出版記念シンポジウム「日本の成長戦略と商社」~日本の未来は商社が拓く~

日本貿易会 名誉会長槍田 松瑩
「日本の成長戦略と商社」特別研究会座長
(住友商事グローバルリサーチ(株) 社長付)
瀧本 忠
住友商事(株)相談役岡  素之
経済産業省 貿易経済協力局 戦略輸出交渉官吉田 泰彦
早稲田大学 政治経済学術院 経済学研究科 教授戸堂 康之
丸紅経済研究所 所長美甘 哲秀

日本貿易会は、2013年4月、「日本の成長戦略と商社」と題する特別研究会を設置し、日本が目指すべき新たな「成長戦略」の実現に向けて、商社がいかなる貢献ができるかにつき、1年間にわたって研究を重ね、その研究成果を5月29日に東洋経済新報社より出版した。本稿は、その出版記念として2014年7月29日に東商ホールにて開催されたシンポジウムにおける講演、発言要旨を事務局でとりまとめたものである。

I. 槍田名誉会長ご挨拶


日本貿易会 名誉会長
槍田 松瑩氏

本日は、「日本の成長戦略と商社」の出版記念シンポジウムにお越しいただき、ありがとうございます。シンポジウムの開催に当たりまして、日本貿易会を代表いたしまして、一言ご挨拶申し上げます。

日本貿易会では、1974年以来40年間、ほぼ2年に1度のペースで、「特別研究会」を組成し、商社ビジネスに関連する政策課題や、日本・世界の環境変化を、商社がどのようにビジネスに生かせるかといった研究を脈々と続けてきました。

私は、2014年5月までの4年間、日本貿易会の会長を務めてまいりましたが、就任した当初、「総合商社は、なぜ日本にしかなく、日本でしか育たなかったのか、総合商社とは一体何なのか」など、総合商社のアイデンティティーについて、一度原点に立ち帰って再検討してみようと、2010年末に、「総合商社原論」の特別研究事業を立ち上げました。

その研究成果は、「総合商社の研究」と題して、2012年に発刊いたしましたが、私自身にとりましても、総合商社という存在を見つめ直す良い機会になったと思っております。

一方、この研究成果を発刊した後、2012年末に誕生した安倍政権が、3本の矢から成る「アベノミクス」を打ち出したこともあり、日本の経営環境は大きく変化しました。

金融緩和と財政出動による景気刺激策は一定の効果を挙げ、ようやくデフレからの脱却が見えてきていますが、やはりその動きを確かなものにして、「経済の好循環」を生み出すためには、第3の矢である、「成長戦略」を着実に実行することが不可欠です。

われわれ総合商社は、これまで幾多の困難に直面しながらも、時代の先を読み、新しい市場の開拓者として、また、産業基盤の下支え役として、日本経済の発展に寄与してきました。そして、まさに今、わが国は、長期のデフレから抜け出し、時代の変わり目となり得る大変重要な時期を迎えております。

このような環境の中で、商社がどのような役割を果たせるか、という点をしっかり掘り下げることは意味あることだと考え、2013年4月、「日本の成長戦略と商社」と題する特別研究事業を立ち上げました。研究会の座長には、住友商事グローバルリサーチの瀧本様、主査には早稲田大学の戸堂教授をお迎えし、いろいろとアドバイスを頂きながら、研究を重ね、2014年5月に報告書を発刊いたしました。

今回は、前回の「総合商社原論」特別研究事業の成果を踏まえて、商社の機能の進化についても整理し、成長戦略の中で重点分野とされる10分野における商社の具体的な活動事例の紹介に、多くのページを割きました。自画自賛するようで甚だ恐縮ですが、大変分かりやすく、なかなかの内容に仕上がったのではないかと思っております。この場をお借りして、出版に携わった方々にあらためて感謝申し上げます。

本日は、政府の規制改革会議の議長としてわが国の成長戦略に向き合ってこられた、住友商事の岡相談役に、基調講演をお願いしております。いろいろと示唆に富んだお話を伺えるものと思っております。また、パネリストとして3人の方にご登壇いただきますが、日本政府、商社、アカデミア、とそれぞれ違ったお立場からの、活発なご議論をお願いしたいと思います。

本日のシンポジウムが、ご来場いただきました皆さんにとりまして、有意義なものとなることを祈念いたしまして、私の開会の挨拶とさせていただきます。

II. 瀧本座長(主旨説明)


「日本の成長戦略と商社」特別研究会座長
(住友商事グローバルリサーチ(株) 社長付)
瀧本 忠氏

槍田名誉会長のご挨拶にもあったように、貿易会の特別研究事業は過去40年間、その時々の政策課題や環境変化に対応した商社ビジネスのありよう等のテーマを取り上げてきた。今回は、「日本の成長戦略と商社」というテーマで早稲田大学戸堂教授を主査に迎え総合商社7社から1人ずつメンバーに加わっていただき、2013年4月から1年間、検討を重ねてきた。

当研究会が活動していた1年はアベノミクスの第3の矢である成長戦略が活発に議論されていた時期に当たる。すなわち、2013年6月に「日本再興戦略-JAPANisBACK-」が策定され12月には成長戦略関連法案が成立、そして2014年6月に発表された「日本再興戦略改訂版2014」につながるわけだが、この研究会も政府の議論と並行して検討を重ねてきたわけで、テーマとしてはまさにタイムリーなものであったといえる。

研究会では、日本再興戦略における政策につき、内閣府、経済産業省、ジャーナリストの方々を研究会にお招きし、意見交換を行った他、商社の具体的なビジネス事例を研究するなどして、内容を固めた上で5月末に報告書にまとめ上げ、東洋経済新報社より発刊した。報告書の前段では、リーマン・ショック以降の内外環境の変化、中長期的な世界と日本の潮流、対処すべき課題等々を分析・整理する一方で、商社が現在持っている機能を確認し、それらを踏まえた上で、成長戦略の実現に向けて商社に期待される機能と役割について検討した。

