上げ遅延することになりかねない。またエネルギー資源開発なども、外国企業への丸投げでは国の貴重な資源・資産を外国企業にコントロールされてしまう危険性もある。


三井物産株式会社
ヤンゴン事務所 所長
室田 有輔氏

室田(三井物産)
海外から製品を買い続ける一方、国内で国が責任をもって基礎インフラ整備を行い、製造業が生まれなければ、貿易赤字が膨らみ再びドル不足に陥ってしまう。基礎インフラ整備に国が政策を打ち、日本の円借款のように、据え置き期間が10年、金利が0.01%といった好条件での資金を借り入れて国づくりを進めなければ、持続的な発展は難しいのではないか。また、2018-20年ごろにかけて、現在開発中の新たな天然ガス田からの生産が始まり、深海鉱区でも2025年ごろに大量の天然ガスが産出される可能性があるといわれるが、天然ガスをいかに活用し産業を創り出していくべきか、ミャンマー側に提案していく必要があると考えている。


井土(三菱商事)
経済制裁の下で外国の制度金融とのコミュニケーションが取れず、借り方や資金運用のノウハウもなかったことは確かである。しかし、この2年で相当に変化したことも確かである。当初は、「円借款とは何か?」「これは無償案件ではないのか?」という反応も見られたが、テイン・セイン大統領が訪日した際には、円借款の要請リスト14項目を提出していた。最も大きな課題は、国内金融制度が脆弱でぜいじゃくあることかもしれない。2013年になって地場の銀行による融資が可能になり、2014年には外国銀行の融資も可能になるが、市場を開放しているのに金融活動を開放しなければ資金は流入しない。

室田(三井物産)
ミャンマーでは外資の資金調達方法は極めて限定的で土地を担保として要求する国内銀行から土地取得が認められていない外資は融資を受けられない。また借りられたとしても金利が13%と非常に高いという課題がある。産業を育成する上で、自己資本だけに頼ることは大変難しい。消費資材については製品輸入販売から原材料を購入して製品を自国で製造する産業化を図っていくことは極めて重要な施策であり、銀行からの融資を適切な金利で調達し事業を進める必要がある。外国銀行に対して営業ライセンスが賦与されるという話があるが、外資向けも含め健全な融資活動ができなければ意味がない。その制度改革については、われわれからも強く訴えていく必要があり、それが今後のミャンマーへの投資や経済発展にもつながると思う。

4. ミャンマーにおけるビジネス環境、成長が期待される産業

黒田(司会)
続いて座談会の大きなテーマである、ミャンマーにおけるビジネス環境の課題と展望に話を移していきたい。まずミャンマーにおけるビジネス環境、成長が見込まれるビジネス、産業のポテンシャルについて、住友商事・妻鹿さんからコメントをお願いしたい。

妻鹿(住友商事)
ミャンマーは「アジア最後のフロンティア」である。インド、中国、タイ、バングラデシュ、ラオスに囲まれているという地理的優位性もあり、今までも話題に出ている6,000万人超の市場の他、豊富な天然資源、廉価な労働力が魅力であり、親日国ともいわれている。

日本政府からもミャンマーに対して大きな支援を頂いているが、ここまで日本政府が支援を約束している国は他にはないのではないかと感じる。もちろん良いことばかりではなく、今までも話題に出ているように、電力・通信・物流をはじめとする脆弱なインフラ、法整備等が不十分といったソフト面での問題もある。また、2015年の大統領選挙の行方、あるいは少数民族であるロヒンギャ族の問題、イスラム教と仏教との争い等々、不安定な社会情勢もないわけではない。また、直接投資をするときのパートナー選びが難しいため、進出をちゅうちょされる日本企業も少なくないかもしれない。一方、成長が期待される分野としては、インフラが未整備の裏返しとして、旺盛なインフラ需要がある。ティラワSEZの工業団地開発が進めば外国投資も拡大し、ビジネス機会の拡大にも期待が高まる。また、この国の将来のことを考えると、農産物輸出、あるいは食品加工業を通じて、外貨獲得が必要ではないかと考えている。

