2014 年世界経済と日本の対外通商・経済関係の展望

三菱商事株式会社 理事 グローバル渉外部長秋元 諭宏
丸紅株式会社 丸紅経済研究所
副所長
猪本 有紀
豊田通商株式会社 上級理事 渉外広報部 部長坂口 肇
株式会社住友商事総合研究所
社長
高井 裕之
株式会社双日総合研究所 社長多田 幸雄
伊藤忠商事株式会社 伊藤忠経済研究所 所長三輪 裕範
株式会社三井物産戦略研究所
社長
中湊 晃(司会)

1.2013年国内外経済の動向と注目点


株式会社三井物産戦略研究所
社長
中湊 晃 氏

中湊(司会) 
本日は日本貿易会月報1月号の巻頭を飾る座談会のため、商社のシンクタンクおよび調査部門代表の方にお集まりいただいた。「2014年の世界経済と日本の対外通商・経済関係」というテーマで、皆さんの展望を共有できれば幸いである。初めに2014年を展望するに先立ち、「2013年の国内外経済の動向」について振り返ってみたい。

多田(双日)
2013年は、その前年に起きた世界政治の変化を抜きに語ることができない。 2012年11月に中国では習近平氏が総書記、軍主席に就任、米国ではオバマ大統領が再選された。12月には韓国で朴大統領が就任し、日本では自民・公明両党が政権を奪還して安倍政権が発足した。こうした動きを踏まえて 2013年のキーワードを3つ挙げるならば、第1は「ジャパン・イズ・バック」、第2は「新興国のニューノーマル」、そして第3は「米国の内向き傾向」となるのではないか。
第1の「ジャパン・イズ・バック」(日本の復活)については、「アベノミクスで日本は一流国にとどまる」という表明とともに、金融緩和にも大きくかじを切り、政府・日銀が共同声明で物価目標2%を打ち出した。3月にはTPP交渉に参加表明へ動き出し、9月にはトルコを抑えて東京が2020年のオリンピック招致先に決定した。安倍政権は高い支持率で消費増税を決め、市場と世論を味方にした長期安定政権を得たという印象である。
第2の「新興国のニューノーマル」については、中国の2桁成長が一段落し、中国が「リコノミクス」(李克強首相が進める経済政策)と成長モデルを模索する中、インド、ブラジル、ロシア等も、先進国並みの低成長となった。また、新興国は米国の量的金融緩和の縮小時期をめぐって影響を受け、国際金融界も大きく動揺した。
第3 の「米国の内向き傾向」については、ワシントンの「ねじれ議会」が続き、暫定予算、債務上限問題が年明けに持ち越されることになった過程で、オバマ大統領がアジア太平洋経済会議(APEC)を欠席。政権は求心力を失い、早くも「レームダック」といわれる状況にある。

三輪(伊藤忠商事)
安倍政権が生まれてから、株価が上昇し、為替も円安傾向に改善した。しかし、国内における評価と海外での評価は必ずしも一致しない。海外の機関投資家が、「ジャパン・イズ・バック」という確信を得ているかどうかといえば、まだ懐疑的な見方があるのではないか。むしろこれまでは日銀総裁の名前を冠した「クロダノミクス」の段階であり、アベノミクスが本当の意味で成功したのかどうか明らかではない。実態としては、「ジャパン・イズ・ハーフ・バック」(日本は半分復活)という程度であり、完全な復活にまでは至っていない。特に海外投資家は、安倍政権が規制改革などの構造改革を含めて本当に日本を変えられるのかを大変重視しており、それが今後の注目点になるのではないか。

高井(住友商事) 
日経平均株価が1万6,000円近辺を上値に頭の重い展開となっている。今回の上昇は、まさに黒田総裁の第1の矢と、財政支出の第2の矢によ
る効果である。株価を引き上げた大半の要因が外国人投資家であるから、彼らを失望させると、すぐに株式市場から退散してしまいかねない状態が起こり得る。


三菱商事株式会社
理事 グローバル渉外部長
秋元 諭宏 氏

秋元(三菱商事)
実際に3本の矢、特に成長戦略の効果が出るまでには時間がかかる。その意味では、2020年の東京オリンピック誘致に成功し、足元でその経済効果が出る機会を獲得したことは非常に良かった。

坂口(豊田通商) 
最も注目しているのは内需の動きである。円安を背景に輸出企業は調子が良く、自動車メーカーなどが好調な決算発表をしている。一方、内需となると、消費税導入を控え、規制緩和も具体的に提示されていないため、今後1-2年の間に内需が拡大するのかどうかが鍵ではないか。

秋元(三菱商事) 
海外の機関投資家が日本市場に対して、最近、いったん様子見をした背景には、「安倍首相が労働規制の緩和を見送る」という記事が外国メディアでは大きなヘッドラインとして表れ、「日本は本当に規制緩和が実現できるのか」、「安倍政権には規制緩和を実現する政治資産と胆力があるのか」という懸念が生じたためである。

猪本(丸紅) 
数字で見る限りは、日本経済は少しだけ回復の兆しが見えたところであり、中小企業の景況感がまだ戻っていない現実を踏まえると、規制改革などに対して、これまでと異なる姿勢を見せられるかが、臨時国会の山場になる。

秋元(三菱商事) 
商社の戦略的調査に従事するわれわれの仕事は、ビジネス環境がどのように変化していくのかを見ていくことである。 2001年にゴールドマン・サックス社のジム・オニール氏が「BRICS」の台頭に言及したように、今世紀に入ってから中国を中心とした新興国経済の歴史的な台頭があったが、 2012年後半-13年にかけて、新興国の経済成長の勢いが鈍化した。同時に、BRICSは、経済基盤や構造が各国ごとに異なっており、ひとくくりにして論じることはできない。 BRICSという言葉には、キャッチフレーズに流されず、短期の事象と中長期の本質的な流れとを混同しないように見る必要があることを、自戒の念を込めて感じる。

