インタビュー 貿易実務者一人一人の力になりたい「TradeWaltz」

株式会社トレードワルツ 取締役
CEO室長 兼 グローバル&アライアンス事業本部長
染谷 悟

三菱商事株式会社より当会の賛助会員である株式会社トレードワルツに出向中の染谷 悟氏から、同社の事業概要やディスカッションペーパーの内容に関する感想等について伺いました。

御社の事業概要について教えていただけますか。

私たちの事業を一言で言うと、日本やアジアにおける産業横断的な貿易情報連携を行うプラットフォームの運営です。セキュリティの高いブロックチェーン技術を活用することで、高価な商品の契約や受け渡しに使われる貿易情報を安心安全にやりとりできるようにしています。

貿易業界は荷主や銀行、保険会社、物流会社、船会社、航空会社、税関、商工会議所など多種多様な業界が関わっている中、統一的な情報連携フォーマットやセキュリティの高い通信基盤がなかったために、業界をまたぐコミュニケーションは紙やFAX、PDF付きのメールを送り合うアナログな状況が続いています。このアナログな情報伝達に係るコストは日本の貿易業界全体で3,000億円に上り、デジタル化が進むEUと比較すると、処理時間にも大きな差が出ています。世界銀行の調査では、EU圏内なら1日でできる手続きに対し、日本では1ヵ月、中国やASEANでは4ヵ月かけて処理している状況です。

抜本的に日本とアジアの貿易効率を改善していくためには「全ての業界をまたいだ、標準的かつセキュリティの高い情報連携基盤」を構築し、その上で完全電子のやりとりを行う産業モデルに変えていく必要があります。これを推進できるのは1企業ではなく、産業横断的なオールジャパンのプラットフォーマーであろうということで、産業横断的な共同出資と政府や学術機関のご支援をいただきながら、トレードワルツという会社ができました。

商社パーソンとして感じる事業の面白さや難しさについて教えてください。


ASEAN議長国カンボジアのフンセン首相との
面会の様子(右側一番手前が染谷氏)

私は三菱商事に新卒で入社してから、グローバルトレーディングシステム構築、トレーディング子会社化の設立プロジェクト、ブリッジエンジニアとしてインド派遣、本社で電力・公共インフラ部門の財務・経理やブロックチェーン出資対応、デジタル戦略部でグループ全体のDX戦略策定、当社に出向と短期間で広めの経験をしてきた商社パーソンだと考えています。11年間の商社パーソン人生での経験は余すことなくトレードワルツで活きていると感じますが、トレードワルツで経営者として過ごした1年は、この11年間全体より面白いことも難しいことも濃密に詰まったジェットコースターのような1年であったと思います。

まだ36歳ではありますが、貿易×ブロックチェーンという未開拓分野で経営をしている日本人は希少ということもあり、国を背負っていきなり一国の首相と会って海外展開について話したり、各省庁との交渉窓口になったり、1,000社を超える多種多様な企業からお問い合わせをいただき、1社1社の経営者や現場の方と会社の顔としてお会いして課題をお聞かせいただいたり、各業界を代表する株主からの出向者やプロパー社員、兼業社員をまとめて組織づくりをしたり、面白いという一言では言い表せない経験をしています。

一方、10社の株主がいるオールジャパンのスタートアップで、グローバル戦略を描きながら、各株主の意向を反映しつつ、予算や人材の調達を行い、つくるサービス、つくらないサービスを意思決定していき、これまで市場になかったサービスを1社1社説明して手売りしていくことは、難しさと苦労しかない、とも言えます。しかし諦めずに愚直に続けてきたおかげで2022年4月に製品版サービスが出来上がり、使ってくださるお客さまが出てきて、政府や海外に認められ、少しずつ「日本や世界の貿易実務者にお役立ちできる」「明日もまた頑張れる」と感じながら毎日を歩んでいます。

プレスリリース
https://www.tradewaltz.com/news/2046/


経済産業省のインド太平洋地域サプライチェーン強靱(きょうじん)化事業に応募された背景を教えてください。


インタビューの様子

当社が事業を開始した2020年、ちょうどコロナ禍が発生し、貿易実務者が出社しづらくなった他、国際物流が混乱したことで「必要なものが、必要な時に、必要なところに届く」サプライチェーンの強靭化が各国で大きなテーマとなりました。貿易実務者や国と対話をする中で、私たちの貿易プラットフォームは、貿易手続きの電子化を通じ、リモートワークや国際物流の可視化を推進し、国家としてのサプライチェーンの強靭化、ひいては国民生活にも貢献できるのではないか、という思いを持ちました。

一般市民としてコロナ禍で特に感じたのは、マスクや消毒エタノールなどエッセンシャル物資が自国や手元に届かないという課題です。台湾が国内でマスクの在庫情報を可視化して、融通し合うことで初期のパンデミックを抑えたというニュースもありましたが、日本もエッセンシャルな物品情報を含めた貿易情報を、アジアや隣国などの融通しやすい国と電子でつなぎ、可視化し、本当に必要な時にお互いに助け合える国家間の「輪」をつくれたらと思いました。

その後私たちはこの思いをかなえるべく、国際会議APECへの初めての登壇の機会を活用し、シンガポール政府が構築をしている貿易プラットフォーム「NTP」、タイの官民共同体が構築を進める貿易プラットフォーム「NDTP」、ニュージーランド・豪州にて民間主導で構築された貿易プラットフォーム「TradeWindow」とシステム間を接続し、日本を含めた5ヵ国は輸出国から輸入国まで完全電子で貿易手続きをできるようにしたい、と各国に呼び掛け、同意を集め、国家をつなぐプロジェクトを立ち上げました。この5ヵ国連携の中でもタイ・日本・シンガポール間をつなぐ部分は、APEC2022議長国のタイがナショナルプロジェクトとして進めてくださっていて、2022年11月14日のAPEC首脳会議で成果報告を行うという話になりました。

