商社シンクタンク・調査部門トップが読み解く 2012 年世界経済と日本の対外通商・経済関係の展望

株式会社三井物産戦略研究所
社長
小山 修
三菱商事株式会社
国際戦略研究所 所長
小和瀬 真司
株式会社住友商事総合研究所
社長
瀧本 忠
豊田通商株式会社
執行役員
谷 重樹
丸紅株式会社
経済研究所 所長
美甘 哲秀
伊藤忠商事株式会社
伊藤忠経済研究所 所長
三輪 裕範
株式会社双日総合研究所
社長
多田 幸雄(司会)

はじめに


株式会社双日総合研究所
社長
多田 幸雄 氏

多田(司会) 
本日は、日本貿易会月報1月号新春特集に係る座談会を開催するということで、皆さんにご参集いただいた。「2012年の世界経済と日本の対外通商・経済関係の展望について」をテーマに議論し、商社シンクタンク、調査部門トップの皆さんのご知見を読者にお伝えできたら幸いである。
2011年を振り返ってみると、まさに年明けから激動の1年であった。グローバル化した世界経済、政治が連動し、さまざまな方面に影響を及ぼし、想定外の出来事が連続した1年であった。まずは、2011年の内外経済の動向と注目点についてご意見を頂きたい。


1. 2011年内外経済の動向と注目点


株式会社三井物産戦略研究所
社長
小山 修 氏

小山(三井物産) 
3つのポイントに絞って話したい。1番目は世界経済の現状についてである。2010年まで緩やかに回復してきたが、2011年春以降は、国際商品市況の上昇と金融の引き締め、また東日本大震災により世界的なサプライチェーンの寸断というさまざまな問題が起こり、世界経済は踊り場に入った。足下では、国際商品市況が安定化し、さらにサプライチェーンも復旧したが、夏以降の欧米先進国の財政問題の深刻化と金融市場の混乱から、景気の先行きに不透明感が漂っている。

2番目は世界経済の4つのリスクファクターについてである。1つは、欧州の財政危機の深刻化であり、ユーロ圏諸国が欧州金融安定化基金(EFSF)の拡大に手間取っているうちに、危機がドイツ、フランスを含めた中核国にも伝播し、世界的な金融危機の発生リスクが高まった。2つ目は、新興国の景気不透明感の高まりである。景気の先行きに不透明感が高まり、新興国は金融政策の転換を進めているが、金融緩和を急ぎ過ぎると景気の過熱につながり、将来大幅な金融の引き締め、景気の失速を招く恐れがある。3つ目は、政治的混乱による政策対応の遅れである。欧米の財政危機に典型的に見られるが、国際的なガバナンスの低下や有効な政策協調の停滞に加えて、議会選挙を控えた政治的な対立により、必要な政策がタイムリーに行われないリスクもある。4つ目は、国際商品市況が再び高騰することによるインフレ圧力の再燃である。中東、北アフリカで地政学的なリスクが高まり、国際商品市況が高騰し、エネルギー効率の低い新興国に大きな影響を与えることが懸念される。

3番目は国・地域別の動向についてである。米国については、2010年は3%の成長を達成したものの、2011年は悪天候やサプライチェーンの寸断や国際商品市況の高騰などで減速し、1.5%程度の成長にとどまるだろう。2012年は、まだ住宅バブル崩壊の調整が残っていること、財政金融政策の追加余地が少ないことから、潜在成長率を下回る成長が続くのだろうとみている。欧州については、これまでユーロ圏の景気をけん引してきたドイツ、フランスの中核国経済が金融市場の混乱で減速感が高まっている。日本は、大震災からの復旧が予想以上に順調であり、復興需要や12兆円強の2011年度第3次補正予算の成立を受けて、当面景気は底堅いであろう。しかし、歴史的な円高、あるいは海外景気の鈍化による輸出の停滞、さらには電力問題等々の懸念材料も多い。新興国については、海外景気の悪化から輸出が鈍化し、さらに欧州の財政危機の影響を受けて資本の流入が減少し、景気は若干減速している。ただし、内需を中心に比較的堅調な拡大が続くとみられており、たとえ景気が悪化しても景気刺激策の発動の余地はあるであろう。

瀧本(住友商事) 
2011年を振り返ると、アラブの春に始まって、東日本大震災、タイの洪水、あるいは欧州ソブリン問題など、世界経済の一体化と世の中のスピードの変化の速さと激しさ(VelocityとVolatility)というものをあらためて実感した年であった。先ほどリスクファクターとして挙げられた政治の機能不全は、社会の動きが速過ぎて政治の対応が追い付かず、政権交代のみならず、政治の枠組みや制度設計までが問われる状況になりつつあるということではないか。