中湊(司会) 
2013年の経済を象徴するものとして2013年の英国『エコノミスト』誌の表紙を2つ紹介したい。1つ目は5月18日号で、見出しにBENOMICSと書かれ、安倍総理がスーパーマンとしてさっそうと空を飛んでいる表紙。年初の段階でアベノミクスと説明しても欧米のエコノミストから冷笑されていたことを考えると、日本経済の復調は2013年の大きな特徴といえる。2つ目は7月27日号で、見出しがGreat Deceleration(大減速)。国際通貨基金(IMF)はmuddle through growth(泥にまみれながらの成長)という言葉で世界経済をしばしば表現するが、それをもじった漫画が描かれている。BRICS の選手が陸上競技トラックで競争をしているが、ブラジル、インドの選手は体が泥の中にもぐって動けない。ロシアも足が沈み始め、前を走る中国に、もっと資源を買ってくれというような表情で追いすがろうとしている。先頭を走る中国も泥に足をとられ始めている。また遠くを見るとEUが気絶をして担架で運ばれている。これも2013年のもう1つの特徴である新興国の変調ぶりをよく表していると思う。

高井(住友商事) 
「米国の内向き傾向」に関して、外すことができない事象として、「シェール革命」がある。この1年間で、米国の原油生産量、特に非在来型の原油生産量が日量100万バレルを超えた。イラクでも原油生産量が日量300万バレルであることを踏まえると、米国の非在来型原油が100万バレル超という生産水準は非常に速いペース。米国はエネルギー資源の対外依存から脱却しつつある。この背景にある動きがシェール革命であり、産油国や資源獲得に対して、あまりアグレッシブに手を打つ必要がなくなり、内向き傾向を支えている。

猪本(丸紅) 
米国のシリアやイランへの対応を見ていると、国際政治の枠組みが変わる可能性があるではないか。サウジアラビアとも微妙な関係になっているという報道もあり、米国の内向き傾向には、波乱要素を含んでいる。


2.2014 年世界経済見通し


中湊(司会) 
続いて2014年の世界経済がどうなるか、見通しについて皆さんのご意見を伺いたい。10 月にIMF がまとめた『ワールド・エコノミック・アウトルック』(2013年10月9日)によれば、世界経済は次なる移行期に入った、成長の原動力が変化していると分析されていた。これまでとは反対に、先進国が世界経済をけん引することによって新興国が復活できるのではないかとの分析も最近見受けられる。


株式会社住友商事総合研究所
社長
高井 裕之 氏

高井(住友商事) 
IMFの最新の成長予測を見ると、2013年が2.9%成長、2014年が3.6%成長という数字が出ており、米国や日本などの先進国を中心に緩やかな成長が続くものの、新興国は総じて回復力が鈍いという予測である。先進国では、米国の財政再建問題、欧州の債務問題などの下振れリスクがある一方、新興国では通貨安とインフレ高進の懸念、中国では金融システム問題、中東・北アフリカの地政学リスクなどの成長阻害要因があり、今後もこれらがくすぶり続けるのではないか。
世界貿易については、数量ベースで2013年が2.9%増、2014年が4.9%増という予測が見られるが、リーマン・ショック以前13年間の平均7.5%成長には遠く及ばない。先進国の輸入は3年ぶりに回復が期待されているが、新興国の輸入の伸びは緩やかな回復にとどまるのではないか。
商品市況については、資源性商品の需要は経済成長に応じて、それなりのレベルを維持すると思うが、その伸びのペースは鈍く、一方で増産のペースは速いため、世界的に在庫が積み上がって需給が緩むと考えられる。
原油では、需要面では先進国の需要が頭打ちになってくる。価格面では、先が読めない中東情勢を反映して、原油相場には地政学プレミアムが上乗せされた状態が継続すると考えられ、ブレント原油ベースでは、1バレル95-120ドル、WTI原油ベースでは、1バレル85-110ドルと予想される。天然ガスは、北米でのシェールガス増産が続き、発電用石炭からの置き換え需要が伸びる。需給は非常に悪く値幅的には3 -4ドル50セントの上値の重い展開を予想している。ベースメタルと貴金属については、総じて需給は緩む方向にある。世界最大の非鉄金属と貴金属の需要家である中国をはじめとして、新興国の需要には下振れリスクが高い。
また、農産品は、2104年は大豆生産が増加する見込みであり、低位で安定した相場を予測している。資源バブルを扇動した投機マネーも、2011年半ばから商品市場から流出を始めている。今後も再流入する見込みは低く、市況商品は実需でのファンダメンタルズを反映した低成長の時代に入ったと考えられる。


伊藤忠商事株式会社
伊藤忠経済研究所 所長
三輪 裕範 氏

三輪(伊藤忠商事) 
数年前、BRICS経済が先進国から自立をするという「デカップリング論」がはやったが、こうした公式は成り立ちにくいことが、この数年間ではっきりしてきた。現在においては、米国経済と中国経済が、世界経済の通奏低音として全体観を規定している。特に米国については、数年前の状況に比べると、住宅市場の状況も含め相当回復しており、経済の全体的なファンダメンタルズとしては非常に改善している。しかし、経済が改善しても、2014年1月には暫定予算、2月には債務上限の話が再びぶり返されるという大変大きな課題を抱えている。その意味では、当面の米国経済にとっての最大のリスクは「政治リスク」であるといえそうだ。
中国についても、経済は確かに高成長から中成長、安定成長の時代に入ったといえるが、中国経済の自力は高まっており、これからも簡単に崩れることはないであろう。むしろ怖いのは、政治的・社会的なリスクであり、中国の指導部も危機感を持って対応せざるを得ない状況にある。今後の世界経済をけん引する米国と中国にとっての政治・社会リスクを、 2014年はこれまで以上に注視する必要があるだろう。

多田(双日) 
やはり実体経済や、市場の大きさ等、基本的なところから観察していく必要があるのではないか。中国の場合、政治体制やシャドーバンキングが、次の5年、10年をかけてどのような形になるのかが注目される。 2014年はかじ取りが難しい時代の試金石になるのではないか。

坂口(豊田通商) 
従来であれば、「今の成長エンジンはどこの国だ」という議論があったが、現在の世界経済には、成長エンジンといわれるような国が見つからない。一時期、中国も成長エンジンかと思われたが、足元を見ると、だいぶ安定化に向かっている。米国も復活しつつあるとは言っても従来の勢いがない。そう考えると、これからの世界経済は、一部の国が世界経済をけん引するというよりは、さまざまな国が少しずつ貢献しながら世界経済を引っ張っていく世界経済のパワーバランスの変革が起きている。

