緊急座談会「貿易摩擦の影響、背景、今後の展開をどうみるか」

伊藤忠商事株式会社 開発・調査部調査情報室長代行 伊藤忠経済研究所 チーフエコノミスト武田 淳
住友商事株式会社 企画担当役員 役員参事 住友商事グローバルリサーチ株式会社 国際部長堂ノ脇 伸
株式会社双日総合研究所 副所長 主任エコノミスト山本 大介
豊田通商株式会社 渉外広報部 部長職上條 水美
丸紅株式会社 丸紅経済研究所 経済調査チーム チーム長榎本 裕洋
株式会社三井物産戦略研究所 国際情報部 北米・中南米室長山田 良平
三菱商事株式会社 調査部 経済調査チーム チームリーダー大野 太郎
一般社団法人日本貿易会 広報・CSRグループ長(司会) 伊藤 直樹

本稿は2018年8月2日に開催した座談会の内容を事務局でまとめ、出席者の校閲を受けたものです。

伊藤(司会):本日は正副会長会社7社の方にお集まりいただき、米国の輸入規制に端を発した貿易摩擦の現状とその背景、今後の見通しについて、また自由貿易の擁護・拡大をどのような論法で訴えていくべきかなどにつき意見交換していきたい。まず貿易摩擦の影響からお聞きしたい。

1. 貿易摩擦の影響


伊藤忠商事株式会社
開発・調査部調査情報室長代行
伊藤忠経済研究所
チーフエコノミスト
武田 淳 氏

武田(伊藤忠商事): 2018年3月に米国が通商拡大法232条に基づいて鉄鋼とアルミへの追加関税を(EU、カナダ、メキシコに対しては6月に)発動、これに対して各国が報復措置を実施した。この影響で、米国では、鉄鋼、アルミ価格が3月から5月にかけて7%程度上昇。中国による報復関税の対象となった米国産豚肉の中国向け輸出が、5月に前年比半減した。中国については、米国向け鉄鋼輸出が落ち込み始め、アルミの輸出は大幅減少しているが、二つを合わせても輸出全体の0.1%程度で影響は小さい。

7月に米国が通商法301条に基づいて発動した対中制裁関税と、中国による報復措置については、まだ影響の見極めはできる段階ではないが、6月に制裁実施が発表された時点で米国の大豆先物価格が2割くらい下落。一方、中国の大豆価格は、報復措置発動後に若干上昇したが、その後は下落しており、需給には影響は出ていない。その他、中国国内での米国車販売が減っており、不買運動の影響ではないかとみられている。

日本については、米国向けの鉄鋼輸出が少し落ち込んだが、業界によれば、日本国内の需要が強かったためで、追加関税の影響は基本的にないとのこと。EUについては、発動が6月まで猶予されたこともあり、影響は確認できていない。6月、7月で欧米と中国を回ってきたが、消費者マインドへの影響も特に感じられなかった。

今後について、米中の報復合戦で影響はどちらが大きいのか、最終的に米国が中国からの輸入全体約5,000億ドルに、25%の追加関税を実施する場合のインパクトを試算してみた。人民元の下落(約10%)を加味した実質的な影響は15%、価格弾力性を1と仮定すると、15%の価格上昇で中国の対米輸出は15%(金額750億ドル、GDP比0.6%)減少することになる。これに設備投資減少などの波及効果を上乗せする一方で、米国以外への輸出増で影響を緩和する作用も想定すると、中国では、0.5%程度のGDP押し下げ効果が見込まれる。7%弱の成長率に対してマイナス0.5%は、かなりインパクトがある。他方、米国側でも、この750億ドルの輸入減少を加味して、4,250億ドルの輸入に対して15%の価格上昇を見込むと、4,250億ドルは米国の総供給22兆ドルの約2%なので、2%×15%=0.3%の物価上昇となる。このインパクトをどう捉えるか。平時ならともかく、2%の物価目標が達成され、政策金利を引き上げつつあるところに0.3%物価上昇がアドオンされると、金利引き上げの加速、ないしは想定よりも長い引き上げが必要になってくる可能性があり、対応を間違うとオーバーキルするリスクがあると考えておいた方がいい。米中とも無視できない影響があるということだ。