美甘(丸紅) 
2011年は、「格差」への不満とその裏返しとしての「所得の再分配」の在り方が問われた年ではないか。ジャスミン革命の要因の1つが格差であり、米国で抗議運動が起こっている要因も格差である。欧州では、北欧と南欧に見られるユーロ圏の南北問題もある。日本では、年金問題で現役世代から退職世代に所得移転が起きていることも、ある意味では格差の問題である。そういった格差をどのように是正するのかは、資本主義制度の根幹に関わる問題でもある。短期間での解決は難しいが、 2012年は、政府による所得再分配の仕組みをこの先どのように構築すればよいかを議論しなければならないだろう。

三輪(伊藤忠商事) 
2011年は、欧州のソブリン問題が世界経済の基調をなしたとの感が強い。それとともに、米国経済の回復が2011年も期待外れであった。現在の世界経済は、中国を中心としたいわゆる新興国、実質的には中国にほとんど頼り切っている一本足打法の経済状況になっている。米国経済が本格的に回復してこないと、世界経済が安定的に成長することは難しい。2012年以降、米国経済が、特に個人消費を中心にどこまで戻ってくるかというあたりが1つの注目点になる。

小和瀬(三菱商事) 
先進国経済が低迷する中、成長力が高い多くの新興国を含むアジア・太平洋に世界の重心がシフトしつつあると注目されている。日本がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉参加を表明した途端にカナダやメキシコも交渉に参加するという動きが出たり、日中韓、ASEAN+3、ASEAN+6など東アジア域内での経済連携の議論が急に活発化したりしている。

(豊田通商) 
2011年は、国内においては東日本大震災と震災からの回復、また今回のタイ洪水ということで、災害によるサプライチェーンの見直しというものが製造業を中心に進んだ年であった。中小企業を含めて、今後はサプライチェーンをいかに止めないかということでの海外進出が非常に活発になってくるであろう。日本国としてTPPなどでこの動きをどの程度推進していけるのか。ある程度定まってくるのが2012年ではないかと考える。

多田(司会) 
ありがとうございました。2011年1月に入りまず出てきたのが中国のGDPが日本を超えたということで、アジア・太平洋の時代に入ってきたという1つの象徴的なことであった。その後、アラブの春が本格化して、エジプト、リビアと政権が変わっていったのが2月。3月は東日本大震災の三重苦が始まり、またこのころからずっと欧州危機が続いているが、今なお先行きが見えない。その中で、政治力の弱体化が見えて、米国に至っても国債の格下げにつながったなど、さまざまな大きな事象が起きている。

一方、日本の活力の1つの源になったのが「なでしこジャパン」ではなかったか。日本の消費者心理や景気に対して好影響を及ぼした。日本経済についてみれば、2011年はそれほど落ち込んでいない。リーマン・ショックから比べるとサプライチェーンも戻り、輸出も堅調という形で2012年に向けての流れが再確認された2011 年ではなかったかと思われる。


2. 世界経済の行方


⑴ 米国の政経情勢 ― 2012年大統領選と米国経済


三菱商事株式会社
国際戦略研究所 所長
小和瀬 真司 氏

小和瀬(三菱商事) 
2012年の米国大統領選について、共和党候補者の中では現在ロムニー氏がやや有利との話も聞くが、最終的に誰が候補者になるとしても、オバマ大統領の対抗馬として圧倒的に有利という候補は存在せず、共和党は苦しい状況にある。現状ではオバマ大統領が優位とみられるものの、2012年11月の大統領選挙まで景気低迷が続き失業率が高止まりする可能性もあり、オバマ氏の再選も予断を許さない。同時に行われる議会選挙については、下院では共和党が引き続き過半数を占めるという結果が予想される。さらに、上院でも現在 47議席を持つ共和党が、51議席以上つまり過半数を取る可能性も十分ある。また、経済見通しについては、サブプライムローン問題、リーマン・ショック等の後遺症により家計部門は債務圧縮を続けており、このバランスシート調整は2014年、2015年くらいまでかかるとみている。GDPの7割を占める個人消費の本格的な回復にはまだ時間が必要だろう。2012年の実質GDP成長率は1.5%−2%程度にとどまるとみている。

小山(三井物産)
米国大統領選のときに注目される指標に「ミザリーインデックス(悲惨指数)」という指数がある。インフレ率と失業率を足したものが10を超えると、経済政策に対する国民の不満が高まり、再選は難しくなる傾向があるということである。これに当てはまり再選できなかったのが、フォード、カーター、ブッシュ(シニア)である。その前には、トルーマンやレーガンのときも10を超えていたが、彼らの場合はインデックスが徐々に低下していた時期で支持率も50%を超えていたこともあり、再選されている。今(2011 年11月時点)、オバマ政権のミザリーインデックスは12.0と10を超え、支持率も43%となっており、苦戦は免れないと思われる。