猪本(丸紅) 
EUも経済規模からみると米国並みかそれ以上であり、自動車の生産拠点の縮小や廃止もずいぶん取り組んでおり、わずかながらでもプラスになる場合のインパクトも結構あるのではないか。

三輪(伊藤忠商事) 
EUは、全体的には以前に比べると回復しており、依然として世界経済に対するインパクトも大きい。しかし、スペイン、イタリアにしても、銀行の不良債権が以前よりも増えている。欧州はまだ「リハビリ中」といってよく、それも、「重度のリハビリ」を要する状態といえるだろう。

秋元(三菱商事) 
通商レジームも、世界の統治システムの変化を背景に、大きく変化した。戦後、日本は欧米中心の世界統治システムの中に非欧米国としていち早く復帰したが、世界統治システムの変化への対応には出遅れた印象がある。一例を挙げると、日本は通商レジームをマルチ(多国間)を前提として進めることに固執したため、通商レジームの変化に敏感に反応することができず、2ヵ国間協定を基盤とした自由貿易協定(FTA)の枠組みづくりでは出遅れてしまった。現在、世界の通商レジームは2ヵ国間協定から、地域を基盤とした複数国間の通商協定へとさらに変化と遂げつつある。この変化を的確に捉えることができれば、日本には活路が開ける可能性が存在する。例えば、日本の貿易額に占めるFTA締結国の割合は18.6%程度であるが、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加によって36.6%程度まで拡大し、韓国、 EU、米国等と遜色のないレベルまで上昇することが期待される。世界経済の動向を見通す上で、その背景にある、大きなレジーム変化に対して鋭敏な感覚を持っておく必要がある。

中湊(司会) 
皆さんのご意見にあるようにメーンシナリオは緩やかな景気回復であるが、これに対するリスク要因として4点を申し上げておきたい。1つは米国の政治混乱による景気鈍化。2つ目は、米国の量的金融緩和縮小による新興国からの資本流出加速に伴う景気失速。3つ目は中国の過剰設備、シャドーバンキング、地方債務等の問題による「ハードランディング」の懸念。成長率が5-6%に下がるとハードランディングといえるが、「リコノミクス」でどのようにコントロールしていくかが注目される。そして4つ目に、中東とアジアにおける「地政学リスク」の高まりにも注意が必要だろう。


3.欧米政治経済見通し


⑴ 米国経済の行方


秋元(三菱商事) 
米国経済は2014年度に本格的な回復に向かう可能性があるが、それでも 2%台の前半の成長がやっとではないか。潜在成長率は2.5-3%程度には持ち直す可能性があるが、成長の原動力になるのは個人消費である。現在の懸念事項は、イエレン氏が主導することになると思われる連邦準備制度理事会の金融緩和の出口戦略が読めないことであり、これは新興国を含む世界全体に影響を与える問題である。
オバマ大統領は、自らの政治アジェンダを実現するため強引な政治手法が目立ち、特に議会・共和党との関係を悪化させてしまった。一方、共和党もティーパーティーの影響力拡大に象徴されるように、極端な保守的傾向が顕著になり、財政問題への対応でも国民感情を無視して墓穴を掘ってしまった。米国の内向き傾向という話があったが、これはオバマ政権がブッシュ政権への反動として誕生したことが背景にある。
中東政策に関しては、米国のエネルギー自給率が高まることで中東から身を引くようになるという議論もあるが、中東が不穏な状態になるとアジアや欧州にも影響が出て、それが翻っては米国にも影響を与える。さらに、米国の中東政策はイスラエルを抜きには語れず、エネルギーで自給自足の可能性が出てきたからといって、米国が中東地域から身を引くと考えるのは早計である。

三輪(伊藤忠商事) 
米国下院議会選挙では、ほとんど事前に「ここの選挙区では誰が勝つか」ということが分かってしまう。2014年の下院議会選挙も実質的に争っているのは60議席にすぎないといわれる。もちろん、その60議席の結果次第ではあるが、下院では今後も引き続き共和党が優位を保つのではないか。そうなると、「ねじれ」は今後も続かざるを得ない状況となるので、これからも一定程度の政治的混乱が続くと考えた方がよいのではないか。
米国企業の設備投資額については10%前後を維持していたが、近年は、5%を切っている。これは米国経済の今後に対する確信が持てず設備投資が伸びないためであるが、米国の政治リスクがある程度解消されれば、設備投資を拡大させる可能性も出てくる。また、個人消費の面でも最近よく聞くのは、「ペントアップ・ディマンド」、つまり個人もお金を非常に使いたがっているという点である。その意味でも、2013年のクリスマス商戦は、今後の米国経済を占う上で、大変大きな注目点になるだろう。


株式会社双日総合研究所
社長
多田 幸雄 氏

多田(双日) 
米国は振り子の社会であるが、これまでの米国指導者は戦争を始めることで求心力を高め、国民をまとめてきた。しかし、オバマ大統領は「戦争」を禁じ手にしてしまった。対外的な敵が見つからない中での新しい求心力として、シェールガス革命に起因した「メード・イン・アメリカ」が、1つのキーワードになるのではないか。シェールガス革命によって輸入代替品が出てきて輸入原油が減る。特に化学工業品が米国国内で生産され、雇用も多少生まれるかもしれない。

秋元(三菱商事) 
現在進行中の地域ベースの通商交渉を見ると、日米を含む環太平洋経済連携(TPP)があり、米・EUを含む環大西洋貿易投資連携(TTIP)があり、日EU経済連携協定(EPA)という枠組みも出てきた。これらを全てつなぐと、かつての日米欧が中心となって世界の通商レジームを決定していた際のような枠組みになると同時に、その経済規模も相当に大きくなる。大局的にみると、法治の概念を中心とした通商レジームが、先進工業国を中心として、再び生まれつつあるのではないかとも思われる。