日本については、発動済みの鉄鋼・アルミだけでは、大した影響はなく、やはり自動車への追加関税が実施された場合の影響が大きい。米国向けの自動車輸出は年間5.6兆円、輸出全体の7%、GDPでいえば1%の規模。業界の試算で、価格が1%上がると車の輸出は0.8%程度下がるといわれているのを踏まえて計算すると、GDPを0.3%押し下げる。日本の成長率が1%から2%で推移する中では、それなりに大きなインパクトになる。


住友商事株式会社
企画担当役員 役員参事
住友商事グローバルリサーチ株式会社
国際部長
堂ノ脇 伸 氏

堂ノ脇(住友商事):ご指摘の通り、米国の貿易規模に比して、現在の関税引き上げは、それほど大きなインパクトを与えるものではない。別の角度で試算すると、米国経済に占める輸入の割合は先進国の中では最も低い12%程度、追加関税の対象は発動済みのものだけでみた場合、全輸入の3.6%に当たる。12%の3.6%は0.4%程度。また、米国の消費者に対して直接的な金額的影響はどの程度あるかといえば、平均世帯収入の人に対して、年間50ドル程度という試算が出ている。追加関税の対象が2,000億ドルに拡大されても200ドルであり、直接的な金額のインパクトというよりは、消費や投資手控えなどの心理的なマイナス効果の方が、中長期的には心配だ。

今回の貿易摩擦を契機に、「中国製造2025」をはじめ独自の秩序づくりを目指している中国に対して、各国が警戒感をあらわにしてきている。一方であつれきが高まることを懸念して、中国が多少自重路線に軌道修正してきていることもうかがえる。

山本(双日):貿易摩擦の影響は、現時点(8月初め)ではそれほど出ていないのが実情ではないか。米中間の貿易をみると、2017年の中国の輸入額が約1,300億ドル、この1割弱の124億ドルが大豆や大豆かすであり、家畜の餌や食用として輸入している。他方、米国の輸入は約5,000億ドルで、スマートフォン類が約700億ドル、アパレルや靴などが約400億ドル、玩具類が約250億ドルと、これだけでも中国の米国からの輸入を上回っている。報復関税の応酬となった場合、貿易量から考えても、影響をより受けるのは中国だろう。

貿易摩擦の背後には、直接的な影響より怖いものが隠れている。米国でも経営者の投資マインドが低下してきているが、直近の日本の鉱工業生産においても、半導体、フラットパネル製造装置が6月に減少するなど、今まで好調だった産業分野で設備投資が減っている。もう一つは株式市場に与える影響。株価が下がることで消費が冷え込んだり、株の急落が、金融市場に伝播(でんぱ)したりする恐れ。こちらは貿易摩擦よりも規模が大きくなる可能性があり、世界に影響が広がることを危惧する。

榎本(丸紅):貿易摩擦の影響については、IMFでも分析しており、貿易相手国からの報復を一斉に受ける米国が、一番悪影響を被るという結果。ただ、IMFの資料を見ると、最悪のシナリオで米国の2019年のGDPは標準シナリオを約0.8%下回る見込みだが、中南米や中国を含む新興アジアも同程度に下がる見込みである。そういう意味で、どちらかが傷つくとか、誰が得をするとか、そういう話ではまったくなく、誰もが損をすることになる。加えて貿易摩擦に時間を取られ、知財権やデータの議論が遅れることも長期的なリスクだ。

