水素を活かした岩谷産業の「まちづくり」支援 ~山口県周南市での取り組み~

山口県商工労働部 新産業振興課
技術革新支援班長
主幹
石原 隆博
周南市経済産業部 商工振興課
企業活動戦略室
室長
宮崎 正臣
岩谷産業株式会社
中央研究所
部長(商品開発担当)
井上 吾一

1.「 水素推進県」としての地方創生への取り組み

石原(山口県) 地方創生に向けた取り組みの一つとして、山口県は産業集積の強みを活かした戦略に注力しています。特にその産業集積の中でも、山口県は全国の水素生成量の1割を賄っており、「水素先進県」の実現に向け、「水素供給インフラの整備促進」「水素利活用による産業振興の推進」「水素利活用による地域づくりの促進」を三つの柱として掲げて、事業を進めています。

その具体的な指針として「やまぐち産業戦略推進計画」を策定し、五つの重点戦略の一つとして「時代を担う水素等環境関連産業育成・集積戦略」を打ち出しています。その「水素先進県」の中核と位置付けられるのが周南市です。

宮崎(周南市) 山口県が全国の水素生成量の1割を生産しているというお話がありましたが、実は周南市での生産量は山口県全体の水素生成量の約4割を占めています。2011年には、山口県と共に全国で3番目となる液化水素製造工場の誘致を行い、それが岩谷産業と地元のトクヤマとの合弁会社「山口リキッドハイドロジェン」の設立につながりました。これが呼び水となり、2013年には、山口県と周南市、そして、水素供給業者、地元コンビナート企業、地元のバス・タクシー会社等と共に、「周南市水素利活用協議会」を設立しました。こうした背景もあり、周南市は「水素先進都市」を目指して、将来の水素を利活用した社会の実現に向けて、国や山口県にもご協力をいただき、様々な実証実験を進めているところです。

例えば、環境省の「地域連携・低炭素水素技術実証事業」では、燃料電池自動車(FCV)を使ったカーシェアリングを2016年度から実施しており、これは市民等に燃料電池自動車を無料で貸し渡し、その利用状況をモニタリングするものです。また、周南市地方卸売市場内での貨物搬送に、燃料電池フォークリフトを使用していますが、従来の鉛バッテリーを使用するフォークリフトの場合、電気の充填に6-8時間かかるところ、燃料電池フォークリフトはわずか3分で済みます。


燃料電池自動車への充填の様子

燃料電池自動車への充填の様子


水素供給配管

水素供給配管


また、周南市地方卸売市場の隣接地に、岩谷産業に「水素ステーション」を設置いただき、市内等で利用されている燃料電池自動車の充填の他、燃料電池フォークリフトに充填する拠点として利用されています。周南市も燃料電池自動車の公用車を3台所有していますが、県庁、市内外の事業者、個人等による利用を含めると、現在、計19台が周南市の水素ステーションを利用しています。

こうした「水素先進県」「水素先進都市」の形成を目指した動きは、全国的にも注目されており、東京都をはじめ、さまざまな自治体等からも視察に訪れていただいています。


卸売市場に設置されている燃料電池発電設備

卸売市場に設置されている燃料電池発電設備


2.周南市における水素関連事業と岩谷産業の関わり

井上(岩谷産業) 当社が設置したこの水素ステーションは、現在、全国に22 ヵ所ありますが、周南市のステーションは、中国・四国エリアでは初めての施設です。この水素ステーションに設置されている液化水素タンクは、燃料電池自動車300台分(2万4,000L、1,500kg)を賄うことができ、全国では唯一、燃料電池フォークリフト用の充填装置も併せ持つ水素ステーションとして、稼働率は上位に位置付けられます。周南市の水素ステーションは、燃料電池車、燃料電池フォークリフトへの充填供給拠点としての位置付けとともに、将来、「水素タウン」を形成することを念頭においた実証実験の拠点としての役割も担っています。例えば、水素配管を通じて発電用燃料として水素を供給するという実証事業も行っていますが、これは、水素ステーションから約300m離れた周南地域地場産業振興センターまで水素配管を公道に敷設し、同センターに設置した3.5kW純水素燃料電池に直接供給するという試みです。

この他、山口県から補助を得て、純水素燃料電池システムの実証を行っています。これは、当社の他、東芝燃料電池システム、長府工産、山口リキッドハイドロジェンが共同で行っているもので、周南市地方卸売市場内の電力・給湯に利用されている他、徳山動物園でのゾウ舎の電力・シャワー供給用にも利用されています。