中湊(司会) 
米国におけるシェールガス、シェールオイル開発の経済へのインパクトは予想以上に大きい。開発の雇用効果、液化天然ガス(LNG)プロジェクトなどの他に、ガス発電による電力競争力の向上、開発のためのアウトソース産業の登場、パイプライン建設などさまざまな展開がある。シェールガス革命を契機としたガス集約型産業の投資額は、2020年までに720億ドルと予想されている。その最大のものは化学産業であり全体の85%を占める。化学産業はかなりガスにシフトしていく見通しで、エチレン原料に占めるナフサの割合は、2004年の 30%程度から2015年には10%弱へ縮小する見込みである。シェールガスがさまざまな形で米国経済を再活性化していく意味は大きい。

秋元(三菱商事) 
商社とシェールガスとの関係では、現時点では北米のシェールガスをアジアの消費地に運ぶことが1つの軸となる。米国のシェールガスに関しては、現在自由貿易協定締結国に限定されている、天然ガスの輸出許可に前向きな雰囲気が生じている。同時に、米国では第3回アーミテージ・ナイ報告で指摘されるように、日米安全保障の枠組みの中で日本のエネルギー安全保障を考慮する動きがある。換言すれば、安全保障上の同盟国には、非在来型エネルギーの輸出を優先的に位置付けていくという議論があり、日米は非在来型エネルギーの北米から日本およびアジアへの輸出に関して、民間だけではなく、政府間でも議論をすべきと思われる。

高井(住友商事) 
シェールガスに関して注目しているのは、シェール革命の第2期が今から始まっており、シェール大革命になる可能性があるとすれば、やはり中国でのシェールガス開発が本当に進むのかどうかということになるのではないか。


⑵ 欧州経済見通し


秋元(三菱商事) 
欧州に関しては、前期比年率では2四半期連続でプラス成長となり、ようやくマイナス成長からは抜け出せる状況になりつつある。ただし、自律的かつ持続的な成長への道程や原動力は明確になっていない。2014年は欧州中央銀行(ECB)が銀行管理の一元化を図る動きとなっているが、政治が、よろめきながら歩いている病人を何とか点滴で支えなければならない状況であり、病人が自らの力で立ち上がるように体力を付けていかなければならない。また、欧州の一体感という意味では、英国の欧州連合離脱に関する国民投票をめぐる議論に象徴されるように、大陸側の欧州諸国と英国の間には欧州という概念に関して国民意識の差が存在する。長い歴史と複雑な地政学に基づくものだが、欧州大陸と英国の間に深い意識の断絶があるということは、われわれの肌感覚では分かりにくく、南欧と北欧をめぐる意識の差とともに注意を払う必要がある。

多田(双日) 
先月(10月)にカナダとEUが自由貿易協定に一応合意した。カナダにとっては北米自由貿易協定(NAFTA)に続き、 EUという世界最大の市場を手に入れたことになる。

中湊(司会) 
欧州中央銀行(ECB)が2014年の銀行監督機関の立ち上げに先立ち、ユーロ圏の銀行128行に対して、資産内容のストレステストを行う。この結果は2014年10月に公表予定であるが、内容次第ではその前後でEU の金融市場が再び不安定化する懸念もある。また2014年5月に欧州議会選挙が予定されているが、仏、蘭、英、独などではEU懐疑派が躍進する可能性がある。仮にそうなった場合、EUでの協調的な取り組みが必要なときの障害にもなり得る。この動向にも注視が必要であろう。


4.中国・アジア政治経済見通し


⑴中国


三輪(伊藤忠商事) 
2014年の中国経済の全体像としては、構造調整により景気の下押し圧力を受けていくことが考えられる。いわゆる過剰供給力業種(セメント、コークス、アルミ、銅、板ガラス、製紙、蓄電池)は、生産設備削減を求められ、設備投資を抑制する要因になる。人民元についても、対ドルベースでの上昇は、ある程度抑制されると思うが、それでも徐々に人民元高が続くことが考えられ、輸出は当面、厳しい状況が続くのではないか。また、固定資産投資も拡大ペースが鈍化傾向にあり、公共投資も抑制されているため、今後の中国経済をけん引するのは個人消費になるが、個人消費は経済効果が表れるまでに時間がかかることから景気が急速に回復することは難しい。そのため、2014年も中国経済の成長率は、7%台前半から7%台半ば程度にとどまるだろう。
最近の報道では、李克強首相が「中国は 7.2%の成長を目指す」と発言したといわれている。中国経済の名目GDPは、ドルベースで2012年に8.2兆ドルで日本は約6兆ドルであり、中国経済は日本を4割近くも上回っている。そうした日本をも大幅に上回る巨大な経済が、年間7%とはいえ成長するインパクトは世界にとっても計り知れない。また、消費者市場についても、中国の消費者市場の規模が日本を上回ることになるのもそう遠くない。その意味でも、今後は、消費者市場としての中国の存在が、ますます重要になるだろう。

高井(住友商事) 
先日、米国の経済学者スティグリッツ氏が来日されたときに、「中国は今後、投資型の経済から消費型に移行し、米国のような大消費市場をつくっていくのだと言っているが、もし中国人が米国人のようになれば、世界経済はもたない」と語っていた。個人消費が増えることに良い面はあるが、際限なく上がっていくとき、これは世界経済にも大きな問題が出てくる可能性がある。

三輪(伊藤忠商事)
現在の中国の排ガス規制は緩い状況にある。中国の指導部としては、環境問題も大きな課題であるとは考えているが、先進国の環境基準まで引き上げることは難しく、これも段階的に対応せざるを得ないのではないか。

高井(住友商事) 
中国の党指導部も環境問題を非常に重要と捉えている。中国の発電用原料の8割は石炭。今後はこれがガス化していくのではないか。天然ガスはCO2排出量が少ないため、LNG獲得も増えることが予想される。現在、世界のLNG取引の3分の1は日本が購入している。中国の割合はまだ少ないが、中国がガス化にシフトする場合には、LNGのトレードフローが相当変わる可能性がある。しかも油価連動型のLNG価格についても、新たな価格の算定方法(フォーミュラ)が出てくれば、日本にも影響が出ると考えられる。

猪本(丸紅) 
中国のこれからの10年を考える場合、経済・産業の構造は変わらざるを得ないだろう。2013年は中国の「ロボット元年」といわれているが、これはロボットが自動車製造に使用され、自動車製造でのシェアが半分になった年といわれている。安い労働力を集めて拡大する需要に向かって大量生産するモデルは、特に沿海部では成り立たなくなっている。産業高度化を進める中では、単純に廃棄物などを垂れ流ししながら製造することでは立ち行かなくなる。

