震災からの再生、 地方創生への思い

気仙沼市長菅原 茂
ABIC名誉会長中村 邦晴

気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザのテラスにて
右:菅原茂気仙沼市長 左:中村邦晴ABIC名誉会長
※写真撮影のため、マスクを外しています


10月5日、気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ(PIER7)にて気仙沼市長 菅原茂氏とABIC名誉会長 中村邦晴氏の対談を行いました。

気仙沼市とABICの包括協定締結の立役者であるお二人から、震災復興への思い、地方創生に貢献するABICへの期待などについてお話を伺いました。


本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
まずは菅原市長と中村名誉会長の出会いから今に至るまでの経緯を教えていただけますか。


菅原:当市は東日本大震災の被災地であり、特に津波で大きな被害が出ました。まちは壊滅的な打撃を受けまして、将来どのようにまちを興していくか本当に思い悩んでいたところに、村井嘉浩宮城県知事からの復興支援の依頼を住友商事さんと三井物産さんに快諾いただいたことがきっかけです。特にバックアップしていただいたのは鹿折(ししおり)地区での水産加工の復興と新しい組合の発足です。今では当市の復興のモデルケースの一つになっており、これまでのご支援に大変感謝しています。

中村:初めて菅原市長にお目にかかったのは、住友商事社長就任から2ヵ月後の2012年9月でした。三井物産さんの当時の会長だった槍田松瑩氏と住友商事の会長だった岡素之の間で何か被災地の復興支援ができないかという話をしており、私自身も鹿折地区の話をお聞きしてすぐに村井知事、菅原市長とお会いしました。私が担当していた仕事の関係で、以前から女川や石巻などに出張しており、震災後どのようになっているか大変心配でした。私の社長就任は東北の被災地を巡ることから始まったといってもいいと思います。

菅原:そうでしたね。中村名誉会長が気仙沼に初めていらしたときは、津波災害を象徴するように大きな漁船が海岸から700mぐらい内陸に流されて、鹿折地区に鎮座してしまっている状態でした。

中村:あれは被害の恐ろしさを象徴するもので、テレビメディアでも幾度も放映されていました。また私自身、長年自動車関係の業務に就いていたものですから、流されて使えなくなった車両が道端や空き地に積み上がっている光景も非常にショックでよく覚えています。柱だけ残された家も多く、復興するのにいったい何十年かかるのだろうと、それが最初の訪問時の正直な気持ちでした。

菅原:2014年の3月までにはがれきなどの焼却も含めて何とか震災廃棄物の処理を終えることができました。がれき等を片付けるだけで3年という長い時間がかかりましたが、次の課題は地盤のかさ上げでした。このまちは地震で70cmぐらい地盤沈下してしまったので、当時は満潮になると陸地が浸水する状態でした。国のどの制度を使えば安全な土地を造れるのか分からず、相当広い範囲で建築制限をかけて、出てくる課題に手探り状態で対処していきました。水産加工業の皆さんは、事業再開がスムーズに進まず、非常にストレスがたまる時期だったと思います。誰もやったことがないことを皆でやっていかないといけませんでした。

2021年、震災から10年を迎えます。そのことに対する思いをお伺いできますか。


2021年で震災から10年を迎える思いを語る菅原茂気仙沼市長

菅原:10年を一つのゴールに設定して復興に取り組んできました。ハード事業については、整備が進んできたと思いますが、産業面では10年たってもなかなか以前よりさらなる高みを目指す創造的復興の域には達していません。政府は次の5年間を第2期復興・創生期間と名付けています。少子高齢化と人口減少が一段と進んでしまった点が一番の問題と捉えています。こうしたソフト面での課題を認識したところでコロナの問題が起こり、デジタルがキーワードになって、また新たな時代を迎えつつあると感じています。地方創生に向けては、まだスタート地点に立ったばかりという思いですね。