日本における「失われた20年」は、グローバリゼーションと情報化により世界が大競争時代を迎えるという世界の大きな構造変化に対して、日本として対応を怠り、世界に乗り遅れた20年ではなかったかと考えている。その間、IT革命による商社不要論が叫ばれたりもしたが、商社は変化への適応力を駆使してビジネス基盤を拡大し、成長を続けてきた。

報告書では、成長戦略の実現において商社に求められる役割を3つに整理している。第1は日本産業全体の下支え役という役割である。具体的には資源エネルギーの安定供給あるいは食料の安定調達などがこれに当たる。

第2に新たな市場開拓と事業創出の担い手すなわち、培ってきた事業ノウハウやネットワークをベースにした新しい事業領域の開拓者、オルガナイザーとしての役割である。分野としては、農業や高齢化社会に向けた医療・介護・健康、ICTや再生可能エネルギーなどがこれに当たる。

第3は、海外進出の先導役および海外事業経験の日本への展開である。インフラ輸出の先導役としての商社への期待は引き続き大きいと思われ、海外工業団地などを通じて日本企業の海外進出を支援する役割も期待されるところである。

また、課題先進国といわれる日本で、医療・介護などの課題を世界に先駆けて解決できれば、そのビジネスモデルを他国に展開するチャンスも出てこよう。逆に日本では規制の多いこれらの分野において、まず海外で事業経験を積むことにより、そのノウハウを日本に持ち込むという可能性も出てくるものと思われる。

報告書の後半では、商社が成長戦略実現に向けてどのように活動し役割を演じているか、10分野で合計60の事例を取り上げ具体的に紹介している。

最後の章では、戸堂先生より成長の源泉としてのイノベーションの重要性や成長に必要な政策につき述べていただき、つなぎ手としての商社あるいは変革者としての商社に期待を寄せていただいている。商社関係者のみならず、商社のビジネスや活動にご関心のある多くの方に読んでいただければ幸いである。

最後に、本日のシンポジウムは、成長戦略や商社の活動への理解を深めていただくため、規制改革会議議長で産業競争力会議の議員でもある住友商事岡相談役による基調講演、産官学の関係者によるパネルディスカッションを予定している。シンポジウムを通じて成長戦略ならびに商社の活動への理解を深めていただければ幸いである。

III. 岡相談役基調講演(成長戦略の行方と商社)


住友商事(株) 相談役
岡 素之氏

(1)規制改革の考え方

本日は、私が約2年近く携わってきた規制改革について説明する。総務省のデータによると2012年3月末時点で約1万4,600項目もの規制が存在し、このうち75%が法律、政令、省令、告示等で規定され国民の権利を制限したり、義務を課したりするものとなっている。その他に課長通達等々で決められている規制がたくさんあり、それらを含めると、1万4,600項目の倍以上あるのではないかといわれている。

これらの規制は理由もなく作られたわけではない。規制の根拠となる法令は総務省の事前評価を得て、閣議決定され、国会審議を経て成立している。それぞれの規制の1つ1つにはその目的があったからこそ導入されたわけである。ただ、規制というものは時代や環境の変化とともに絶えず見直しが必要で、変化に対応して改革をしていかなければならない。それが、規制改革である。規制改革会議では、今ある規制が、環境が変化する中でそのままでいいのか、あるいは変えていくべきかといった視点から検討を進めている。

例を1つ挙げると、ダンスに関する規制がある。これは今から60年以上前、昭和20年代にできた規制で、当時の社会情勢からすると、お酒を飲んで男女がダンスをすることは問題の原因になりかねないという理由から、風俗営業法という法律の下で規制されていた。今日では、ダンスの概念は明らかに変わっており、ダンスをするという行為が社会風俗上、好ましくないなどと考える人はいない。にもかかわらず、いまだに、風俗営業法の規制対象となっている。

こうした規制を今日的なものに直すべきであるということで、私共が提案した考え方に基づいて、今、警察庁が中心となって検討している。同様の案件は他にもたくさんある。1つ1つは大変細かなもので、それらを着実に変えていくことが規制改革につながると考えている。

規制改革に取り組んでいくと直面するのが、国民の間におけるさまざまな利害のトレードオフである。規制を変えることによって既得権益を失う人と新たな権益を得る人との間に利害の衝突が生まれるわけである。

具体例を紹介すると、インターネットによる一般用医薬品の販売がある。それまでは、ほんの一部の例外を除いて、インターネットによる薬の販売は禁止されていた。この法律が成立した当時は、そもそもインターネットというものがなかったこともあるが、世の中が変わって、インターネットが広く普及し、インターネットで薬を買う方が便利だと思う方々がどんどん増えてきている。

そこでインターネットによる医薬品の販売を解禁せよという話になるのだが、今までは薬局でしか薬を買えなかったのが、インターネットでも買えるようになると、薬局で薬を販売している人にとっては、自分たちの権益が脅かされることになるし、インターネットでビジネスをしている人からすれば、新たなチャンスが生まれることになるわけで、両者の利害はまさにトレードオフの関係となる。つまり、規制改革を行おうとすると、今の状態で非常に満足している立場の方と、変えることによってより良い状態になるという立場の人が、多くの場合衝突することになる。