高原(JETRO)
今後の注力すべき産業について、商業大臣やミャンマー商工会議所会頭と話をすると、やはり「農業を支援してほしい」と言われる。農業はミャンマーの基幹産業であるが、人力に頼る農作業を効率化させることは重要であり、われわれも日本の農業機械の導入について検討している。農業分野については問い合わせも多く頂いており、「特定サイズ・種類のキュウリをミャンマーで栽培したい」という相談や「カップラーメンで使う乾燥野菜をミャンマーで乾燥した上で日本に輸入したい」という相談などの具体的な引き合いは増加傾向にある。ミャンマーの農業分野は規制が厳しい分野であるが、外国企業が手を差し伸べ、開拓する余地は大きい。


三菱商事株式会社
ミャンマー総代表 兼
ヤンゴン駐在事務所長
井土 光夫氏

井土(三菱商事)
この他成長が期待される分野としては、やはり観光産業があるのではないか。日本のノウハウを導入・移転するなどして、ぜひ、拡大させてほしい。先日、ベンガル湾に面したナパリに家族で旅行したが、大変に奇麗な場所で、ホテルやロッジ等の宿泊施設も、欧米人のマネジメント、シェフも常駐しており、管理が行き届いていることに驚いた。

(双日)
農産物輸出の課題の一つは国内物流である。実際、マンダレー周辺の北部地域では、さまざまな種類のおいしい野菜や果物が低コストで収穫できるにもかかわらず、ヤンゴンの市場には出回っていない。輸送の間に傷んでしまう、輸送コストが高い、等が主な理由である。ヤンゴンの市場で出回る野菜や果物はヤンゴン近郊の農作物が多い。物流の問題を解決しない限り付加価値の高い果物(例えばマンゴーなど)は輸出に至らない。また北部地域で収穫される野菜や果物の多くは中国に安い値段で売られているようだ。

室田(三井物産)
農業分野は、農業技術も含め、日本が官民を挙げて支援していくべき分野であると思うが、商社が大きな規模の事業を行う場合、さまざまな難題にぶつかってしまう。水稲も、日本であれば農業技術が定着し収穫時期になると穂の高さが一定にそろうが、ミャンマーでは農家による自己採種が主流であるため品種が交雑し穂の高さがそろわず、機械を導入しても刈り取りが難しく効率が悪い。また、農産物の農村から消費地への物流インフラが未整備で、例えば米の場合は農道が整備されず乾燥設備が農村にないため、収穫された米が産地で腐ってしまう比率が非常に高く、競争力ある輸送手段として有効な内陸水路の改善を含め、物流インフラ開発も必要不可欠である。これら農業現場である課題の解決を商社の資金だけで対応できることは限られ日本政府にもODAなどで協力していただきたいところである。

今後、生活水準の向上に伴い食生活にも変化が生まれ食肉への需要が増加すると、家畜用飼料としてトウモロコシや大豆の大規模栽培が必要になってくる。どちらもミャンマーでは既に栽培されており基盤整備事業などを通じ規模の拡大は可能である。大豆の場合は搾って油にするという搾油事業を通じ、家畜用飼料として重要なタンパク源の確保につながる。これらの大規模農業事業を行うための基礎インフラ整備や技術の導入は民間だけではやり遂げることは難しく、日本勢が官民一体となって課題の解決に取り組んでいきたい分野である。

広江(伊藤忠商事)
ミャンマーの1人当たりGDPは、ヤンゴンでは2,000ドルに近づいているといわれる。1人当たりGDPが2,000ドルに近づいている国民が、ヤンゴンに600万人いることを考えると、これは結構大きな市場であると思う。2,000ドルの生活水準になると、コンビニも含めた、スーパーマーケット業態が拡大した規模になる。3,000ドルで外食産業、4,000ドル超になればクレジットカードが普及するといわれているが、ヤンゴンであれば、近い将来的にはコンビニやファーストフード等を含めたサービス業も採算が成り立つところが出てくるのではないか。

