インバウンド観光のすすめ

日本政府観光局(JNTO)理事長
松山 良一

欧米視察の途上であった旧三井物産の創立者益田孝は、渋澤栄一とパリで出会い、パリの見物者のほとんどが英国や米国など外国の観光客であったことに触発され、外国人観光客を日本へ誘致すべしと意気投合した。その6年後の明治26年に益田孝と渋澤栄一の発意によりわが国初の外客誘致機関である「喜賓会」が創立された。

喜賓会の創立目的は次の通りうたっていたが、今もその輝きを失っていない。

「我が国山河風光の秀、美術工芸の妙、夙に海外の称賛する所なり、万里来遊の紳士淑女は年々多くなるも之を接遇する施設整わず、旅客を失望させていることを遺憾とし、同志深く之を慨し遠来の士女を歓待し行楽の快楽、観光の便利を享受せしめ、間接には彼我の交際を親密にして、貿易の発達を助成するを以って目的とする」

喜賓会の精神は、その後紆余曲折を経てインバウンド(外国人旅行者誘致)の中核的な推進機関である日本政府観光局(JNTO)に受け継がれている。

インバウンドは外貨獲得に直結するため、各国とも熾烈な誘致合戦を繰り広げている。わが国も明治時代の喜賓会創立以降、1985年ごろまではインバウンドに熱心であったが、米国との貿易摩擦に端を発した外貨減らしのため、日本人の海外旅行(アウトバウンド)が国策として奨励されるようになった。

アウトバウンドは、高度経済成長を遂げ裕福になった日本人の海外旅行への強い意欲を背景に、1990年に1,000万人の大台を超え、現在1,700万人台に達している。

2003年以降、観光立国を目指し国策としてインバウンドの強化が図られたが、10年後の2013年に念願の1,000万人を突破し、2014年は1,341万人の外国人をお迎えすることができた。

インバウンド急増の背景は、アジアの中間所得層増加、ビザ緩和、円安、格安航空機増加などであるが、最大の要因は、とかくバラバラであった観光関係者が心を一つにしてまとまり、それに官民が力を合わせ1,000万人を目指しインバウンド強化に取り組んだことと、失われた20年とやゆされているが、ようやく日本に対する世界の関心が高まったからだと思う。

昨今は訪日外国人旅行者の動きに関するニュースが毎日報道されるほどインバウンドに対する関心・期待が高まっている。特に2014年10月から訪日外国人旅行者向けの消費税免税措置が改正され、外国人旅行者の買い物による消費額が大きく増えている。2014年の訪日外国人旅行者の総消費額は2兆円を超えた。これは内なる輸出であり、輸出品目として、自動車、一般機械、化学品、電気機器、鉄鋼、光学機器に次ぐ7番目の規模である。

2020年の東京オリンピック・パラリンピック誘致決定を受け、政府は同年までにインバウンド2,000万人達成の目標を打ち出した。日本の観光資源は豊かであり、これは達成可能と思う。しかし、過去の延長線上にはなく、幾多の課題を克服する必要がある。

一つにはWi-Fi設置などの、外国人が安心して一人歩きできる受け入れ体制の整備である。二つ目が外国人目線で見た地域の観光魅力の磨き上げである。三つ目が外国人を笑顔でお迎えする意識改革である。

日本国内の旅行消費額は22兆円だが、そのうち外国人の消費額は6%だ。これが地方に行くとわずか1%だ。フランスと韓国での外国人消費額がおのおの34%、47%であることを勘案すれば、日本は強い内需があるため、観光関連業者は国内にのみ目を向け、外に打って出る気概に欠けているともいえる。内なるグローバル化が必要であるが、逆にそれだけインバウンド消費の伸びシロはあると思う。

日本の成功体験は、高度成長時代のモノづくりである。一方、観光は物見遊山、遊びのイメージが強く、産業として重要視されてこなかった。観光産業も含めたサービス産業全般にいえることだが、モノづくりと違い、目に見えないものを取り扱うため、第三者の理解を得るのが難しく、また在庫もできないため生産性も上がらず効率も悪い。このため、観光産業は多くの中小企業の集まりであり賃金水準も低い。しかしながら、観光産業は裾野が広く、GDP貢献額では建設業に引けを取らない位ずうたいは大きい。

少子高齢化、地方創生という現下の課題を解決する切り札は観光産業である。これからの日本を支える基幹産業は観光産業であるとの認識の下、観光産業を育て上げる政府の施策が必要だ。安倍政権は観光立国推進閣僚会議を立ち上げ、毎年見直す趣旨での具体的なアクションプランを打ち出している。

一方、観光産業も政府頼みでなく、自ら労働生産性を上げ自立することが肝要だ。一例を挙げると、ホテル業界は海外では合従連衡が進みチェーン展開し、各グループとも売り上げ規模は1.2兆円規模だが、日本は最大グループでも1,500億円に満たない状況で、小規模だ。

日本政府観光局(JNTO)は2020年までにインバウンド2,000万人達成を目指し、訪日プロモーションの執行機関としての責務を果たす所存だが、オールジャパンでの連携が必須だ。このため、関係省庁、在外公館、地方自治体、JETRO、クールジャパン機構、民間の観光関係者などとの実効性ある連携を強めていく予定だ。

日本貿易会会員企業の皆さまへ

日本貿易会の会員企業は今まで観光にあまり関与してないと思いますが、観光産業の裾野は広がっていますので、新規参画を期待しています。インバウンドは今後間違いなく増えます。それに伴い、例えばスマートフォンを使った通訳業務、観光案内業務などの新しいサービスも生まれてきます。また、宿泊施設、バス、通訳ガイド、1万人規模の国際会議の受け入れ施設などが決定的に不足しています。地域の観光魅力の磨き上げ、外国人受け入れ体制整備の面でも投資を伴う新たなビジネスチャンスがあります。商社は、日本で生まれ、世界で事業を展開し育ちました。今の日本には観光分野でも商社にとっても多くの商機があると思います。海外で磨き鍛えたノウハウ、人脈が、観光分野で活かせるのでないかと期待しています。インバウンドに興味ある会員企業は、JNTOの扉をノックしてください。

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