インターネットの薬販売については、規制改革会議では、薬局の立場でも、インターネットビジネス上の立場でもなく、国民の立場で検討を行った。インターネットによる薬販売が解禁されるということは、従来通り薬局に行っても薬は買えるし、インターネットでも買えるようになるということ。要は国民にとって、一般薬を買う際の選択肢が増えるということになると考えた。もちろん安全性は非常に重要なテーマであるので、インターネットで買う場合でも安全性がある程度確認できるようなシステムを導入しながらやるべきであるといった方向で議論を行った。その結果、2014年6月12日に改正薬事法が施行され、ほとんどの一般薬がインターネットでも買えるようになった。

規制改革を実行しようとすると、このような国民相互間の利害対立を総合的に判断し、決断を下す必要がある。その決断を下すのは誰かというとやはり政治のリーダーシップである。政治の決断、政治のリーダーシップがなければ規制改革は進まない。規制改革会議としては、このような改革をすべきであると提案するが、提案が採用され、閣議決定されて法律の改正につながっていくという段階では政治の果たすべき役割は極めて大きく、それなくして改革はできない。

(2)規制改革会議の運営

私共が規制改革会議として、取り上げていく改革の切り口は、大きく分けて2つある。1つは、時の政権の政策実現の阻害要因を取り除くことである。例えば、今の安倍政権は政策の柱の1つに女性の社会進出を掲げている。この女性の社会進出という政策実現の阻害要因として子育ての問題がある。2013年の第1期規制改革会議の中で保育所の拡充という切り口で規制改革に取り組んだ。

もう1つは、規制改革について、個人、企業、団体から要望された案件を取捨選択し、その中からこれといったものを取り上げていった。具体的には、内閣府の規制改革ホームページに「規制改革ホットライン」を設け、個人、企業、団体から要望を受け付け、そこで集めた要望をチェックして、規制改革にふさわしくないものや、当てはまらないものをスクリーニングし、それ以外のものについては、全て関係省庁にぶつけて回答をもらうようにした。各省庁からの回答には改革につながるものも多少あるが、そうでないものが多い。それに対しては、私共はさらに関係省庁に回答を求めていくことになる。

ちなみに2013年のスタート時点から2014年の5月までの間に規制改革ホットラインに寄せられた要望は2,000件を超えており、省庁からの回答も1,000件を超えている状況である。

2014年6月13日に、健康・医療、雇用、創業・IT、農業、貿易・投資の5分野235項目に上る「規制改革に関する第2次答申」を安倍首相に提出したが、このうちの約7割が規制改革ホットラインに寄せられた要望がベースとなったものである。マスコミに取り上げられるのは、こうした改革のうちのほんの一部であり、それ以外に極めて多くの規制改革要望があり、大変地味で細かい、多くの小さな案件を丁寧に拾い上げて検討を行っていく。規制改革とは、そういう性格のものであることをぜひご理解いただきたい。

規制改革会議で最優先案件として取り上げた案件が第1期(2013年1-6月)で3件、第2期(2013年7-2014年6月)で3件の計6件あった。これらについては、メディアでも注目され、報道された。第2期で代表的なものとして報道されたのが、混合診療である。混合診療とは、保険診療と保険外診療を併用する診療のことである。これは規制改革会議で1年間かけて提案をとりまとめ、閣議決定された。

今でも混合診療は原則禁止されている。患者は、保険診療を受けると、その間の保険給付を受け、自己負担額として3割を支払うことになる。ところが、その同じ期間に保険外診療も受けた場合、保険診療と保険外診療が一体と見なされれば、それまでに受けた保険診療の部分についても100%自己負担を強いられるというのが今の制度である。われわれは、保険外診療を受けても保険診療まで全部自己負担にされるという状況を何とか回避できないか、ということで改革に取り組んだ。

その結果、「患者申出療養(仮称)」と言って、患者が国内未承認薬の使用を希望する場合、医療機関が国に申請し、専門家による審査を経て、保険外併用診療の対象として認められる仕組みが、6月24日に閣議決定された。

もう1つは農地利用の問題で、具体的には、「農地中間管理機構」を各都道府県につくり、機構が所有者から農地を借り上げて大規模集約化した農地を、農業をやりたい人に貸し付けようという制度を創設した。2013年12月に農地中間管理事業の推進に関する法律が成立し動きだしている。

このような形で政策の阻害要因を取り除くとともに、国民、企業、団体からの要望に対応するというのが規制改革会議の重要な使命である。

第1期では127項目、今回の第2期では235項目の答申を提出し、政府の実施計画として閣議決定された。問題はここからで、閣議決定されたそれぞれの項目が、担当省庁においてきちんと法令化されていくことが重要である。規制改革の答申、閣議決定は、あくまでもスタートラインであり、閣議決定された規制改革のそれぞれの項目がしっかりと法令化されていくところまで見届けなければ、ゴールではないとの認識で取り組んでいる。第1期の127項目についても全てフォローアップしている。その中でも特に重要と思われる12項目については入念なフォローアップを行っている。

(3)規制所管府省の主体的な規制改革への取り組み

規制改革についてもう1点申し上げたいことは、規制を一番分かっているのは規制を所管する省庁の官僚であるということである。規制ができた生い立ちも含めて、よく分かっている所管省庁の官僚自らが改革を行っていくことが一番望ましいと考えている。今回の答申の中に規制の担当省庁が主体的かつ積極的に規制改革に取り組んでもらうような仕組み(規制のPDCAサイクル)の構築を提案し、閣議決定された。具体的中身については、これから詰めていくことになるが、対象をある程度絞り込んだ上で、各省庁が「規制シート」というフォーマットをつくり、そのシートに規制の概要、規制を維持もしくは改革する理由などを記載するもので、それを活用することによって規制改革をさらに進めることができるのではないかと期待している。

繰り返しになるが、最後は政治の決断である。政治のリーダーシップがなければ何も動かないということは言をまたないが、そういった決断を迫る提案を提示することによって改革を進めたいと考えている。

