日本はより一層、「内なるグローバル化」の推進を

一般社団法人日本貿易会 会長 伊藤忠商事株式会社 会長
小林 栄三

2014年 5月の会長就任後、日本貿易会小林会長は「内なるグローバル化」の推進を新たなメッセージとしてさまざまな場で発信しています。今回は年間特集を開始するに当たり、会長の「内なるグローバル化」に向けた思いや具体策についてお話を伺いました。

「内なるグローバル化」とは?

Q:会長のご持論に「内なるグローバル化」というものがあると聞いておりますが、この言葉の意味するところはどのようなものですか?

確かに耳慣れない言葉でしょうね。「グローバル化」というと、どうしても日本人や日本企業が海外に出ていくことと捉える方が多いと思います。しかし、私は、外に出ていくことに限定せず、外国企業や外国人が日本国内で積極的に活動できるようにすることも極めて重要ではないかと、常々、考えています。こうした、海外から人材や企業を受け入れる動きこそが、「内なるグローバル化」と呼ばれるものです。

そもそも、グローバル化というのは一方通行で進めるものではなく、相互に行き交い、刺激し合い、高め合うという「双方向性」こそが、鍵であると思います。そこで、これまでの日本の状況を振り返ってみますと、日本は「外へのグローバル化」については、不十分とはいえ、とにかく一生懸命頑張って進めてきました。しかし、「内なるグローバル化」については、その重要性になかなか気付けずにいて、諸外国に比べて大幅に出遅れてしまいました。

発想の原点

Q:「内なるグローバル化」が重要であるという考えをお持ちになったのには、何かきっかけになったようなものがあるのですか?

最初のきっかけは、もう何十年も前のことですが、海外勤務の時ですね。外から日本を見ると、いろいろなことに気が付きます。日本の良さも分かるが、改善すべき点もよく見えてきます。米国などと比べると、日本は海外人材の活用が圧倒的に遅れていることが、かねてから気に掛かっていました。

そこに、近年の少子高齢化による人口減少時代の到来です。高齢化も大変重要な社会問題ですが、人口の減少はさらに大きな問題であると捉えています。日本の人口は今までの150年間で1億人も増えましたが、それが今度は、2100年には現在の半分以下にまで減ってしまいます。日本は、高い技術力や勤勉な国民性、こまやかなサービスなど、世界に誇れる優位性をたくさん持っていると思います。しかし、もし、このまま何もしないで国を閉じていれば、そうした優位性を十分に活かす機会を得ることができず、人口減少とともに経済も衰退していく、という非常に厳しい状態になる可能性が高いのです。

これに対して、世界の人口は、同じ2100年に100億人を超えるといわれています。つまり、これから30億人も増えるということです。だからこそ、「世界の中の日本」と発想を変えて、海外とヒト、モノ、カネ、情報を自由自在にやりとりして、双方向でのグローバル化を進めていくことが重要になります。立ち遅れている「内なるグローバル化」を進めていけば、日本は、潜在的な成長力を再び開花させることができる。日本は、まだまだ非常に大きな可能性を持っている国であると思っています。


Q:具体的にはどのようなことでしょうか?

最も分かりやすい例は観光ですね。観光は「内なるグローバル化」の象徴のような存在です。第一に、外国人が日本に来てくれて、宿泊、飲食、買い物などでお金を使ってくれる消費活動の側面、第二に、日本人との交流を通じて日本の文化に親しんでもらう、日本をもっと好きになってもらうという国際交流の側面、第三に、そうして海外に親日家が増えれば、日本からの輸出や海外出店などにも好影響が生じるという外へのグローバル化支援の側面、そして、第四に、外国の人々の観光を通じた地方活性化の側面があると思います。このようにメリットの多い観光は、地方がもともと持っている美しい自然や景観、スキーや山歩き、伝統行事や寺社見学、さらには旅館や地元産品を活かした郷土料理など、地元の自然、文化、サービスを提供して外国の人々に喜んでもらえる切り札だと思います。

したがって、近年の訪日観光客の急増は、大変喜ばしいことであり、また、大きなチャンスでもあります。観光地の現場では、外国からの来訪者がスマートフォンを使ってSNSで情報発信することによって、新たな来訪者が導かれてくるという好循環も生まれています。

しかし、まだまだ課題も多いと思っています。2020年には東京でオリンピック・パラリンピックが開催されますが、重要なのは、東京だけではなく、全国津々浦々にまで訪日観光客を誘導することです。そのためには、まず、観光客の声に耳を傾ける必要があります。具体的に言えば、東京や京都、富士山といったいわゆるゴールデン・ルート以外の、日本人でも気づかないような「穴場」観光地を旅する外国人が見られるようになってきましたが、そういったニーズを把握し、分析することが重要です。その際、地方で観光振興を担う方々、特に、将来を支える若い方々が中心になって分析して考えて、それで、観光客を呼び込むためのアイデアを練る必要があると思います。たとえば、一定地域に散在する観光スポットをただ繋げてツアーとするのではなく、組み合わせを工夫して観光旅行にストーリーを組み込んだり、あるいは、旅にさまざまな選択肢を用意するなど、マーケティングをしっかりと考えていくことが求められます。これから各地が進めていく地方創生の総合戦略にも観光振興が重点分野として盛り込まれるでしょうが、貿易会を含めた経済界と企業が、これにうまく協力していければと思います。