山田(三井物産):貿易赤字を減らすというトランプ大統領の目標がどうなっているのかといえば、1-6月の累計で貿易赤字は4,041億ドルと、前年同期の3,775億ドルを上回っている。世界貿易は、いっときのスロートレードといわれた頃からすれば拡大基調に戻っているので、結局、世界貿易のモメンタムに引きずられて、輸出入とも増え、米国の場合は貿易赤字が拡大するというストーリーであろう。

輸入を減らすことについては、2009年に米国が中国製タイヤ輸入を止めるために、セーフガードを発動したことを思い出す。当時、オバマ政権は25-35%の関税を課したが、その後も中国製タイヤは入り続けた。その後2015年に合計120%程度のアンチダンピング・補助金相殺関税(AD/CVD)を課して、ようやく輸入が減った。品目にもよると思うが、数十%の関税であれば、物ともせず入り続けることは十分あり得ると思う。実際、在米日系企業からは、10%の関税ではすぐ輸入先を変えることにはならないとの声も聞かれた(※その後、米国は税率を25%に引き上げ)。

伊藤( 司会):貿易摩擦の影響という点では、具体的な数字や将来に向けての懸念事項も出していただいたので、少し引いて、貿易摩擦の背景や本質をどうみるかも伺いたい。

2. 貿易摩擦の背景にあるもの


豊田通商株式会社
渉外広報部 部長職
上條 水美 氏

上條(豊田通商):現在起きている現象の背景の一つには米中の覇権争いがある。もう一つは米国が、戦後ずっと担ってきた自由貿易のけん引役から降りようとする動き。トランプ大統領は、この二つを顕在化させてしまった。

貿易摩擦が深刻な課題になっているのかといえば、皆さんが数字を挙げられたように、現在のところはそれほど大きな問題とはなっていないようだ。貿易摩擦は分かりやすい対立構造だが、今、世界で起こっていることはグローバル化の質の変化ではないだろうか。長い目でみると、米国中心の世界╱貿易による通商関係という二つの前提が崩れつつある。とはいえ、貿易摩擦を交渉の駆け引きに利用しているトランプ大統領のディールに対しては、なんらかの対抗策を持っている必要がある。自動車関税についても、NAFTAの再交渉が妥結すると、NAFTA加盟国は対象から外れるかもしれない。EUも欧州委員長がトランプ大統領のディールに応じつつあり、日本だけが残ってしまう懸念がある。日本は、何を材料に交渉するのかをあらかじめ考えておかないといけない。


三菱商事株式会社
調査部 経済調査チーム
チームリーダー
大野 太郎 氏

大野(三菱商事):少し中長期的、かつ米中に特化して考えてみたい。通商法301条に基づく制裁に当たっては、不公正な貿易慣行是正の文脈で、知財権の保護を明確に打ち出している。この背景には、米国が中国のハイテク産業に対して相当の警戒心を持っていることがあるが、これはホワイトハウスだけではなく、議会も含め、トランプ政権誕生前から存在した超党派のコンセンサスなのだと思う。この点は、トランプ政権の帰趨(きすう)にかかわらず、将来にわたって消えることはない。

一方の中国は、2049年が建国100周年で、ここに向けて製造業の強国になることを明言しており、中でもハイテク産業は重要な要素となる。「中国製造2025」は製造強国になるプロセスであり、中国が製造強国になるという看板を掲げ続け、米国が警戒心を持ち続ける限り、中長期的にこの対立は続く。足元で中国は少し自重気味に、「韜光養晦(とうこうようかい)」路線に戻っているようにもみえるが、中国はこうした譲歩策も駆使しながら、米国との全面対決は避けるのではないか。ただ、それは自国の産業が育つまでの時間稼ぎであって、最終的には2049年の目標につじつまを合わせてくる考えかと思う。