(4)地域の活性化

本日のタイトルは成長戦略と商社である。成長戦略に係る部分として、私は産業競争力会議の一委員として参加し、いろいろな形で提案もさせていただいた。できあがった「日本再興戦略」改訂2014版には多くのことが書いてあるが、その中で私自身が提案したことの中から2つご紹介したい。

1つは、地域の活性化が日本再生あるいは日本の成長のために不可欠であるということを強調させていただいた。安倍総理は、アベノミクスが全国津々浦々に浸透するよう取り組んでいきたいといった趣旨の発言をされているが、現状は必ずしも全国にアベノミクスの成果が浸透していないと総理自身がお感じになっているのではないかと推察している。

私自身、総務省のICT(情報通信技術)を活用した街づくりに係るプロジェクトでこの2年間に約30の市や町を訪問した。このプロジェクトは、当該市町村の市長や町長が街づくりの理念を掲げてICTを利活用して、災害に強い街づくりや、地域が複合的に抱える諸課題の解決、地域経済の活性化、雇用の創出等を目指そうというものである。総務省は、実証プロジェクトへの予算拠出をはじめとして、若干の支援を行っている。

先日、プロジェクトを推進している総務省の関係者と話をする機会があったが、各市町村が、非常に活発に街づくりに努力されていることが分かり、元気のいい街をつくろうと積極的に取り組んでいるところにはもっと応援すべきであるという思いを強くした。

このように、元気よく頑張っているところを応援しようというのが今回の日本再興戦略の中に盛り込まれたが、その後、総理自らが本部長を務める「まち・ひと・しごと創生本部」を立ち上げ、地方の活性化のために相当なエネルギーを注力しようと、あるいは資金を投入しようという動きが出てきている。商社もこのような動きをうまくキャッチして、地方の活性化に貢献するとともにビジネスにできればと考えている。

(5)放送コンテンツの海外展開

もう1つの提案は国際展開についてである。海外から見た日本のプレゼンスがどんどん低下しているという声は以前からある。その最たる原因が、毎年毎年、総理が変わることだと思っている。例えば、商社で言うなら、毎年、社長が変わり、そのたびに会社の経営方針がくるくる変わるようだとお取引先は不安になり逃げていくことになる。そんな商社とは安心して取引できないということになる。それと同様に、海外から見ると、ころころ首相が代わり、そのたびに国の方針がくるくる変わるようでは安心して投資できないし、取引もできないということになる。幸い安倍政権は、従前の政権と比較して政権の基盤もしっかりとしており、長期政権を目指しているようであるので、大変好ましいことである。

問題は日本からの情報発信が不足していることである。韓国、中国が積極的に海外に情報発信しているが、他のアジア諸国も同じく大変な勢いで情報発信している。情報発信にもいろいろあるが、その中でも放送コンテンツの海外展開に注目した。テレビの影響は大変大きい。中国、韓国は情報発信のツールとしてテレビを徹底的に活用している。韓流ブームが日本で起きたが、アジアでも韓流ブームが起きている。これはテレビの影響が大変大きい。この遅れを何とか取り返すべく日本からも放送コンテンツの海外展開を積極的に図るべきだと考えている。

これも総務省が所管省庁であるが、2013年8月に「放送コンテンツ海外展開促進機構」(Broadcast Program Export Association ofJapan(略称:BEAJ))を設立した。本機構では、アセアンの国から6ヵ国(インドネシア、タイ、ベトナム、マレーシア、フィリピン、ミャンマー)を選び、そこに日本の放送コンテンツを発信することを着々と準備中である。具体的な対象国や放送局については、今、絞り込んでいるところである。単なる放送コンテンツの輸出ではなく、その放送コンテンツを海外に展開することによって、クールジャパン、ビジットジャパン、日本文化や日本語普及といった国家戦略の実現に貢献することが目的である。

BEAJは総務省の機構であるが、関係省庁は経済産業省、国土交通省、農林水産省、文部科学省に及ぶ。関係省庁が一体となって、放送コンテンツを海外に展開することによって、日本に対する理解・関心を高め、その結果として、訪日観光客や日本語を学ぼうという人の増加、日本での消費拡大、あるいは現地での日本の製品やサービス等の消費拡大といった効果が期待できる。北海道テレビが制作した北海道を紹介する番組を台湾で流したら、台湾から北海道を訪れる観光客が急増したという例もある。

BEAJに加盟している商社は住友商事と伊藤忠商事の2社だけだが、このような取り組みが、海外で活躍している日本企業に必ずや貢献すると考えており、今後、ぜひ皆さんのご協力も得ながら、取り組んでいきたいと考えている。

総合商社は、長い歴史の中で、その時代、時代の変化に対応することで「変化への対応力」を培い、他業種にない、大変ユニークなコアコンピタンスを持っている。このコアコンピタンスを発揮し、環境変化に対応していけば、私は、日本の総合商社はさらに発展・成長を遂げ、そしてこうした総合商社の発展・成長が、そのまま日本の成長に貢献できると確信している。

IV. パネリスト講演



(1)「日本経済の現状、日本再興戦略とインフラシステム輸出」
経済産業省 貿易経済協力局 戦略輸出交渉官 吉田 泰彦 氏


経済産業省 
貿易経済協力局
戦略輸出交渉官
吉田 泰彦 氏

①日本経済の現状
2012年12月に発足した第2次安倍政権は、デフレからの脱却、日本経済の再生を掲げ、矢継ぎ早に金融政策、財政政策を打ち出してきた。

そうした政策が功を奏し、この1年半の間に日本経済は回復に向けて順調な歩みを続けている。すなわち、2014年4月の消費税増税を前にした駆け込み需要による消費増を背景に、GDP成長率は6四半期連続のプラス成長となった。また、衆議院解散日の2012年11月16日と比較すると、為替は約25%円安が進行しており、それに伴う企業収益改善の期待などから、株価も約7割上昇している。また緩やかな景気回復を背景に有効求人倍率はリーマン・ショック前の水準を回復し、労働市場の需給はひっ迫しつつある。さらに企業の設備のヴィンテージ(設備の平均年齢)が上昇していることを背景に、徐々にではあるが、民間設備投資も増加してきている。