三輪(伊藤忠商事) 
米国経済を展望する上では雇用と個人消費が二大要素である。雇用については現在失業率が8.5%(2011年12月)となっている。米国の自然失業率の水準は、従来大体5-6%であるといわれてきたが、この10年間くらいの間に、米国企業は海外へのアウトソーシングを大規模に行ってきたので、今後、仮に景気が復調したとしても、以前のような水準の失業率には戻りにくい。失業率がある程度高止まりした状況は米国経済の「ニューノーマル」になるのではないかと考える。また、個人消費については、まだまだ低迷しているものの、若干明るい動きが出てきた。リーマン・ショック以降、米国家計の貯蓄率は、そのピーク時には8%にも達するなど日本以上の貯蓄率となった。それが、2011年6月くらいから徐々に下がり始め、9月には3.6%とリーマン・ショック前の2007年12月(2. 6%)以来の水準まで落ちてきている。これまでは、家計のバランスシート調整、過剰債務解消のために、消費が抑えられ貯蓄に回っていたが、最近はいわゆるペントアップデマンド(抑制されてきた需要)が多少顕在化しつつあるとみる。この現象が一時的なものであるのか、経済全体に広がっていくことになるのか、そこが今後の大きな注目点になる。

瀧本(住友商事) 
2012 年の米国経済は、依然として厳しい雇用環境と所得環境を背景に消費の回復力は弱く、潜在成長率を下回る緩やかな回復にとどまるのではないか。先ほど指摘があったように米国の雇用問題には、雇用のミスマッチ、失業期間の長期化等構造的な面があってなかなか回復しない。個人消費については、米国人の消費マインド、行動様式が本当に戻ってくるのかという構造的な問題も問われている。

美甘(丸紅) 
大統領選挙については、オバマ大統領が再選を果たす可能性はまだまだ残されているとみる。その理由の1つは、共和党にスターが不在であること。有力候補者は、失言やスキャンダルで自滅している。また、今の経済不振は必ずしもオバマ大統領の責任ではないとの見方もあり、テロ対策、安全保障、外交面ではある程度の得点を挙げている。一方、8月の政府債務上限引き上げ問題で、共和党の一派であるティーパーティーが無理押しをしたため、かえって不信感が高まってしまった。従って、オバマ大統領の方がまだましという「消極的支持」が広がってもおかしくない。

(豊田通商) 
米国の中東政策がだいぶ変わってきている。アラブの春も、米国のアラブ地域への関与の力の入れ方が徐々に低下してきたことを反映している。一方、TPPを主導する米国は、マーケットとしてのアジアにビジネス・投資機会を求める意思を徐々に強めている。その中で、米国はアジアにおける中国とのパワーバランスをどのようにもっていこうとしているのかが、2012年の注目点になるだろう。

小山(三井物産) 
米国の実質GDPはすでにリーマン・ショック前のレベルにほぼ戻っている。しかし、従来の成長の中核であった住宅および自動車産業がいまだ悪いことを考えると、これは多機能携帯情報端末やクラウドコンピューティングの普及に代表されるように、ITのさらなる活用によって生活や仕事の仕方を大幅に変え得る新しい産業が出てきていることを示すものであり、現状がニューノーマルになっていくのだろうと考える。また、先ほどオバマ大統領が苦戦しそうであると話したが、共和党を熱烈に支援する人の中にも、「今回(2012年)の大統領選には共和党の有力候補者がいないことから諦めざるを得ないが、2016年には新しいスターがたくさんいる」と言う声もあり、2012年の選挙は大接戦になると予想される。

三輪(伊藤忠商事) 
米国政治において、今最大の問題は、かつてのような超党派での政治が機能しなくなっていることである。民主、共和両党共に完全に非妥協的な態度になってしまっている。このような政治的なグリッドロック(gridlock)が、2012年の新たな政治体制においても続いていくのか。あるいは、米国の良識が働き、昔のように超党派的な動きが出てくるのか。そこが今後も世界において米国がスーパーパワーとして、政治的な影響力を発揮していけるかどうかの、1つの大きな分かれ目になるのではないかとみている。

多田(司会) 
米国では、新しい時代の中で格差社会が定着してきた。雇用に関しては、完全雇用の失業率6%程度になるのは2025年とか30年という予測も出ており、これまでのいわゆる大統領選挙の定説も当たらない時代になってきているのではないかと思われる。


