寄稿 自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のさらなる推進に向けて

外務省 総合外交政策局 安全保障政策課 課長
髙羽 陽

FOIPの意義

現在、アジア地域は、世界GDPの35%近くを占める世界経済の中心であり、一体性と中心性を掲げるASEANを核として、多様性と包摂性のある成長を続けている。そのアジアを包含するインド太平洋は、アジア太平洋からインド洋を経て中東・アフリカに至る広大な地域であり、世界人口の半数を擁する世界の活力の中核となっている。

しかし同時に、このインド太平洋は、東シナ海や南シナ海などで見られる力を背景とする一方的な現状変更の試みや、海賊、テロ、大量破壊兵器の拡散、自然災害、違法操業といったさまざまな脅威にも直面している。

この地域が平和と安定を保ち、繁栄を享受していくためにも、自由貿易や航行の自由、主権の尊重、法の支配といった基本原則に基づく自由で開かれた秩序を堅持していくことが極めて重要になる。

わが国は、2007年に当時の安倍総理大臣が訪問先のインドの国会でインド洋と太平洋の「二つの海の交わり」を主題とする演説を行うなど、かねてからこの二つの海を総体として捉える考え方の重要性を強調してきた。その上で、2016年8月の第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)の場で「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンを提唱し、この地域におけるルールに基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化に向けて積極的に取り組んできた。

現在では、このわが国が提唱したFOIPは、米国、ASEAN、豪州、インド、英国、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、EUといったさまざまなアクターとも共有され、国際社会において幅広い支持を得るに至っている。

FOIP推進のツールとしてのクアッド

このFOIPというビジョンの推進に重要な役割を果たしているツールの一つが、日米豪印協力、いわゆるクアッドである。

このクアッドは、インド太平洋地域において基本的価値を共有する4ヵ国の対話・連携を通じて、この地域の安定と繁栄に前向きな形で貢献していくことを目指すものであり、これまでにも幅広い分野で実践的かつ具体的な協力を進めてきている。

日米豪印4ヵ国協力の歴史は、2004年12月に発生したスマトラ沖大地震およびインド洋津波被害にさかのぼる。被災国支援のために4ヵ国でコア・グループを結成し、国際社会の支援を主導したことが、その後、2007年のクアッド事務レベル会合の開催につながった。近年、クアッドの対話・協力はとみに活発になっており、2019年9月にはニューヨークで初めて外相レベルでの会合が開催された。2020年10月には東京で第2回日米豪印外相会合が開催され、これは新型コロナウイルス感染症の発生・拡大後、初めて日本で行われる閣僚レベルの国際会議となった。米国のバイデン政権発足後の2021年3月には、米国の呼び掛けにより、初のクアッド首脳テレビ会合が開催され、FOIP実現に向けた連携・協力が確認されるとともに、新型コロナ、気候変動、重要・新興技術の各分野での実践的協力について検討を進めるための作業部会が立ち上げられた。同年9月には、ワシントンで第2回首脳会合が初めて対面形式で開催され、インフラ、サイバー、宇宙の分野での作業部会の設置が決まるなど、クアッド協力のモメンタムはさらに高まった。

先般、5月24日に東京で開催された第4回クアッド首脳会合(注:第3回は3月3日、ウクライナ情勢を中心にテレビ会合形式で開催)においては、日米豪印の各首脳から引き続きFOIP実現に向けて強くコミットしていくことが表明されるとともに、各分野での実践的協力を通じてこの地域をより強靱(きょうじん)にしていくことが重要との認識で一致した。

この第4回会合での各分野の合意事項は多岐にわたる。インド太平洋地域の生産性と繁栄の促進のために不可欠なインフラ協力をさらに深化させることで一致し、この地域のインフラ整備のために今後5年間で500億米ドル以上のさらなる支援・投資を目指すことを表明した。債務問題に直面する地域諸国の能力構築支援に取り組むことでも一致し、その一環として、クアッド各国および開発金融機関が実施する能力構築支援ツールのポータルサイトを立ち上げた。