こうしたいわば米中の覇権争いが長期化すると、世界経済のブロック化も念頭に置かねばならない。中国が進める一帯一路はその布石とも考えられる。心理的な影響も含めて、貿易や世界経済が縮小する懸念もある。これまで西側諸国が理解を示さなかった中国式経済モデルが拡大する中、日本は米国との間でバランスも取りながら、どう生き延びていくのか。その中でWTOが機能しないなら、多国間の経済連携を大きくつくっていかなければ、日本は生き延びるすべが限られてしまうのではと懸念する。

堂ノ脇(住友商事):貿易摩擦がなぜ起きたのか、おさらいをしたい。戦後の自由貿易体制は、GATT、IMF、世銀、WTOなどの枠組みの下、市場経済と自由貿易こそが世界各国の成長をもたらすとの信念の下に形成されてきた。そこに制度疲労が見えてきて、完全かつ公正な世界基準のようなものがいまだ実現できていない中で、中国がこのルールを巧みに利用するような形で、台頭を果たした。これに対し、トランプ政権が、中国をはじめとする貿易赤字相手国に対し、公正なルールにのっとっていないとして、厳しい制裁措置、関税の導入などによって赤字削減を訴えているのが、そもそもの原因ではないか。

榎本(丸紅):米国が公平かつ広範な経済成長の実現に失敗したことも重要な背景だ。いわゆる忘れられた人々が存在するのを許してきた。もっと早い時期にそれに気付き、対処を始めておくべきであった。

米中摩擦については、かつての日米貿易摩擦と重ね合わす人も多いが、もっと危険だと思う。日米は同盟国であり、日本は安全保障で米国に依存しているので、折れるところは折れた。米中ではそうはいかない。この問題では、米国はトランプ政権支持者のみならず民主党まで一枚岩で折れない。日本は対米直接投資というカードを切れたが、中国はそのカードを切れない。交渉余地が非常に限られた状況だ。

伊藤(司会):米中のハイテク分野での覇権争いというのは、大変本質的な指摘だと思うが、果たして貿易制限や規制で中国の台頭を止められるのか。経済面では米中は企業も人も相互乗り入れが進んでおり、米国の規制は自らの首を絞めることにならないか。

大野(三菱商事):ZTEの話が象徴的だと思うが、中国はまだ米国なしでは技術的にできないことがある。ただこれは現時点の話であり、多少の時間があれば、これまで蓄積してきた米国で学んだ人材を活用したりして追い付くことができると考えた方がいい。

堂ノ脇(住友商事):ZTEの例のように、けん制をすることはできるにしても、国の産業政策までを止めることは基本的にはできない。

武田(伊藤忠商事):止めることは難しいが、遅らせることの意味はある。中国で共産党政権が正当性を担保できる一つのポイントは成長。成長を止めると、たちまち足元が揺らいでしまう。そういう意味で米国の戦略は的を射ている。成長にブレーキをかけるだけでも中国はかなりのダメージを受ける。


株式会社双日総合研究所
副所長 主任エコノミスト
山本 大介 氏

山本(双日):本来的に米国はオープンな社会であり、中国人も含めて受け入れ、教育し、それを米国内に押し止めず出入りを自由にしてきた。その人材を活用して追い付いてきた中国は、一党独裁でクローズな社会。価値観的に相いれないものが背後から迫ってきて、米国はこのままでいいのかと考え、方向転換しようとしているところと考える。

伊藤(司会):報復関税の応酬は表面的な現象で、その背景は非常に深いところにあることがよく分かった。底流ではこの流れは大きくは変わらないとしても、10月に行われる米国の中間選挙の結果によっては、米国の政治が変化するとの見方もあるがどうか。


3. 米国中間選挙で変化は起きるか


株式会社三井物産戦略研究所
国際情報部
北米・中南米室長
山田 良平 氏

山田(三井物産):米国の保護主義的な政策が、トランプ政権内の自浄作用で変化することは難しい。232条を商務省でロス長官が握り、301条をUSTRでライトハイザー代表が握っており、保護主義コンテストの様相になっている。結論としては議会、あるいは州政府に期待するしかないが、政権の動きを縛るまでの力を発揮するとは少なくとも中間選挙までは考えにくい。