Q:外国との交流といえば、最近、日本からの留学生、また日本への留学生が少なくなっています。この点についてはどのようにお考えでしょうか。

日本は海外との留学生の交換にもっともっと力を入れるべきですね。異文化に接することは人間を強くします。同質な文化の中では、どうしても視野が狭くなり、従来からのやり方をただ単に繰り返すといった傾向が強くなりがちです。これに対し、異文化への接触は新しい視点をもたらし、多様な価値観を受け入れられる精神的にタフな人間を創り出します。 さらには、異文化を体感することにより、日本人の美徳を再認識するとともに弱点も知り、それを克服していければと思うのです。よくいわれる「日本の美徳」とは、例えば一歩下がるという謙譲の精神、自分個人よりも全体のことを考えるバランス感覚、コミュニケーションでいえば相手の言うことをよく聞く態度、東日本大震災のような非常時でもきちんと列をつくってバスを待ったり、配給を受けたりといった点であり、これらは世界でも極めて高く評価されています。

一方で、国際交渉や国際会議では発言が少なくて何を考えているか分からない、発言したとしてもあいまいで意味不明などといわれるように、日本人は、強い自己主張が当然という外国文化に対峙すると、議論で負けてしまうことが多いという弱みがあるのも事実です。ですから、国境を超えた活動が当たり前となっている現在の世界では、日本人は、相手を尊重しつつ自分の意見をしっかりと伝えるためのディベート能力を磨く必要があり、学校教育でも工夫が必要だと感じています。

一番良いのは海外に留学して異文化の中で自分を鍛えるということですが、それだと、留学した当人は深いグローバル体験ができる半面、他の日本人への広がりには欠けます。これに対して、海外から留学生を受け入れた場合には、受け入れ側の日本の学生は、一人一人は自分が留学するほどの深いグローバル体験を得ることはできませんが、その代わりに、外国からの留学生と接することにより、何十人もの日本人が異文化体験をすることができます。このように、留学生を送り出し、受け入れる、その双方がそろってこそ効果が高まる。観光と並んで、留学の促進、特に海外からの留学生の受け入れは「内なるグローバル化」推進のコア要素の一つですね。

また、グローバル化というと、英語教育に結び付けられ、小学校ではどれくらい教えるのかといった議論に向かいがちですが、私は語学というものは教室の中だけでなく、教室の外で実際に使う機会がないとなかなか上達しないものだと思っています。その意味で、先ほど申し上げましたが、日本国内で外国人に接する機会を増やすこと、具体的にはインバウンドの観光客と留学生の交換を急速かつ大幅に拡大させることができれば、大きな効果があるでしょう。人材というのは 1年や 2年で簡単に育成できるものではありません。10年、20年かかるのです。今すぐ、対策を打っていくべきです。

Q:留学生などが日本滞在ビザを取得するのが難しかったり、日本に来てからもなかなかアパートを借りられなかったりといった住環境の問題は改善の余地が大きいという話もありますが、どのように思われますか?

1月に産業競争力会議がとりまとめた、新しい成長戦略の検討方針では、「戦略的に重要な地域等からの留学生の開拓から就職支援までの一貫した取組を推進する」とされていますが、その間に必要となる在留資格の取得や切り替え、場合によっては資格外活動の許可などを極力簡素化して、負担の少ないものにしていただければと思います。また、住環境に関しては、文部科学省のアンケート調査を見ると、留学生が日本で民間アパートを借りる場合に困ったこととして、家賃が高い、保証人が見つからない、外国人だという理由で断られる、手続きが難しいといった課題があることが分かります。こうした住宅確保、就労許可などの問題で、外国人材がわが国に滞在する意欲を失うというような事態となれば、誠に残念なことです。

まずは、議論の前提として、人口が減少していく日本は、外国人材が存分に活躍できる環境を積極的に整えていくのだ、という大きな方向性をあらためて周知させることが必要ではないでしょうか。その上で、優秀な外国人留学生や就労者が、もっと「入りやすく、暮らしやすく、勉学・就労しやすく」するためにはどうしたらいいのか、個別の改善策を検討していくことが必要だと思います。

Q:「内なるグローバル化」には他にどのようなことがありますか?