一方、経常収支は3年連続で黒字幅が縮小しており、2014年1-3月には経常赤字を記録した。この背景には、所得収支の黒字幅が拡大する一方で、鉱物性燃料輸入が拡大したことや輸送用機器・電気機器等の黒字縮小により、貿易収支の赤字が拡大したことが挙げられる。今後、日本経済をさらに成長させていくためには、これらの課題を解決していく必要がある。


②「日本再興戦略」改訂 2014
このようにマクロ経済には回復の兆しが見えているが、経済の好循環を一過性のものに終わらせず、持続的な成長軌道につなげていくためには、金融政策、財政政策に続く、3本目の矢である成長戦略を推進していくことが不可欠である。日本政府は2013年6月に日本再興戦略を策定し、2014年6月に改訂をした。改訂版の中では、「改革に向けての10の挑戦」を掲げ、2013年の成長戦略で残された課題を「日本の稼ぐ力を取り戻す」、「担い手を生み出す〜女性の活躍推進と働き方改革」、「新たな成長エンジンと地域の支え手となる産業の育成」の3つの大きな分野に分類し、それぞれ解決への道筋を示した。

「日本の稼ぐ力を取り戻す」では、企業と国に対して変化を促すために、収益性を高めるコーポレートガバナンスの強化や法人実効税率を引き下げることなどを明記している。特に米国と共に世界で最も高い水準である法人実効税率に関しては、国際的に遜色ない水準である20%台を目指し、2015年度から段階的に引き下げていく。

「担い手を生み出す〜女性の活躍推進と働き方改革」では、人口減少社会への突入に直面して、労働力人口を維持し、労働生産性を上げるために、女性のさらなる活躍を促進するための女性就労に中立的な税・社会保障制度の実現、外国人の日本での活躍を促進するための外国人技能実習制度の抜本的見直しなどを明記している。

「新たな成長エンジンと地域の支え手となる産業の育成」では、農林水産業分野、医療・介護・健康分野にフォーカスを当てている。農林水産業分野では、「攻めの農林水産業」を掲げ、農業の生産性向上に向け、米の生産調整の見直しや農地集約を担う農地中間管理機構の整備等の従来の取り組みに加えて、農業委員会、農業協同組合の60年ぶりの抜本改革にも取り組んでいく。また、医療・介護分野においても、研究開発の司令塔機関の設置、再生医療を実用化するための改革、健康産業のグレーゾーンの解消等の従来の取り組みに加えて、非営利ホールディングカンパニー型法人制度の創設や保険外併用療養費制度の大幅拡大等にも取り組んでいく。

また、これらの3分野の取り組みの成果を地方、全国に波及させていくべく、中堅・中小企業・小規模事業者の革新や地域の経済構造改革等も盛り込んでいる。

③インフラシステム輸出
世界のインフラ需要は膨大であり、世界のインフラ売上高もこの10年で約4倍に拡大している。しかし、海外プラント・エンジニアリング成約実績を見ると、韓国、中国が大幅に受注実績を伸ばしている一方、日本は年間200億ドル前後の横ばいで推移している。今後も人口増加、高齢化、都市人口増大などに伴い、エネルギー・水・食料などの需要増大、環境制約などの課題が顕在化し、これらの課題解決に向けた新たなインフラ需要につながる可能性がある。

このような状況を踏まえ、日本政府としてもインフラ輸出を中心的な課題として取り上げていくべく、「経協インフラ戦略会議」を設置し、トップセールスや経済協力の戦略的活用等の施策を強力に推進し、2020年に約30兆円のインフラ受注を目指すことを掲げた「インフラシステム輸出戦略」を策定・改訂した。日本再興戦略改訂版にも「インフラシステム輸出戦略」の迅速かつ着実な実施が盛り込まれている。特に安倍総理は、2013年に25ヵ国、2014年もすでにほぼ同数の国を訪問するなどトップセールスを積極的に進めている。インフラ輸出に限らず成長戦略の実現に向けては商社の方々のご協力を得ながら達成していくことも多いと思うので、よろしくお願いしたい。

(2)「経済成長の経済学から見た商社の役割」 早稲田大学 政治経済学術院 経済学研究科 教授 戸堂 康之氏


早稲田大学 政治経済学術院 経済学研究科 教授
戸堂 康之氏

①つながり構築の重要性
長期的な経済成長をもたらす源泉は、「イノベーション」、日本語で表現すると「創意工夫」に尽きると考える。生産現場で業務を改善することによりコストを削減すること、マーケティングを実施することにより売り上げを伸ばすこと、これらのことは全てイノベーションに含まれる。イノベーションをより効率的に生み出すのに必要なのは、人と人との多様なネットワーク、つまり「つながり」である。

「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあるが、多くの人が互いの知識を吸収し切磋琢磨しながら思考することにより、1人では思い浮かばないアイデアが湧き出す。地域・組織内の信頼関係の強固なつながりだけではなく、毛色が異なるよそ者とのつながりも不可欠である。経営学の研究でも、2つのつながりを兼ね備えた部署の業績が優れているということは実証されている。

