「ウィズコロナ・アフターコロナにおける商社の役割」

伊藤忠商事株式会社 ワルシャワ支店長
(前 調査・情報部 調査・情報室長)
柿沼 純平
丸紅株式会社 市場業務部
企画・国内チーム長 兼 米州チーム長
才上 純
三井物産株式会社 経営企画部 グローバル業務室 次長
(「グローバル・バリューチェーンとアフターコロナにおける商社の役割」
 検討ワーキンググループ 座長)
高木 光暢
三菱商事株式会社 地域総括部 対外企画チーム 次長飯塚 和彦
早稲田大学 政治経済学術院 経済学研究科 教授
(「グローバル・バリューチェーンとアフターコロナにおける商社の役割」
 検討ワーキンググループ 共同研究者)
戸堂 康之
一般社団法人日本貿易会 政策業務第三グループ長(司会)
山本 大介

2020年9月、市場委員会に「グローバル・バリューチェーンとアフターコロナにおける商社の役割」検討ワーキンググループが設置され、2021年3月に計5回にわたる会合の成果をディスカッション・ペーパーとして発表しました。発表から約半年が経過したのを機に、ワーキンググループに参加された方々にお集まりいただき、ウィズコロナの状況が続く中での商社の役割について改めて振り返っていただきました。
(本稿は8月26日に開催した座談会の内容を事務局でとりまとめ、出席者の校閲を受けたものです)

1. ワーキンググループ(WG)の活動を振り返って

山本:本日は、コロナ禍で大変な状況の中お集まりいただき、ありがとうございます。まずは皆さんがWGに参加された時の思いをお聞かせください。


三井物産株式会社 経営企画部
グローバル業務室 次長
高木 光暢 氏

高木:座長を務めさせていただきました高木です。WGを立ち上げた際は、緊急事態宣言の真っただ中で、戸堂先生はシドニーにいらっしゃるし、委員の皆さんとは直接お会いできない中、果たしてWGをうまく進められるのかと心配でした。2019年からの米中貿易摩擦、そこに新型コロナウイルスの感染拡大が加わって、ヒトとモノの動きに制約がかかり、われわれの働き方も変化せざるを得ない中、他商社の皆さんはどう過ごされているのか、劇的な環境変化に何を感じられているのか、WGでぜひ率直に語り合いたいとの強い思いはありました。

戸堂:早稲田大学の戸堂です。当時はシドニーからオンラインで参加しました。オンラインの限界、距離を感じることも多少ありましたが、委員の皆さんがリアルに集合していたので議論は進めやすかったと思います。かねてより企業は多様なネットワークを持つことが重要と考えていましたが、WGでの議論を通じて、商社はコロナ禍の前から多様なネットワークを持っており、それがコロナ禍での強靭(きょうじん)性につながっているという気付きがありました。


早稲田大学 政治経済学術院
経済学研究科 教授
戸堂 康之 氏

柿沼:伊藤忠商事の柿沼です。2021年4月にワルシャワ支店長を拝命し、今日はポーランドから参加しています。コロナ禍により、船積みの荷物が港のロックダウンで止まる、マスクの輸出入に規制がかかり、同じHSコードであるオムツの輸出入が円滑にできないなど、ビジネスの現場ではさまざまな問題が起こっていましたので、皆さんと意見交換し、情報共有できるのは良い機会になりました。

才上:丸紅の才上です。2020年4月にロンドンから帰国したばかりでWGに参加しました。最初はリモートの併用でペースがつかめなかったのですが、有識者のお話を伺いつつ、高木座長のリードのおかげで、各社のコロナ禍での取り組み事例などについて、忌憚(きたん)のない意見交換ができたと思います。事例研究の議論を通じて、コロナ以前から商社が発揮していた強みがコロナ禍で改めて見直され、モノによっては修正されている、ということを実感できました。

飯塚:三菱商事の飯塚です。過去のWGでの議論も通じ、商社は、コロナ以前から変化を先取りして対応していること、社会的責任を果たしていること、ビジネスモデルを絶え間なく変革していることなどを具体的事例で検証でき、伸ばすべきエッジや課題を考える良い機会でした。


2. コロナ時代のグローバル・バリューチェーンの状況


山本:コロナ禍によりバリューチェーンやサプライチェーンの課題が浮き彫りになってきたと言われていましたが、実は商社はコロナ禍の前からその課題に対応してきたという議論がありましたね。

