ロシア政治・経済の現状と日ロ関係

一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所 副所長
服部 倫卓

ちぐはぐな日ロ経済関係

ロシアでは、2012年5月にプーチン氏が大統領に返り咲き、第3期政権が2018年5月まで続いた。プーチン大統領は2018年3月18日に投票が実施された大統領選でも再選を果たし、この5月7日に4期目の任期をスタートさせたところである。

2012年といえば、日本で第2次安倍内閣が成立したのも同年12月のことであった。再登板後の安倍総理は、ロシアとの間で北方領土問題を解決して平和条約を締結することに強い意欲を示した。一般的にいって、国家リーダーが領土問題のような難題を解決できるのは、国内の政治基盤が安定しているときであり、安倍総理が日ロ双方の現状を好機と捉え対ロ外交にまい進したのも道理であった。そして、日本側の強み、ロシア側のニーズからして、経済協力が両国関係の柱に浮上するのも、必然だったといえよう。

しかし、同時にこの時期は、ウクライナ危機に起因する国際緊張が高まった困難な局面でもあった。2014年以降、欧米はロシアに対する経済制裁を打ち出し、日本も共同歩調をとった。ロシアも、欧米からの食品輸入を禁止する逆制裁で応じた。ロシアの主力輸出品である石油の価格は2014年半ばから下落に転じ、同年末にはロシア・ルーブルが暴落、欧米の制裁の打撃もあり、ロシア経済は2015年から危機の様相を深めた。

日本の対ロシア制裁は名目的であり、それ自体は日ロの経済関係に大きな打撃を及ぼすものではない。ロシア側も、日本の立ち位置を理解してか、日本については食品禁輸措置の対象から外している。それでも、日本が対ロ制裁の隊列に加わっていることは、紛れもない事実である。また制裁にはアウトかセーフか微妙なグレーゾーンがあり、立場の弱い日本企業は米国に配慮してロシアビジネスを過大に自粛してしまいがちである。

いってみれば、日本はここ数年、ロシアとの経済関係で、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるような状態だった。世界の中で日本の置かれた状況ゆえ、やむを得ないとはいえ、ちぐはぐなことは否めない。

「外患」が「内憂」を意味しないロシア

ロシアの経済成長率は、2015年がマイナス2.8%、2016年がマイナス0.2%と、落ち込みが続いた。石油価格が持ち直したことを受け、2017年にプラス1.5%と上向いたものの、景気回復は力強さを欠いている。

そうした中、2018年3月18日、大統領選挙の投票が行われ、現職のプーチン大統領が76.7%を得票し当選を決めた。今回の大統領選に際しては、体制側が不正投票を行っている様子が、わが国のニュースなどでも伝えられた。むろん、投票の不正は看過できない問題ではあるが、そのおかげでプーチンが勝てたというわけではなかろう。基本的には、ウクライナ危機後の「包囲された要よう塞さい」と称されるロシア国内のムードが、プーチンを勝たせたと理解すべきだ。つまり、今日われわれはロシアに敵意を寄せる欧米に包囲された状態にあり、ゆえに強力な指導者プーチンの下に団結すべきだという心理が、国民の多数派に共有されている。上述のように景気が悪くても、「欧米の理不尽な制裁に屈しない」という心理が働けば、ロシア国民は耐え忍ぶのである。

大統領選挙の投票は、英国で起きたロシアの元スパイ父娘襲撃事件を背景に国際関係が緊迫する中で行われた。厄介なのは、「包囲された要塞」という心理が支配的な中では、今回の襲撃事件のような欧米との対立点が生じると、プーチン政権が国民の支持を調達する上でかえって好都合なことである。このことは、プーチン政権に欧米との関係を改善するインセンティブを削ぐことにつながりかねない。

この6月4日にはロシアで、「米国およびその他の諸外国の非友好的行為に対する対応(対抗)措置について」と題する連邦法が成立した。このいわゆる「逆制裁法」は、今後ロシアが採り得る対抗手段を制定したものであり、それ自体が直ちに米国等に新たな措置を講ずるものではない。それでも、ロシアと欧米の制裁合戦がエスカレートを続けていることは否定できず、経済をテコにロシアとの二国間関係に突破口を開きたい日本にとって、状況は厳しいままである。

もう一つ、日本にとって気掛かりなのは、地理的に近いロシア極東開発の行方である。2012年以降の第3期プーチン政権で、極東開発は目玉政策となり、極東発展省という専門の省庁が新設されたほどである。2013年に就任した若手のガルシカ大臣は、極東新型特区、ウラジオストク自由港といった新機軸を打ち出し、日本を含む諸外国にロシア極東への投資を呼び掛けた。しかし、思うような成果を上げられず、閣内で孤立したガルシカ氏は、退任することとなった。この5月に成立したメドヴェージェフ新内閣では、前アムール州知事のコズロフ氏が極東発展相に抜てきされ、極東開発も仕切り直しとなった。