中村:10年というのは一つの区切りではありますが、この10年の間に経済環境、社会環境が非常に大きく変わったと思います。10年前に今日のデジタル化というものが想像できたでしょうか。これから先の10年は、過去の10年よりも予想をはるかに超えるスピードでいろいろと変わっていくでしょう。従って、そのときどきで求められるものや行動も変化していくので、常に自問自答することが必要になってくると思います。全ての企業、自治体、そこで生きる人たちが、これからの変化を見極めた上で早く手を打たないと、大きな差が開いてくると思います。

大企業は自身で解決できる部分が多いと思いますが、地方の中小企業は支えが必要になることもあります。現状分析で必要な支援方法を引き出し、もっと積極的に活動する「機能を高度化した組織」になることが、これからのABICに求められています。

菅原:市としては、中村名誉会長がおっしゃられたように経営とは、会社とはという視点で「時代の変化を見る姿勢」を小規模事業者の皆さんにも持っていただきたいと考えています。一番の問題は後継者不足です。事業者が後継者不在のために廃業してしまうことは、まちの経済力を大きく低下させる要因になり得ます。例えばそのまちで、一つの業種に複数の事業者がいれば、一つの事業者が廃業してしまっても、残りの事業者によってその業種は継続していきます。しかし、その業種に幾つもの廃業が出て、まちからその業種がなくなってしまうと、その商品やサービスを他のまちから買うことになって、その代金は他のまちに吸い取られることになってしまいます。ですから、日本のどこかに後継者候補がいるとか、ちょっと業態は違うけれども合併して効率的な業務ができるというような提案や指導をいただければと思います。

家業は大事ですが、親族間での事業継承のみでは、息子や娘が外に出て帰ってこないと廃業するしかなくなってしまうので、そこは企業としてもっと大きな視点でどのように経営すべきかを考えていただきたいし、会社を次の世代につないでいくことが、社会に貢献していくことになるという感覚で経営していただく必要があると思います。

ABICのメンバーの方たちは、そうした企業観をお持ちで、会社のあるべき姿をご存じですので、新しい風を吹かせて、私たちの伴走をしていただきたいですね。

中村:ABICはとにかく人材が豊富です。商社はいろいろなことをやっていて、海外営業、国内営業、リスク管理・法務・経理・人事などの管理機能、ITなど何でもあります。ABICのやっていることは会員の再就職のあっせんではなく、その名の通り国際社会貢献活動です。第二の人生においても社会とつながって役に立ちたいという志を持った約3,000人の集まりです。遠慮なさらず、腹を割って何でも相談してください。

菅原:商社が他の業種に比べて優れていると思うのはリスク管理です。リスクを極端に小さくするためのノウハウが身に染み付いている人たちの集団だと思っています。漁師は10万円のコストで100万円の魚を捕ることもあれば、3日間魚が捕れないこともある仕事です。一方、普通の会社はさまざまなリスクの中で小さな利益を積み上げる仕事。リスク管理は基本的考え方や姿勢、経験がものをいう部分もあり、実は親族間の代替わりだけでは十分に培われていないことがあります。経営指導という意味でのリスク管理、つまり何をリスクと考え、そのリスクをどうやって避けるのかというノウハウは経営上とても大事なことです。

2020年7月に気仙沼市とABICは包括協定を結びました。包括協定に対する思いを伺えますか。


包括協定について熱く語る中村邦晴ABIC名誉会長

菅原:ABICの持っているノウハウは非常に多岐にわたっています。われわれは地方ですから、当然足りないものも多く、人材も全てのジャンルにいるわけではありません。ABICと包括協定を結ぶことによって、今後の復興の先の地方創生、政府がいっているローカル・デジタル・トランスフォーメーションなどについて、多様な人材の中から伴走してくれる人を見つける手段を得たと感じています。

