アジアの成長を取り込むわが国の流通業

経済産業省 商務流通保安グループ流通政策課 課長補佐
伊藤 晋也

1. はじめに


近年、中国や東南アジアをはじめとした新興国の成長は著しいものがあり、こうした国々での消費意欲はますます高まっています。2005年から2010年の間に、小売販売は中国では55兆円から96兆円に、インドネシアでは66兆円から93兆円に、ベトナムでは13兆円から20兆円にそれぞれ大きく増加しています(流通経済研究所試算)。

また、GDP成長率でみても、アジアでは2000年代を通じて高い成長を記録しており、今後もこうした傾向が続くとみられています(図1)。

こうしたアジアの成長と消費意欲を取り込んでいくことは、今後のわが国の成長に大きな意義を持ちます。これら消費者の消費意欲に最も直接的に関係しているのは小売業であり、わが国の流通業がいかにこうしたアジアの消費意欲を取り込んでいけるかが大きなポイントです。

これまで、わが国の海外市場の開拓は、自動車や電気機器などの製造業が先行してきました。こうした製造業では、生産地と消費地が必ずしも同一でなくてもよく、国内で大量に生産した製品を世界各国に輸出していくことで、海外市場を開拓してきました。

一方で、小売業では、通信販売などを除けば、サービスを提供する場所(小売店舗)と消費する場所(購入場所)は必ず同一です。このため、流通業がアジアの成長を取り込むには必然的に
①日本の流通業がアジアなどの海外に進出する(日本から外へ)
②アジアなどの消費者を日本に招き、消費を促す(外から日本へ)
という形態を取ることになります。

経済産業省では、製造業の競争力強化などによって海外展開の支援を行ってきましたが、近年は流通業をはじめとするサービス業の海外展開にも積極的に取り組んでいます。しかし、製造業と小売業・サービス業では、その業態が大きく異なることから、これまで製造業に対して行ってきた支援策が必ずしも有効でない場合もあります。

ここでは、日本の流通業が海外で活動するための支援の取り組みと、海外からの旅行者を日本に招き、国内小売店などでの消費を促す取り組みについてそれぞれ紹介します。

2. 流通業の海外展開(日本から外へ)

わが国流通業の海外展開が加速しています。例えば、コンビニエンスストアは海外店舗が国内店舗を上回った他、専門店や大手GMS(総合スーパー)の一部も海外の店舗網を拡大しています。

日本の小売業が海外展開することの意義は、直接的には、現地の拡大する消費を取り込むことにあります。これに加えて、小売業の海外展開は、現地の店舗を拠点として、日本のさまざまな製品を販売するショーケースとして機能することも期待されます。

実際、アジアのとある国に進出する日系百貨店では、毎年、「日本フェア」や「北海道フェア」を行い、日本各地の特産品を販売することがその百貨店の大きな目玉イベントになっているということです。この他にも、食品や日常品などを扱うコンビニエンスストアは、日本の文化を現地の人に体感してもらう拠点として機能しているといえます。

さらに、日系小売業の海外展開は、海外市場の課題解決にもつながると考えています。すなわち、日系流通業が有するノウハウを駆使することができれば、安心・安全な食品の提供や効率的な物流など、現地の流通近代化にも貢献することができるはずです。



このようなさまざまなメリットが期待できる流通業の海外展開ですが、日本を含めた外資の流通業は海外に店舗を展開する際、多くの課題に直面しています。主要な進出先であるアジア諸国の一部には、外資企業の出資・出店を阻む規制が存在する他(表1)、経営の担い手となる人材の確保・育成といった課題が存在します。

こうした課題に対して、経済産業省は経済連携協定交渉や二国間対話を通じて、高水準の自由化約束を要請するとともに、招聘研修を実施するなどして、わが国流通業の海外展開と現地の流通近代化を支援しています。ここで、具体的な取り組み内容を紹介します。

まず、経済連携協定交渉についてですが、2013年7月より日本も交渉のテーブルに着いたTPP の他、日中韓、ASEAN、豪州、NZ、インドの全16ヵ国が参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日中韓FTAなど、日本にとって重要な経済連携協定が本格的な交渉ステージを迎えています。流通政策課は、こうした経済連携協定交渉を通じて、高い水準の自由化約束を要請していく方針としています。

また、特に進出ニーズが強い国に対しては、政府の流通業担当部局の局長が共同議長を務める二国間の政策対話を行い、外資企業に対する規制の緩和や運用の明確化を要請しています。2013年11月には「第2回日本ベトナム流通・物流政策対話」、2014年6月には「第2回日本インドネシア流通政策対話」を開催しました。

この中で、経済産業省は、ベトナムに対してはENT(Economic Needs Test:外資系流通業が2店舗目以降の店舗を出店する際に課される審査)の撤廃・緩和、インドネシアに対しては外資企業に対する出資規制の撤廃・緩和を要請しました。こうした対話や民間企業からの要請などが奏功し、2013年6月、ベトナムでは、500㎡未満の店舗は一定の条件を満たすことでENTの対象外にするという通達が示達されました。

