欧州CSR先進企業の事例と最近の動向

Sustainavision Ltd. 代表取締役
下田屋 毅

先進企業はなぜCSRの取り組みをするのか

まず CSR という言葉であるが、この CSRという言葉を聞いた時の一般的なイメージは、ボランティアや寄付活動、また法令順守や環境保護活動というものかもしれない。また重要だとは思うが、企業の本業に関係のない、コストの掛かる追加で実施するものというイメージを持っている人もいるかもしれない。しかしこれは本来の CSR を意味するものではない。本来の意味での CSR は、企業を取り巻く顧客や従業員といったステークホルダー(利害関係者)からの期待やニーズに対応するために企業の経営戦略として実施していくものであり、「企業活動= CSR」と言っても過言ではない。

そして何故、欧州先進企業が CSR に取り組むのかは、「気候変動」、「エネルギー・燃料」、「資源の枯渇」、「水不足」、「人口増加」、「都市化」、「富(貧困)」、「食料の安全」、「生態系衰退」、「森林伐採」などのグローバルなリスクが、企業経営に将来にわたって影響を及ぼす項目として理解し対応をしながら、ビジネスの機会としても捉えて活動しているからである。そしてこれら企業は自社に関連する社会・環境の課題のイニシアチブに参加し、コラボレーションを行い、自社製品・サービスのイノベーションに結び付けるとともに、市場の拡大、教育、コスト削減などに結び付けている。

リスクをビジネスチャンスへ、ストーリーでステークホルダーをエンゲージメント

そしてこれらのグローバルなリスクや課題に関係する持続可能性の問題に対応するということで欧州先進企業は自社のリスクとして捉えその対応を実施していくことを考えている。

これを推進する上で使用されているのが、「サステナブル・ストーリーテリング」で、人類が直面している環境問題や社会問題に対応するための企業の取り組みをストーリーとして伝えるもので、ステークホルダーをエンゲージメントするものである。この「サステナブル・ストーリーテリング」は、従業員、消費者、コミュニティなどのステークホルダーが、企業と共にこの問題を解決したい、企業に貢献したいと思わせる「共感を呼ぶストーリー」であることが必要となる。

例えば、英国の老舗スーパーマーケットのマークス&スペンサー(M&S)のプラン A部長マイク · バリー氏は、次のように述べている。「今後 20 年間で、新興国を中心に中流層の消費者が 10 億人から 40 億人に膨れ上がる。人口増加により資源の取り合いとなる上に、森林破壊、気候変動、異常気象などの影響から資源の確保が難しくなり、コストの増加が予想される。これらの理由から、M&Sはサステナビリティに取り組み、現在、また将来にわたり、資源を注意深く使用していく」と話す。M&S の CSR 戦略である「プラン A」ではこれを踏まえて四つの柱を持ち、その中で内外のステークホルダーに M&S の活動をサステナビリティに関連するストーリーとして伝えている。

また世界最大の家具販売店であるイケア(本社オランダ)の CSO(最高サステナビリティ責任者)であるスティーブ・ハワード氏も同様に次のように述べている。「2030 年までに貧困から抜け出して中産階級に新たに加わる人は 30 億人とされ、世界の中産階級が50 億人に膨れ上がる。資源が枯渇し始めている世界には大きな試練となる」。また、「サステナビリティは『やった方がよい』の段階から『やらなければならない』段階に入っている。今まさにここで取り組まねばならず、今後も人類が存続する限り継続しなければならない」と企業がサステナビリティに取り組むことの重要性を訴えている。ハワード氏は、これら大きなリスクを背景にして、2012年 10 月に 2020 年をターゲットとした同社の CSR 戦略である「ピープル&プラネット・ポジティブ」を立ち上げ、大きな課題解決に貢献する取り組みを開始している。