飯塚:ご指摘の通り、商社は時代を先取りして「攻め」のバリューチェーンを強靭化し、ビジネスチャンスを構築しています。前提のミッションは電力、水の基本インフラや食糧などの安定供給です。例えば、フィリピンやインドネシアの工業団地では用地開発からインフラ整備、供給までを担っています。また、医療インフラを支えるという意味では、国内においては医療機器・材料・医薬品の物品管理・調達を含む病院経営支援事業を通じて、安定した医療サービスの提供に貢献しています。またローソンにはグルメデリカと共同した原料調達他でのバリューチェーンがあります。サステナブルで、社会課題の解決に資するバリューチェーンの構築に向けてさまざまなステークホルダーと連携して取り組んでいます。

柿沼:環境・人権に関連してですが、例えばポーランドは電気自動車部品の一大生産国で、当社も関連ビジネスに取り組んでいますが、その原料の一部はアフリカの一部の国などに大きく依存しています。もしそれらの国で人権・環境問題等が生じた場合、物流に支障を来す恐れもありますよね。コロナにかかわらず、特定国に過度に依存しないように、調達先を多様化したり、新技術を開発することが、必要になってくると思います。

高木:コロナ禍で問題が顕在化した事例が物流です。2020年11月ごろから米国ではインターネットによる巣ごもり需要などが増え、中国から米国への荷物が急増し、コロナ禍で港湾荷役もできず、西海岸の港が詰まってしまい、さらには鉄道による東海岸への内陸輸送も困難になっているとの事例も共有されました。内陸に荷物を運んだコンテナが戻って来ず、空コンテナが足りないとの事態は世界へと波及、海上運賃が歴史的に高騰し、現在も問題になっています。

この物流の混乱は一過性のものかと思っていましたが、構造的に根が深いことも分かりました。今や世界のコンテナ取り扱い港トップ10のうち七つが中国です。船会社は、貨物が出るところ、需要があるところに船を寄せるので、日本にはなかなか船が回っていないという状況に陥っています。1980年代は神戸港が世界第4位でしたが、今では日本最大の港である東京港でも35位で、日本の地位がどんどん低下していることを懸念します。コロナ禍で国際競争力を上げて頑張らねばならない時に日本の競争力がそがれることには危機感を覚えています。

山本:これは経済合理性に流されてしまった結果という部分もあるかと思いますが、戸堂先生、いかがでしょうか。

戸堂:コロナ禍で顕在化したという点では、2020年の感染拡大初期に中国からの部品の輸入が少なくなって日本の自動車産業が困ったという話がありましたが、今はASEANでの感染拡大の影響で再び自動車産業が止まっています。経済産業省はかねてよりサプライチェーンの中国依存リスクを指摘しており、ASEANあるいは国内への移管に補助金を出していましたが、ここにきてASEANに移管するだけではリスク分散にはならないことが分かってきました。

才上:WGでもコングロマリット・アドバンテージが話題に上りましたが、ロックダウンで経済活動が停滞し、国境を越えた移動が制限され、バリューチェーンが寸断され停滞するという懸念はあったものの、その影響には濃淡があったと思います。コロナ禍の中でも、食料、衛生材料、農業資材や穀物などエッセンシャルな事業分野はタイムリーな供給を維持できました。これは、商社がグローバルに需要家と供給地を押さえ、市場の変化に臨機応変に対応し、適時に商品やサービスを供給できるサプライチェーンやネットワークを有するが故だと思います。

3. コロナ禍における商社ビジネスの現状


伊藤忠商事株式会社 ワルシャワ支店長
(前 調査・情報部 調査・情報室長)
柿沼 純平 氏

山本:コロナ禍での商社ビジネスについて、皆さまのご意見をお聞かせください。

柿沼:日本は基本的に食料輸入国なので、このような時にも食料のサプライチェーンを確保することは重要です。来週ポーランド国内の食品工場へ品質管理の監査に行くのですが、コロナ以前であれば東京本社からの出張員と共に行っていたところ、コロナ禍で海外渡航が制限されているため、今回は私と現地社員のみで行きます。このように商社のグローバルネットワークは、コロナ禍での日本の食の安全・安定確保に貢献できていると思います。

高木:われわれ商社は、世界中と取引していますから、米中関係やEU、各国の規制に抵触しないようにバリューチェーンをつくっていく難しさがあると思います。今や、経済安全保障、人権や環境、各国の認証制度など、さまざまなものが複雑に絡み合い、どこにリスクがあるのかが見えにくくなっているので、これまで以上にリスク感度を高めねばなりません。1社のみで対応するには限界があり、商社間や業界間で横串的に連携し、しっかりと知見を共有する必要があると感じています。