三輪(伊藤忠商事) 
中国にとってこれから大きな問題になるのは、やはり国有企業改革。この国有企業改革をどこまでやれるかが、中国経済にとっての最大の試金石である。現在、中国社会を揺るがすような大問題となっている格差問題の解決も、その相当部分は国有企業改革の実現にかかっている。


豊田通商株式会社
上級理事 渉外広報部 部長
坂口 肇 氏

坂口(豊田通商) 
今、アフリカ、中南米、あるいは欧州においても、中国人の数が確実に増えている。また欧米の大学・研究機関にも中国からの留学生、研究者が格段に増え、現地にコミュニティーをつくり、現地に根付いている。その際、現地の文化・慣習をそのまま受け入れるというよりは、中国自身の価値観や慣習によって影響を与えていることが多く、現地ビジネス、特に新興国では影響を与えている点が注目される。

多田(双日) 
2015年に中国-ASEAN間のFTA (CAFTA)が発効し、貿易、投資、決済、保証まで全ての国で行えるようになる。中国人民元の国際化を促進する新たな枠組みとして、このCAFTAの動きが注目される。また、 2015年には、上海ディズニーランドがオープンする。こうした変化を控えた2014年は、新たな消費市場や富裕層の動向が注目される。なお、上海ディズニーランドの周りに4ヵ所あるのが「上海自由貿易試験区」である。

中湊(司会) 
中国の「集団学習」の動きが興味深い。中央政治局委員25人による勉強会であるが、テーマが外部公表されるので最高指導部が何を重要と考えているのかを知るベンチマークにもなる。もともと、党の問題意識と方向性をそろえる意味で胡錦濤の時代から始まり、集団指導体制を支える1つの方策となっていた。胡錦濤時代の10年間には77回開かれたが、習近平体制となってからは頻度が上がり既に10回も開催されている。興味深いのは、胡時代は他国の歴史に学ぶといった内容で研究者から話を聞くケースが多かったのに対し、習時代となってからは、法治の推進、エコ文明建設、反腐敗運動の歴史、海洋強国建設といった生々しい政治的テーマが取り上げられ、党・政府幹部を講師とする機会も出てきている様
子である。そのテーマからさまざまな中国のシグナルを読み取ることができる。


⑵ ASEAN


丸紅株式会社
丸紅経済研究所 副所長
猪本 有紀 氏

猪本(丸紅) 
ASEAN は、内需を中心に非常に高成長を続けてきたが、ASEAN全域における産業のばらつきを前提にした域内市場への物の供給については、物流自由化がどこまで進むかにかかっている。域内で経済活動のけん引役になっているマレーシアやタイの先行きにも不安材料が見え始めており、その点も重要になってくる。

三輪(伊藤忠商事) 
最近気になるのは、ASEANの成長率が低下していることである。特にインドネシア、タイの2 ヵ国では賃上げが相当激しくなっている。また、労働者の権利意識も今まで以上に高まっており、自分たちの生活改善を強く要求している。インドネシア、タイがここまで成長したのは、外資導入がうまく進んだためであるが、賃上げが続き、労働者もストライキを頻繁に行うようになると、外国資本の印象も悪くなり、外資が入りにくくなる。ASEANにとって、成長するための大きな壁が立ちはだかっているのではないか。

秋元(三菱商事) 
東南アジアでASEANを基盤とした経済統合が進む場合には、ビジネスの視点や戦略が変化してくると思われる。一例を挙げれば、製造業各社は、これまでは国家間に自由な経済活動を妨げるさまざまな障害があることを前提として、サプライチェーンを構築してきた。仮に経済統合が現実化して国家間の障害が消滅する方向へ向かえば、障害が存在することを前提として投下した投資を回収できない、あるいは競争優位だと思っていたことが逆に競争不利になる場合も考えられる。換言すれば、各社はASEANの経済統合により変化するビジネス環境をしっかりと理解して、戦略アプローチを変化させる必要に直面する可能性がある。なお、注意を要するのは、欧州連合が比較的類似した政治、経済、文化、歴史に基づく連携であるのに比較して、ASEANは政治、経済、文化、歴史の多様性を前提とした連携という点である。ビジネスの視点からは、 ASEANには域内の経済統合の可能性が生じる一方で、国家間の経済格差に加えて、国内の経済格差と政治安定性の課題が存在している。

中湊(司会) 
ASEANは、世界の成長センターとして相対的には堅調ではあるが、以前とは状況が変わってきている。2009年からインドネシアに駐在していたが、インドネシア経済はリーマン・ショック直後もマイナス成長には陥らなかった。これは人口が大きく内需が強かったためといわれるが、その背景には中国が堅調な経済成長を続け、インドネシアの輸出資源であるパーム油、石炭を購入し経常収支が黒字を維持できていたこともあった。最近、中国やインドの成長鈍化により資源輸出が低下、経常収支が赤字となった途端に、インドネシア経済も低迷し始めた。ASEAN の中でも資源依存型の国を見る場合には、中国の購買力を注視しなければならない。

高井(住友商事) 
ASEANの中で、資源に依存した経済構造の国々はこれからの成長は厳しいのではないか。マレーシアも中国の貿易依存度は高いが、輸出しているものが資源ではない。製造品を輸出している。こういう国は結構強い。こういう点からもASEAN諸国内で二極化が出てくるのではないか。

中湊(司会) 
人口が多く内需が大きければそれだけで成長できるというほど、新興国経済は単純なものではなくなってきているということであろう。


⑶ インド


猪本(丸紅) 
インドは、現在、経済的に苦しい状況にあるが、やはり製造業のベースをどれだけ拡大できるかが、次のステップに向けた重要な課題であろう。インドの最大の問題はインフレがなかなか収まらないことだ。インフレが収まらないのは、物の供給が十分ではないことに起因している。インド政府自身が2-3年前から、今後10年間で製造業に1 億人の雇用を創出すると言及しているが、労働人口の吸収やインフレに対する供給量の増加という面でも、これがうまくいかないと経済の安定は難しい。インドは、次の成長のステップをにらみ、自力を蓄える時期にあるのではないか。