⑵ 欧州の政経情勢 ― ユーロ圏の信用不安と構造調整の行方


瀧本(住友商事) 
欧州ソブリン危機は、あえて整理するとすれば、短期的な足下の金融面の問題と、中長期的問題としてのユーロ通貨統合自体が持つ構造的な問題という2つに整理できる。足下の金融面の問題は、ギリシャのいわゆる管理されたデフォルトへの道筋をいかにつけるか、他国への伝播をいかに止めるかということであり、そのために域内金融機関の自己資本の増強を図るとともに、セーフティーネットの再構築を図っているところである。しかし、10月下旬に発表された欧州危機、政府債務危機の克服に向けた包括的な対応策の柱の1つである欧州金融安定化基金の実質的な支援能力をレバレッジにより1兆ユーロに拡大する計画も具体策が決まっているわけではないし、ギリシャの債務削減のための金融機関の債務減免(ヘアカット)を50%とすることも、民間側で合意されているわけでもなく、またそもそも基準も不明瞭である。

一方、中長期的な問題、EUやユーロ自体が持つ構造的な問題については、12月初めのEU首脳会議にて、ユーロ導入国が共同で国債を発行するユーロ共同債の発行や、財政規律を守れない国に対する罰則規定および予算の相互監視などを盛り込んだEU基本条約の改正、最後の貸し手としての欧州中央銀行の役割と財政悪化国の国債買い支えの強化、IMF融資枠の拡大などが議論されたが、抜本的な解決策にまでに至らず、また合意された対策の実効性についても疑問が持たれ、予断を許さない状況が続いている。構造的な問題は、EU・ユーロの成り立ちの問題であり、制度設計の在り方の問題であり、一朝一夕にまとまる話ではなく、当然のことながらかなりの時間を要するであろう。

短期、中長期、どちらの問題にしても、問われているのは構成国それぞれの国の政治意思であり、ひいてはEU、ユーロ全体の意思である。中でも2012年大統領選挙を控えているフランス、さらには2013年に総選挙を迎えるドイツの国内政治の成り行きが大いに注目される。

美甘(丸紅) 
欧州の債務問題をみると、1997年のアジア通貨危機に似ている。ギリシャ1国の破綻がグローバル化の中でPIIGS諸国(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)に伝染している。この問題がもし深刻化したときに、何が起こるのだろうと考えると、世界経済の減速、株価の急落、円高など金融市場が不安定化する。その中で最大の問題は、金融機関の信用力低下である。そうなれば、インターバンク(銀行間での資金の貸借)市場における資金調達が量的に難しくなり、コストも引き上げられる。自己資本比率を引き上げるために、融資抑制、つまり、クレジットクランチが発生し、リーマン・ショック時と同様の信用収縮が広がる恐れがある。商社にとっても、プロジェクトファイナンスは欧州銀行に依存している部分が多いため大きな問題になりかねない。

三輪(伊藤忠商事) 
欧州問題は、これまでギリシャやアイルランドなど個別国への対応を優先し、ユーロ全体の構造的な問題への対応が打てなかったところに大きな問題がある。その意味で、日本の不良債権処理問題への対応のときによくいわれた“too little too late”を欧州も行っていたということになる。今後は、ユーロ全体の構造をどのように見直していくかというところまで踏み込んでいく必要があるだろう。

(豊田通商) 
欧州問題は、金融危機であり、金融機関の信用収縮や格付け機関の格付け引き下げ、またBIS(国際決済銀行)による自己資本比率の強化がどうなっていくかが焦点となる。欧州銀行が資産の売却を行わざるを得ないとき、誰が受け手となるのか。今、受け手になれるとすれば、米国や中国であろう。受け手がなければ非常に危険な状態になっていく。

小山(三井物産) 
欧州の財政問題は、基本的には国債の問題であると考える。規模もかなり確定されてきており、リーマン・ショックのときのように債権債務がはっきりせず、証券化を通じて極めて不透明になり、疑心暗鬼から信用収縮が広まったというケースとはだいぶ異なる。2つ目の問題は、政治的なリスクが存在することである。各支援国は、支援に対する国内の理解が得られるのかどうかということである。ドイツでは、2011年の地方議会選挙で16州・特別市のうち7州・特別市において実施されたが、メルケル首相が率いる与党・中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)は、2つの州で与党から転落した。2012 年のフランス大統領選挙や2013 年のドイツ総選挙等に向けて、こうした動向に注意が必要である。

小和瀬(三菱商事) 
欧州債務問題の根本には、財政政策の調和がないままに通貨を統一したことがある。振り返ってみれば、2010年5月の段階で本来、ギリシャの債務負担能力であるsolvencyの問題を、短期的な資金繰りであるliquidityの問題にすり替えてしまい、迅速な対策を打たなかったことが事態を急速に深刻化させた。つまり、当初は欧州の中に債務問題を根本的に解決しようという意思がなかったことが、市場の信認の低下につながり危機が欧州全体に波及した最大の原因であるとみている。