(双日)
ミャンマーは経済の要がヤンゴンに一極集中している。例えて言えば「東京はあっても、大阪や名古屋がないような国」である。南北2,100㎞に広がる国の中に、第2、第3の商業都市をつくらない限り、持続的な発展は難しいのではないか。その中で一番のポイントになるのは、北部地域の住民のほとんどが農民であるということである。今後のビジネス環境の課題としては、南北の各分野の流通がいかに迅速に進むかにかかっている。


アジア大洋州住友商事会社 ヤンゴン事務所長
妻鹿 英史氏

妻鹿(住友商事)
最近、ミャンマー日本人商工会に加盟された企業には、まさに物流企業が多く、2014年4月からは、「流通サービス部会」から「運輸部会」が独立する予定である。道路は円借款の手当てが難しい事業分野ではあるが、今後のミャンマーの成長にとって重要なポイントであると思う。

広江(伊藤忠商事)
ミャンマーの東西経済回廊の構想では東西幹線を建設するという話であるが、西方地域には河川も発達しているため、南北には水運を開発し、東西は道路でつなぐのが効率的ではないかという気もする。特に河川はミャンマー人にもよく利用されている。インフラ整備に携わる方は、「道路、鉄道がまずは必要」というが、少し視点を変えてもよいかもしれない。

黒田(司会)
日本の某物流会社は、バージ船(はしけ船)とトラックを活用した物流を検討している。米の出荷についても、こうしたコンビネーションが必要かもしれない。

5. ミャンマーでビジネスを進める上での留意点

黒田(司会)
次にミャンマーでビジネスを進めるに当たっての留意点について議論を進めたい。三菱商事の井土さんからコメントをお願いしたい。

井土(三菱商事)
まずビジネスインフラ、特に人材確保と労務関連についてである。市場が開放され、外国企業のミャンマー進出が拡大しているが、ビジネスを理解し、英語に堪能な人材は不足している。そういう状況の中で、人材を確保・育成し、給与体系を含む人事制度を構築することは、進出企業の大きな課題である。人件費は、割安感はあるものの賃金が上昇していることは事実であり、今後の賃金上昇のテンポが懸念される。

また、通信・電力・水道のインフラも脆弱であり、外国人用には割高感のある徴収料金体系になっている。外国企業に適したオフィスや住宅も需要に対して供給が追い付かない状況にある。賃貸料やホテルの宿泊料も急騰し、かつての2倍、3倍に跳ね上がっている。

2012年11月に外国投資法が改定され、2013年1月ごろに細則が発効されたが、外資参入の規制分野が多く、非常にあいまいな記載も多い。実際にミャンマー投資局で交渉をしなければならないことも多く、その時の担当官の裁量で決まるという課題もある。

2つ目は、外国企業には輸出入業務が許可されないという実態がある。長い間、経済制裁を受け、軍事政権下で貿易収支のバランスを常に保っていたという状況が続いてきたが、これは輸入を制限していたということである。外資には卸売業が認可されておらず、商社にとっては非常に大きな足かせとなっている。小売業も2015年までは様子見という状態にあり規制されたままである。トレーディングができないということは、事業投資をしていく上で、設備や機材の輸入のみならず、実際に物を販売できるのかという、根本的な問題にまでたどり着いてしまう。


豊田通商株式会社
ヤンゴン事務所 所長
黒木 雄二氏

黒木(豊田通商)
トレードができなくなったのは2002年からで、それまでは当社は現地法人が輸出入を行っていた。もともとミャンマーは「エクスポート・ファースト・スキーム」という、「輸出した時の収入の外貨で輸入を進める」という政策を取っており、1990年代半ばごろから農水産品を輸出し、それで得た外貨で、当時は自動車、部品、せっけん・洗剤の材料等を輸入していた。それが突然、2002年にトレード禁止となり、現在に至るまでその現地法人は休眠状態にある。