坂口(豊田通商) 
インドは経常収支と財政収支の「双子の赤字」が続いている。2014年4月 1日に下院選挙があるが、ポピュリズム的な政策を打ち出す傾向があり、思い切った政策が取れない。当面は金利も上昇せざるを得ず、厳しい状況が当面続くのではないか。

中湊(司会) 
短期的なリスクとしては、フラジャイル5の1ヵ国といわれるが、米国のQE3縮小に伴う資本流出と通貨急落を心配している。外貨も十分にあるので直ちに国際収支危機に陥るわけではないが企業の資金調達や物価への悪影響が懸念される。中長期的なリスクとしては政治の混迷と経済改革の遅れである。中銀が7%とする潜在成長率の達成は、2014年に登場する新政権の下で経済改革が進展し、投資家の信頼が回復するかにかかっている。


5.その他の新興国成長見通し


⑴ 中東地域


坂口(豊田通商) 
中東地域については、これまで地域の安定を米国のパワーで担保してきたところがある。しかし、足元では米国による中東地域への介入の力は非常に弱まっている。中東は大きく2つの地域に分けて考える必要がある。1つはサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタールといった湾岸協力会議(GCC)諸国。これらの地域は依然原油による収入が安定的に入っており、国内統治能力が非常に高く、原油収入を、内需・産業構造の変革に向けた投資に振り向けて、数年は安定した成長が見込めると考えている。ただ、これが5年後、10年後、さらに先まで産業構造の変革ができるのかどうかが鍵になる。
一方、GCC周辺国、例えば、エジプト、シリアは、まったく予断を許さない状況になっている。従来であれば米国、EUがある程度リードをして、安定を担保する動きをとっていたが、現在はそれが難しい。そうした中で、イランが国際社会と協調する見込みが出てきたことが1つの好材料。もう1つはイラクの統治能力が増え、クルド地域を中心に非常に経済が活況を呈している。

中湊(司会) 
意外なのは豊かなGCC諸国のサウジアラビア、UAEでも1バレル80ドル以上でないと財政収支が赤字になってしまう状況であること。開発コストの上昇もさることながら、「アラブの春」や人口増を主因として産油国の政府支出が増大していることに原因がある。大型インフラ投資の継続や産業多角化に向けての財政余力の縮小が懸念される。われわれが漠然と思っている中東諸国の豊かさも、再検討が必要ではないか。

高井(住友商事) 
中東地域でのシェールガス探索はまだ手が付けられていない。国際エネルギー機関(IEA)が公表しているシェールガス確認埋蔵量の数字は、中東地域を除いたもので、中東地域の下に眠っているシェールガスは相当あるのではないかといわれている。中東地域がシェールガス開発を行えば、かなりの潜在力があるのではないか。


⑵アフリカ


坂口(豊田通商) 
アフリカは、3つの理由により今後も安定した経済成長が見込めると考えている。その理由の1つは、アフリカ諸国の政治情勢が安定化しており、各国政府の統治能力あるいは政策運営能力が向上している。もう1つはやはり資源。サブサハラ地域40ヵ国のうち20ヵ国ぐらいが資源輸出国である。さらに海外からの民間投資も流入している。過去10年間にサブサハラ地域への外国直接投資額は、6倍近くに拡大している。3つ目が国内の人口増、都市化の進展を背景に、中間層が生まれつつあり国内購買力が増している点が挙げられる。こうした要素を背景に、アフリカは今後も5-6%程度の安定的な成長が見込めると思われる。

猪本(丸紅) 
サブサハラ地域について、直近のIMFリージョナルリポートを見ると、農業生産が重要である。面積当たりの収穫高を見ると、ここ20-30年、アジアや他の地域はもう右肩上がりで収穫高が伸びているが、アフリカ地域だけは横ばい。経済成長して人口増も考えると、このままいけば大きな穀物の輸入ポジションになっていく。そのため、中国と穀物の取り合いになるだろうという話もある。

秋元(三菱商事) 
サブサハラ地域に関しては、安倍政権が進めようとする日本の民間企業に裨益(ひえき)するODA外交が1つの鍵となる。また、アフリカ経済を見るときには、1つの国ではなく数ヵ国が集まった地域ブロックとして見ていく必要がある。例えば、ジブチの港湾案件は中国が受注したが、それにはエチオピアからジブチに対する圧力があったといわれる。内陸国のエチオピアは海に面した経済的出口を求め、港を持つジブチを利用しようとして、道路や港湾を一体として開発する中国を推したという話だが、こうした動きが結果的に地域で一体となった経済圏を形成したといえる。現在の日本のODAは制度的に1国への援助を対象としており、地域をまたがる対応が難しい面もある。なお、これはアフリカに対するアプローチに限ったことではないが、日本企業が新興国において政府と連携した各種の事業を展開する際には、これまでのような国と国という概念だけではなく、一人一人の人間の命や尊厳を重要視する、いわゆる「人間の安全保障」という概念をもっと意識できるのではないか。企業には、コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティという考え方が浸透しつつあるが、「人間の安全保障」は、日本企業がグローバルという社会への本当の意味での責任を果たすための、倫理的指針になると思う。これは企業のみならず、政府にもいえることであり、安倍政権は積極的な外交を展開しているように見えるが、「人間の安全保障」は民主主義、自由、法治等と並んで「価値観外交」の中核を占めることが可能な概念であり、日本を国際社会において徳のある国として認知させる一助となる。

多田(双日) 
2013年は第5回東京アフリカ開発会議(TICAD V)が開催され、2014年には、年明けから安倍首相のアフリカ訪問が予定されている。安倍政権のトップセールス先として、これからアフリカ対応を強化していくのではないか。


⑶南米


坂口(豊田通商) 
ブラジルは中国経済の減速、通貨安の対応のため金利の引き締めを図り、非常に厳しい状態にある。ブラジルで商売された方はよく分かると思うが、非常に高コストとなる国内制度であり、現在のブラジルの政権にも構造改革の力はないように見える。アルゼンチンも同様で、インフレと通貨下落の悪循環が影響し、経済のファンダメンタルズは弱い。ただ足元を見れば、高インフレであるため耐久財を中心とした換物需要が強く、自動車もよく売れている。ブラジルもアルゼンチンも、中国経済や米国経済の金融政策に大きく左右される状況が当面続き、構造改革も難しい状況にあるとみている。