そのような折、日本国としてもインド太平洋地域におけるサプライチェーン強靱化を実現するため、日本企業によるサプライチェーンの可視化、ロジスティクスの高度化、貿易手続きの円滑化、生産拠点の多元化に向けた実証を支援するという本事業の募集が始まったため、渡りに船と思い、応募を決めました。

インド太平洋地域の重要性についてどのようにお考えですか。

インド太平洋は私たちにとって最も重要な戦略対象地域です。

一つ目の理由は、市場としての魅力が挙げられます。インド太平洋地域は世界最大規模の人口と経済規模を抱えており、インドやASEANなどこれから成熟を迎える若年人口を多く有する国が参加しており、成長市場であり、貿易も活発化しています。また政府も同地域にて貿易デジタル化やサプライチェーン強靭化を施策として掲げており、追い風が吹いています。この中で国家や実務者をつなぐ電子基盤として貿易電子化に資することは、日本のみならず世界の繁栄に寄与し、市場の成長とともに収益性も増加していくと考えます。

二つ目の理由は、自国の強みが発揮できるという点が挙げられます。インドやASEANを中心としたアジアの国々は長年日本政府が行ってきたODAやJICAなどの活動のおかげもあり親日の方が多く、商社などが古くからビジネス基盤を持ってきたことで、各国貿易実務者や政府にアクセスがしやすいという地の利があります。

三つ目の理由は、同地域に競合プラットフォームが少ないという点です。元々貿易プラットフォームサービスは欧州や米州から銀行業界、船業界などの1業種単位で始まりグローバル展開を始めましたが、言語や商慣習の違いからアジア周辺にはなかなか展開ができていません。逆にアジア方面では政府が主導となって税金を使って自国内の貿易電子化を進める形となっており、国をまたいで海外展開をしたり、つないでいったりする「TradeWaltz」のようなプラットフォームがほとんどなく、同地域で情報流通のハブ役になれる可能性があります。

ディスカッションペーパーの感想と日本貿易会への期待を教えてください。

ディスカッションペーパーの内容はトレードワルツが目指す方向性と合致しています。

FOIP実現のためのルール形成や標準化への提言については、当社としても官民、国内外とも連携しながら取り組んでいるところであり、重要性を認識しています。例えば私自身も、国連CEFACT(貿易円滑化と電子ビジネスのための国連センター)の委員や、国際商業会議所(ICC)日本委員会、ICC DSI(Digital Standards Initiative)を通じて民間のデジタル貿易ルール設計にも携わっています。関係省庁も、諸外国と密に連携しながら、デジタル貿易の取り進め方などを継続的に協議しています。今後、日本貿易会の会員企業の皆さまとも対話の機会をいただき、その成果を当社の関わりあるルール形成の場に持っていき、私たちのネットワークでもアピールしていけたらと思います。

「デジタル技術を活用したサプライチェーンの可視化や物流の高度化・円滑化を通じてサプライチェーンの強靭化を進め、その先にあるグリーン成長の実現を目指す」というディスカッションペーパーの内容も私たちのコンセプトとマッチしており、一緒に取り組んでいければうれしく思います。既に産業構造審議会の場で、小林前日本貿易会会長に私たちの取り組みについてご発言いただいていますが、日本貿易会には引き続き貿易電子化の重要性の周知にご協力いただきたいです。今後「TradeWaltz」はさらなる普及のフェーズに入っていきますので、日本貿易会の会員企業の皆さまにもこれまで以上に貿易手続き電子化に向けた取り組みを進めていただきたいと思います。

本事業の今後の展開と期待について教えてください。

ここ5年はまず国内ユーザーの獲得に注力したいです。日本には1万3,000社ほどの貿易事業者が存在しますが、件数ベースでは国内取引の60%はわずか400社の大規模商社・メーカーが行っていると分かっており、今後5年間で半数の200社、取引ベースで30%の方にご利用いただき、市場のシェアを獲得して、日本標準のサービスになっていきたいと考えます。

その次の5年は海外ユーザーの獲得に軸足を移していきます。前述の通り地の利があるインド太平洋地域を中心に「TradeWaltz」を各国にフランチャイズ展開あるいは現地のプラットフォームと連携することで、インド太平洋地域でつながるユーザー数を爆発的に伸ばし、10ー15年後に30億人の暮らしに貢献できるようなサービスに育てたいです。

その先の5年はインド太平洋地域を中心とした世界の貿易データを活用し、全体最適化になる付加価値サービスを生み出していきます。「TradeWaltz」上で信用情報を基に取引相手を探せる、あるいはEC業者からデータを連携してもらい、いまだ取引したことがない相手との無限の可能性をつなぎ合わせる「商流マッチング」、ブロックチェーン上に記録した契約の配送・履行状況を船の位置情報やIoTセンサーで無人確認する「物流トラッキング」、契約の履行状況を基にブロックチェーン上にスマートコントラクトを走らせ、デジタル通貨で決済する「自動決済」など、データを活用しDXされた「新しい貿易の産業モデル」は私たちの想像を超えてくるはずです。「そういえば、貿易の手配は紙で回していた時代があったらしい」と言われるような時代をつくれるよう、社員一同そして志を共にする企業の皆さまと一丸となって貿易DXを推進してまいります。

――これからもご活躍に期待しています。本日はありがとうございました。

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