三輪(伊藤忠商事) 
欧州への輸出依存度については、これまで中国が非常に高いといわれてきたが、2010年の場合、中国は14.8%であり、それ以上に高いのがロシアの33.3%、ブラジルの18.2%、インドの14.5%などである。現在、世界経済をけん引しているともいえる新興国は、欧州に対する輸出依存度が非常に高いこともあり、その意味でも、今後はこれらの国々へどのような影響が及んでいくかということについても注視していく必要がある。


多田(司会) 
EUの問題は、EU以外にも波及効果が大きいとみられるが、EU内はもう後戻りできない関係の深化があり、そこから出てきた問題を2012年にかけてどのように解決していくのか。2012年、13年は世界中で選挙の年となるが、EUにおいてもフランス、ドイツがしかりであり、予測できない動きも出てくるであろう。 2012年も引き続きEUからは目が離せない年ということになろう。


⑶ 中国・アジアの政経情勢 ― けん引する世界経済、拡大する域内経済


豊田通商株式会社
執行役員
谷 重樹 氏

①中国

(豊田通商) 
2012年には世代交代があり、胡錦濤氏から習近平氏が総書記になり、2013年には習近平氏は国家主席になる予定である。中国は共産党の一党独裁といわれながらも、最近の動向を見ると集団指導体制ができているのではないかと思われる。2012年も政治的には安定した状態で推移していくとみている。経済については、不動産バブル崩壊の問題、地方政府の巨額債務の問題を抱えつつも、金融引き締めによってある程度押さえ込んでいる。今後多少の調整局面はあるとしても、GDP2桁レベルの成長は難しいが高い成長を維持していくとみている。日中関係については、2012年が「日中国交正常化40周年」ということである。今後とも日本は中国をアジアにおける最大のパートナーとして、相互補完、信頼関係を築いていく必要があろう。ただ、ここに来てTPPを提唱しながら、米国がアジアのリーダーシップを取っていこうとする意思が鮮明となる中で、米国債を最も多く持っている中国がどのような対抗手段を取るのかが、2012年の1つの焦点となってくるであろう。

瀧本(住友商事) 
2012年の世界経済見通しを考える場合、欧州のソブリン問題が新興国に波及して新興国の成長が腰折れになるのか、あるいは、引き続き新興国の成長が維持され世界経済をけん引していくのか、そのポイントが中国であると認識している。しかし、欧州のソブリン問題は、必ずしも中国に大きな影響を与えず、新体制のスタートとなる2012年も一定の高成長が保たれていくであろう。ただし、これからの10年の中国は、これまでの10年ほどには順調にはいかないとみておくべきだろう。さまざまなひずみの問題や、人口ボーナスも減退するという問題もあり、2012年の習近平体制のスタートは、今後10年の中国を占う上でも大きなポイントになる。

美甘(丸紅) 
2011年に3回ほど中国を訪問し、政府要人やジャーナリストに話を聞いてきた。労働賃金の上昇、環境基準の強化に伴う環境関連コストの上昇などさまざまな面でコストが上がってきている。従って、中国としても自前の技術をもって産業構造を転換していかなければ、競争力が低下せざるを得ないといった危機意識がものすごく強かった。もう1つ、官僚の汚職、裁判の公平性への不満、格差問題など、庶民の不満が相当蓄積している。ネット社会の発展とともに、ものを言える場が増えているし、ものを言う民衆も増えているということである。

小和瀬(三菱商事) 
中国政府は今、経済構造の質的な転換にかなり重きを置くようになっている。中国経済の潜在成長率は9%程度といわれるが、これからも輸出・投資に依存した高成長を続ければ、地方経済が過熱して経済構造のゆがみが増大するというマイナス面がかなり認識されるようになっている。今後、中国経済が輸出・投資から消費へのシフトを含めて質的な転換をうまく図れるのかが注目される。

三輪(伊藤忠商事) 
現在、中国は、確かに非常に大きな転換点にある。最近では、地方の共産党幹部に対する評価も、単に経済成長率の達成度合いによって評価するのではなく、より定性的に、例えば環境面でどれだけ配慮したか、あるいは汚職をどれだけ撲滅したかといったようなことも、地方幹部が中央に出てくる際の評価の対象になってきた。中国政府はこうした社会の大転換期において、いかに民衆の積鬱(うっせき)した不満を抑え、社会的安定を保っていくかということに非常に気を使っている。