三輪(伊藤忠商事) 
ブラジルについては、高インフレで経常赤字も続き、「ブラジルコスト」といわれる頻繁な制度変更が大きなカントリーリスクになっている。ブラジルは経済的な潜在力があり、中南米のみならず世界でも相当大きな経済大国の1つである。しかし、経済全体としては、依然として資源依存により構造転換が進んでいないという側面もあり、本格的に資源以外の分野に参入するには、若干ちゅうちょするところがある。

高井(住友商事) 
ブラジルは、地球上に残された最大の油田を保有している。「プレソルト」といわれる深海中の岩塩層で、何千mも掘ると岩塩層の下に油が埋蔵している。これは中東の1国か2国の大産油国に相当するほどの埋蔵量といわれ、これが開発されればブラジルの潜在成長力は大きい。油価が高止まりしている限り、中長期で見るとブラジルは「買い」ではないか。


6.2014年の商社ビジネスの展望


⑴アベノミクスの行方と日本経済

中湊(司会) 
最後に、2014年の日本経済と商社ビジネスについてご議論いただきたい。
「アベノミクスの行方と日本経済」、それから「商社の非資源分野の展開」という観点からご意見を伺いたい。

秋元(三菱商事) 
安倍政権は、大胆な金融緩和と機動的な財政出動により、景況感の改善、緩やかな景気回復を実現した。こうした安倍政権がデフレ脱却を明確な目標として掲げ具体的な施策を打ったことは、国内の雰囲気を変化させたのみならず、国際市場からもおおむね好感されている。今後は、こうした流れを本格的な景気回復へ結び付けていくことが必要である。具体的には、成長戦略に大胆な規制緩和を盛り込んで迅速に実行することができるかということとともに、将来の金融緩和の出口戦略を描けるかが注目される。現在、金融緩和により名目金利は低く抑えられているが、デフレを脱却しインフレ率が2%になれば、名目金利は2%以上に上昇せねばならず、この転換を円滑に図れるかが重要な鍵となる。

多田(双日) 
2013年の株価の推移を見ると、日本市場が最も伸びた。これはもちろん海外投資家を呼び込んだこともあったが、それ以上に感情面が株価上昇に先行したのではないか。「クロダノミクス」という話が出たが、それが2014年に「アベノミクス」に変わっていくのかどうかが問われている。また第4の矢と言うべき東京オリンピック招致が決まり、アベノミクスの「数値目標」(KPI)も2020年に全て重なっており、アベノミクスが「アベノリンピックス」につながっていくかどうかが、1つの注目点であろう。その中でキーワードとして、第1に世界に出ること、第2に内需拡大、日本の価値を高めること、第3に新しい担い手が挙げられる。
アベノミクスではインフラ輸出を現在の 10兆円から2020年には30兆円と、7年間で20兆円増やしたいとしており、また、農業、食品関連の輸出も2013年の4,500億円から2020年には1兆円に高めたいとしている。内需拡大に関しては外資導入が重要である。アベノミクスでは対日直接投資額を、現在の18兆円から2020年までに35兆円に拡大させたいとしている。ただ、実効性を高めるためには、投資減税の中で特に欠損金の繰延期間(ネット・オペレーティング・ロス)の延長が必要だ。日本は9年から11年まで延長したが、いろいろな制限がある。一方、米国の繰越期間は20年であり、欧州に関しては無制限ということで、やはり長期的な優良投資を呼び込むためには、こうした面でも日本貿易会をはじめ、ビジネス界として働き掛けていく必要があるのではないか。
最後に2014年の新たな担い手として、女性の社会進出やグローバル人材育成を、アベノミクスでも後押ししている。グローバル人材育成に関しては、アフリカ経済支援においても資源型の教育トレーニングを重視するといった動きが、文科省、外務省で見られる。例えば商社OBが個別ではなくて面的に人材を育てていく中、長期的なビジネス機会が出てくるのではないか。

坂口(豊田通商) 
アベノミクスで掲げたビジョン、個別政策は、全て素晴らしいと思うが、現実的な果実をもたらすかどうかは、規制緩和が計画通り実行できるかどうかにかかっている。政策を実行しやすい環境であることから、この規制緩和を推進していただきたいと期待を込めて思っている。

三輪(伊藤忠商事) 
これは海外成長市場の取り込みということと関係があるかもしれないが、日本経済あるいは産業を見たときに、参考になるのではないかと思う事例が2つある。1つはコンビニエンスストアで、もう1つは携帯電話である。日本ではコンビニエンスストアが非常に利用されているが、それは日本独特の要因があって、独自の展開をしながら、ニーズを取り込みながら拡大していったものである。それをさらに海外で展開しようということで、非常に拡大志向、拡散志向の日本独自のビジネスモデルが生まれた。もともと意図してここまで成長したのではなく、日本の社会のニーズをうまく取り込んで拡大していった、日本独自の良い意味でのガラパゴス展開をしたと思う。
それに対して、悪いガラパゴス展開になったのが携帯電話である。これも日本独自の展開をしたが、これはコンビニとは正反対に日本の中に矮小(わいしょう)化され、非常に縮小化された形となった。結局、海外でも、日本の携帯産業はほとんど駄目になってしまった。その意味でも、コンビニのように良い意味で日本独自に展開したビジネスモデルを海外に持っていくこと、ある意味ではアイデアの勝負が、今後の日本経済にとって非常に重要な役割を果たしていくのではないか。

猪本(丸紅) 
2-3の規制を緩和しただけで、観光客が単月で史上最高数となり、一部では小売業、宿泊も潤っているという話がある。今後は省エネルギー関連、エネルギー関連でもいろいろな動きが出てくるのではないか。四輪電気自動車を開発しているベンチャー企業からは「日本ではいろいろな法規制が厳しい。少し仕様を変えるだけで、何年もかけて認可を取り直す必要がある」と聞く。外資のみならず、もっと日本で新しい企業が増え、産業が変わっていくためにも、規制を根本から見直して、何が必要なのか議論する必要があるだろう。