これもよくいわれていますが、「対内直接投資」が非常に少ないというのも問題ですね。GDPに対する対内直接投資の比率を国別で見ますと、日本は世界で最低水準なのです。UNCTADの統計では、対内直接投資残高の対GDP比で日本は世界198ヵ国・地域中194位です。その原因としては、高コストや規制、市場の成長性の低さと閉鎖性の高さ、外国人の居住環境の未整備、外資系企業で働ける人材の不足などなど、さまざまな要因が考えられます。

しかも、近年では、高成長が続き市場が拡大している新興国の多くが、経済連携などを通じて対内投資環境の整備を進めていることから、外資系企業の興味は、ますますこうした新興国の方へと向かっていってしまうのではないでしょうか。日本も対内投資促進のための努力を続けていますが、海外各国もそれは同様です。従って、日本は、これまで以上に大胆に、受け入れ促進策を進める必要があるでしょう。具体的には、グローバル人材の養成や規制改革など、いわば対内投資受け入れのためのインフラ整備に一層注力するのみならず、日本が優位性を持つ分野、日本ならではの分野で、海外企業が引き寄せられてくるような集積を意識してつくっていくことも重要ではないかと思います。


こうした対内直接投資の受け入れは、日本にとって喫緊の課題である地方創生を進めていく上でも極めて有用であると思います。海外と連携することで、地方において従来日本にはなかったようなユニークなビジネスモデルを開発すれば、内外からさらなる投資を呼び込むことが期待できますし、グローバルな思考をする次世代の人材育成にもつながります。また、外国企業と協力すれば、首都圏と比べて広く安い土地を利用して、外国企業が活動しやすいビジネス・エリアを創り出すことができるかもしれません。このような動きが実現するように、ビジネスの自由度を広げる規制改革などを、ぜひ、進めてほしいと思っています。

この他、国内で活躍する外国人の数も、もっと増やしていく必要があるでしょう。私は米国のシリコンバレーを毎年1回は訪れるようにしていますが、そこでは、国籍、民族、キャリア、発想などの面で実に多種多様な人材が、互いに刺激を与え合って、常に革新的な製品やサービスを創り出しています。まさにハイブリッド、異種混合がイノベーションを力強く推し進めているのです。このような環境下では、異なる背景を持つ人間が意識して集まり、自分の知らない情報に接するように努めること、知恵を出し合っていくことなどが大切です。火星や木星の人とも友達になれるくらいに強力な異文化耐性があれば理想的ですね(笑)。

Q:「内なるグローバル化」の推進のために、日本貿易会として取り組み中あるいは今後取り組もうとしていることは、どのようなことですか?

日本貿易会は、「内なるグローバル化」推進に向けて、当会から生まれた NPO法人国際社会貢献センター(ABIC)を通じて、外国人の日本での滞在をサポートするとともに日本人の国際感覚を醸成するお手伝いをしています。外国人の日本滞在サポートについては、在日留学生や駐在員の家族の皆さんを対象に、日本語教室、日本文化教室、育児や健康相談、入園・入学などの教育問題、その他にも外国人が日本で快適に暮らすためのさまざまな活動を行っています。日本語ができて日本人と円滑にコミュニケーションが取れる外国人をもっと増やして、そうした方々に日本でも存分に活躍してもらえれば、「内なるグローバル化」を推進するための強力なグローバル人材集団になると思います。

他方、日本人の国際感覚の醸成については、ABICが、商社出身者などの国際経験豊富なメンバーを、小、中、高校、大学、さらには社会人講座などに講師として派遣することを通じて、社会・経済・文化など多方面にわたり国際理解を深めるお手伝いをしています。外国人の考え方や感じ方などを多くの日本人に知ってもらえれば、「外へのグローバル化」推進になると同時に、日本で学び、働く外国人への理解度が向上して日本が外国人の活躍しやすい社会となり、それが「内なるグローバル化」を進めることにもつながっていくものと思いますね。

また、これらのABICの活動以外でも、貿易会としては、政府諸機関や地方自治体などとの連携を通じて「内なるグローバル化」を推進していくことができればと考えています。具体的には、まず、外国からの観光客の誘致について、観光庁と政府観光局の活動に対してお手伝いできることは何かを、しっかり検討していきたいと思います。また、先ほど話しましたように、地方創生の推進に当たり、協力できることもあると考えています。他にも、日本貿易振興機構(JETRO)とも、いろいろな取り組みが考えられると思います。商社は海外に幅広いネットワークを持っていますから、「内なるグローバル化」に貢献できることは多いと考えています。

これからの日本

Q:会長は「30年後から50年後のことを考えて、今、何をすべきか考えるべし」というご持論をお持ちだそうですが、50年後の世界と日本はどうなっていて、日本は今、何をすべきでしょうか?

今後、中長期的には、日本は人口そのものが減っていくために、経済規模でみれば、世界での地位が相対的に低下することは避けようがありません。でも、重要なのは逃げないことです。今ここで、何をすべきか考えて着手することです。問題の先送りは解決をもたらしません。国を開き、海外の有能な人材や企業を取り込んで、今よりも経済活動が活発で元気な日本をつくっていく。

そのためには、今、どうしたらいいか。私はよく、次世代を担う若手リーダー向けの講演などにおいて、「夢や志をビジョンにして、そのビジョンを戦略に落とし込む。その戦略を具体的な戦術にして、実行してみて、その上で、PDCAのサイクルを繰り返していくことが重要である」と申し上げています。これは個人についても、会社についても、国家についても、言えることだと思います。ですから、今こそ、明るく元気な日本の未来を創るために、「内なるグローバル化」を進めて、みんなでその PDCAサイクルを繰り返していこうではありませんか。

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