丸紅株式会社
経済研究所 所長
美甘 哲秀 氏

②ASEAN、インド

美甘(丸紅) 
ASEANでは、国家をまたぐインフラも整備され、ヒト、モノ、カネが自由に行き交い、人口構成も若く、世界の中では相対的に高い成長率が見込める。ただし、域内を見ると温度差があり、内需依存型経済なのか、外需依存型であるかで経済の状況が異なる。2億人の人口を抱えるインドネシアと1億人のフィリピン経済は内需依存型であり、比較的底堅く推移しており、リーマン・ショックの影響も相対的には小さかった。一方、外需依存型であるベトナム、タイ、マレーシアの成長は減速感が強い。特にベトナムではインフレが高く、外資のネット流入も減少しているようである。全般的にいえば、今後、インフレがなお高い中で、金融緩和がどこまで進展するかがポイントになる。

もう1つ、ミャンマーの動向に注目したい。米国のアプローチが徐々に強まっている中、これまでの過度に依存していた中国の影響力から脱したいという思惑が、米国の意思と一致したようである。今後、ミャンマーに対する日本のODA 再開や、日系企業が進出していくような動きが出てくると、非常に面白い展開になる。

インドについては、中国とは異なるタイプの有望な国である。中国と比べると製造業の比率は低いが、今後、中間層を中核とした消費市場の懐が深くなるにつれて、自動車や家電などの消費が増えてくるであろうし、それに伴ってインフラやエネルギー需要も増えていくであろう。また、人口動態でいうと中国の生産年齢人口(15-64歳)は2015 年がピークとなるが、インドでは今後とも増加を続けていくという意味でも、有望な国である。

多田(司会) 
フォーリン・ポリシー誌に出たヒラリー・クリントン米国務長官の寄稿「米国の太平洋の世紀」でも、米国が協調と関与を進めていくべき大国は、中国とインドであると言う。 ASEANの切り口、ASEAN+3、ASEAN+6という中にも、必ず米中インドのフォーメーションが入ってくるであろう。一方、中国の人民元が貿易決済から投資保証まで、ASEANを中心に広がっている現状をどうみているか。

小山(三井物産) 
ASEANについては、ミャンマーの状況に象徴されるように、米国のサポートがこれからますます大きくなっていき、これまでと違った意味で米国の存在感が大きくなっていくであろう。中国については、第5世代が政治体制の中心となる2012年共産党中央委員会で第6世代といわれる人が党中央政治局常務委員9名の中に入るかどうかを注目している。また、中国地方政府の10.7兆元ともいわれる債務問題への対応を注目する。インドについては、商社にとってもなかなかビジネスが難しい国である。製造業にしても同様のようで、インフラの未整備問題、土地収用の問題、労務問題等々さまざまな問題があり、経済面では開発途上の感が強い。一方、国際社会におけるプレゼンスについては、国連安保理改革が行われ常任理事国が増える場合の加入有力国である。経済と政治のアンバランスのイメージを持っている。

三輪(伊藤忠商事) 
インドは欧州への輸出が相当程度あるが、まだまだ中国とは違って内需中心の国であり、世界経済の中に組み込まれていない部分がある。非常に大きな潜在力のある魅力的な国ではあるが、日本とは相当に生活環境やビジネス手法が異なり、日本人にとっては非常に商売が難しい国ではある。しかし、そうしたインドにおいて、今後日本企業がどこまで成功できるかということが、真の意味での日本企業の実力を問うことになるのではないか。

小和瀬(三菱商事) 
一説によれば、中国は共産党創立からちょうど100年目となる2020年に経済の近代化を完成するといわれる。IMFがSDR(特別引出権)の構成通貨の見直しを行うのは 5年ごとで、次が2015年、その次が2020年となる。人民元の国際化について言えば、中国が為替相場を自由化することが前提であるが、将来、SDRの構成通貨に、ドル、ユーロ、ポンド、日本円に加えて、人民元が入るということもあり得ない話ではない。


⑷ その他注目される国々


伊藤忠商事株式会社
伊藤忠経済研究所 所長
三輪 裕範 氏

三輪(伊藤忠商事) 
これまで議論されてきた以外の国で、今年も注目すべき大国としてはブラジルとロシアの2ヵ国を挙げたい。ブラジルは、2010年に7.5%の高い成長率を記録した。2011年はおそらく3%半ば、2012年は4%程度になるのではないか。全般的には、雇用環境は良好、個人消費もまずまずで、最近通貨レアルの下落傾向から輸出環境も悪くなく、高成長は期待できないものの一定の成長は期待できるだろう。ただし、輸出はユーロ向けの比率が高いことから今後は影響を受ける可能性が高い。また、インフレが非常に進んでいること、さらには、保護主義的な政策が取られている点も懸念される。特に、外資系自動車メーカーなどに対しては一定の現地調達率を求めており、これが達成できなければ30%程度のペナルティーが科せられる。