戸堂:例えば、環境をテコに欧州が一定の政治力の維持に努めているのははっきりしていて、それがコロナ禍を機にうまく成功しているように思います。それに対して、日本政府や日本企業が同じ土俵で戦ってもかなわないのではないでしょうか。中小企業をはじめとする日本企業は環境や人権に対する意識がまだ高くなく、グローバルに戦えないので、そういうところを商社が広く啓蒙(けいもう)していく必要があると思います。さらに商社に期待したいのは、何か新しいコンセプト、まったく別の軸をつくり出すことです。高齢化や防災など日本が独自に抱えるさまざまな問題について、世界標準をつくるといったパイオニア的な役割を担ってほしいと思います。


丸紅株式会社 市場業務部
企画・国内チーム長 兼 米州チーム長
才上 純 氏

飯塚:戸堂先生ご指摘の通り、日本が強い分野でルールをつくり、それを世界に広げることが重要です。それには、感度を上げ、組織を再構築することも必要です。例えば当社の食品関係では、組織を商品や分野別に加え、役員直結の新興市場室などに再編し、迅速な意思決定やリスクへの対応力を強化しています。

才上:最近、世の中的にもそうですが、社内では「コロナ」「DX」「脱炭素」が最大のテーマとなっています。特にイノベーションや社会課題解決型のビジネスをどのようにつくり出すかという点で、さまざまな仕掛けを考えています。コロナで進んだリモートワークや電子化は一層活用する必要がある一方で、やはり対面の重要性は否めず、両者を組み合わせた知的連携がますます重要になってくると思います。従来の拠点ネットワークや駐在員の配置の仕方、組織を越えた人材の活用など、事業創造の仕組みはさまざまですが、横連携、横断的な取り組みが重要になってくると思います。

4. 期待・展望~ウィズコロナ・アフターコロナにおける商社と日本貿易会の役割

山本:今後世界で商社が活躍するフィールド、果たすべき役割、商社パーソンとしてのスピリットについてお考えをお聞かせください。また、日本貿易会に期待する役割についても伺えたらと思います。

高木:先ほどから皆さんのお話を伺っていて、会社のあり姿やMVVの伝え方をとても工夫されているなと感じました。今も昔も、世界のニーズを先取りして主体的に解決するという商社のミッションは変わらず、コロナ禍でグローバルな課題が多い今だからこそ、ビジネスを広げるチャンスだと思います。やはり、こうした熱い思いが根底にないと、商社は面白い仕事ができないのだと思います。日本貿易会は「日本」という冠がついている以上、目線を高く、日本のために頑張ってほしいと思います。日本が欧米型のルールにただ巻き込まれないよう、世界目線で日本の裨益(ひえき)について考えることが日本貿易会の役割であると思います。


三菱商事株式会社 地域総括部
対外企画チーム 次長
飯塚 和彦 氏

飯塚:商社パーソンとしてのスピリットは当社の企業理念「三綱領」に沿う事業展開です。日本貿易会への期待は、「安全保障が担保された経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)の自由な移動の確保」に向け、日本の強みが生かせるルールを構築するファシリテーター、さらにはルールを広める伝道師となっていただき、加えてその伝道師を育成していただくことです。また、日本貿易会が創設し、商社OB・OGを中心に約3千人の登録会員が活躍するABICの「人財」にも、大いに期待しています。

柿沼:世の中で起きていることは、新聞などを読んでいても気が付かないことがどうしてもあり、現場にいて肌で感じる必要があると思います。当社はかなり以前よりマーケットインの発想でビジネスを展開していますが、商社は現場から新しい視点でアイデアを発信することが重要と思います。また世の中の動きを先読みし、日本の産業をリードしていくことも商社に求められる役割だと感じています。そして日本貿易会には、そのような商社の強みや良さを、政府関係者や一般社会に広くアピールしてほしいと思います。

才上:商社には、グローバルネットワークと事業の構想力を武器に、人と人、国と国、会社と会社を「つなぐ役割」があると思っています。地域であったり、世代であったり、それらをつないでいくことが商社の一番重要な役割です。SDGsなどの社会課題については、個社で議論を進めるにも限界があります。日本貿易会には、商社業界が直面している共通課題をいち早くつかみ、会員商社と共に解決方法を検討していく場をつくってほしいと思います。

戸堂:最後に一言、かねてより商社には地域開発、特にアフリカの地域開発のパイオニアになってほしいと思っています。今後50年を考えると、アフリカが重要な地域となるのは必至ですので、既にネットワークを持っている商社だからこそ、先兵としての役割を期待しています。

山本:皆さま、本日は貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。

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