他に、英蘭に本社を置き世界的に展開しているユニリーバは「サステナブル・リビングプラン(USLP)」を 2010 年に発表、2020 年までのターゲットを掲げ、企業の成長戦略としてビジネスの規模を拡大することを目指している。これは製品のライフサイクル全体を目標に含み、自社だけではなく、サプライヤーや物流業者、さらに消費者の環境負荷にも責任を負うものだ。USLP のストーリーは、発展途上国などを含めた地域で、人類が抱える大きな課題を解決することを協働で行うもので、自社の従業員と取り組みを行うとともに消費者やコミュニティなどのステークホルダーの共感を呼びながらエンゲージメントし、一緒にこの解決を行うものとなっている。

この「サステナブル・ストーリーテリング」は、企業のマーケティング戦略や、イノベーション、そして、従業員に対するアドボカシーや教育にも結び付いている。人類が直面する社会・環境に関する課題、大きなリスクに立ち向かうというストーリーが、顧客などのステークホルダーの共感を呼び、商品の購入や活動に参加し、それらの課題解決へ貢献することになり、企業にとってはただ単なる商品を販売することを目的としたマーティング戦略ではなくなる。

このストーリーを展開するには、自社がどれほど本気でこれら社会・環境の課題に取り組もうとしているのか、また、持続可能な社会に貢献する真摯な企業姿勢や本物の情熱を見せることが必要であり、ステークホルダーはその部分に共感を抱く。これらの活動がうわべだけや見せ掛けの活動であれば、すぐに見抜かれてしまうことも念頭に置かなければならない。

サーキュラー・エコノミーとネット・ポジティブ

グローバルなリスクを回避するために EUでは政策的にも企業に取り組みを促している。これは「サーキュラー・エコノミー(Circular Economy)」と呼ばれ、今までの伝統的な「取って、作って、捨てる」という直線的な経済から、資源の有効活用・再利用を実施する、いわゆる「クローズド・ループ」と呼ばれる考え方を推進するもので、EU を中心として世界に広められ推進してきているものである。日本では、「循環型経済(社会)」という言葉で、廃棄物の発生抑制や再利用、リサイクルなどにより資源の消費を抑制し環境負荷をできる限り低減する活動が推進されてきたが、この「サーキュラー・エコノミー」は、新たなコンセプトとして新しい要素が含まれ、またグローバルな視点からの人口増加、資源の枯渇や気候変動への影響などに対応する概念として提案されている。

「サーキュラー・エコノミー」では、経済システムや社会全体の仕組みを変えるためにパラダイムシフトが必要とされている。そしてこの活動の鍵は企業で、企業がビジネスを変えることで多くの事を達成することができるとしている。

例えば、現在の企業の製品モデルは、それぞれ製品寿命が短く設定されており、買い替えが前提とされ、それらの製品が工場に戻され修理や部品交換をするように設計がされていない。そして、これらはただ単にリサイクルがしやすいようにすればよいというだけではなく、環境負荷をできるだけ減らす根本的な製品設計やビジネスモデルの変更を意味する。もし製品の製造に資源の使用が必要な場合は、持続可能な方法での資源調達を考慮する。またエネルギー源には再生可能エネルギーを使用することを推奨され、さらに顧客をエンゲージメントし持続可能な消費行動を促すこと、そしてリースやシェアなど製品とサービスのイノベーションを起こす新しいビジネスモデルを生み出すことを推進している。

また、これは単に企業に負担を求めるのではなく、サーキュラー・エコノミーを実施することで、将来的な資源の確保や、新たなビジネスの機会、雇用を生み出し、企業の持続可能性にもつながるというものである。このサーキュラー・エコノミーは政策的にも EUが積極的にサポートし、「欧州 2020 戦略」の中で積極的に進められている。また、世界経済フォーラムや英国のエレン・マッカーサー財団などがサーキュラー・エコノミーを推進し、企業への実施を積極的に促し、欧州企業ではこのサーキュラー・エコノミーを念頭に置いて活動を行っている。