また、気候変動分野では、「日米豪印気候変動適応・緩和パッケージ(Q-CHAMP)」を立ち上げ、防災および海運分野での支援拡大や、クリーンエネルギー分野での各種協力の拡大などで一致した。重要・新興技術分野では、「重要技術サプライチェーンに関する原則の共通声明」を発表し、半導体などの供給網におけるさまざまなリスクに対する強靭性を向上させるための具体的協力を、産業界とも連携しながら進めていくことで一致している。

さらに、宇宙分野でも協力が進展した。地域の気候変動対策や海洋資源の持続可能な利用などの課題への対応に貢献すべく、4ヵ国の衛星データを提供する「日米豪印衛星データポータル」を開設することでも一致した。

また、会合のフリンジで、4ヵ国首脳臨席の下、日米豪印フェローシップ創設記念行事が開催された。本フェローシップは、日米豪印のSTEM分野(科学、技術、工学および数学)の優れた人材に対し、米国で修士・博士号を取得するための奨学金を授与するプログラムであり、最先端の研究やイノベーション分野において才能ある次世代の人材育成につながることが期待される。

今次会合では、こうした幅広い協力に加え、来年(2023年)豪州で次回首脳会合を開催すること、首脳間、外相間での定期的な会合の開催を含め、引き続き4ヵ国で緊密に連携していくことも確認し、日米豪印協力のモメンタムを維持・強化することができた。

「平和のためのFOIPプラン」


このようなクアッドを通じた幅広い協力も最大限に活用しつつ、わが国としては、今後ともFOIP実現に向けた取組をさらに加速していく。政府開発援助(ODA)の拡充・戦略的活用も通じて、これまでのFOIP協力をさらに拡充していく方針である。

今後特に注力していくべき分野としては、サイバー・セキュリティ、デジタル、グリーン、経済安全保障などが挙げられる。さらには、この地域において持続可能な海洋秩序を確保していく上で、地域諸国への巡視艇供与や海上法執行能力強化のための技術協力および研修などを拡充していくことも必要であろう。

岸田総理大臣は、先般、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議(6月10−12日)での基調講演において、5本の柱からなる「平和のための岸田ビジョン」を打ち出し、その第一の柱として、FOIPをさらに強力に推進していく旨を表明した。これを具体的に実施していくために、政府としては、地域諸国の最新の支援ニーズや産業界の関心などを十分に勘案しつつ、2023年春までに「平和のための『自由で開かれたインド太平洋』プラン」をとりまとめることとしている。


官民連携の必要性


パンデミック発生により世界が不確実性を一層深める中、ロシアによるウクライナ侵略、海洋における力を背景とする一方的現状変更の試み、北朝鮮による国連決議に違反する核開発・ミサイル活動の強化など、国際関係におけるルールへの信頼が揺らいでいる。このような国際社会の歴史の岐路にあって、わが国として、志を同じくする国々とFOIPというビジョンを共有し、ルールに基づく国際秩序を守っていくための取組を再強化する意味は大きい。

言うまでもなく、このような取組が実を結んでいくためには、政府のみならず、産業界を含む幅広いステークホルダー間の問題意識の共有と実践的な協力・連携が不可欠である。日本貿易会・市場委員会が2022年3月にとりまとめたディスカッションペーパー「FOIPの実現に向けた商社のダイナミズム」で示された課題認識と提言には、政府の今後の取組の方向性と合致する要素が多々含まれている。

同ディスカッションペーパーで指摘されている、デジタルや経済安全保障などの新分野でのルール形成・運営の重要性、サプライチェーン強靭化に向けた各種取組の推進、インドを含む南西アジア地域諸国との関係強化・連結性強化などは、クアッドを通じた取組も含めて、政府として今後とも特に重視していく分野である。これらを含むさまざまな分野で官民の間の緊密な意思疎通と具体的な連携が進むことは、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた大きな推進力になっていくものと考える。

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