今、この状況の中で商社によるトレードが可能であれば、日本の製造業のミャンマー進出に際しても、お役に立つことができるのではないか。現在は、製造業各社はトレードのところも自分でやるか、もしくはミャンマー企業に委託するという選択となる。これが製造業の進出に関してハードルを上げている要因の1つかもしれない。トレードはミャンマー人でも可能であることから外国人が参入しなくてよいという考え方があるとは思うが、製造業の進出を後押しするような形で商社機能を発揮することは、ミャンマー人が経営するミャンマー企業では難しい。

黒田(司会)
いろいろなビジネス上の課題の中で、人件費、人事制度、人材確保を挙げられていたが、この点については皆さんも頭を痛め始めているところだと思う。それについてコメントがあればお願いしたい。

妻鹿(住友商事)
当社はこの1年半で現地スタッフを12人から24人まで増やしたものの、特に若手の英語力の欠如が顕著であり、円滑なコミュニケーションによる一層の人材活用を図るためには、日本人の若手にミャンマー語を勉強してもらう方が、効率的かもしれない。

室田(三井物産)
やはり優秀な人材の引き抜きが始まりつつあることは感じる。この傾向はこれから本格化する欧米企業の進出によりさらに環境は厳しくなると予測している。人材育成は中期的な視点で取り組みたいと考えているが、辞めてほしくない人材には、もっと給与を払わないと残ってもらえないという喫緊の課題がある。費用的には厳しいが、現在はそういうビジネス環境にあるという認識の下で対応するしかない。

一方、ミャンマーの富裕層のご子息で、米国やシンガポールの大学を卒業し、その地で就職した経験のあるミャンマー人の中には、経済発展するミャンマーを外から観て地元で何かやりたいというUターン志向も見られる。彼らは高い給与水準を要求するが、中には就学先で就職活動をせずミャンマーで働くことを希望している学生も出てきており大卒新人のミャンマー人を採用することができる環境が生まれつつある。

広江(伊藤忠商事)
ただ、同じミャンマー人でありながらシンガポールに1年間滞在していたというだけで、既存の現地スタッフの倍以上、あるいは3倍程度の給料を求めてくる。また、ミャンマーでは非常に横の意識が強く、若年層でも給料が高くなるとき、ミャンマー人同士がどのように考えるかという点は、まだ測りかねる部分である。

(双日)
今のミャンマーの若者は勤務先に対する忠誠心は少なく、ステップアップのつもりで日本企業でも働き、さらに良い条件があれば次の会社に移るという人も多い。またシンガポール在住のミャンマー人や海外で働いていたミャンマー人を採用したことがあるが、ミャンマーに戻って仕事ができるかというと、逆にそういう人は最近のミャンマーのことを十分に理解しておらず、「外国人」が仕事をするような状態になってしまうケースもある。

井土(三菱商事)
何年後かに欧米の会社が参入すると、逆に人材を引き抜かれるような目に遭うのではないかという懸念もある。

黒田(司会)
当社事務所では次期課長候補レベルの人材が少なく、そこを充当しなければならないが、なかなか良い人材を見つけられない。一方、われわれがとどめておきたい人材に対して、別の企業が高い給与で求人を仕掛けている。当社では全体の給与体系の制約もあり、人材の確保は非常に難しい問題となっている。

井土(三菱商事)
当社も給与を上げていく方向にはあるが、日本やシンガポールでの研修、あるいは担当分野で東南アジアへの打ち合わせに行ってもらうといったインセンティブを与えないと人材を確保できなくなる傾向にある。

黒木(豊田通商)
現在の人件費の上昇を見ていると、4月に頑張って昇給しても、そのアドバンテージは1年以内に色あせる可能性が高い。もしかすると年1回の給与改定では人材をとどめることが難しく、年2回昇給しなければならないのではないかと心配している。

