(株)日立製作所 鉄道事業グローバル化への取り組み

Global Chief Strategy Officer Hitachi Rail Europe Ltd.
光冨 眞哉

2014年4月1日、日立レールヨーロッパ社の会長である英国人のアリステア・ドーマーが弊社の鉄道事業のトップに就任し、同時にその本社機能の一部を英国に移管した。私も6月より英国に拠点を移し、戦略ならびに新興国の事業開拓等を担当している。

弊社の鉄道事業は、歴史的に国鉄や JR、公営、民営鉄道のおのおののお客さまのご指導に支えられ発展してきた。世界に誇る日本の鉄道システム技術は、まさにこうした顧客とわれわれサプライヤーの良好な関係をベースに成長してきたものだと考えている。

しかしながら欧州のビッグプレーヤーやコンサルタント会社を中心とした、規格、標準化を武器とした世界市場の囲い込み、激しい業界再編の動き、中国の北車集団、南車集団の経営統合による超巨大鉄道コングロマリットの出現や新興勢力の台頭等、市場環境は大きく変化している。

また、保守や鉄道運営をも含めたトータルソリューション力が求められるターンキー案件やファイナンス組成力を試される PPP(Public Private Partnership)案件の増大等ビジネスモデルの変化に伴い、品質の高い「ものづくり」だけでは生き残れない、厳しい市場環境となっている。

このような環境下、英国に拠点を移すことにより、激しく変化するグローバル市場環境を違う視座から俯瞰する機会を得た。

英国は金融の国とのイメージであるが産業振興や雇用確保のために、税制面や補助金等の優遇措置が整備されており、海外からの製造業の投資も旺盛である。また英国がかつて旧宗主国であった国々を中心として英国政府の関連機関や鉄道コンサルタントなどのネットワークが世界中に張られており、グローバルな市場動向に関する活きた情報が入手できるように感じている。

そうした視点から、弊社が考え推進している施策ならびに今後の課題について報告する。

1)新たなビジネスモデルへの挑戦

先に述べたように世界の鉄道市場はさまざまな国情や顧客ニーズにより、そのビジネスモデルが変化し続けている。例えばコンポーネントや車両の単品売りから保守を含めたライフタイムソリューションの要請、また線路や架線など地上インフラ設備を含めたターンキーソリューションや PPPなど「ハード売り」というよりもインフラシステムを「サービス事業」としてファイナンスアレンジ付きで提供するもの等多様化してきている。

弊社を含め日本の鉄道プレーヤーは、歴史的に国鉄やJR、公民鉄各社のようなしっかりしたお客さまの下、「システムとりまとめ」や「運営」はお客さまに依存してきたため、こうしたビジネスモデル多様化に対する対応は、世界のプレーヤーに比べ「弱み」といえるかもしれない。しかしながら今後グローバル事業拡大のためには、こうした「ソリューション力」を強化していくことは避けられない。

弊社はPPPスキームで計画された英国政府が主導する「都市間鉄道車両置き換え計画(IEP=Intercity Express Programme)」を2012年に受注、初の大型PPP案件の受注となった。


IEP 向けClass800 プロトタイプ車両

本案件で弊社は英国鉄道運行会社に車両をリースするAgility Trainと称する特別目的会社(車両リース会社)を設立し、毎朝運行会社の指定するダイヤに合わせて、整備された車両を提供するという「サービス事業」を展開することとなる。このサービスを提供するために必要な866両の車両、保守基地、30年にわたる保守サービス事業についても同時に提供する。また、リース会社の投資家として、ファイナンスアレンジも担当した。折からのリーマン・ショックや欧州金融危機の影響を受けて欧州民間銀行の融資能力が著しく低下する中、一時ファイナンスクローズが危ぶまれたが、日本国政府やJBIC殿、NEXI殿のご支援や邦銀各行の融資参加を得て成約することができた。

本取り組みは、われわれにとってもPPPスキームや本格的な保守事業への挑戦であり、こうした取り組みを通して、多様化するビジネスモデルに対応する実力をつけていく上でも重要な案件だと考えている。

2)ローカル化の推進

先に述べた英国案件を機として、現在英国北部のダーラム州ニュートンアイクリフに、弊社としては海外初となる車両製造工場を建設中である。鉄道は各国にとって重要なインフラであり、当該国の雇用創出や技術移転また当地への長期的コミットメントなどが事業展開の上で重要であることは言うまでもない。またわれわれにとっても昨今の不安定な為替の状況等を考慮すると、生産のローカライゼーションは事業安定化のための重要な戦略である。

また、都市鉄道需要が旺盛な東南アジアやインドへの展開のために、現在ローコストソリューションを提供可能な新たな生産拠点構築を検討中である。新興国の市場価格に対応する意味で重要な取り組みだと考えている。もちろんわれわれの差別化ポイントである「優れた品質」を維持するために、日本拠点を鉄道システム技術のCoE(Centre of Excellence)と位置付けて、海外拠点との密接な連携が重要と認識している。

また人財面でもローカル社員の積極登用を推進している。

日立、そして日本の「ものづくり」や「ビジネスマナー」に共感した現地社員を積極的に登用し、彼らの事業戦略を尊重し、その意見を積極的に取り込むことが、われわれ日本人のグローバル市場に挑戦するに際しての意識改革にもつながってきているように感じている。

弊社の英国拠点であるHitachi Rail Europe Ltd.は現在250人ほどだが、先に述べた新設工場稼働やIEPの投入による車両保守員の採用により、2018年には約1,200人となり、そのほとんどが英国人となる予定である。

また、ごく最近われわれのインド拠点のセールスのトップにインド人を雇用した。またシンガポールにも営業、技術拠点設立を進めておりローカル人材の採用を進めている。

さらに日本国内から海外営業を担当している日本人財を積極的に海外拠点に派遣し、ローカル人財と連携した地場に根差した営業活動を展開しようと考えている。

3)(あらためて)世界に売れる日本発の「商品」開発

新幹線に代表される日本の優れた鉄道システム技術を世界に拡販していくことは、日本にとって非常に重要な活動であり、弊社も日本国政府やJR各社のご支援の下、積極的に対応中である。しかしながら、欧州勢の鉄道規格や標準化のグローバル戦略の中、中国やアジア等の非欧州圏各国も欧州規格を採用しているところが多く、日本の優れたソリューションをそのまま持っていけないとのジレンマがあることも現実である。

弊社は英国の事業活動で開発した欧州規格適合の車両や車両部品、ETCS・CBTC等の信号機器の欧州規格認証取得等日本で培った「ものづくり」をベースとして、品質の高い「世界戦略商品」開発も並行して積極的に推進している。

今後、無線技術、センサー技術やBig Data、情報解析技術の進展により鉄道技術の世界も、ますますICT(Information and Communication Technology)、IOT(Internet of Things)化が進むことは間違いない。また、鉄道の運行と関連事業、また他交通機関等との情報技術を介した連携が強化されていくことが時代の要請である。

鉄道事業会社とメーカーにとどまらない既存の鉄道事業の枠を超えた協創が、新たな日本の強みとなると考えている。弊社では、弊社の情報システム部門との連携をさらに強化し、付加価値の高いシステム開発を推進していきたいと考えている。

(株)日立製作所 鉄道事業グローバル化への取り組み 誌面のダウンロードはこちら