EUの危機は去ったのか? 〜主要国選挙から展望する2017年後半の欧州情勢

株式会社三井物産戦略研究所 国際情報部 欧露・中東・アフリカ室犬塚 陽介
株式会社三井物産戦略研究所 国際情報部 欧露・中東・アフリカ室島田 武典

2017年の欧州は主要国で政権選択選挙が相次ぐ「選挙の年」が続いている。3月のオランダ下院選を皮切りに、5月にフランス大統領選、6月に英国下院選とフランス下院選が実施され、9月にはドイツ、10月にもオーストリアで下院選がある。イタリアでも2017年秋の解散総選挙が取り沙汰されている。EU懐疑論や反移民を声高に叫ぶ、いわゆるポピュリスト政党が台頭する中、有権者は何を選択し、その結果、EUはどこに向かおうとしているのか。これまでの選挙結果を振り返り、EU政策に与える影響を考察しながら、2017年後半の欧州情勢を展望したい。

EU懐疑派は、どこまで勢力を伸ばすのか-。

2017年のEU情勢が注目された最大の理由は、ポピュリスト政党の躍進に他ならない。2015年の秋以降、EUには大量の難民認定希望者が押し寄せた。多くの加盟国に混乱が広がると、反移民・難民を主張し、効果的な対策を打ち出せない既存政党やEUを批判する勢力が各地で急速に支持を拡大させた。中でもオランダでは、移民排斥やEU離脱の是非を問う国民投票の実施を公約する自由党(PVV)が、選挙直前まで第1党の座をうかがう党勢を維持していた。フランスでも反移民、反EUの国民戦線(FN)を率いるルペン党首が、大統領選での決選投票進出を確実にし、さらなる支持拡大を狙っていた。EU原加盟国であるフランスやオランダでEU懐疑派が大統領や首相の座を射止めれば、その勢いが近隣国に飛び火して大きなうねりとなり、EUは存続の危機に直面しかねない。EUの将来を占う意味からも両国の選挙結果には、ひときわ注目が集まった。

しかし、その後の選挙結果を見ると、ひとまずEU指導部が懸念した「最悪のシナリオ」は回避されたといえるだろう。PVVは下院選の最終盤で支持率が伸び悩んで第2党に甘んじることになり、ルペン党首の得票も想定以上には伸びず、下院選でも8議席の獲得にとどまった。

両国でEU懐疑派の支持が頭打ちとなった背景には、PVVとFNがEU離脱もいとわない姿勢を強めたことで、離脱リスクに直面した有権者に危機感が芽生え、最終盤で穏健な既存政党が選択されたことが要因の一つとして挙げられる。Pew Research Centerが2017年4-5月に実施した世論調査によると、オランダでは回答者の80%、フランスでは76%がEU残留を支持しており、離脱を望んだのは、それぞれ18%、22%。欧州主要9ヵ国でも残留77%、離脱18%となっている。ポピュリスト政党への支持は「EU離脱」への渇望と解釈するより、既存政党への反発とみる方が自然だろう。地方と都市部、あるいはEU域内で格差が広がり、移民や難民の流入が社会不安に拍車を掛ける中、既存政党は有効な対策を提示できず、自らの既得権益ばかりを守っていると一部の有権者には映るようだ。

ポピュリスト政党が一定の支持を得つつも最終的には既存政党が政権を維持する構図は、9月のドイツ下院選でも変わらない。反難民、反ユーロ政党「ドイツのための選択肢」は難民問題の沈静化もあり、約10%の支持率に低迷する。各種世論調査によると、中道右派のキリスト教民主・社会同盟が支持率30%台後半で頭一つ抜け出しており、メルケル首相の続投が有力視される。仮に中道左派のドイツ社民党が政権の座に就いたとしても、親EU政策に大きな変更は想定されない。同じく親EUのマクロン仏大統領と歩調を合わせ、独仏主導でEU統合をけん引していくのは確実な情勢だ。

とはいえ、EU懐疑派が活力を完全に失ったわけではなく、現状は小康状態にすぎないことにも留意する必要がある。フランス下院選では、小選挙区2回投票制の影響もあり、FNは8議席の獲得にとどまった。しかし、単純に得票数だけを見ると、初回、決選投票共に政党別では第3位。44議席を獲得して第3党になった社会党グループの得票数を上回っており、根強い支持基盤の存在を裏付けている。

