国情に応じた中東諸国の油価下落への対応

一般財団法人国際開発センター 研究顧問
畑中 美樹

はじめに

原油価格の下落が始まってから1年弱が経過した。当初は戸惑いを見せていた中東産油国も、短期的な油価回復は期待できないとの認識の下、国情に応じた対応策を打ち出している。

サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など豊富な在外資産を保有する一部の湾岸協力会議(GCC)諸国は、財政赤字の計上を前提とした歳出拡大策を維持している。ちなみに国際金融協会(IIF)は3月発表の報告書で、GCC諸国の公的在外資産残高(グロス)が約2.2兆ドル(約262兆円)に上る一方、政府債務の対国内総生産(GDP)比率(グロス)は13%にすぎないので低油価が経済活動に及ぼす影響を軽減できると分析している。他方、それ以外の産油国は不要不急の支出を削減するなどの歳出抑制策を余儀なくされている。

各国の対応に違いが出ているのは、均衡財政を維持するために必要な原油価格の水準が大きく異なるからだ。ちなみに、国際機関や有力金融機関は石油輸出機構(OPEC)の12ヵ国が財政赤字に陥らないために必要な油価水準を次のように推計している。まず、この水準が60ドル以下と最も低く抵抗力も強いとみられているのがカタールとクウェートの2ヵ国である。他方、油価水準が高く抵抗力も弱いとみられているのがリビア(110ドル強-300ドル超)、イラク・ベネズエラ・アルジェリア(いずれも120ドル弱)、エクアドル・ナイジェリア(いずれも120ドル強)、イラン(120ドル強-136ドル)の7ヵ国である。サウジアラビア(83-92ドル)、UAE(80ドル強90ドル)、アンゴラ(90ドル台中頃)の3ヵ国はその中間に位置付けられている。

前提油価は60ドル前後のサウジ2015年予算

中東産油国の中で経済動向が最も気になるのはサウジアラビアである。豊富なオイルマネーを駆使し景気浮揚策の意味も込めた大型事業を続けているからだ。同国の経済を見る上で重要となるのが各年末近くに発表される予算の内容である。同国政府の経済面での意図が読み取れるからだ。

そのサウジアラビアの2015年予算は 2014年12月25日に明らかにされた。注目点は二つである。第一は、歳入7,150億サウジ・リアル(1,909億ドル)、歳出8,600億リアル(2,296億ドル)、財政収支▲1,450億リアル(▲387億ドル)と4年ぶりの赤字編成となった点である(表1)。第二は、わずか 50億リアル(約13億ドル、約1,550億円)とはいえ歳出が拡大している点である。「拡大的な予算としたのは国民の進歩・繁栄および雇用創出を目指してのもの」とのアブドゥラ国王(当時)のコメントに、2015年の同国の経済運営の考え方が凝縮されている。なお、注目される予算編成の前提となる油価についてサウジ経済の専門家たちは、1バレル当たり55-63ドルとみている。

4年ぶりの計上となった財政赤字の補塡については、ムハンマド・アル・ジャシール経済相の発言(2014年12月25日)のように「借りジェリア、イランが油価急落の影響を最も受入れと準備金の取り崩しの併用策」となろう。 ける」と予測した。またランボル石油ガス中ちなみに、国際通貨基金( IMF)によれば同国 東社のトミー・アムストラップ・ロールセンの2014年時点での国内債務の対 GDP比率は 部長も同時期に「既に(経済制裁や内戦などわずか2.58%と世界でも最も低い水準にある。



前提油価を56ドルに引き下げたイラク

イラク議会は2015年1月29日、総額119兆イラク・ディナール(約996億ドル、12兆円弱)の2015年度予算を承認した。修正前の予算総額は米ドル表示では1,025億ドルであったので2.8%の縮小となった。財政収支では約25兆ディナール(約220億ドル、約2兆6,400億円)の赤字を予想している。なお、当初案では財政赤字は米ドル表示で191億ドルであったので、赤字額は約15%拡大したことになる。

イラクの当初予算は1バレル70ドルの原油価格を前提として編成されていた。しかし、その後の原油情勢を検討した結果、イラク議会はまず60ドルに前提を引き下げ、さらに最終的に56ドルにまで引き下げる案で落ち着いた。当初の前提油価があまりに非現実的と考えていた国会議員には最終的な前提価格は満足のいくものとなった。ちなみに、イスラム国との戦いのための支出が主となる国防費は歳出の約20%を占めている。

海外駐在外交官数の削減を提案したリビア

現在、OPEC 議長を務めるディエイザニ・アリソン-マドゥエケ・ナイジェリア石油相は2014年12月3日の時点で油価下落の各国への影響について「中東産油国の中ではアルジェリア、イランが油価急落の影響を最も受ける」と予測した。またランボル石油ガス中東社のトミー・アムストラップ・ロールセン部長も同時期に「既に(経済制裁や内戦などで)課題を抱えているリビアとイラク、イランが問題に直面し、油価下落による歳入減から開発事業の中止もあり得よう」(ガルフ・ニューズ紙2014年11月30日)と指摘し、リビアやイラク、イランも苦しい立場に置かれると分析していた。

リビアは東のトブルクとアルベイダーに拠点を置く世俗派・リベラル派勢力と、西の首都トリポリに拠点を置くイスラム穏健派勢力が対立し国内を東西にほぼ二分する状態が続いている。このような状況にあるため、リビア中央銀行は独立性を維持しいずれの政府にも偏らないとの方針を貫く中、不急不要の支出を全面停止し今日を迎えている。リビアの予算上の支出は5 項目に分類されるが、現在中央銀行から遅滞なく支出されているのは「項目1の国家公務員の給与」および「項目4の補助金」のみで、これら以外の支出は全て限定条件下での支出となっている。

なお、同国中央銀行は2015年1月15日、外貨準備が大きく減少していることを国民にあらためて説明するとともに、「全関係当事者に拡大する経済危機への対応で協力することを呼び掛ける。安定を回復し将来を守るため国民は国家の直面する危機を認識してほしい」(ロイター通信2015年1月16日)と訴え、海外駐在外交官数の削減、家族・子ども手当の中止といった費目の支出の削減を提案している。

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