日ロ経済関係の実相


図1 日本とロシアの貿易額(単位:100万ドル)
(出所)日本財務省発表の通関統計をドル換算。


図2 日本の対ロシア輸出の商品構成(2017年、単位:%)
(出所)日本財務省発表の通関統計から作成。


図3 日本の対ロシア輸入の商品構成(2017年、単位:%)
(出所)日本財務省発表の通関統計から作成。


図1に見るように、ロシアでソ連崩壊後の混乱が続いた1990年代には、日ロ貿易も低空飛行を続けた。2000年代に入るとプーチン大統領が秩序を回復し、折からの石油価格の上昇でロシアも高成長に転じた。ロシア国民の購買力向上でモータリゼーションが急激に進み、日本からの自動車輸出が急増、自動車(中古車、トラック等も含む)が日本の対ロ輸出の過半を占めるようになった。一方、日本の対ロ輸入では、2000年代に入ってからサハリン1、2からの石油、液化天然ガス(LNG)の入荷が始まり、さらに東シベリア・太平洋石油パイプラインを通じてロシア内陸の石油も日本市場にもたらされるようになった。

最新の2017年の日本の対ロシア輸出・輸入の商品構造は、図2、3のようになっている。輸出では、自動車関係(水色の部分)が全体の55.4%を占めている。輸入では、石油・ガス・石炭というエネルギー(濃い青色の部分)が全体の69.3%を占め、残りは金属(アルミニウム、パラジウム等)、魚介類、木材といった伝統的な取引品目がほとんどである。

2017年の日ロ貿易は、前年比20.7%拡大し、うち日本側の輸出は17.2%増、輸入は22.3%増であった(日本側通関統計、米ドルベース)。しかし、2015-16年が低迷期であったことを考えれば、2017年の伸びは物足りないものである。2017年にロシアは主要貿易相手国との取引を軒並み大きく伸ばしており、日本はむしろ後れを取った形である。日ロ間では政治主導で経済関係の強化が図られており、大規模なビジネスイベントも相次いでいるわけで、2017年の日ロ貿易のパフォーマンスはそうした機運に見合ったものとは言い難い。

ここで改めて、日ロ経済関係の発展に向け、両国間で最近見られた主な動きについて整理しておくと、以下のようになる。日ロ間では、過去6年間で21回もの首脳会談が開催されているが、下に見るように、そのうちの幾つかはビジネスイベントの機会を捉えたものであり、今日の日ロ関係における経済協力の重要性を物語っていよう。

  • 2016年2月:東京で「日ロ貿易・産業対話」。
  • 2016年5月:安倍総理が訪ロ。プーチン大統領と会談し、8項目の経済協力プランを伝える。具体的には、(1)健康寿命の伸長、(2)快適・清潔で住みやすく、活動しやすい都市づくり、(3)中小企業交流・協力の抜本的拡大、(4)エネルギー、(5)ロシアの産業多様化・生産性向上、(6)極東の産業振興・輸出基地化、(7)先端技術協力、(8)人的交流の抜本的拡大。
  • 2016年9月:ウラジオストクで「第2回東方経済フォーラム」。安倍総理、プーチン大統領出席。「日ロビジネスラウンドテーブル」開催。
  • 2016年12月:プーチン大統領が訪日。安倍総理、プーチン大統領も出席して「日ロビジネス対話」開催。
  • 2017年7月:エカテリンブルクで総合産業博覧会「イノプロム2017」。プーチン大統領出席。日本は「パートナー国」として参加し、「日ロ産業フォーラム」開催。
  • 2017年9月:ウラジオストクで「第3回東方経済フォーラム」。安倍総理、プーチン大統領出席。「日ロラウンドテーブル」開催。
  • 2018年5月:「第22回サンクトペテルブルク国際経済フォーラム」。安倍総理、プーチン大統領出席。日本はゲストカントリーに選ばれ、「日ロビジネス対話」開催。

すでに述べた通り、日本の対ロシア貿易は、輸出は自動車に、輸入はエネルギー・金属等に偏重している。日ロ経済協力の8項目は、新しい協力分野を築き、関係を多様化する上では、効果が期待される。しかし、そうした新分野が、自動車やエネルギー・金属といった、圧倒的な市場性に裏打ちされた既存のビジネスと肩を並べるほど大きく成長できるかといえば、難しいだろう。北方領土で検討されている共同経済活動にしても、民間企業が商業ベースで従事できるようなものになるのかという疑問がある。

他方、この4月にはロシアのアルミニウム大手「ルサール」とそのオーナーが米国の制裁リストに追加され、その余波で日本のロシアからのアルミニウム輸入にも不安が生じている。日本の経済界にとっては、ロシアとの新たな協力関係を演出することよりも、ロシアからのアルミ輸入を滞りなく継続することの方が、はるかに重大な関心事なのではないか。民間企業が「アクセル」と「ブレーキ」のはざまで苦悩するようなことは、最小限であってほしい。

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