このように、経済成長にとってはさまざまな分野でのつながりの構築が重要であるが、「市場の失敗」のために最適な状態が達成できない市場経済においては、つながりを構築することは容易ではない。同窓会を例に挙げてみよう。同窓会に参加し旧友に会いたい気持ちはあるが、企画や連絡などの同窓会を開く手間を幹事が一手に引き受けるため、実際に幹事役を務める者は現れず、その結果、皆が心待ちにしている割に同窓会は開かれないことがよくある。

ビジネスに関しても同様のことがいえる。つながりを構築することは非常に困難な作業であるが、いったん構築すると他の人々がそのつながりをうまく活用することができるのである。そのため、市場経済においては政府が政策によって市場に介入することによってつながりを構築するべきである。

一方、ある種の政策はむしろ、閉鎖的・排他的なつながりを強固にして経済停滞の悪循環を招く。つまり、よそ者よりも、その産業内部のつながりを強固にし、排他的になることによって、既得権益を守ろうとする。そのため、「三人寄れば文殊の知恵」の作用が機能せず、その産業は衰退していく。この場合、つながり支援に対する政策だけでは断ち切ることはできないので、大胆な規制緩和を断行することが必要である。

②アベノミクスの成長戦略への期待
日本再興戦略改訂版は、医療・介護などの社会保障分野、農業、エネルギー産業、公共事業などの分野で、規制による排他性とそれによる経済停滞の悪循環を、思い切った規制緩和により打破し、よそ者とのつながり構築を支援しようとしている点では高く評価できる。明記してあることを、着実に実行に移していけば、イノベーションが生まれ、確実に日本経済にプラスに働くはずである。とはいえ、実行に移していく過程の中で多くの障壁に当たり、なかなか思い描く通りに実行していくことは難しい。国際展開戦略に関しても、改訂版を読む限り、若干重要性を失っているように思えて残念でならない。しかし、日本再興戦略の原点に立ち返り、規制緩和とつながり支援により、活気に満ちた日本を創り出すことを期待したい。

③経済成長における商社の役割
先ほど、経済成長の源泉はイノベーションで、イノベーションはつながりによって生まれるが、市場経済においてつながりを構築することは非常に難しい面があることを強調した。しかし、その状況下で、商社はつなぎ手としての役割を十分果たしている。近年では、貿易を通じた海外とのつながりを構築する役割だけではなく、長年、商社がつなぎ手のスペシャリストとして培ってきた能力を存分に活かし、投資を通じた日本企業と海外とのつながり構築をサポートする役割やコーディネーターとしてさまざまなアクターをつなげる役割も担っている。海外での工業団地開発事業や大規模インフラ事業がそれに当たる。企業と海外、企業と企業がつながりにくい市場経済において、商社はつなぎ手としての専門性を高めることでつながりの構築に貢献し、日本経済にも貢献しているといえる。

④商社へのさらなる期待
商社へのさらなる期待としては2つある。1つ目は、すでに商社は海外で農業・医療等の日本の規制産業に参入しており、日本では得られない経験・ノウハウを蓄積しているので、日本の規制産業に参入し、蓄積したノウハウを注入することにより、日本国内のイノベーションを推進していただきたい。しかし、そのためには、まず政府による規制緩和を推進していただきたい。

2つ目は、地方企業・大学へのマネジメント能力や海外情報の提供である。地方を訪問すると、高い技術力を持ちながらも、海外情報の欠如やグローバル人材の不足が大きな障害になり海外進出を断念している企業を目にする。日本経済の成長には地方の活性化が不可欠であるので、海外にも精通していて、マネジメント能力にもたけている商社の OB、OGを含む社員が地方に Iターン、Uターンで赴き、もっと地方企業の国際化に貢献していただきたい。その企業が将来成長すれば、商社にとっても十分利益の出る投資活動になるはずである。しかし、これも、商社 OB、OGの起業・転職を後押しする仕組みづくりを政府にお願いしたい。また、日本貿易会の関連団体である国際社会貢献センター(ABIC)が、元商社パーソンのシニア人材を中小企業や地方自治体に派遣して海外進出を含む企業経営や国内外誘致に関する支援を行っており、この取り組みは高く評価できるが、NPO的活動から企業活動への展開も今後検討していただきたい。

(3)「世界の食料事情と商社の役割」 丸紅経済研究所 所長 美甘 哲秀 氏


丸紅経済研究所 所長
美甘 哲秀 氏

①世界の食料構造と国別輸出入内訳
まずは、世界の食料構造がどのようになっているか見てみたい。穀物、野菜、果実など、世界全体の食料の生産量は約60億tである。そのうち、トウモロコシが約10億t、小麦が約7億t、米が約5億t、大豆が約3億tで、この4品目で世界全体の食料の約4割を占めている。

では、その中でトウモロコシ、小麦、大豆の主な国別輸出入内訳を見てみる。まず輸出を見ていただくと、供給国が非常に限定的であることが分かると思う。特に、大豆に関しては米国、ブラジル、アルゼンチンの3ヵ国で輸出量全体の約9割を占めている。トウモロコシに関しては、先に述べた3ヵ国に加えて、近年ウクライナの輸出量が伸びている。小麦に関しては米国、カナダ、豪州、EU、ロシア、ウクライナが高い輸出量を誇っている。

次に輸入を見ていただくと、供給国ほど需要国の数が限定的ではないことに気付くと思う。しかし、大豆に関しては世界の輸入量の約8割を中国が占めている。このことからも、資源同様中国がいかに爆食をしているかが分かると思う。トウモロコシに関して世界最大の輸入国は日本で、約1,500万tを輸入しているが、そのうち1,000万tが飼料用である。焼肉を食す韓国も、家畜を育成するための飼料を多く輸入している。小麦に関しては基本的に主食として輸入するので、中近東、北アフリカ、東南アジアなどの人口増加が著しい地域に安定的な需要があることが分かる。

