ワシントンから見た貿易摩擦

米州住友商事会社
ワシントン事務所長
高井 裕之

例年8月のワシントンは大統領府も議会も夏休みモード全開になる。人々は蒸し暑いDCを逃れて休暇を取るため、市内は閑散となる。しかしながら2018年に限っては様子が違うようだ。その一因が過熱する通商問題である。

そもそも本件が紙面を賑わすようになったのは2018年3月頃である。トランプ政権の1年目を支えてきたグローバリストと呼ばれる自由貿易派の側近が次々と政権を去り、代わりに保護貿易派の経済ナショナリストが政権入りしたのが3月だ。筆者はその時期を境にトランプ劇場の第2幕が開いたと思っている。

トランプ大統領は元々貿易赤字は悪であるという思想の持ち主。1980年代の日米貿易摩擦の時代から根本的な考えは変わっていないとされる。加えて2018年11月には政権初の信任投票である中間選挙が控える。支持率が低迷するトランプ大統領としては通商カードを切り札に使って人気挽回を図りたい思惑もある。

3月に発動された通商拡大法第232条に基づく、鉄鋼・アルミへの追加関税については広く報道されている通り。安全保障の脅威があることが条件にもかかわらず、わが国など同盟国も対象になっている。要は、理由はどうであれ対米貿易黒字を有する国はたとえ同盟国であっても容赦なしということである。

政権にとって具体的な成果は米韓FTAと米欧での休戦合意くらいである。前者も韓国議会での批准がまだであり支持率が急落する文政権にとっては容易ではない。

当地で目下最大の注目点はNAFTAの再交渉と米中通商協議の行方である。前者は、メキシコとは合意、まず2国間FTAに署名する旨、8月末に米議会に通知した。メキシコ次期大統領のロペス・オブラドール氏も、12月の就任前に、面倒な本件は、片付けてほしいのが本音であろう。米国側も交渉相手が変わる前に決着させ、中間選挙前の成果としたい政治的意図がある(カナダとの協議は9月6日時点で継続中)。

一方の米中だがこれは手強い。トランプ政権は2,000億ドルの中国からの輸入品に対して追加関税を課すことを検討中である。公聴会が8月中に終わり、パブリックコメント期間も9月5日に終了して早ければこの記事が世に出るころには発動を決定している可能性がある。今までに発動した500億ドルの4倍もの金額であり、米国消費者への値上げ圧力となり個人消費と株価に悪影響を与えることは必至であろう。

最後に日米だが第1回目のFFR(日米貿易協議)が8月初旬に当地で開催された。日本側はTPP優先、米側は2国間でのFTA優先で具体的な進展はなく結論は9月に持ち越された。米側は、自動車や部品への追加関税をチラつかせながら2国間FTA協議に持ち込み農産品等の市場開放を迫ろうという魂胆であろう。安倍政権としては経済への打撃が大きい自動車と政治への打撃が大きい農産品を天秤にかけ、判断を下すことになる。

自動車・自動車部品への追加関税については、米業界より反対表明が相次いでいるにもかかわらず、商務省による調査結果も9月には出され、発動される可能性がある。暑い夏が去っても通商問題の熱いつばぜり合いは9月以降も続きそうだ。

(本稿は2018年8月27日に入稿いただいたものです)

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