ロンドンから見た貿易摩擦

丸紅欧州会社
国際調査チーム長
松原 弘行

「トランプが街を直撃」。米国トランプ大統領が英国を訪れた2018 年7 月12日にここロンドンの地下鉄駅の新聞スタンドに掲示されていたポスターの表現である。今回の貿易摩擦に関する英国・EUの感覚はこの表現に凝縮されている。何を言うか/しでかすか分からないトラブルメーカーがやってきたことへの警戒感、諦め感、そして守りの姿勢である。暴風雨の直撃を受けるときと同様に「やり過ごすしかない」という感覚だ。

EUと米国との間で吹き荒れた貿易摩擦、端的には報復関税の応酬は、7月25日のユンケル委員長とトランプ大統領の直接会談において玉虫色ながら合意が成立し、いったん収まっている。この合意では、両者が自動車分野以外の工業製品に対する全ての関税と貿易障壁および補助金の撤廃に向けて協働することになり、EU側は米国からの大豆とLNGの輸入を拡大することに合意している。しかし、EU側は米国との協議が進展しなければトランプ大統領がEUへの姿勢をいつまた硬化させるか分からないという警戒感を緩めていない。

一時はどうなるかと思われた摩擦が無事に終息したように映るが、日本のメディアが報道したような摩擦(報復の応酬)はそもそもなかったのではないか、というのがロンドンで過ごしている筆者の見方である。例えば、EU側が報復関税の対象として強調したのがハーレーダビッドソンのオートバイやバーボンという米国文化のシンボルだった点を考えてみても、EU側が真剣に「殴り返す」つもりがなく、トランプ大統領の攻撃をおちょくるかのようにかわしていた様子が感じられる。ユンケル委員長は当初から米国の報復関税を「ばかげている」と表現しているし、7月16日付のFinancial Timesの論説も(トランプ大統領のやり方には)「Justdo nothing」であるべきだと述べている。「トランプ後」を見据えて米国との西欧的価値観の共有という絆を守ることを最優先するためには、暴風雨と同様にやり過ごすしかないと当初から考え、中間選挙を控えて点数稼ぎをしたいトランプ大統領に貸しをつくって幕引きしたのではないだろうか。

さて「そもそも摩擦はなかった」とした場合、根本的な問題はまだ解消していないことになり、実は問題はいっそう深刻である。第一に、引き続き「いつ何が起きるか分からない」という将来への不安感(センチメント)が世界経済の押し下げ要因となり得る(既にそうなっている)。第二に、足元の米政権への不信感がEU・米の安全保障体制に間隙(かんげき)をつくりかねない。

いずれにしてもトランプ大統領とEUとのやりとりには当分やきもきさせられそうだ。

(本稿は2018年8月23日に入稿いただいたものです)

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