中村:震災からまだ日が浅い頃は気仙沼に住む人たちが職場復帰できるよう、冷凍倉庫を建てるなどのハード面を支援してきました。しかし施設ができた頃には、今度は仕事を回すために必要な数の人材がいなくなっていました。いったん出られた方がなかなか帰ってこられない事情もあり、人手不足が問題になったのです。人手不足の問題は震災で大きな影響を受けた被災地だけではなく、日本全体の問題であり、全国に共通していえることです。特に地方の経済を支えている中小企業は、人手不足に加えて高齢化も進んでいて、地方の活性化のためには外国人労働者の力を借りる必要があります。実際、気仙沼では400人くらいが水産加工に従事してもらっていると伺っており、全国の他の地方でも、このような形で人材を確保しているのが実態です。

外国人の方々と一緒に働くためには、ただ来てもらうだけでは不十分で、共にコミュニティーをつくっていくために何を学んでもらうかを考えなければなりません。そこで必要となる教育にABICの人材を存分に活用していただきたいと考えています。

ただ、ABICをご存じない自治体が圧倒的に多いのが現状です。気仙沼市にはぜひ地方創生の発信基地になっていただき、日本中の他の自治体のロールモデルになってもらいたいと思っています。まずは日本語教室という形で支援がスタートしており、これがABICの一つの成功事例となるでしょう。その次の取り組みとしてABICのバラエティーに富んだ人材からノウハウを提供し、産業の活性化を支援できればと考えています。思い入れのある気仙沼でABICがお役に立てると確信し、菅原市長とお話しできたことで、多面的な取り組みに向けて包括協定という一番いい形で支援させていただけることになりましたので、しっかり成果を上げなければいけないと思っています。

菅原:東日本大震災で明らかになったことは、地方によっては生産年齢人口が極端に少なくなってきているという事実です。構造的に今後10年たってもやっぱり人手は不足するので、今後、より一層外国人の方々の力を借りることは必須です。そして、その方々とどのように共生していくかが課題になってきます。外国人技能実習生(注1)の場合は、組合や会社は決まっているわけですが、特定技能(注2)になると日本中どこでも働くことができますので、例えば、都市部のパン屋さんの給料が高いとなれば人材が流れてしまう可能性があります。気仙沼での暮らしを好きになって気仙沼で長く健康に働いてもらうためには、言葉がある程度できることが必要です。言葉は風土や文化を伝えるツールになりますよね。われわれが教えるだけではなく、われわれも外国人の方々から教わったりする双方向のコミュニケーションが大事です。商社で駐在経験のある方は、そういうことが肌感覚として分かっているし、何がコミュニケーションの弊害になるのかも分かっています。円滑なコミュニケーションの一助となるようなご支援を期待しています。

気仙沼の市民にとっても、インドネシアの人はよく見掛けるけれど、言葉が通じないのじゃないかと思っているところがまだあるようです。言葉がある程度は通じるということが分かるだけで、自分たちと同じ市民の一員だと意識してくれると信じています。

また、事業の観点では、気仙沼は水産業のまちなので、原材料から製品まで海外の取引先とどのように付き合っていくかが大事になっています。ABICの皆さんのように常に海外を相手にしてきた経験を持ち合わせた集団というのは本当に心強いのです。例えば、海外との輸出入で衛生基準などをクリアしないといけない場合、そういう手続きの話が出た段階で地方ではもう壁になってしまいます。それを順序立ててABICの皆さんに解決のために伴走していただければ、突破できると思っています。

中村:そうですね。双方向のコミュニケーションというのは非常に重要で、人をきちんと教育していくことでその感覚は磨かれていくと思います。それはやはりこうして顔を合わせての会話が全くない状態だと厳しいかもしれないですね。今はコロナ禍で在宅勤務が多くなり、メールでコミュニケーションを取る機会が増えました。3年、5年とたったときに、人材育成に与える影響がどの程度になるかは非常に不安です。ものの考え方や会社独自の姿勢というのはリモートでどのように伝えていくのでしょうか。私たちのビジネスでは信用を重んじます。信用をなくすようなことは、たとえ損をしてもやってはいけないということが分かっていなければ、ビジネスはできません。

菅原:正直でないことをやり始めると、ビジネスでも行政でもやがて大きな爆発が起きてしまいます。私たちもできる限り早く、誠実に相談、お伝えするよう心掛けています。一方で、誠実で信頼できるコミュニケーションはリモートでは教えづらい気がしています。

