グローバル人材育成の目指すべき姿

文部科学省 高等教育局 国際企画室
国際企画専門官
佐藤 邦明

近年の世界の高等教育は、欧州をはじめとしてリージョナルな大学間交流体制の構築が進展し、中国やインドにおいては海外への留学者数が増加し続けるなど、世界的に学生の移動(mobility)が高まる傾向にある。わが国の大学も、これに対応する形で、質保証とともに国際化が主要な課題の1つとなっている。一方で経済界においては、グローバル化の進展による組織体制の変革や少子高齢化に伴う国内市場の縮小に伴い、グローバル人材(以下、「G人材」)を求める声が大きくなっている。
こうした背景において、わが国の大学はいかにG人材を育成すべきか、さまざま取り組んできており、実際、大学間協定をベースにした海外への留学者数は年々増加している。しかし一方で、個人で留学する者も含めた留学者総数は過去5年間で総じて減少傾向にあり、至る所で若者の内向き志向が指摘されている。では本当に、日本人学生は内向きで、グローバル化に対応できていないのであろうか。


1. グローバル人材の定義


多くの企業人から、G人材が必要、グローバル化への対応は不可欠との話を聞く。では、G人材とは果たしてどんな能力、スペックを有した人材なのか。業種・規模により求める具体的人材像は異なるようである。グローバル化が相当進み海外での売り上げが国内のそれをしのぐ企業においては、経営陣の多国籍化が進んでいるため相当高度なレベルのG人材を求める傾向にあるし、そこまで内部のグローバル化が進んでいない企業では、語学以上にタフな精神力を持った人材を求める場合もある。また、そもそも企業内部で一貫した人材像を持たないままG人材を語っている場合もあるように見受けられる。
昨今、新成長戦略実現会議の下に置かれた「グローバル人材育成推進会議」が6月に中間まとめを発表するなど、政府系を中心に多くの提言・報告書⒤がまとめられている。それぞれのG人材の定義は細かくは異なる点もあるが、基本的事項はおおむね共通している。前述の推進会議の中間まとめが最も簡潔に、次の3要素に要約している。
① 語学力・コミュニケーション能力
② 主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感
③ 異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティ
これらすべてを備えた人材を育成するのはなかなか大変なことであるし、また組織によっては必ずしも全員がこうした人材である必要はないが、「G人材」を議論するとき、少なくともこれらの要素の幾つかを併せ持つ人材ということがいえる。


2. 若者は内向き志向か ― 現状分析


G人材化を妨げる要因としての内向き志向については、留学者数の減少や各種意識調査、さらには大学教育や職場等現場での感覚的なところまで、幅広く指摘されているところだが、果たして本当に若者は内向き化しているのだろうか。


⑴ 留学動向から
確かに海外への留学者数は、OECD等の統計によるとピーク時の2004年8万3,000人から2008年は6万7,000人へと減少している。しかし18歳人口に占める留学者数の割合で見ると、人口そのものが減少傾向にあるため比率としては実は減少しておらずほぼ横ばいで推移しており、決して内向きとはいえない。また、大学間協定に基づく留学生数は着実に増加しており、大学がこうした協定を積極的に拡大して国際化を図っていることがうかがえる。
さらに留学先の状況を見ると、過去5年間ではほとんどの国・地域で減少しているものの、より長期の過去10年間で見ると、米国が大幅減少、英国がそれに続いているが、他は中国および韓国をはじめアジア地域を中心に増加している。これは海外旅行の統計とも一致する(ⅱ)傾向で、英米圏からよりアジア志向へと興味・関心がシフトしていることを示している。

⑵ 留学の阻害要因
学生の留学を阻害する社会構造的要因があることも分かっている。大学および学生に対する複数の調査(ⅲ)によると、日本人学生の留学に関する主な障害として、①就職活動、②経済事情、③大学の留学支援体制、の3点が挙げられている。
就職については、新聞等メディアでも随分と取り上げられているが、就職活動が大学3年秋には本格化するという早期化・長期化の影響で、就職活動のスタートに乗り遅れないよう、比較的時期が重なりやすい留学を敬遠する学生が少なくない。この点については、例えば日本貿易会が3年秋から行っている採用広報活動を4年生になる前の春休みにずらし、採用試験の開始を4年の夏以降に遅らせることを提言するなど、評価すべき動きは見られるものの、社会全体としてはいまだ不十分といえる。
経済事情とは、留学に当たっての財政支援に尽きる。例えば、国による奨学金事業としては、2010年度は外国人留学生については2万6,000人の受け入れに312億円予算化されている一方で、日本人留学生にはわずか850人の派遣に8億円という状況であった(2011年度は、呼び水として3 ヵ月未満の短期留学の受け入れ・派遣にそれぞれ7,000人分11億円ずつを計上)。また、民間企業による冠奨学金等も数多くあるが、そのほとんどは外国人留学生の受け入れに供されており、日本人学生が留学する際に活用できる奨学制度は限定的と言わざるを得ない。なお、留学先として最も人数の多い米国については、2000年から2008年で授業料が約150%ものインフレーションを起こしており(ⅳ)、この間、米国への日本人留学生が4万7,000人から2万9,000人へと4割も減少していることを考えると、これだけが原因とはいえないものの、経済的負担感が相当な影響を及ぼしていることは容易に想像できる。
大学の留学支援体制の不備も、阻害要因として挙げられている。増加する外国人留学生への対応のみならず、留学先の多様化に伴い、大学教員に限らず職員自体のG人材化、すなわち語学力はもちろんのこと異文化対応力を身に付ける必要性が高まっている。しかし既存の雇用体系の中で急な変革には限界があるし、育成にはコストも時間もかかるため個々の大学で対応するにも限界があって、実態がニーズに追いついていないことが推察される。