今後も、経済産業省は、両国との対話を継続するとともに、新たな国との対話も模索し、日系流通業の事業環境の整備を目指す方針としています。

さらに、ベトナムやインドネシアに対しては、現地の流通事業者や政府関係者を招聘し、日本の流通業の現場を視察したり、日本の流通政策を学んだりする「流通政策研修」を実施しています。研修参加者に日本の流通産業や流通政策について理解を深めてもらい、現地の流通近代化に資する人材を育成することを目的としています。また、日系企業がこれらの国々に進出する際に必要となる現地の事業者や政府関係者とのネットワークを構築する機会にもなると考えています。

この他、海外で「クールジャパン」を体現する事業に対してリスクマネーを供給するため、2013年11月に株式会社海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)を設立しました。本機構は、これまで民間部門では成し得なかった、海外需要獲得の基盤となる「プラットホーム」(拠点)や「サプライチェーン」(流通網)の整備などを率先して展開していく方針としています。

3. 外国人来店客の誘致(外から日本へ)

近年、日本を訪れる外国人の数は年々増加しており、昨年(2013年)初めて1,000万人を超えました。これは、10年前(2003年)のほぼ倍の水準です。こうした訪日外国人による国内消費は2013年で約1.42兆円といわれており、そのうち3分の1に当たる4,700億円が買い物代とされています(観光庁調査)。近年、訪日外国人数は急速に伸びており、2014年4月は123万人(前年比33%プラス)となり、単月当たりで過去最高を記録しました。これに伴い外国人旅行者の消費は急速に増加しており、2014年1−3月では4,298億円となり、前年比48%増となっております(表2)。



わが国の小売業にとって、こうした外国人による消費は極めて有望であり、外国人旅行者を日本の各地に呼び込むインバウンド戦略、とりわけショッピングツーリズムの活性化が重要になっています。

政府としては訪日外国人旅行者の増加に向けて、タイやマレーシアなどからの訪日客に対するビザの発給要件を緩和しているところであります。こうした取り組みに加えて、経済産業省では、ショッピングツーリズムの促進のために、外国人旅行者向けの消費税免税制度の拡充や免税店(輸出物品販売場)の拡大などにより、外国人旅行者にとって買い物がしやすい環境を整備しています。

外国人旅行者向け消費税免税制度は、輸出物品販売場(免税店)を経営する事業者が、外国人旅行者等に対して定められた手続きに基づき販売することで、消費税を免税する制度です。2014年10月から、この制度の大幅な改善を行います。

まず第1に、これまで免税対象となっていなかった飲料・食品・化粧品といった消耗品を免税対象とすることで、あらゆる商品を免税対象とします(図2)。地方の観光名所に来た観光客に対して、その地方の特産の農産品や和菓子、地酒などを土産物として買って帰ってもらいやすくなります。これにより、免税販売を行う小売店だけでなく、地域の農家や食品メーカーなどにも免税制度の恩恵が波及することが期待されます。

第2に、免税販売の手続きを簡素化します。これは、免税販売の際に作成が必要な輸出物品購入記録票や購入者誓約書の記載様式の自由度を高めることにより、手書きではなくPOSレジのプリンターなどでの印字に対応しやすくなります。また、購入品目や数量の記載も、レシートの添付で替えることが可能になり、記載の手間が省けます。



第3に、免税店の要件をより分かりやすく説明することに努めています。例えば、免税販売の際に必要となる手続きを外国人旅行者に対して説明できる人員が必要という要件は、店員が流ちょうに外国語を話せることまでを求めるものではなく、パンフレット等の補助材料を活用しながら手続きを説明できればよい、という解釈であることを説明しています。

今回免税制度が大幅に拡充されることにより、中小の小売店や食品を扱う事業者などが免税店になり、地域全体の活性化に貢献することが期待されます。例えば、地元の地酒メーカーが酒蔵の直販場をそのまま免税店にすることも考えられます。また、観光地の小売店や土産物店がそろって免税店となることにより、地域全体で外国人旅行者の誘致を図っていくことも考えられます。

現在、経済産業省は観光庁と連携し、全国で説明会を行っている他、それぞれのブロックにある地方経済産業局、地方運輸局に外国人旅行者免税制度に関する相談窓口を設置して、制度の広報などを行っています。しかしながら、外国人旅行者にとって買い物しやすい環境の整備は、免税制度の拡充だけで対応できるものではありません。例えば、値札などを多言語で表記することも重要な課題です。このような課題も含めて、今後さらに検討を行っていく方針です。

4. 終わりに

日系小売業が、海外の店舗で販売する額、あるいは国内店舗で外国人旅行者向けに免税販売する額は、販売額全体の中ではいまだ数%と小さな割合です。しかし、経済成長を続けるアジアなどの消費意欲を直接的に取り込むのは、小売業の海外展開や外国人旅行者のインバウンドです。経済産業省では、今後もこれらの国々の消費意欲の取り込みに向けた施策を進めてまいります。

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