一部の主要国では引き続き、EU懐疑派が政権入りする可能性もくすぶる。10月の下院選実施が決まったオーストリアでは、自国第一主義と難民対策強化を掲げる自由党が支持を広げており、連立の一翼を担う可能性が増してきた。

オーストリアでは中道左派の社民党と中道右派の国民党の二大政党が大連立を組んできたが、たびたび意見が対立して政策遂行が停滞し、自由党が国民の批判の受け皿となっている。直近の世論調査によると、下院選ではどの党も単独過半数には至らず、新たな連立政権が樹立される可能性が高い。二大政党も自由党との連立を排除していないだけでなく、自由党が第1党となって連立政権を主導するシナリオも現実味を帯びている。

2018年春までに総選挙が実施されるイタリアでも、解散総選挙の前倒し論がくすぶる。各種世論調査では、ユーロ圏離脱に言及するEU懐疑派の五つ星運動(M5S)とレンツィ前首相の率いる民主党が30%前後の支持率で拮抗しており、選挙結果次第では、M5Sが同じくEU懐疑派の「北部同盟」と連立を組む可能性も視野に入る。

EUの結束を揺るがす要素として「東西対立」の側面も見逃せない。ポーランドやハンガリーは治安悪化やキリスト教的な価値観が危機に陥りかねないとの理由から、EUが決定した難民認定希望者の受け入れ分担を拒否し、強権的な司法、教育、メディア介入等の論点でもEUと対立している。欧州委員会は議決権の剥奪も排除しない姿勢で改善を促しているが、両国は「主権の尊重」を盾に強硬姿勢を貫き、独仏主導のEU政策に反発している。修復不能なほどの関係悪化を招くのは双方にとって本意ではなく、国内外の情勢を計算しながら、最終的な落としどころを見いだすとみられるが、EUの結束を揺るがす潜在的な要因となり得る。

ここまで見てきたようなEU懐疑派の台頭や加盟国間の対立を抑えて、結束を維持するには、EUの有効性を目に見える形で示し、欧州の安定や経済発展にEUが不可欠であることを明確にするのが手っ取り早い。EUは主要国首脳の顔ぶれが出そろう2017年秋以降、政策の具体化に加え、EUやユーロ改革に本腰を入れるだろう。ここ数年は難民問題やBrexitへの対処が優先され、改革の動きは停滞気味だったが、EU懐疑派の台頭に各国首脳は従前にない危機感を募らせており、改革に本腰を入れる原動力となっている。

有権者の支持を得やすい政策として注目されるのは、加盟国で頻発するテロ対策の強化だ。体感治安の悪化や無秩序な難民認定希望者の流入は、社会不安を増幅し、ポピュリズム政党に追い風として作用している現実がある。EUの主導で各国治安機関の連携やテロ情報の共有、不法移民や難民流入の抑止にも有効なEU域外国境の警備強化といった取り組みは、今後も重視されよう。

防衛連携の強化も焦点だ。欧州理事会は2017年6月22日、兵器調達や研究開発にかかる資金を共同で賄う欧州防衛基金の創設で合意した。基金を活用した装備の調達だけでなく、研究開発の重複を廃することで無駄を削減する狙いもある。EUの防衛協力の必要性は、かねてより指摘されてきたが、トランプ大統領が米国の利益を優先する姿勢を強めたことで、EUとしての防衛政策の検討は重要性を増している。ロシアの脅威が安全保障上の最重要課題であるバルト3国や北欧諸国に加え、独仏主導のEU政策に反発するポーランドにとっても安保問題は協調しやすい課題だ。欧州のみの防衛連携強化に否定的だった英国がEU離脱を決めたことで、柔軟な議論が可能になるとの期待もある。

より野心的な取り組みとして注目されるのは、一部に慎重論も根強い経済、財政統合の促進だ。欧州委員会が5月31日に公表した報告書によると、EUは2025年に経済通貨同盟の完成を目指しており、ユーロ圏共通の財務相ポストの創設や共通予算の導入を提案している。欧州委員会がこのタイミングで統合の加速に向けた議論を本格化させるのは、EUのメリットを明確にすることで、EU懐疑派に対応する必要性があるために他ならない。