さらにこの「サーキュラー・エコノミー」という大きな枠組みの中で、企業の取り組みとして「ネット・ポジティブ」という動きも出てきている。これは企業が「削減」や「制限」をすることから、「自然のバランスを回復することにフォーカスすること」へとシフトすることであり、最終的に企業自体が「自然を回復する企業」に変身するというものである。そして企業が「ネット・ポジティブ」を推進するに当たり、ビジネスを行うための新しい方法として紹介されている。

これは、ネット・ポジティブ・グループとして創設され、フォーラム・フォー・ザ・フューチャー、クライメイト・グループ、WWF-UK などの NGO、そしてイケア、キングフィッシャー、BT、コカコーラ・エンタープライズ 等の企業を含むワーキンググループで組織された。そして 2016 年 6 月に、ネット・ポジティブ・プロジェクトとしてリニューアルし、新たに BSR などの NGO と共に推進されている。

ネット・ポジティブは事業活動が環境・社会に与える負の影響を最小限にするだけでなく、それ以上を行う必要があり、地球にとってプラスの影響を与えるように設計し実現するというものである。ネット・ポジティブは、伝統的なビジネスの境界線をはるかに越えていかなければ到達することができないプラスの影響を与えることを目指している。これはバリューチェーン全体、自然界や社会をも考慮することを意味し、短期と長期の両方において価値を創造するもので、ビジネスにもより良い影響を与えるものとされている。

このネット・ポジティブ・プロジェクトを推進している企業に「キングフィッシャー」がある。同社は、欧州でホームセンターを所有する最大の企業で、まさに「ネット・ポジティブ」という名前の CSR 戦略を 2013 年に発表した。

同社は、「ネット・ポジティブ」を次のように位置付けている。「今日のシステムは崩壊していて、世界の資源の使用は供給を上回っている。それを新しいビジネスのアプローチであるネット・ポジティブでリーダーシップを発揮し、地球環境にプラスの影響のみを与えることを実現する必要がある」。このキングフィッシャーの「ネット・ポジティブ」は、2050 年までに「ネット・ポジティブ」な企業になるという長期的な目標を持ち、2050 年までのロードマップを掲げて活動している。

イニシアチブを中心としたNGO・関連団体との協働

この「ネット・ポジティブ・プロジェクト」などのイニシアチブの事例は、人類が直面している大きなリスク、また、国連持続可能な開発目標(SDGs)などで掲げられているものや、自社に関わる社会・環境課題に関するものである。これらは一社単独では達成できる目標ではなく、同業他社、関連団体とのコラボレーション、そして企業を取り巻くステークホルダーを巻き込まなければ達成できない。そこで海外では NGO が中心となってイニシアチブを立ち上げ、企業に活動を促しているのである。これらのイニシアチブは、NGO が中心となることによって企業同士では実施できないつながりを持たせることができ、企業数社が各プロジェクトに参画し、集団行動を行えるようにしている。そして NGO のファシリテーションにより、企業同士が情報を共有し、解決策を見いだし、そしてイノベーションにつなげていく。その上で他の地域へとスケールアップを図っていくことを考えている。

また競合他社との協働は、社会・環境に関しては同様の課題を抱えているので、サステナビリティの観点からは非常に重要であり積極的に活動を行っている。例えば、サプライヤーへのアプローチに関すること、原材料調達などに関わる部分などにおいて、イニシアチブに参加することで優位性を確保しているのである。

このように欧州 CSR 先進企業は、自社が関わる社会・環境の課題がどのように企業に短期的、長期的に影響を及ぼすのか、そしてそれらに対応していくことで、企業の持続可能性にも影響を及ぼすことを理解し活動を進めている。日本企業も、CSR /サステナビリティについて日本の企業の強みを活かしながら、グローバルなイニシアチブに参画し、その上でリーダーシップをも取ることを考える時期に来ている。

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