武田(伊藤忠商事):貿易赤字削減は、共和党というよりもトランプ氏の支持者に対する公約だと思うので、中間選挙の材料には使うにしても、次の大統領選がメインターゲットと考えるのが筋ではないか。さらに言えば、米中の対立は、まさに今、始まったばかりであり、これから先、激しくはなっても弱まるとは考えにくい。日本と違い、中国は普通に成長していけば、米国に相当な脅威を与える存在になるから、大統領選が終わった後も、中国へのけん制は続くと考えた方がいいと思う。

堂ノ脇(住友商事):ご指摘の通り、中国との問題は、米国にとって中長期的な課題なので、選挙を機に何か変わる感じではない。一方で、制裁関税の応酬は、一定期間続けた結果米国経済にマイナスの影響が顕在化してくると、トランプ政権の支持率低下にもつながってくる事態なので、仮に大統領が勝利を訴えられるようなディールができるならば、制裁を緩和するような演出もあり得るのではないか。

山田(三井物産):そういう意味では、中間選挙の結果はFTAの進展を大きく左右するだろう。特に下院がもし民主党多数にひっくり返ると、FTAの批准はほぼ望めなくなる。NAFTA再交渉は妥結しても、おそらく議会は通らない。そうなると、交渉相手のカナダとかメキシコも、米国は交渉しても批准できないと見くびり始めるだろうし、トランプ政権が推し進める二国間交渉(EUや日本など)への影響も免れない。

伊藤(司会):そもそも貿易摩擦は日本からは大問題にみえているが、米国内での有権者の関心はさほど高くないという指摘もあると聞くが、実のところどうなのか。

堂ノ脇(住友商事):米国の有権者は自分の雇用が第一で、通商は関心事として大きくない。貿易摩擦が個人の生活や消費に大きく影響を及ぼすようなことにならない限り、政治の表舞台に出てくるものではない。

榎本(丸紅):私は少し異なる見方をしている。選挙戦でトランプ大統領がTPP離脱を約束して支持者が盛り上がる場面を見たが、支持者は本質を理解していなくても、ただ彼が言うことだから支持する。実際トランプ大統領が貿易制限措置を出し始めてから、支持率は上がっている。支持者は本質を分かっていないが、支持をする。そうすると、トランプ大統領はますます調子に乗る。こういう悪循環が起こっている気がする。共和党も大統領が直接国民をグリップしているので、大統領についていかざるを得ない。

山本(双日):米国の有権者は国外の評判に左右されることはないだろうが、トランプ支持者でも農業生産者や工場労働者などは、実際に自分たちの収入や生活に影響が出てくれば、意見を変えるかもしれない。

上條(豊田通商):トランプ大統領に経済合理性で貿易制限のデメリットを説明しても効果があるとは思わないが、農業従事者や工場労働者が声を上げれば、政策を変える可能性がある。米国に限らず、これまで疎外され無視されてきた人々のつぶやきが、即座にかつ広範につながることで、政治を動かす力になっている。この点については、グローバルに事業展開を行う日本企業も留意が必要だろう。地元の住民や消費者にどう働き掛けていくか、地域経済とどのように関わっていくのか、これまで以上に真剣に考えていかなければいけない。

伊藤(司会):そこだが、貿易立国である日本が自由貿易の拡大を訴えていく時には、具体的にどういう論法が説得力を持つのか。次はこの問題についてご意見を伺いたい。

4. WTOの機能強化とメガFTAの拡大が重要

大野(三菱商事):経済連携協定については、貿易自由化により競争が高まり、資源の再配分により生産性が上がり、結果を見れば、締結している国の経済成長につながっているので、その効果は否定できない。ただ、現実的には、国ごとの発展段階の違いや国力の差もあり、そこで得られるものと、得られないものがあることも事実。理想論ではあるが、協定を結ぶことで国内の競争力が高まるような努力をしているからこそ、プラスに働いているというのが私の見方である。