ロシアについては、2011年の成長率は4%程度、2012年は3%程度の成長にとどまるのではないかとみている。ロシア経済の主要な問題点は3つある。1つは、他のBRICs諸国に比べて欧州経済との結び付きが非常に強いことである。ユーロ向けの輸出比率は2010年で33.3%と、ユーロ圏に隣接する中東欧諸国や北欧諸国に次ぐような高さになっており、今後は、欧州ソブリン問題の影響をより強く受けることになるであろう。2つ目が、いまだ資源関連に大きく依存する経済であることである。輸出の約7割が原油と石油製品、天然ガスの3品目で占められており、原油価格の動向に経済が大きく影響を受ける。3 つ目が、経済政策に対する先行きが不透明なことである。最近、プーチン氏が再び大統領となり、メドベージェフ現大統領が首相になるという体制が決まったが、その一方で、これまでロシアの財政健全化の旗を振ってきたクドリン財務大臣がメドベージェフ氏と対立し、退任した。新体制が今後どのような経済政策を取っていくのかが注目される。

瀧本(住友商事) 
注目すべき国として、あえてもう1ヵ国付け加えるとすればトルコである。トルコは、中東と欧州の間に挟まれた地政学的に重要な国として、これまでも注目されてきた。経済的に欧州のソブリン問題の波及がどうなるかという不安がややあるものの、人口が7,500万人、1人当たり所得が約8,000ドルと、中間層の拡大が期待される。

小山(三井物産) 
トルコと並び人口1億1,000万人のメキシコにも注目している。トルコは欧州経済の周辺に、メキシコは米国経済の周辺に存在する国として、景気低迷によるコスト削減で両国に生産拠点を移す可能性がある。リーマン・ショックの後の回復もかなり早かった。地政学的な重要性もあり、この2ヵ国を注目したい。

(豊田通商) 
中東についても、エネルギー問題に発展しかねないリスクをはらんでいるという点から注目しておきたい。中東は欧州との貿易が非常に多く、経済援助等々も欧米に大きくよっており、それにより中東の政治的な安定を保ってきた面がある。今後、欧米の関与、支援が弱くなってくる際のリスクが懸念される。

美甘(丸紅) 
ブラジルとロシアについては、食糧のサプライソースとして注目すべき国であると考える。ブラジルは、中国向けの大豆が多額に上っているが、商社としては倉庫・港湾施設などのインフラ整備に力を注ぎ、これからも安定的に大豆を供給できる体制づくりに取り組む必要がある。一方、ロシアは小麦の生産国であるが、これまで、地理的な条件もあって、中近東、北アフリカ向けが多かった。今後、ロシア東部産の小麦を日本や韓国などのアジア向けとして拡大させることも検討されよう。

多田(司会) 
その他、アフリカについても触れておきたい。世界人口70億人を抱える中で、アフリカの食糧の安定確保、安全保障の観点からも協力、支援が非常に重要であると考える。また、残された最後のフロンティアとして、商社もさまざまな方面でアプローチしているが、資源・エネルギーのサプライソースとしても期待される。


3. 日本経済再生への課題と商社ビジネス 


多田(司会) 
2012年のキーワードは、貿易立国の転換期であり、要するに貿易立国から投資立国への移行である。その中で商社の役割は、いわゆる貿易の先兵だったのが、今度は投資およびサービスの先兵として、グローバルな活動を目指していく年になると考える。

日本貿易会貿易動向調査委員会の「2012年度わが国貿易収支、経常収支の見通し」によると2011年度の貿易収支はかろうじて黒字、サービス収支は悪化して約1兆7,000億円の赤字となり、それを補う所得収支が順調に伸びて約14兆2,000億円。その結果、経常収支は約12兆4,000億円となる見通しである。東日本大震災の影響があったにもかかわらず堅調であり、2012年度以降はさらに貿易黒字が戻ってくるので、拡大傾向が続くということである。ただし、その中身を見ると、かつて電気機器輸出の代表的品目の1つであったファクス等の通信機は激減し、今ではiPhoneのような通信機の輸入が急増し輸入が輸出を大きく上回り、貿易構造、産業構造が大きく転換している。日本企業は、プラザ合意から貿易摩擦を経て、またリーマン・ショック、東日本大震災を経て、いずれも何とか立ち直ってきている。底力がある日本企業が次の産業構造への展開、発展を図る中で、商社の果たす役割もいろいろと考えられているかと思うが、日本経済の再生と商社ビジネスについて意見を伺いたい。

