米中貿易戦争の世界、日本経済への影響

株式会社野村総合研究所
エグゼクティブ・エコノミスト
木内 登英

激化する米中貿易戦争

米中間での深刻な貿易摩擦問題、いわば米中貿易戦争は、足元で一層激化してきている。トランプ政権は中国の知的財産権侵害を理由に、中国からの500億ドル(約5.5兆円)相当の輸入額に対して25%の追加関税を導入することを6月に決めた。さらにトランプ政権は、中国からのほぼ全ての輸入品に追加関税を課す可能性さえ示唆している。

中国から米国への財の輸出総額は2017年で5,050億ドル、一方、米国から中国への財の輸出総額は1,300億ドルだ。中国はWTO(世界貿易機関)のルールに従って、他国から追加関税を課された場合には同額、同率の報復関税を課す方針を維持している。この下では、中国の米国からの輸入額は米国の中国からの輸入額の4分の1程度であるため、両国の経済規模の差を考慮しても、米国の追加関税から中国が受ける経済的打撃よりもかなり小さい打撃しか米国に与えることができない計算となる。トランプ政権が、中国との貿易戦争では米国側が有利と考え、強気で交渉に臨んでいる根拠はこの点にある。

貿易戦争の本質は2国間の覇権争い

米中貿易戦争は単なる貿易不均衡の問題ではなく、その底流にあるのは先端産業を巡る2国間の熾烈(しれつ)な覇権争いだ。中国が製造業で世界の強国を目指すとして2015年に発表した「中国製造2025」が、米国を強く警戒させた。国家の強権の下で産業育成を進める中国が、いずれ先端分野で米国を追い抜いてしまうとの懸念から、米国は関連した中国の産業をたたくいわば口実として貿易問題を利用しているという側面もあるのではないか。これは、自動車、半導体、スーパーコンピューターなど、各時代の日本の先端産業が次々と米国の攻撃対象となった、日米貿易摩擦と重なる面がある。

先端産業で米国が中国に優位に立たれてしまえば、それは先端技術に強く依存する軍事力の優位もまた揺らいでしまう。この点から、中国の先端産業あるいは軍事力が米国にとってもはや脅威でなくなるまで、米国は中国をたたき続けるだろう。そのため、米中貿易戦争は長期化が必至である。

米国にも打撃が及ぶ「ブーメラン効果」

ところで米国が2017年に中国から輸入した品目を概観すると、最も金額が大きかったのが携帯電話で、704億ドルであった。第2位がコンピューターの455億ドル、第3位が衣料品の364億ドルである。通信機器、コンピューター周辺機器、玩具・スポーツ用品、家具などがそれらに続いている。このように、中国からの輸入品の上位は、米国の消費者が直接購入する消費財で占められている。

こうした品目を追加関税の対象とした場合、米国消費者の生活を圧迫し、政治的に大きな失点となる可能性がある。そこで500億ドルの追加関税導入では、トランプ政権は消費財をその対象から極力外した。対象品目のうち消費財の比率はわずかに1%であり、52%が資本財、43%が中間財だったという。

しかし今後米国が中国に対する追加関税の範囲をさらに広げていった場合には、中国から輸入される消費財もその対象に多く含まれるようになり、輸入品の価格上昇で米国の消費者にも悪影響が及ぶことは必至だろう。中国に対する制裁関税措置の影響が米国に跳ね返ってくる、いわゆる「ブーメラン効果」が現実味を増してきている。

米中貿易戦争の影響は世界経済、日本経済に大きな打撃

ところで、トランプ政権は7月に、中国からの輸入品2,000億ドル(約22兆円)相当について新たな関税対象のリストを公表した。こうして関税対象を大幅に広げる場合には、もはや消費財を除外することは無理だ。実際のところ、今回示された関税対象リストには、野球のグローブ、ハンドバッグ、犬の首輪、デジタルカメラなど消費財が並んでいる。この措置が実際に講じられれば、その悪影響は米国経済そして世界経済全体にも及ぶだろう。

IMF(国際通貨基金)はトランプ政権による追加関税が与え得る世界経済への悪影響を試算し、7月18日に公表している。IMFがその試算の前提としたのは、米国がすでに実施した鉄鋼輸入制限、中国の知的財産権侵害を理由とした年500億ドル相当の中国製品への追加関税に加えて、米トランプ政権が検討している2,000億ドルの対中追加関税、輸入車への25%の追加関税が、今後実際に発動されるとするものだ。

この場合、世界のGDPは2年間で0.5%程度押し下げられる計算となる。国別の影響を見ると、先進主要国の中で最も大きな影響を受けるのは、制裁関税を仕掛けた張本人の米国で、輸入価格の上昇による個人消費の悪化などから、GDPは0.8%押し下げられる。中国を含むアジア新興国のGDPは0.7%、中南米のGDPは0.6%、ユーロ圏は0.3%それぞれ押し下げられる計算だ。そして日本のGDPについては0.6%の押し下げ効果となる。

このようにすでに視野に入っている、比較的現実味がある前提で試算しても、米国の追加関税導入によって世界経済はかなりの打撃を受ける。当事者ではない日本についても、0.5-1%とみられる潜在成長率とおおむね同規模のGDP押し下げ効果が見込まれるのである。この場合、米中貿易戦争は日本経済が景気後退局面へと陥るきっかけとなってしまうだろう。

自動車産業への影響が最大か

さらに米中貿易戦争が日本の産業に与える影響に注目した場合、最も大きな打撃を受けると予想されるのは自動車産業だ。その理由は、第一に、自動車産業は、中国における日系企業の現地生産規模では最大であり、米中貿易戦争の影響から中国経済が悪化した場合に最も大きな打撃を被る。第二に、日本の自動車産業は、貿易戦争の結果として米国経済が悪化する場合にも大きな悪影響を受ける。第三に、トランプ政権が自動車輸入関税を課すことを決めれば、自動車産業には大きな打撃となる。

米中貿易戦争の影響で日本が誇るリーディング産業である自動車産業がその国際競争力を大きく低下させることになれば、日本経済の将来にとっても損失は極めて大きなものとなるだろう。

(本稿は2018年8月9日に入稿いただいたものです)

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