日本のビジネスにアフリカへのお誘い

アフリカ開発会議(TICAD)担当特命全権大使
岡村 善文

1. 7回目を迎えるアフリカとの首脳会議

アフリカ開発会議(TICAD)という国際会議がある。2019年8月末に、第7回のTICADが横浜で開催されるので、お聞き及びであろう。日本の総理大臣が、アフリカの54ヵ国の首脳をお呼びする首脳会議である。そしてアフリカが直面する問題を、経済、社会開発、平和と安定の全ての分野にわたって議論する。すでに四半世紀を超える実績を重ねるに至ったTICADは、世界に誇る日本の外交イニシアティブなのだ。

でも、なぜ日本がアフリカにそんなに熱心に取り組むのか。1万kmも離れた大陸に、どれほど日本の経済利益があるのか。地理的に近接し歴史的にも関係の深い欧州の影響圏であるアフリカに、どうして日本が国際会議まで主導して。皆さん、疑問をお持ちになる。

これには経緯がある。日本が提唱して、1993年に国連や世界銀行、国連開発計画(UNDP)と共に最初のTICADを開催した時、この会議がその後これだけ長く続くと予想した人はほとんどいなかった。最初のTICADは、国連で採択されたアフリカの開発目標を、日本としても後押ししようと企画された。当時、欧米諸国にはアフリカの開発に取り組む余力がなかった。それまでの援助の効果への失望からいわゆる援助疲れがあったところに、東欧や旧ソ連圏への援助に手いっぱいだったからだ。

それでは日本が引き受けよう、と乗り出した。日本には自信があった。同じように貧困や低開発にあったアジア諸国が、目の前で大躍進していた。アジア諸国における開発の成功例や、経済・政治改革の成果を、アフリカにも拡張できるはずだ。アフリカ諸国はこの日本の率先主導を歓迎し、一回限りだったはずの会議の会期中に、この会議を今後も継続することが決定された。その後、回を重ねて2019年に第7回を迎える。

2. アフリカに自助努力を促す

そのTICADには一貫した哲学があった。初回以来「オーナーシップとパートナーシップ」を原則に掲げた。オーナーシップとは、自助努力を求めるもの。援助を受け取る国自身がよく考え、責任を持って経済社会開発を進めるとの決意が、援助供与すなわちパートナーシップの前提だ。

これは当時の対アフリカ経済協力の考え方に一石を投じたものであった。欧米諸国の援助は、アフリカ各国の経済政策を「指導」する姿勢にあった。そのため国家運営の在り方に、大いに注文を付けることが多かった。国際通貨基金(IMF)や世界銀行による「構造調整」は、その典型といえる。これに対して日本は、経済・政治改革は確かに必要ながら、自ら得心してこれを進めなければ実を結ばない、と考えてきた。

そもそも欧米諸国はアフリカのさまざまな問題に対処する時に、どうも植民地経営の過去や、キリスト教的な心情が顔をのぞかせる。端的には「慈善」と「宣教」だ。貧しい、だから恵む。無知だ、だから教える。そういう姿勢が垣間見える。もちろん民主主義、人権、良き統治には、アフリカ各国も価値を見いだしている。しかし欧米諸国が口にすると、これを押し付けや植民地主義の表れと考える。日本にはそうした抵抗は感じない。

日本はむしろ、与えられるのを待つ、教えられるのを待つ、という姿勢を「甘え」と否定する。自分で努力しないなら、日本が与えても教えても無駄だから助けない。これは一見、突き放した姿勢である。ところがアフリカはこれを歓迎した。自分でできるはずだ、という前提があるからだ。アフリカの能力を信じる姿勢は、アフリカ人たちの自尊心に響いた。

3.ビジネスこそが開発の原動力

もう一つTICADが示した卓見がある。それはアフリカの持続的な開発には、民間経済活動が重要な原動力になる、という考え方である。経済成長を通じた貧困削減を目指す。そんなの当たり前ではないか。しかし、開発援助の世界ではそうではなかった。私的部門の経済活動は、結局は経済利益追求が目的なので、搾取や不公正増大につながる、だから国や国際機関などの公的機関による開発援助が必須である、と考えられていた。一方で日本は、東アジアで経済発展とともに住民の生活水準が向上し、貧困が軽減されるだけでなく、政治や社会が成熟してきた実例を見ていたから、経済成長や民間貿易・投資に期待したのである。

今や世界各国やその援助機関も、オーナーシップの重要性、民間企業活動との連携、といった考え方に倣うようになってきている。TICADにそうした先見の明があったからこそ、アフリカは日本がアフリカ開発を主導することに期待してきた。

