年頭所感

社団法人日本貿易会 会長
三井物産株式会社 会長
槍田 松瑩

2012年の新春を迎え、ひと言ご挨拶申し上げます。


昨年を振り返って ― TPPと新貿易立国


昨年を振り返りますと、なんと言っても3月11日の東日本大震災とそれに続く原子力発電所での事故が日本社会の根底を揺るがす大変な出来事でした。多くの人が気力や意欲をなくし、何とも言えぬやりきれなさを感じ、今もなお、心の傷の癒えぬ人もたくさんいらっしゃると思います。私たちは犠牲となった方々を悼み、供養する気持ちを決して忘れてはいけないと思います。
震災は同時に、さまざまな産業でサプライチェーンの寸断を引き起こし、グローバルな生産活動に大混乱をもたらしましたが、日本企業は、企業の枠を超える協力体制を瞬時に整え、皆が必死に復旧に努めて、何とか生産体制を整えることができました。しかし、今度は10月にタイ国で洪水があり、再び多くの産業の生産ネットワークでさまざまな問題が発生いたしました。関係者の皆さまのご苦労は大変なものであると思います。国際分業体制は着実に広がっており、日本だけを切り取って何かできる時代ではないということ、「世界あっての日本」であるということをあらためて実感いたしました。
日本と世界がこれだけ緊密につながる状況においては、輸出入はもとより投資や人的交流、技術提携といった国境を越えた幅広い経済活動の円滑化・活性化が何よりも重要です。従って、昨年11月にAPEC首脳会議で、野田首相がTPP交渉参加に向けて関係国との協議に入る旨表明したことは非常に大きな意義を持っていると思います。少子高齢化の時代を迎えているわが国にとって、海外とヒト・モノ・カネ・情報を相互交流させる「新貿易立国」の考え方はますます重要になってきています。「国を開き」、さまざまな改革を促し、生産と消費を活発化させ、世界と共に持続的成長を実現していくことが、日本の未来を開く鍵だと確信しております。


日本人の同質性と社会のハイブリッド化


震災当日に徒歩やバスで帰宅する様子、また、その後の避難所での生活の状況などは広く海外のメディアでも紹介され、エゴを抑制し、大混乱の中でも凛として行動する姿に世界中から尊敬の念と温かい支援の声が多く寄せられました。確かに、利己的な行動を慎み、集団としての一体感の中で全体最適を追求することは大変素晴らしいことであり、日本人の強みといえると思いますが、見方を変えると、日本社会の持つ同一性や均一性といったものは弱みにもなると感じています。その意味では、海外から日本への渡航者を増やし、異質な海外の文化や発想を大いに取り入れ、同質性の高い日本の風土と異質な海外の文化が共にその良さを発揮するハイブリッド社会を構築していくことが重要だと思います。
ハイブリッドと言えば、東京大学が9月入学の検討を開始するというニュースもありました。これは、日本と海外の学生が留学等を通じて相互交流する際の支障となる制度を取り払い、日本の社会環境全般をグローバルな環境に整合させて人的資産の向上を図るもので、単なる大学の制度変更ではなく、経済連携と同様の趣旨と重要性を持つものと思います。同学はこれを単に自校の問題としてでなく、日本社会全体の未来に関わる問題と捉えており、私も同感です。日本の将来を支える若き人材のグローバル化を進め、また、海外の優秀な人材が日本の良さを学び取り、さらに優秀な人材となって活躍してくれるハイブリッド社会の実現に向けた果敢なチャレンジとして高く評価し、ぜひ実現していただきたいと願っています。


「産業の輸出」と日本の目指す方向


福島での事故をきっかけに日本各地の原子力発電所が停止する中、LNGを中心とする化石燃料の緊急調達が増加しましたが、われわれ商社と致しましても、これまで以上にエネルギーの安定調達に尽力してまいりたいと思います。
LNGの追加調達などの結果として、昨年後半は日本の貿易収支が輸入超過基調となりましたが、円高の影響などもあり、日本の製造業が競争力ある海外拠点にシフトしていく、いわば「産業の輸出」は止めようのない流れとなっているため、所得収支がますます重要な外貨獲得の手段になってくるものと推測されます。貿易収支のみを見て一喜一憂する時代は終わりつつあると実感しています。
このような日本の新しい国際収支構造の中で重要になってくることは、ライフ・イノベーションや環境分野等、今後ニーズが拡大する分野で新たな産業を国内でも興していくことです。
TPPとの関連で話題になることが多い農業分野でも新たな産業としてその基盤を強化していくことが必要です。さまざまな分野で活動している商社も、関係者の皆さんのニーズをよく聴きながら、「産業としての農業」という新しい視点から、農業生産の大規模効率化と競争力強化、バリューチェーンの効率化と高付加価値化等に取り組み、将来の農業の基盤整備と国際競争力の強化に貢献していければと思っています。


2012年


震災がさまざまな影響を及ぼし、震災からさまざまな議論が生まれた2011年が終わり、私たちは新しい年を迎えました。今年はぜひとも皆が希望に満ち、力強く前進していく年にしたいものです。国を開き、異種混合を進め、切磋琢磨により日本の良いところをさらに強化し、明るく前に向かって、力強く進んでいく年にしましょう。恐れることなく、勇気を持って、必要な改革・革新を進めることが重要です。日本人の強みを活かして、新しい産業分野に挑戦し、新たな雇用を創り出して明るく元気に頑張っていきましょう。

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