②米国での穀物ビジネス
商社は、バリューチェーンを構築することにより、スムーズに事業を展開しているが、穀物ビジネスにおいても同様である。川上に当たる穀物ビジネスでは、「調達・物流・販売」の3つのステージで重要な役割を果たしているが、特にポイントになるのが物流面の「輸送機能」である。では、商社の穀物ビジネスに関して、当社の米国での事例を取り上げながら説明したい。

米国では、広大な土地と豊富な水を有する穀倉地帯である中西部で多くの大豆やトウモロコシが栽培される。ここで収穫された穀物を日本またはアジア向けに輸出するためには、主に2つのルートがある。

1つは、ミシシッピ川・メキシコ湾・パナマ運河経由で輸送する経路である。農家、地方の集荷業者、穀物メジャーなどとの提携により、穀物を集荷し、ミシシッピ川を河川輸送によりルイジアナ州のニューオーリンズまで搬送。その後、ニューオーリンズで6万7万t級のパナマックス船に船積みし、メキシコ湾、パナマ運河を経由して日本やアジア諸国に供給している。

もう1つは、西海岸経由のルートである。米国北西部とカナダとの国境付近では多くの春・冬小麦が栽培される。ここで収穫された小麦を、丸紅グループの100%子会社の集荷業者であるCGIを経由して、日本またはアジア向けに輸出する。その場合、保管施設(カントリーエレベーター)から西海岸(オレゴン州)まで主に河川・鉄道輸送を行い、その後、輸出ターミナルで効率的な船積みをして、太平洋を横断し日本やアジア諸国に供給している。このような輸送を、効率的かつ低コスト、そしてジャスト・イン・タイムで実践することにより、日本への穀物の安定供給に貢献している。また他にも海上輸送に関しては、一定期間、船舶1隻を丸ごと賃借するタイム・チャーター方式を採用して輸送コストを引き下げている。また、穀物の貯蔵施設であるカントリーエレベーターを多数保有することにより、大量の穀物をハンドリングすることが可能となり、「規模の経済」を生かす形でさまざまなコストの削減に努めている。

今後も穀物の安定調達・安定供給において、商社が非常に重要な役割を果たしていけるように努めていきたい。

V. パネルディスカッション

瀧本
パネリストの皆さまには、「産・官・学」それぞれの立場から、日本の成長戦略や商社の役割などについてお話しいただいた。今回出版した報告書では、成長戦略実現に向けての商社の役割として、①日本産業全体の下支え役、②新たな市場開拓と事業創出のオルガナイザー役、③海外進出の先導役および海外事業経験の日本への展開役、という3つの役割に整理している。先ほど、美甘さんにお話しいただいた食料調達における商社の役割は、日本産業全体の下支え役の1つであるが、このカテゴリーで重要な役割の1つである資源・エネルギーの安定調達について、商社が果たしている、また今後果たすべき役割について、美甘さんに自社の取り組みを含め伺いたい。

美甘
食料の安全保障とエネルギーの安全保障の重要性を比較すると、エネルギーの安全保障の方が重要かもしれない。日本の輸入量は年間約80兆円であるが、そのうち食料が約7兆円であるのに対し、原油・ガスなどのエネルギーは約27兆円にも上る。そのため、エネルギーの安定供給の確保に向けて取り組むことは、調達コストの低下にもつながる。エネルギーの安定供給の確保に向けたポイントを海外と国内で考えてみる。

まず、海外でエネルギーを調達する場合、日本企業による権益確保と同時に重要になってくるのが、輸送インフラの整備である。当社の豪州ロイヒル鉄鉱山開発プロジェクトを例に挙げると、鉱山から港まで300km以上離れているので、掘削した鉄鉱石を搬送するための鉄道を自分たちで敷設することになっている。このような交通インフラに加え、港湾インフラ(船積みのための輸出ターミナル)の整備も不可欠である。

国内でエネルギーを調達する場合、自給自足が可能な再生可能エネルギーの生産増強が重要となる。商社は環境負荷の少ない再生可能エネルギー利用の普及の取り組みに積極的に参画している。当社もメガソーラー発電事業を、大分県、三重県、愛知県、北海道などで展開している。また、洋上風力発電事業に関しても、経済産業省が推進する「福島復興・浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業」のプロジェクトインテグレーターとしてプロジェクト全体のけん引役を担っている。

瀧本
商社の役割の1つ、海外進出の先導役という点では、新興国の経済発展に貢献する形で新興国の需要を取り込む重要な分野としてインフラ輸出がある。日本企業の競争力を勘案した上で、オールジャパンでいくべきなのか、ジャパンイニシアチブでいくのがよいのか、吉田さんに伺いたい。

吉田
インフラシステム輸出戦略では、「ジャパン・パッケージ」形成機能の強化を掲げている。これは、重要案件ごとにイニシアチブを取る省庁が中心となって、日本企業の参画比率が高く強力な「日本連合」を形成していくものである。もちろん、オールジャパン体制で戦略的に推進していくことに越したことはないが、競争力という観点で考えた場合、必ずしも競争力の強化につながらないこともあり得る。また、政府としてもインフラ輸出を成長戦略の柱として取り組んでいるが、特に面的な開発案件、先導的事例を創出する案件、熾烈な国際競争のある案件については、より重点的に支援していこうと考えている。