ただし、改革の推進には課題も多い。最も重要な点は、フランスや南欧諸国が求める共通予算の導入に対し、ドイツなど欧州北部の国々からは、改革(財政再建)の意欲をそぎ、モラルハザードをもたらすとして、否定的な声が強いことだ。これは欧州の「南北問題」とも捉えられる。

主権の委譲に関する問題もある。EUの機能を新設、拡充する場合、加盟国からの権限移譲が前提となることが多い。前述の欧州委員会による報告書では、危機発生時にショックを和らげるための「マクロ経済安定化機能」のオプションとして、域内共通の失業保険基金の創設が提案されている。しかし、実現には、労働政策という非常にセンシティブな分野で、加盟国間の制度均一化を図る必要がある。さらなる主権の委譲は、EU懐疑派への支持を再燃させかねず、見解に温度差がある加盟国間の対立を高めるリスクもはらんでいる。

また、ユーロ圏の統合加速は、ポーランドやハンガリー、チェコ等の非ユーロ圏諸国から見た場合、EU内での相対的な地位低下につながるリスクに映り、EU・ユーロ圏の統合加速が結果的に「東西対立」を強めかねないことにも留意が必要だろう。

しかし、それでも加盟国は独仏主導の下、対立と妥協を繰り返しながら、最終的にはEUの一体性を維持する方向で歩調を合わせるだろう。経済面でも安全保障面でも、EU加盟国の個別の力には限界があり、単独でロシアや中国、米国といった大国に太刀打ちするのは難しい。EUの枠組みが外れてしまえば、たちまち冷戦時のように大国の影響下にのみ込まれかねず、ほとんどの加盟国は、個々の見解に違いはあっても、相違を埋める歩み寄りを重ね、結束を維持することが必要との認識を共有している。

その意味で、妥協の余地が極めて限られるのが、英国とのBrexit交渉だ。EUは個別の利益を制限し、全体の利益を優先させることで成り立っている。しかし、EUを離脱する英国にメリットを与えれば、他国も個別要求を主張する引き金になりかねない。独仏が英国に「良いとこ取りは許さない」と警告するのはこのためだ。メルケル首相は欧州理事会が開かれた6月22日の記者会見で、EU側は建設的な姿勢で交渉に臨むとする一方で、Brexit交渉では「(英国を除く)27ヵ国の将来に、明確な焦点を置かねばならない」と述べ、優先されるのは、あくまでもEUの結束であることを強調した。

今後のBrexit交渉では、これまでの関係を清算する「離脱交渉」とFTA締結等を目指す「将来交渉」が協議されることになる。現状では離脱期日が2019年3月30日に設定されており、英国が重視する「将来交渉」を始めるためには「離脱交渉」に多くの時間を割く余裕はない。英国側は6月22日の欧州理事会に合わせて、英国在住のEU市民を離脱後も基本的には強制退去にしない等、これまでよりも柔軟な姿勢を表明した。EUへの未払金の算定方法やアイルランド国境問題を含む「離脱交渉」の重要項目で、2017年後半までに一定の前進があっても不思議はない。

ただし、その後の「将来交渉」の進路は英国のスタンスが定まらず、闇の中にあるのが現状だ。6月8日の下院選に圧勝することで民意を味方に付け、交渉力の強化を狙ったメイ首相の戦略は完全に裏目となった。与党の過半数割れでメイ首相の政治力が著しく低下した現状では、離脱の是非や離脱の方法をめぐり、年齢や学歴、都市部と地方部で有権者の見解が複雑に交錯し、対立する英国世論を一本化するのは極めて困難になった。

英国内の意見集約が難航してBrexit交渉が行き詰まる事態に陥るようなら、メイ首相の退陣要求に加え、新たな総選挙を求める世論が高まる可能性も捨てきれない。だが、Brexitの期限が迫る状況下での党首選や解散総選挙は、交渉時間のいたずらな浪費という側面もある。それはそのまま、英国がEUとの将来協定を結べず、時間切れとなって離脱する「無秩序なBrexit」の可能性を高めることに他ならず、今後の欧州情勢を占う上での最大のリスク要因として、警戒が必要となるだろう。

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