ASEAN域内の地場企業の台頭と商社ビジネスへの期待

日本経済新聞社 アジア編集総局 総局長
井口 哲也

1. 最近のASEAN地域の政治・経済動向

リーマン・ショック以降、ASEAN各国は中国を最大の輸出先としてきましたが、最近の中国経済減速の影響を受け、ASEAN域内の景気にも陰りが見られます。例えば、タイに関しては、天然ゴム市況が価格、量共に低迷しており、景気にも大きな影響が出ています。これまで中国向け輸出で潤っていた農村部においては、中国での需要鈍化から農作物の売り上げが低迷し、農村部向けの支援策が必要な状況も見られます。また、タイでは生産年齢人口も近くピークに達するといわれ、国内市場の成長も鈍化しつつあります。

こうした状況の中で、ASEANは2015年末に「ASEAN経済共同体」(AEC)を発足させる予定です。すでに非関税障壁やサービス・投資の自由化など、交渉対象となっていた項目のうち9割程度で加盟国間の合意ができたとASEAN事務局は説明していますが、実際には各国での批准も必要になるため、域内でのモノ、ヒト、カネの自由な行き来を実現するにはまだまだ時間がかかるとみられています。各国の経済水準や企業の競争力にも開きがあるため、一部の国には保護主義的な動きも出ています。

とはいえ、頼りにしてきた中国経済の減速感が強まる中で、ASEANの各国が自立的な経済成長を成し遂げていくためにはASEANの経済的な統合を進めていくことが不可欠です。食品分野や金融関係などで国境を越えた企業の事業拡張の動きが広がっているのもそうした流れを見据えているからでしょう。

2. ASEAN地場企業と日本企業とのコラボレーションの意義

企業の規模は、自国市場の大きさに比例して拡大する傾向にありますが、ASEAN経済共同体を通じた「6億人規模の市場」が生まれれば、ASEAN地場企業が飛躍する機会も生まれると考えられます。

2015年9月18日現在、世界で株式時価総額が100億ドル(約1.2兆円)を超える企業は、北米の435社に次いで、アジア大洋州で363社、欧州で301社ありましたが、そのうち、アジア大洋州では、中国から106社、日本から100社、そしてASEANから38社が入っています。仮にこの企業の株式時価総額を「ワールドカップ」になぞらえるなら、ASEAN地場企業も「予選リーグ」に参加できる程度にはその規模が拡大しているといえます。

しかし、株式時価総額が500億ドル(約6兆円)を超える企業群で見ていくと、北米90社、欧州53社、アジア大洋州37社となっています。アジア大洋州では中国、日本、豪州、香港が大半を占めASEAN 企業は、まだゼロ。いわば、「本選」にはASEAN 企業がまだ参加できない状況です。

こうした中、ある程度の事業規模を確保したASEANの有力企業がグローバルな事業展開をにらんで日本企業と手を結ぶケースも今後は増えそうです。これまで日本企業とASEAN企業の提携は日本企業が現地企業に技術やノウハウを提供し、その代わりに現地の企業が自国市場へのアクセスを提供するという形で進んできましたが、今後は日本とASEANの企業がそれぞれの強みを生かして共同で世界の市場を開拓していくことも有力な選択肢になるでしょう。ASEANの企業にとっては日本企業の技術力や資金力は引き続き大きな魅力ですし、米欧などの先進国での販売網なども日本企業の強みです。

日本企業にとっては、今後経済統合が進んでいく6億人のASEAN市場を開拓するうえで、ASEAN企業との協力強化が不可欠。しかし、それだけではありません。

ASEAN企業の強みはその歴史や文化を背景にした世界との多様なつながりにあると言えます。華人系企業は中国本土との強い結びつきを持ち、市場開拓も果敢に進めています。また、マレーシアやインドネシアはイスラム教徒が多数を占めるお国柄を背景に中東などイスラム地域との強いつながりを持っています。マレーシアはイスラム金融の世界的な拠点となっていますし、インドネシア・サリム財閥の食品大手、インドフードはサウジアラビアやナイジェリアなどで多くの売り上げを上げています。

日本経済新聞は2013年に英文メディアの「Nikkei Asian Review」を創刊し、日本をはじめ、アジア域内のニュースを世界に配信していますが、その中で特に力を入れているのがアジアの有力企業の動向に関する報道です。昨年11月からASEANの有力企業100社以上を選んで重点報道する「ASEAN 100」をスタート。今年11月にはASEAN企業に加え、中国・香港、韓国、台湾、インドも含めたアジアの有力300社を対象に「Asia300」を始動しました。

3. 今後のASEAN域内における商社ビジネスへの期待

近年のASEAN地場企業と日本企業とのパートナーシップの事例としては、タイのCPグループと伊藤忠商事との提携が挙げられます。CPグループはタイの主要財閥ですが、1970年代末ごろ、中国が外国資本を受け入れ始めた時に、最も早く中国に進出した外国企業の一つです。現在でも中国と深い関係のある財閥として知られ、中国とのつながりをビジネスに活かすことのできるASEAN地場企業の一つです。この他にもインドネシアの有力財閥リッポーグループと三菱商事が不動産事業で提携するなど、商社とASEAN地場企業との提携も拡大しつつあります。

日本の製造業などが、今後ますますASEANにおける事業拡大を検討するときにも、商社とASEAN地場企業との連携を通じて、日本企業とASEAN 地場企業との提携を生み出しやすいビジネス環境が醸成されるのではないかと期待しています。

(聞き手:広報・調査グループ 石塚哲也)

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