3.水素利用拡大に向けた課題と施策


宮崎(周南市) 周南市民の間でも「水素先進都市」については認知度が高いものの、将来、地元で水素関連事業に携わることに興味を持ってもらうため、若い世代へのPR活動が欠かせません。その一環として、卸売市場内に「水素学習室」を設け、水素エネルギーについての学習や燃料電池自動車の見学等、市内の小学生、中学生向けに水素が身近なものであり、水素への関心を高めてもらう機会の提供に努めています。

井上(岩谷産業) 水素は、工業製品の製造現場、化学工場の現場等では日常的に扱われる原料の一つであるにもかかわらず、一般の方々が身近に利用する機会が多くないという事情や、「水素」が爆発につながりやすいというイメージがあるためでしょうか、水素関連施設に対しても、多少の不安感を持たれるケースもあるようです。実際、当社が周南市で水素ステーションを設置する際、周辺の企業・住民の方々には、いかに安全に配慮して水素を扱っているか説明し、ご理解をいただいたことがあります。

水素は、もともと臭いのない気体ですが、都市ガス等の場合は、万一、ガス漏れが発生した際に、臭いを付けることで漏れが認識できるようにすることが義務付けられています。周南市の公道敷設配管による水素安定供給の実証事業では、1日の使用量が300㎥に満たないことから、ガス事業法の規制外となり、自主的な保安対策を施すことで臭いを付けずに水素を、配管を通じて供給するという、例外的な措置が取られています。

東京オリンピック・パラリンピックの選手村会場となる有明地区でも、純水素燃料電池を活かした「水素タウン」の建設が予定されています。水素の利活用は、むしろ米国カリフォルニア州やドイツ等、海外の方が進んでいる事例も多く、日本においても、水素利用の円滑化、規制緩和に向けた法整備の推進にも期待したいと思っています。

石原(山口県) 県としても、地元に水素関連技術を根付かせるための施策として、山口県産業技術センター内に「イノベーション推進センター」を設置し、同センターにおいて環境・エネルギー推進チーム、水素関連技術支援チームを編成し、水素関連の研究開発・事業化推進の支援を行っています。この他、水素関連事業に対する補助金(やまぐち産業戦略研究開発等補助金)を平成25年に創設しています。これは年間1億円を上限とした研究開発・実証試験に対する助成を行うもので、開発成果は県内で積極的に導入し、需要を喚起させるとともに、地元企業の参画を含めた地域活性化にも役立たせたいと考えています。

4.水素利用の普及と地域経済活性化に向けて


イワタニ水素ステーション 山口周南の全景

イワタニ水素ステーション 山口周南の全景

井上(岩谷産業) 水素は医療分野において、今後、その利用拡大が期待されており、当社は山口大学医学部等と連携して、医療・健康分野における「水素水」開発にも着手しています。少しずつ一般向けの水素水が商品として手に取ることができるようになりつつありますが、実は医学的にも水素水のさまざまな効用が明らかになりつつあります。ストレスの低減、パーキンソン病や糖尿病等の症状を低下させる研究成果も発表されており、当社は水素を活用したヘルスケア商品(水素水等)の事業化にも取り組んでいるところです。

また、海外で生成された水素を液化させ、運搬・輸入するための実証事業が進められていますが、これは豪州に豊富にある褐炭を原料として、水素を現地で生成させ、それを液化させたものを日本に輸入するものです。これが事業化されれば、海外より安価なCO2フリー水素を大量に入手できるようになります。そうなると、燃料電池自動車やその他の水素関連施設等の普及にも拍車が掛かるのではないかと期待しています。当社としては、引き続き、こうした水素利用のメリットを地道にPRしながら、周南市をはじめとして「水素タウン」形成に向けた実証試験を通じた水素利用の拡大、各都市の地域経済活性化等に貢献してまいりたいと考えています。

宮崎(周南市) 地域の生活環境の整備・強化という観点では、純水素燃料電池は、独立電源としての利用価値も高いとみています。特に災害時において、通常の電源が途絶えてしまった場合にも、独立した非常用電源として、純水素燃料電池を利用することが可能であり、水素を活かした「まちづくり」や水素サプライチェーンを整備していくことが重要になるのではないかと考えています。また、岩谷産業以外にも、いろいろな商社が水素関連事業に関心を示していただいており、商社の多面的な役割には、引き続き期待をしたいと思っています。

石原(山口県) 県としては、今後、周南市の取り組みをモデルにするなど、各地域に水素利活用による取り組みを広げていきたいと考えています。水素関連事業が増えることで、県内の水素関連産業の振興が図られることを期待しており、また、水素をいろいろな場面で利活用する地域づくりを併せて進めることで、それが結果として、地域経済活性化につながるのではないかと思います。県としても引き続き、岩谷産業をはじめ、さまざまな関係者の協力を得ながら、「水素先進県」としての取り組みを拡充させていきたいと考えています。(聞き手:広報・調査グループ 石塚哲也)

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