瀧本
戸堂さんのご専門である開発経済という観点からインフラシステム輸出について伺いたい。

戸堂
オールジャパンではない方がいいと思う。現地企業と連携することにより、日本企業では持ち得ない現地のノウハウが活用でき、またコストを削減できる可能性もある。一方、現地企業にとっても、日本企業の高い技術やノウハウを習得するチャンスでもある。昨今、新興国の中では「中進国のわな」といわれる経済停滞現象が起こっており、今後政情不安につながる危険性もある。これは先ほど述べたように、イノベーションが生まれないことに起因しているため、日本の技術やノウハウを提供することにより、中進国でイノベーションを起こし、経済成長につなげていくことが重要である。その結果、日本企業の市場拡大につながるメリットもある。

瀧本
日本再興戦略改訂版では、新たな成長エンジンとしての産業の育成という観点で、攻めの農林水産業の展開、あるいは医療・介護・健康産業分野の活性化が挙げられている。例えば、農林水産業では、農林水産物の輸出や農業分野への進出など、商社として貢献できる部分も多いのではないかと考えられるが、商社としての取り組みについて、美甘さんに自社の取り組みを含め伺いたい。

美甘
日本の農林水産物の輸出額は、農産物が約 3,000億円、水産物が約 2,000億円の合計約 5,000億円である。小麦粉やリンゴ、日本酒、清涼飲料水など、世界でも受け入れられている日本の食品も数多く存在するが、巨大な食の世界市場から見ると、まだまだ規模が小さく、この輸出額を増やしていくことが、今後の課題である。日本の食品を世界に売り込む中で強調するべき点は、安心・安全という点である。日本の粉ミルクは信頼性が高く、また品質が高いことから中国などで非常に高い支持を集めている。また、日本の果物は、非常に甘く、味が素晴らしいという利点があるが、果物は傷みやすいものもあり、輸出を考える場合は、物流面での工夫が必要である。売り先としては、富裕層が着実に育っているアセアン地域などがターゲットになろう。

当社の取り組みをご紹介すると、日本ブランドの農産物をアジアや中東に輸出するために、当社主導で「ジャパン・メイド・プロダクト輸出振興協議会」を 2014年に設立した。農林水産省から補助金を頂き、農家、銀行、一般民間企業などと共に運営をしている。今後需要が見込めるアセアン諸国などで市場調査を行い、価格・販売戦略を検討していく。特に、輸出をする際の相手国の検疫基準やバリューチェーンの実態などを研究していく。

瀧本
農業もそうだが、医療・介護といった国内ではまだまだ規制が多い分野で、規制の少ない海外で事業経験を積み、その経験とノウハウを日本に持ち帰るというチャンスも出てこよう。商社はアジアでの病院経営などすでにそうした方向でも動きだしている。

日本再興戦略改訂版には、「イノベーションの推進とロボット革命」という文言が盛り込まれている。戸堂さんは、「長期的な経済成長の源泉はイノベーションにある」と述べられていたが、イノベーションを生み出すために政府にはどのような政策支援を期待したいか、またこの点についての商社への期待について伺いたい。

戸堂
つながりを構築する支援として、企業の国際展開のために海外情報を企業に公開すること、国内外での商談会を開催すること、産学連携のための研究会を設置することなどを期待したい。なお、企業の海外進出に対する支援に関しては、JETROと商社の取り組みが重複している部分もあると思うので、官民連携の推進や、商社もしくは金融機関に対する間接的な支援といったことも必要ではないか。

瀧本
日本再興戦略改訂版では、「産業の新陳代謝とベンチャーの加速、成長資金の供給促進」ということがうたわれている。日本においてはなかなかベンチャーが育たないといわれているが、政府としては、どのような政策支援を行っていくのか、またそこで商社はどのような役割を果たせるのか、吉田さんに伺いたい。

吉田
ベンチャー支援に関しては、より効果的で、従来の取り組みにない施策を実行していくことが必要であると考えている。日本再興戦略の中では、ゼロから起業・創業をすることにとどまらず、既存企業が新しいことに挑戦できる、大企業からスピンオフやカーブアウトできるような環境を整備していく点を重要視している。

そのことを踏まえた上で、まずは大企業にもベンチャー支援に関与していただくべく、ベンチャー企業と大企業のマッチングを促すプラットホームとして「ベンチャー創造協議会」を創設する。また、ベンチャー企業は需要を創り出すことが難しい面があるので、政府調達におけるベンチャー企業の参入促進を図っていくことも考えている。さらに、意識改革、企業改革も推進していく。

そういう中で、商社に期待している役割は2つある。1つ目は、商社の目利き機能を発揮して、将来有望な分野にリスクマネーを供給していただくことである。2つ目は、市場開拓が大きな課題となるので、その点についても商社の機能を発揮して、ベンチャー企業の活躍につなげていただきたい。

瀧本
「ローカルアベノミクス」という言葉にもある通り、「成長の成果の地方への普及」ということで、地域の経済構造改革が今後の大きなテーマとなっている。地方活性化の観点で、商社としてどのような取り組みが考えられるのか、美甘さんに伺いたい。

美甘
地方の活性化には、農業と中小企業の2つの柱があるが、農業について述べさせていただく。商社が日本国内の農業生産に参入していく場合、ビジネスチャンスがあるのは穀物と野菜であろう。

穀物に関しては、単収が低く、多くの土地が必要となることを考慮すると最後は米となろう。しかし、米の生産にも、作柄、天候などのリスクがあるので、リスクを考慮した上で参入する必要がある。

野菜に関しては、単収が高く、また光や温度、湿度を装置で制御して野菜を生産することができる野菜工場の普及が進んでいるので、それを活用するのも1つの考えである。しかし、生産コストも安価ではないので、最終需要がどこにあるかをしっかり見定めた上で参入する必要がある。

瀧本
まだまだお聞きしたい点はあるが、残念ながら時間となったので、パネルディスカッションは終了とさせていただく。短時間ではあったが充実したディスカッションができた。パネリストの皆さま、会場の皆さま、ご協力、ご清聴ありがとうございました。

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