バランス経営で環境変化に備える

一般社団法人日本貿易会 副会長
伊藤忠商事株式会社 社長
岡藤 正広

古来より、日本では、縁起の良い初夢というのは「一富士二鷹三茄子」であるとされる。そこに出てくる日本の象徴ともいえる富士山を、2013年6月のユネスコ世界遺産委員会において、世界文化遺産に登録しようとする取り組みが現在進められている。これがかなえば、富士山は2011年の平泉に続き、日本で13番目の世界文化遺産となる。

富士山は、日本人のみならず外国人からも大変人気の高い山であり、その魅力には、周囲を圧倒する高さの単独峰であること、左右対称のバランスの良い稜線(りょうせん)、末広がりの形状がもたらす低重心の安定感、明確で鮮やかなツートンカラーの色彩などさまざまなものがある。こうした富士山の魅力には、企業経営に通じる部分があるように思われる。というのも、投資家からの信頼を得る企業も、利益水準の高さ、バランスシートの健全性、外部環境の急変にびくともしない安定性、目指すべき明確なビジョンなど、富士山と共通する多くの魅力を備えているからである。また、2013年が日本企業にとって正念場の年となりそうであることも、世界遺産登録を狙う富士山の状況と大変よく似ている。

さて、世界経済については、リーマン・ショックから4年以上が経過したこともあり、景気回復が遅れていた先進国も、一時は、政府の景気対策などの後押しを受けて以前の状態に回復しつつあった。ところが、2012年後半あたりから、そうした景気対策の副作用ともいえる財政赤字や過大投資などの問題が、先進国はもとより、新興国においても新たな重しとなり始めている。例えば、世界経済のけん引役を期待されたBRICS諸国でも、中国は大規模な在庫調整に陥る一方、インドやロシアでも、欧州債務問題の影響によって景気が大幅に減速している。

また、政治情勢についても、東アジア地域では、2011年の北朝鮮に続き、2012年は中国、韓国でトップが交代、欧州においてもフランスやロシアで政権交代が起こるなど、政治の不連続性が不測の事態を引き起こすリスクが高まっている。さらには、先進国の経済力低下と新興国の台頭によって、冷戦終結直後の米国のように世界を強力に引っ張っていくリーダー国が不在となり、これが世界的な不安定感を助長している。そうした意味でも、企業経営を取り巻く現今の世界は、政治、経済の両面にわたり、ますます不確実性と不透明性が増しているといえよう。

このような混沌(こんとん)とした世界情勢の中で企業経営のかじ取りを誤らないためには、これまで以上に各国の政治・経済情勢を精緻に見極めた上で、明確な経営方針を打ち出すとともに、その時々の必要に応じて臨機応変かつ迅速に軌道修正を行っていくことが肝要である。また、それに加えて、予期せぬ急激な環境変化に対する備えも強化していかねばならない。そのためにも、引き続き、無駄なものは徹底的に削る一方、育成強化すべきものについては大胆かつ果敢に資源配分を行い、富士山の稜線のごとくバランスの取れた美しい経営基盤の確立に向けて、確固たる地歩を固めていきたい。

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