中村:日本の企業の良さというのは、対面方式で長時間かけて人を育てていくことだと考えています。日本の良いところは、できるだけ残していきたいと思っています。ウェブはコミュニケーションの手段の一つには成り得ますが、相手に寄り添ってビジネスを行っていく上では対面方式が欠かせない部分もあります。

菅原:今回のコロナ禍の問題でテレワークが常態化し、地方に住んで地方のいいところを享受しながら、仕事もしっかりできる仕組みもできつつあります。いずれ首都圏も団塊の世代が全員75歳以上になったときに、福祉の面でパンクして人の流れが地方に向かうとみています。コロナ禍でもう少し早く地方に人が入ってくるかもしれません。この変化に希望を持ちたいとも考えています。そういう中で世界の最前線で仕事をした経験を持ったABICの方たちが2ヵ所居住や多拠点居住の前段階として地方を頻繁に訪れるようになり、地方の発展に貢献しながら地方の良さを肌で感じて、結果として、地方創生につながっていくとよいと思います。

今後についての展望や未来へのメッセージをいただけますか。


対談は和やかな雰囲気で行われました

菅原:私たちのまちには「世界につながる豊かなローカル」というコンセプトがあります。地方の豊かさを享受しながら、活動はグローバルにしたいという将来像を描いているのです。ただ、気仙沼市は首都圏から距離もあり、震災からの復興も途上で、ハンディは否めない状況です。それでも、常に外を向いていなくてはいけないと思っています。そういうまちの将来像とABICの活動の親和性は極めて高いと感じています。世界とつながるためのガイド役、まちづくりのための素晴らしいアドバイザーとしてのABICと連携していきたいと思っています。


気仙沼市とABICの連携は地方創生につながっていく(胸元のピンバッチは気仙沼市の観光キャラクター「海の子 ホヤぼーや」(注3))

中村:未来を語るときはやはり昔と今と未来が連綿とつながっていかないといけません。次の世代、さらにその次の世代という具合に、事業であれ何であれ具体的にどのようにつなげていくのかというロードマップが必要だと思います。長年、気仙沼市で尽力されてきた皆さんの現場ごとに事情があるので、皆さんと粘り強く対話を続け、さまざまな角度からヒアリングを行い、状況をよく理解した上でどのような形にしていくのか道筋を付け、それを実行する人材を提供する役割をABICが果たせるようになれたらいいと思います。

気仙沼の人たちとABICが現場でうまくつながって次の世代を担う人材づくり、もしくは体制づくりをお手伝いすることは、お互いにとって非常に価値のあることだと思いますし、それができなければ日本の成長はないと思います。包括協定に関わる全ての人たちが自分たちの力で本当の意味での復興をやり遂げないと日本の国自体がどうにかなってしまうというくらいの危機感を持ってやっていくべきことだと思いますね。


本日は貴重なお話をありがとうございました。


菅原:はい、ありがとうございます。
中村:ありがとうございました。

※ 本対談はソーシャルディスタンスを確保した上で行っています。


注1: 外国人技能実習生とは、外国人技能実習制度を使って日本で働く外国人のこと。外国人技能実習制度は、わが国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術または知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としている。
厚生労働省 公式ウェブサイト 外国人技能実習制度について

注2: 特定技能とは一定の専門性・技能を有し、即戦力となる外国人材に関する就労を目的とした在留資格のこと。就労可能な職種は特定産業分野として指定された介護、農業、漁業など14分野に限られる。
法務省 公式ウェブサイト 新たな外国人材の受入れ及び共生社会実現に向けた取組(在留資格「特定技能」の創設等)  


注3: 「海の子 ホヤぼーや」とは、気仙沼市の観光キャラクター。三陸特産の「ホヤ」がモチーフ。サンマの剣にホタテのベルト、サメ皮のマントを身にまとい、気仙沼の食と観光をPRしている。
気仙沼市 公式ウェブサイト 海の子 ホヤぼーや

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