WTOについては、今や164ヵ国・地域の全てでコンセンサスを得るのはほぼ不可能に近いので、その機能に大きく期待をしてはいけないが、同じような枠組みを今からつくるのも、ほぼ不可能に近いので、WTOが機能するように持っていかなければいけない。WTOをベースに国際経済秩序を保っていく努力を続けていくしかない。例えば、プルリという任意参加の複数国・地域で合意して運営していくルールは、参加しなければ従う義務はないが、一定の機能は期待できる。WTOからは離れるが、メガFTAも同じような考え方ではないか。TPPや日欧EPAなど、多国間で質の高い貿易協定を積み上げていくことで、そこから外れる国を囲い込んでいくことは有効だと思う。

従って、TPPは米国も含めて拡大していくことを追求していくべきだし、RCEPも拙速に合意を求めるのではなく、質の高い合意を結んでこそ意味がある。日本はTPP11で見せたようなリーダーシップを発揮できるポジションにあるので、メガFTAの拡大は日本の役割ではないか。

上條(豊田通商):WTOは必要なルールを作り広げていく枠組みとして価値があり、プルリの取り組みのように、WTO自身も原則にこだわらず、世界の変化に合わせて変わろうとしている。性急に効果を求めるのではなく、しっかりと支持していくべきだと思う。

WTOのもう一つの問題は、中国が2001年に加盟したが、期待した同国への規制効果が働かなかったことにあるのではないか。市場経済を前提にした枠組みの中で、市場原理の働かない中国が過剰生産などにより貿易摩擦を起こしたことを踏まえ、現在、国有企業や補助金に対する規制も強化されつつある。共通の議論の場としてWTOがあり、その上でプルリなり、メガFTAが存在することは、ブロック経済化を防ぐ意味でも大切だと思う。

山田(三井物産):WTOは機能を分けて評価した方がよい。164ヵ国でルールを作るという行政機能は確かに停滞しているが、司法(紛争処理)はそれなりに機能している。米国に対するWTO提訴件数は例年3-4件程度しかないが、2018年は232条などの関係で8月16日までに17件を数え、ノルウェーやスイスまで提訴している。時間はかかるけれど、ルールに基づいて加盟国間の紛争を解決する司法機能は活用されている。中国が米国産豚肉やワインに報復関税を課すのも、WTOの枠組みの下で行っている。

トランプ大統領はWTOをやり玉に挙げ、紛争処理パネルの上級委員選任に反対しているが、オバマ政権時代にも委員再任に反対しており、これは今に始まったことではない。WTO裁定の順守度合いも、米国よりは中国の方が高い。「トランプ政権だから」で全てを位置付けるのでなく、米国の従来からの姿勢も踏まえる必要がある。


丸紅株式会社
丸紅経済研究所
経済調査チーム チーム長
榎本 裕洋 氏

榎本(丸紅):確かに中国はWTOを相当意識しながら行動している。WTOが機能しなくなった場合、恐らく一番歓迎するのは中国。日本はそれを米国に語り、共にWTOを強化していくべきだと思う。さらにWTOを支持する動きで味方に付いてくれるのは、小国だろう。小国はFTA交渉では基本的に不利であり、最恵国待遇原則のあるWTOの方が利益を得やすい。

山本(双日):米国も使えるところではWTOを使っており、中国もWTOの裁定には過去には従っているようである。やはりWTOをなくすわけにはいかないとの認識はあると思う。例えば電子商取引などでは、まずはプルリでやって、プラットフォームをつくって広げており、他でも同様にしてゆくのがよいのだろう。FTAも同様で、TPP11のようにプラットフォームをつくって、同意できる国は加盟してくださいという形で広げていくことが大事。自由貿易は一つのソフトパワーであり、共感する国の間で着実に広がってゆくものと考える。自由貿易によって各論・各所ではひずみが出ることもあるが、それを一つ一つ解決してゆきながら全体最適としての自由貿易を進めてゆくことに価値があると思う。TPPから米国が抜け、その後に交渉をまとめたのは日本である。TPP11をとりまとめたことで国際社会の中での日本の立場は上がっており、今後はこれを生かして主導的役割を担ってゆくのがよいと考える。