日本への期待には、別の側面もあるようだ。アフリカの各地に、「カイゼン」運動が燎原(りょうげん)の火のごとく広がっている。エチオピアなどは国立の「カイゼン機構」を設立までして取り組んでいる。日本の主要企業の経営手法である「カイゼン」が、なぜ今アフリカで歓迎されるのか。アフリカの友人に聞いたら、次のような説明だった。

植民地時代を通じて、欧州はアフリカにこう教えてきた。優秀な人材とは自分たちボスの言うことをよく理解し、着実に実行する人間だと。つまり、トップダウンである。その結果、皆が上の指示をただ座って待つ、という姿勢が定着してしまった。ところが「カイゼン」は、現場の担当各人が自分の持ち場でできること、提案すべきことを探し、上に持ち上げる。つまりボトムアップである。各人が自分の能力を発揮し、それが重なって組織全体が強くなる。この発想が今のアフリカに最も欠けており、それが弱さにつながってきた。だから、「カイゼン」は精神革命なのだ、と。

日本の仕事は現場を重んじる。海外に出た日本人ビジネスマンは、現地の人々と一緒に働く。そして自国のやり方・製品が成功しているからといってそのまま現地に持ち込むのではなく、現場の事情に適合した現地のやり方・製品を見つけ出す。この「日本流」の方が、長い目で見て事業の成功につながる。こうしたビジネス手法にアフリカの人々は注目し、日本および日本人を歓迎している。

4.注目されるアフリカの巨大市場

さてそのアフリカ、近年になり注目が集まっている。人口13億人で世界人口の17%、しかも若い。約半数が20歳以下で、2050年には25億人になると予測される。そのアフリカが、過去15年平均5%で経済成長、10%を超える成長を見せる国もかなりある。3千万km2の大陸には、石油・天然ガスはもとより、現代のハイテク産業が必要とする希少資源も多く存在する。そしてアフリカ自身が市場統合を進めている。アフリカ連合(AU)が2002年に発足。2018年はアフリカ大陸自由貿易圏設立協定が署名され、2019年4月に発効。域内総生産2兆5千億ドルの巨大市場が、これから姿を見せてくる。

アフリカ市場は「最後のフロンティア」といわれ、世界各国のビジネスがアフリカに進出しつつある。3月の英エコノミスト誌は、「誰もかれもアフリカ詣で」という特集記事で、欧米各国はもとより中国、インド、トルコ、ロシア、インドネシア、アラブ首長国連邦、タイに至るまで、貿易・投資を拡大している様子を伝えている。ところが日本はどうだ。過去12年で貿易額が12%減少と出ている。

日本のビジネス関係者に聞くと、アフリカは貧困だし、治安も悪そうだし、強権政治で汚職もひどいと聞く、と渋顔だ。確かに前世紀のアフリカはそうだった。でもそれは古いイメージだ。アフリカにはそうした問題を克服した国々がたくさんある。

2019年のTICAD7は、安倍総理にとって3回目のTICADになる。2013年にTICADⅤを主催、翌年には自らアフリカを訪問、そして2016年のTICADⅥはナイロビで開催した。総理のアフリカ訪問には多くの企業幹部が同行。皆さん、近代ビルが林立し、人々が活発にビジネスに取り組む、新しいアフリカの姿を自分の目で見て驚かれただろう。そうして積み重ねたビジネス関係の促進を、TICAD7では最重要のテーマに据えた。

アフリカ各国も日本に、「援助より貿易・投資を」と訴える。しかしなぜ日本の企業はアフリカに円滑に出ていけないのか。輸送・電力などのインフラが弱い。行政手続きは不透明で、知的財産保護や法制度も弱そうだ。産業人材確保にも苦労する。それらの問題点を、企業人の皆さんから直接アフリカ各国の首脳に訴える機会を設けて、官民一体でアフリカと一緒に解決策を考え、体制を整えていく。そうした会議を目指している。

アフリカにはまだまだ多くの物が足りない。でも、足りないところにこそ、日本にできることがあり、商機がある。すでに幾つかの主要企業が、着々とアフリカでのビジネスを築いている。日本では時代遅れになった製品や技術も、アフリカの経済開発段階ではたいへん魅力的だ。何より、将来アフリカ市場が大化けした時に、すでに各国が席巻して日本は出遅れてしまっている、ということになってはいけない。日本のビジネス界の皆さんに呼び掛けたい。
「今こそアフリカに目を向けましょう」

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