小山(三井物産) 
今、注目されている産業の空洞化の問題は、今回の大震災前からすでに始まっていたことであって、円高等さまざまな理由から起きている事象であり、TPPやEPAだけではこの動きは止められない。それでは、この問題に対してどのように対応すべきなのか。環境、健康、安全などに関連させて新しい産業を日本に興すしかない。そのために、国内の規制改革の推進が必要不可欠となる。

三輪(伊藤忠商事) 
最近の日本企業の海外進出の傾向で気になるところがある。それは、従来、日本企業の海外進出は、主として一般的なコモディティ商品の生産のためであったが、最近では、先端技術、いわゆる中核的なコア技術を開発するR&Dセンターや技術開発拠点を海外で展開していこうとする動きが相当顕著になってきている。工場の海外進出という形態としては同じでも、中身が違ってきており、産業の空洞化という面でも1つの進化と深化の両方が見られる。もう1つ、円高については、日本企業にとっては、輸出面で非常にマイナスが大きいが、その一方で、円高によって、日本の製造業を中心に非常に鍛えられ、筋肉質になることができたという側面があることも忘れてはならない。おそらく、今後とも円高は続いていくであろうが、むしろ円高を自分たちの体質をより強化するための契機にするという前向きな姿勢で捉えていくことが重要ではないかと考える。

美甘(丸紅) 
ここで少し違う視点から、日本のものづくりについて、最近、「日本も捨てたものではない」と感じた3点について話したい。1つは、日本での自動車のサプライチェーンが止まったことで、世界的に自動車生産が支障を来した。このことは逆に言うと、日本の自動車部品に関しては世界に一定の評価があるということである。2つ目は、最近話題の次世代中型ジェット旅客機ボーイング787の部品の約3割はメイド・イン・ジャパンであること。3つ目は、iPhone(旧型)の部品のうち約3割がやはりメイド・イン・ジャパンであるということ。確かに組み立ては中国に任せているが、コアになる電子部品は、まだまだ競争力を持っており、われわれとしても見過ごすことはできない。

瀧本(住友商事) 
先般中国に出張してきたところ、会う人ごとにTPPについての意見を聞かれた。日本のTPP交渉参加表明は、中国や韓国を刺激し、日中韓FTAあるいはASEAN+6の動きに影響を与えたことはご承知の通りで、こういった意味でも意義あるものであった。また、日本経済の再生に向けた取り組み、あるいはアジアの成長力を取り込む仕組みづくりに当たり、もう1つ、付け加えるとすれば、人材の育成、グローバル人材とイノベーション人材の育成が重要となる。単に日本国内での日本人の人材育成にとどまらず、アジアの人材育成において、日本あるいはわれわれ企業がどういったサポートをしていくかも今後の大きな課題であろう。

(豊田通商) 
自動車の関連産業では、第2次だけでなく、第3次下請け企業も海外進出を熱心に考えている。系列企業からの依頼がなくとも将来の国内需要を考えると避けて通れない動き、判断として海外進出に踏み出そうとしている。海外に進出すれば、ローカル企業との価格競争が想定されるが、そうであってもこの動きは今後とも継続していくだろう。自動車関連を中心とした製造業がこのような海外進出を進めていく環境下でのTPP交渉参加問題となるが、今問題になっている農業にしても、規制緩和がないと産業の空洞化もなかなか止まらないであろうし、国自体の経済環境もなかなか良くならない。

小和瀬(三菱商事) 
日本経済が将来的に豊かな経済・社会を維持するためには、震災からの復興、成長戦略、財政再建の3つに一体的に取り組んでいかなければならない。成長戦略については、円高対応、電力の安定供給、TPP・EPA の推進、法人税の減税、経済特区の設置、インフラ整備、輸出規制緩和等、総合的な企業立地環境の整備はまさに待ったなしの課題である。さまざまな課題がある中で、日本はどの分野のR&Dに注力して産業競争力を高めていくべきなのかという問題もある。また、TPP とEPAを活用して国際分業に進んだ方が国民の利益になるということは、具体的には何なのか。要は、今まで通りでは立ち行かないので、皆が少しずつ変わっていき、その中でそれぞれが国際分業の選択肢を取ることで豊かになれるものを探していく、ということではないかと考える。

多田(司会) 
商社は常に時代の先兵として動き、常に冬の時代をたくましく生き残ってきた。今、日本は、貿易立国から投資立国・サービス立国へと大転換期を迎えており、そのような環境の中で、商社が果たす役割があらためて問われているところだと考える。

本日は、2012年の世界の政治経済について幅広い視点から展望していただいた。長時間にわたり活発なご議論を頂きありがとうございました。
(2011年11月25日、日本貿易会会議室にて、山中通崇)

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