水の如く 柔軟かつしたたかに

一般社団法人日本貿易会 副会長 伊藤忠商事株式会社 社長
岡藤 正広

2014年のNHK大河ドラマは黒田官兵衛、豊臣秀吉の天下取りを陰で支えた人物の物語である。彼の功績は多々あるが、中でも本能寺の変における織田信長の死を知るや否や遠征地の備中高松から京都に取って返した「中国大返し」は、天下人秀吉の誕生に不可欠な偉業であった。信長の死によって混迷が極まる中、官兵衛は的確な情勢判断と他勢力との綿密な連携により明智光秀との決戦を勝利へと導き、秀吉を信長の有力な後継者候補に押し上げることに成功した。

2014年の経済情勢も、引き続き戦国乱世さながらの混迷が見込まれる。世界経済は、リーマン・ショックから完全に立ち直った米国経済こそ堅調な拡大が見込まれるものの、いまだ財政問題を引きずる欧州経済は低迷が続き、中国経済も多くの問題を抱えて伸び悩む。そうした中で、日本経済は、消費税増税と駆け込み需要の反動落ちにより、いったんは停滞するものの、年度後半には力強く復調していくだろう。また、2014年からは、米国で本格的に金融緩和の規模縮小が進められることになるため、米国への資金還流が通貨下落などを通じてアジアを中心とした新興国経済の混乱につながる恐れがある。さらに、11月の中間選挙を控えて民主党と共和党のせめぎ合いが激しくなり、そうした政治的な混乱によって、米国景気が下押しされる他、海外における米国の影響力の低下が国際政治のバランスを崩し、ビジネス環境へ影響を与える可能性もある。また、日中韓の政治的膠こうちゃく着状態も、産業界にとっては引き続き大きな頭痛の種であり続けるであろう。

信長配下の一武将にすぎなかった秀吉を、混迷する戦国時代のトップへと導いた黒田官兵衛の成功の秘ひ訣けつは、何といっても、その正確な情報収集力と精緻な分析力であろう。他勢力を上回る情報収集力で的確に情勢を判断し、戦いを優位に展開することができたのである。また、一見大胆にも見える、的確な情勢分析に裏打ちされた柔軟でしたたかな判断力も、乱世を生き抜く非常に重要なカギとなったといえるだろう。秀吉が官兵衛への警戒心を示すと家督を長男の長政に譲り出家することで危険を回避したり、秀吉没後の関ヶ原の戦いの際には天下人への野心を持って九州平定の兵を挙げる一方、決戦が予想に反して短期間で終わると奪い取った領地を家康に献上し、元の隠居に戻るなど極めて臨機応変な対応を示すことによって戦国乱世を生き抜いた。官兵衛は晩年、老子の教えである「上善水の如ごとし」から「如水」と号したが、その意味は、周りに恵みを与えて何物とも争わない水の如き生き方を最善とするものである。そこには、水は柔軟に形を変え、時には岩をも砕き、どんな隙間にも入るしたたかさを持つという解釈も含まれている。

不透明感の強い現在の世界にあって、日本経済にはようやくデフレから脱却し正常化に向かう兆しが見られるなど明るい材料も出てきた。世界経済を取り巻く環境にはまだまだ不透明感が強いが、その中を水の如く臨機応変に切り開いていきたい。

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