ASEAN共同体の発足と今後の展望

ASEAN特命全権大使
相星 孝一

ASEANは、人口6億人以上の巨大市場と、引き続き人口ボーナスの恩恵を享受して生産年齢人口のピークを 2040年後半に迎えるという豊富な若年労働力を背景に、過去10年間で GDPが約 3倍に拡大するという目覚ましい経済成長を遂げており、世界の「開かれた成長センター」として各国から注目されています。ASEAN地域の経済発展に伴い、日本と ASEANとの経済的な相互依存関係は、深化の一途をたどっており、2014年時点で ASEANは日本にとって中国に次ぐ第 2位の貿易相手です。ASEANにとっても日本はEUに次ぐ第2の域外投資国であり、ASEANにおける日系企業拠点数は 8千ヵ所を超えるなど、日本と ASEANは強固な経済関係を築いています。

1980年代以降、ASEAN諸国は外国投資を活用して経済成長を遂げてきましたが、1997年のアジア通貨危機や中国経済の台頭といった国際情勢の変化を受け、外国投資をつなぎ止めるべく地域として統合を強化する機運が高まりました。2003年には、「第二 ASEAN協和宣言」を採択し、2020年までに「ASEAN共同体」を構築することで合意しました。2007年には、共同体構築の目標年次を 2015年に前倒すことを決定し、2015年 11月のASEAN首脳会議において、ASEAN共同体の構築が正式に宣言されました。

ASEAN共同体は、「ルールに基づく、人間志向で、人間中心の」共同体を目指し、「政治・安全保障共同体(APSC)」、「経済共同体(AEC)」および「社会・文化共同体(ASCC)」という三つの共同体から構成されます。経済分野では、特に関税撤廃で大きな進展を見せており、今後は非関税障壁撤廃の進展、サービス貿易自由化の加速等が期待されています。もっとも、ASEANは EUのような関税同盟、共同市場、通貨統合等の国家主権の一部委譲まで目指しているわけではなく、特に人の移動については単純労働者の移動は想定されていません。

これまで日本政府は、ODAや日 ASEAN統合基金(JAIF)を活用しながら域内の連結性の強化や開発格差の是正への協力を通じて、ASEANによる共同体構築を支援してきております。また、域内の日系企業もASEAN日本人商工会議所連合会(FJCCIA)と ASEAN事務総長との対話を通じて域内の事業環境改善に貢献しています。このような統合深化への支援に加え、ASEANが直面する課題の解決に向けた協力もわが国の重要な貢献となります。

政治安全保障の分野では、南シナ海における緊張の高まりにより、ASEANの結束力が試されています。南シナ海にはいまだに領有権の確定していない島嶼を含む海域が存在し、ASEAN諸国からはベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張しており、最近の ASEAN外相・首脳会議において南シナ海における埋め立て活動について「深い懸念」が表明されるとともに、領有権を主張している中国との間で南シナ海の行動規範(COC)に関する協議が開催されています。わが国は、2014年 5月に安倍総理が提唱した「海における法の支配の三原則」(①法に基づく主張、②力を用いない、③平和的解決)の順守と、南シナ海での大規模な埋め立てや拠点構築等、現状を変更し緊張を高める一方的行為への自制を求めるとともに、巡視船の供与を含む海上法執行の能力向上支援等を通じて法の支配を確立し、自由で平和な海を守るために国際社会と連携していきます。この観点から、地域の大国と ASEANをメンバーに有する東アジア首脳会議(EAS)は有用な枠組みです。EAS設立 10周年に当たる 2015年 11月の首脳会議において、EASを強化し、政治を含めた戦略的な議論を進めていくことを内容とするクアラルンプール宣言が出されました。本宣言を受けて、今後ジャカルタに所在する各国ASEAN代表部がさらに重要な役割を担うことが期待されています。

経済の分野では、2015年 10月に環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉が大筋合意に至りました。ASEAN諸国の間では、既にTPP交渉に参加しているシンガポール、マレーシア、ベトナム、ブルネイに加え、インドネシアのジョコ大統領が参加に意欲を示すなど、他の加盟国の TPPへの関心が高まっており、今後の帰趨が注目されます。アジア太平洋地域では TPPを通じて高いレベルの貿易・投資ルールの構築を目指しており、東アジア地域では ASEANを中心に経済連携ネットワークが形成されています。わが国と ASEANとの間では、二国間の経済連携協定に加え、日 ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定が ASEAN域内で生産ネットワークを持つ日系企業の経済活動を支えており、より高いレベルの協定にすべく投資交渉が最後の詰めの段階にあります。さらに、こうした ASEANをハブとした経済連携ネットワークを包摂し、東アジア全域にわたる広域経済連携を実現しようとする構想が、現在交渉中の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)です。RCEPが実現した場合、参加国間における貿易・投資の促進や、東アジア地域におけるサプライチェーンの拡大、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現への寄与等が期待されています。RCEPは関税削減等の物品貿易に加えてサービス貿易、投資、電子商取引、知的財産等が含まれることから、地域における非関税分野でのルール作りに貢献するという観点からも、わが国は引き続き包括的かつ高いレベルの協定の早期妥結に向けて取り組む考えです。

ASEANによる共同体構築は継続的かつ現在進行形のプロセスで、2015年 11月には今後 10年間の統合深化に向けた指針が採択されました。わが国は過去 40年以上にわたり良きパートナーとして ASEANを支えてきており、今後もハード、ソフトの両側面において統合に向けた取り組みを支援していく考えです。

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