高井(住友商事) 
米国経済の成長を支えているのは移民であるが、これから10年先にもヒスパニック系を中心に、移民が経済を支えていくのが米国の基盤。日本社会は外国から人が入ってくることに抵抗感がある。英語は話せるが日本語ができない人たちに対して、かたくなに扉を閉ざした状態になっている。先日聴いた米国の政治学者の講演で、「米国では移民が言葉ができないのは当たり前で、まず現場に配置し、OJTで英語を勉強してもらい、英語ができるようになってから労働力になっていく」と指摘している。発想を根本的に変えない限り、少子高齢化が進む日本の人口動態には逆らうことができない。

中湊(司会) 
フィナンシャルタイムズ紙の10月の記事であるが、「最初の『2本の矢』はすぐに放たれて、うまく的を射たが、構造改革という『3本目の矢』はまだ矢筒に入ったままで、出てこない」とアベノミクスの現状を指摘していた。皆さんのご指摘の通り、成功のポイントは構造改革であり、産業競争力会議でも規制改革会議でも、焦点は定まってきている。例えば、医療・健康分野、農業分野などで、規制をどのように乗り越えていくかが鍵となる。もし規制改革がなされた場合は、その後はまさに商社の腕の見せどころになる。みんなで頑張ってアベノミクスを現実のものにしていきたい。


⑵商社の非資源分野の展開


秋元(三菱商事) 
三菱商事は、2013年度からの新しい指針として、「経営戦略2015~2020 年を見据えて~」を策定した。商社の収益モデルや事業の外部環境が大きく変化を遂げる中、長期目標として2020年ごろをにらんだ成長のイメージを置き、この成長イメージを実現するための前提となる経営方針や、打ち手としての事業戦略・市場戦略をからめたものである。具体的には、2020年ごろの成長イメージとして、「事業規模の倍増」を掲げており、具体的には、LNG、原料炭、銅等の資源事業については、持ち分生産量を2012年度比で倍増し、非資源事業については収益水準を2012年度比で倍増することを目指している。また、2020年ごろのポートフォリオのイメージとして、「適度な分散」と「複数の強い事業」を掲げており、資源と非資源の投資残高を50:50にすることを目指している。

三輪(伊藤忠商事) 
非資源分野における商社ビジネスの展開について、可能性のある分野としては、新興国向けのインフラ関連、食料関連、生活産業関連分野が挙げられる。新興国はどこでも各種インフラが不足しており、産業が高度化していけば、インフラが1つのボトルネックになってくる。その整備は焦眉の急であり、具体的には道路、鉄道、空港などの交通インフラ関連が今後ますます出てくるであろう。また、アジア、アフリカを含め、ほとんどの国で電力不足が顕著になっており、今後も発電所建設ニーズは大きい。ただ日本企業にとっては強みを持つといわれている地熱発電、ごみ焼却発電等を含め、競合先が対抗できないような先端技術を中心に進める必要があるだろう。食料関係では、商社は生産地から消費者までつながるサプライチェーンを構築しており、それなりの専門性を持っている。今後もこの分野における商社の役割は大きいだろう。特に新興国での生活水準が上昇すれば、食肉・穀物需要が増える。また、日本企業は、世界の中でも高度な管理によって安心・安全な製品を生産しているが、こうした製品の輸出も今後ますます需要が増えるだろう。
特にアジアの新興国では中間層が拡大しており、いわゆる生活産業分野、消費者向けサービスの需要も拡大すると予想されており、商社として活躍できる余地は広がるのではないか。

猪本(丸紅) 
国際エネルギー機関(IEA)は「石油を100t輸入するのも、100t分の省エネをするのも同じであり、省エネは見えないエネルギーだ」と言っている。100t省エネを行えば、100t輸入する必要がなくなるという話である。省エネ技術については、日本としても世界をリードできる蓄積を増やしていく必要がある。

高井(住友商事) 
「非資源分野」とは反対に、これから優良な資源アセットが売りに出てくることを考えると、「資源分野」も、選別しながら購入することが商社にとっては重要であり、それが10-15年後に花開くことになる。

三輪(伊藤忠商事) 
商社はどうしても目が海外に向きがちであるが、日本国内市場も捨てたものではない。海外のものを日本のニーズに合わせていき、新たなビジネスを日本で展開する可能性もあるのではないか。国内の営業体制が弱くなっている面もあるが、国内市場を再度見直すことが必要ではないか。

秋元(三菱商事) 
安倍政権の掲げる成長戦略と商社の事業は、FTA推進、インフラ輸出、資源確保、再生可能エネルギー普及、国家戦略特区創設等、多岐に亘り関係している。例えば、水事業のインフラ輸出は、近年注目されている分野であるが、国内の事業運営は地方自治体が中心的な役割を担っている。規制緩和や民営化によって、地方自治体が有している知見が民間部門にも波及すれば、日本企業による水事業の海外展開が増加する余地が大きい。また、将来的に拡大が予想されるアジアやアフリカでの事業に取り組む際に、ODAや官民連携の仕組みを活用することは、国際競争の中で事業機会を獲得する有効な手段となる。その視点からは、安倍首相が毎月実施される外遊に企業経営者を同行させていることは、他国では恒常的に行われていることとは言え、実業界は好感している。

中湊(司会) 
世界が直面している共通の問題に対して、いかにニーズに対応して解決するか、その役割を担っているのが商社であると思う。世界が抱える問題の1つは、世界人口が増加基調にあり、世界的に高齢化が進んできていることである。われわれはメディカルヘルスケア分野が重要になると認識し、2011年にアジア最大手のIHHの病院事業に事業参画をしたが、病院経営だけではなく、新薬開発のための臨床試験受託事業など、ヘルスケア関連事業をアジア広域で展開してきている。ニーズを読み、新しい分野へ積極的にチャレンジしていくことが商社ビジネスとして大事なところではないか。2014年は、アベノミクスの真の成果を実現させるために、商社もますます、さまざまな知恵を絞って果敢に取り組む年を目指すということで、本日の結論としたい。本日は長い間、どうもありがとうございました。

(2013年11月7日、日本貿易会会議室にて開催)

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