6. 日本とミャンマーとの関係強化に向けて

黒田(司会)
それでは最後に、日本とミャンマーとの関係強化に向けて、ODAの拡充や日本政府への期待など、ご意見をお願いしたい。


伊藤忠商事株式会社
ミャンマー代表ヤンゴン事務所長
広江 透氏

広江(伊藤忠商事)
日本に対する期待度がミャンマーにおいて非常に高いことを感じるが、ミャンマーは、日本の資金拠出だけを期待しているわけではないと思う。日本企業が設備や技術を残し、その後のメンテナンスやサービスを含め、仕組みづくりも一緒にやっていくという関係を求めていると思う。それを考えると、日本のODAに外国企業が入札できる制度は見直しが必要ではないか。

高原(JETRO)
ミャンマー国民にとっては、特定の施設が日本の資金でできたということよりも、どの企業がつくってくれたか、という印象の方が強いと感じる。日本企業だけに受注機会を与える制度を設けることは難しいかもしれないが、資金的援助をしながら、最終的なユーザーであるミャンマー国民の間で、「日本がつくってくれた」という認識につながっていくことを望みたい。

井土(三菱商事)
現在は在ミャンマー日本国大使館が攻めの方向に向かってわれわれの先頭に立っていただいていることは、非常にありがたく、ぜひこの方向性を保っていただきたい。特に無償資金、有償資金という非常に良いツールがあるため、これを活用して攻め込んでいきたい。

黒木(豊田通商)
ミャンマーには数十人に及ぶJICA専門家が来訪しており、政府省庁に話を伺うと、たいていJICA専門家の方にもお会いする。多くの人材が派遣され省庁にアドバイスをされていることは、われわれとしても心強い。ただ、実際の主導権は個々の省庁を超え、大統領府や副大統領のところにある場合も多い。省庁を超えたレベルでの政策づくりに対して、日本のノウハウを直接、提供できる仕組みがあればもっとよいのではないかと思う。

妻鹿(住友商事)
確かにミャンマーでは、省庁間のコミュニケーションは乏しく、それを取り次ぐのが商社の仕事になっている。とはいえ、省庁間の調整をしても、結局、物事が順調に進まない事態も散見される。

(双日)
ミャンマーでは各大臣に大きな権限が与えられていない印象がある。あるプロジェクトで関係省の大臣と話をしても、「最終的には大統領府で国としてのバランスを考えて決定する」との言い方をされたことがある。また日本の円借款に関しては、「10年間据え置きの 30年返済」という好条件な借款にもかかわらず、「10年据え置きのありがたさ」がよく認識されてないように感じる。この国の発展スピードから 10年後の元本返済開始時にはすぐにでも返済できる体力が十分ついているはず。今後、好条件の円借款を最大限利用した基礎インフラの早期整備を期待したい。

広江(伊藤忠商事)
ミャンマーは経済制裁を受けていた時、資金を借りることのできる相手が中国だけであったため、大臣も「中国からのローンを借り過ぎた」と発言することがある。その時は良い条件と思っていたが、他国からの条件を知ると、中国の条件が全く良くないことが分かったという状況にある。軍事政権から民主化する時に、商社の債務を完済したのは、やはりミャンマーの国としての真面目さの表れであろう。

黒田(司会)
民主化路線に移行を進めている現在、ミャンマー政府も試行錯誤の段階にあり、同様に資金の借り方もまだ勉強中であり、今はそのはざまの時期なのかもしれない。本日は、常日頃皆さまが感じているところについても、異なる観点からご覧になっていることが分かり、勉強させていただいたところも多かった。ミャンマーは親日的ではあるものの、制度面や基礎インフラ整備の課題も多く、まだ改善の余地は大きい。しかし、その一方で 6,000万人以上という人口のポテンシャルを抱え、この「アジア最後のフロンティア」において、引き続きビジネス開拓に注力しながら、日本とミャンマーとの関係強化に貢献していきたい。この座談会が、これからミャンマー進出を考える企業の皆さまにとって多少なりとも参考になれば幸いである。

(2014年3月 13日、JETROヤンゴン事務所会議室にて開催)

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