3. 文部科学省の政策


こうした背景において、わが国の大学を国際化しG人材を育成すべく、文部科学省においては現在、さまざまな施策を展開している。大学の国際化のためのネットワーク形成推進事業、いわゆるグローバル30では、グローバル化をけん引する大学を選定し、英語による授業を増やし英語による学位コースを開設するなど教学システムの国際通用性を高め、さらには海外大学共同利用事務所の積極展開、外国人留学生・教員の受け入れ体制の整備など、国際的な教育環境構築による国際化を進めている。これまで13大学が選定され、英語で学位が取得できるコースは、学部レベルで12、大学院レベルで72に達している。また、世界展開力強化事業では、キャンパス・アジア中核拠点支援として、日中韓の政府が合意した共通の質保証を伴った連携交流ガイドラインをベースに、3 ヵ国の大学において連携を強化しモデルとなる教育連携プログラムの構築を図る他、米国等の大学との共同教育の創成を支援し、わが国の大学の世界における展開力強化を図っている。
さらに、3 ヵ月未満の短期留学の受け入れ・派遣それぞれ7,000人を支援するショートビジット・ショートステイ事業は、国際的な視野を有する学生の育成を促進するとともに、学生受け入れ・派遣のモデルの1つとなることにより、大学における学生相互交流プログラムや大学間ネットワークの構築等に寄与することが期待されている。これまで多くの応募があり、大学の高い意欲の表れとなっている。
経済界との連携も、政策としてG人材育成には欠かせない。具体的には、企業および大学のトップリーダーが参集する産学協働人財育成円卓会議の場や、日本経済団体連合会をはじめとした各種経済団体との連携など、積極的に推進している。


4. 社会全体での取り組みを


G人材の育成は、一朝一夕でなるものではない。社会の各界各層でさまざまな取り組みがなされる必要がある。大学においては、個々の学生の留学意欲に任せるのではなく、その教育システムの中にG人材に求められる特性を促す何らかの仕掛けを仕組みとして組み込むことが求められる。一方で、内向き思考の実態は社会構造的理由が大きいことから、人材の受け皿となる企業への期待も大きい。具体的には、留学を促進する奨学金などの財政支援をはじめ、求める人材像の具体像、スペックをより具体的に明示することができれば、大学のみならず、当の学生やその保護者に対し、より明確なメッセージとしてG人材の必要性を伝えることができるだろう。また政府は、今後、大学が教学システムも含め国際通用性ある体制構築をより効果的に進めることを支援していく必要があるだろう。

国際連合の人口統計によると、今後主な国で人口が大幅に減少するのは日本とロシアで、わが国は2050年には9,500万人まで減少する。それも内部的には、相当高齢化していることが想定される。そうした中、わが国の成長を支えるG人材、すなわち次代を担う意欲あふれる若者をどう育て伸ばすのか。内向き志向を批判するのではなくチャレンジする若者を評価し後押しする、それが目指すべき姿ではないだろうか。単なる教育論ではなく、わが国が今後豊かで誇りを持てる国として成長するために、産官学民が一体となって社会全体で取り組むべき国家戦略である。

ⅰ ①2010年10月 産学人材育成パートナーシップ・グローバル人材育成委員会報告書「産学官でグローバル人材の育成を」、②2011年4月 産学連携によるグローバル人材育成推進会議提言「産学官によるグローバル人材の育成のための戦略」、③2011年6月 新成長戦略実現会議グローバル人材育成推進会議(中間まとめ)、④2011年6月 経団連提言「グローバル人材の育成に向けた提言」
ⅱ 観光白書(日本政府観光局)
ⅲ ①「留学制度の改善に関するアンケート」国立大学協会国際交流委員会留学制度の改善に関するワーキング・グループ(2007年1月、87大学回答)、②東京大学国際化白書:東大生が留学を見送る要因(2009年3月)
ⅳ “Trends in College Pricing 2010”, College Board Advocacy and Policy Center
ⅴ「新入社員のグローバル意識調査」産業能率大学(2010年7月)
ⅵ「中学生・高校生の生活と意識-日本・アメリカ・中国・韓国の比較」日本青少年研究所、2009年2月

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