上條(豊田通商):米国が抜けてもTPPが生きていることは、米国の想定外かもしれず、それが米国の保護主義に対する歯止めにもなる。TPPは、もともとは中国を国際ルールに参加させるための包囲網の意味もあったと思うが、今では米国の保護主義に対するけん制としてもきちんと動かしていくべきだと思う。

堂ノ脇(住友商事):そういう意味では、経済連携やメガFTAは、市場アクセスも重要かもしれないが、共通のルールを作る行為の重要性が訴えられてしかるべきではないかと思う。WTOのように国際社会全てが納得できる共通ルールを作り上げるのは困難を伴うが、地域間の経済連携協定をまずつくり、それを徐々に広げていく努力は、ルール作りという観点からも重要である。その意味で、TPPや日欧EPAもそうだが、RCEPや将来的な協定でも、質の高さを求めていくことが必要ではないかと思う。

武田(伊藤忠商事):これからの世界経済は米国と中国が競い合う構図になる。その中で日本は、安全保障上の関係があるので米国側に寄らざるを得ない。しかし米国は、少なくとも今の政権は、同盟国でも容赦なく攻撃を仕掛けてくるので、独自の何かを持っておかないといけない。その意味でTPP11は、米国抜きでできたことに意味があり、追加での参加も積極的に歓迎すべきではないかと思う。

もう一つ大事なことは、中国との付き合い方だと思う。中国自身は恐らく覇権国家を目指しているわけではない。体制を維持するために成長が必要で大きくなってきたが、中所得国として「成長の罠わな」に直面して、より高い技術を得なければ成長が続かない局面に差し掛かっている。だからこそ、米欧との付き合いは彼らとしても大事なのだと思う。中国の投資に対する米欧の姿勢が厳しくなり、技術の吸収が難しくなってきたため、中国は近隣との関係改善を図ろうとしている。日中関係が改善している今こそ、日本にとって中国に対してアドバンテージを持ちながら協調の道を探る最後のチャンスなのではないかと個人的には思っている。

こうした状況下、日本はRCEP交渉を優位に進めやすい状況にあり、質の高いRCEPを要求しやすい。拙速ではなく、質が高いRCEPを目指す。その中で日本は中国に対して一定の影響力を残しながら、RCEPを仕上げていくことは、日本にとって米中対立構造の中で生き残るための一つの鍵にもなる。中国に対して優位性を持つラストチャンスをうまく活用することが、日本の今後の継続的な発展に大事な戦略になってくる。

5. 自由貿易の価値を地道に訴えること

伊藤(司会):最後、伝えておきたいメッセージなどあればいただきたい。

榎本(丸紅):貿易は経済のビタミンだということも訴えていってはどうか。米国の貿易依存度はそれほど大きくないが、貿易は金額の多寡に意味があるのではなく、物や金を動かすに当たって人が交流し、情報交換が行われるところに意味がある。貿易をしないと、お金の面で国家が苦しむというよりは、長年にわたって質的にその国を衰えさせていくのだと思う。そういうメッセージを何か送れないのかと思っている。

山本(双日):自由貿易は、安全保障にもつながっている。貿易が拡大できるのは平和であることが前提だが、逆に貿易をすることによって相互理解が生まれ、平和と繁栄がもたらされる。相手のことが分かり、信頼関係を大切にし、悪いことができない、こうした人の安全保障と表裏一体になっているところも貿易の持つ普遍的な価値ではないだろうか。自国第一主義が叫ばれる時代に、このあたりを訴えることは意義があると考える。

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