前へ進む国、米国の今

ニューヨーク在住 ジャーナリスト
津山 恵子 
 撮影:伊与田成美(NY在住)

ジャーナリストとしてニューヨークに住んで11 年を迎えました。日頃、日本の雑誌やオンライン向けの記事を書いていますが、ニュースの事実関係だけではなく、米国民がどう感じているかなど、日本にはなかなか伝わりにくい情報を加え、自分なりのアングルで情報発信するように心掛けています。

変わり続ける米国メディア

今の米国はテレビ、新聞、通信社、フリーランス記者といったあらゆるメディアが、インターネットという土俵で勝負する「超過当競争」の時代を迎えています。記者会見には各種メディアが集まり、一斉にツイッターで速報を流し、続いて短文ニュースや写真、ビデオ、長文記事を次々にインターネットに流していく時代です。

日本と違うのは、テレビは放送前に、新聞も印刷前に、全ての情報がインターネット上で公開されることです。日本ではテレビ視聴者や新聞読者を守るという考えがあるので、インターネットは後回しになりますが、米国のメディアは全員が真っ先にインターネットで勝負をしています。

さらに、米国メディアの特徴としては、新聞もテレビも主張が明確ということです。選挙前には、各新聞社は共和党、民主党どちらを支持するかを社説で表明します。テレビの場合、日本の方にはCNNが一番有名だと思いますが、実は中立の立場を取り続けているため、視聴者離れが止まりません。プライムタイムの視聴者数を見ても、FOX(共和党支持)約230万人、msnbc(民主党支持)約69万人、CNN(中立派)約45万人であり、米国では主張をはっきり打ち出さないと、視聴者や読者がついてこないのです。ニューヨークの場合は特にですが、米国に住む上で必要なのは、自分の意見をはっきりと主張することです。なんでも「YES」と言っていると、かえって人間性が疑われてしまいます。

一方、ツイッターなどが普及したことで、個人でも情報発信ができるようになり、メディアに影響を与えていると思います。イスラエルとパレスチナの紛争を例に言うと、米国はイスラエル友好国であり、メディアもイスラエル寄りの報道が多かったのですが、パレスチナ人から、ガザ地区のビル崩壊の様子や、幼い子どもたちが殺害された写真がツイッターで伝えられ、何が起きているかを米国民が理解できるようになりました。これまで聞こえなかった市民の声が、ツイッターで届くようになったのは非常に大きな変化です。これにより、「なぜメディアはガザ地区の様子を報道しないのだ」という声が広がり、利害関係が絡む事柄でも、メディアが客観的に報道せざるを得ない状況にツイッターがリードしていると思います。一人一人の発言が大きな影響力となって、社会やメディアにも影響していることを実感しています。

ソーシャルメディアに関して言うと、日本や韓国ではいわゆる「炎上」が起こりやすいですが、米国ではあまり見掛けません。自分と異なる意見でも、他人の意見を受け止め、尊重しますし、ポジティブで建設的な議論が尊敬されます。さまざまな人種、宗教、同性愛者もトランスジェンダーの人もいますので、多様な意見が自然に受け止められていると思います。

思い出のオバマキャンペーン取材

思い出に残っている取材は、2008年のオバマ大統領の選挙キャンペーンです。私は6 回取材しましたが、集会は学校の校庭や広場など野外で行われ、毎回2万-3万人が集まりました。警備上の理由でメディアは約4 時間前、市民も2 時間前から会場を訪れますが、金属探知機検査もあって入場にかなりの時間がかかります。子ども連れも多いですが、炎天下、オバマ氏の演説に真剣に耳を傾けており、自分たちのリーダーを選ぶという意識が非常に高いと感じました。日本の選挙戦では感じられない、国民の期待やエネルギーに圧倒された思い出です。

選挙ではいかに若者、女性、移民の浮動票をつかむかが重要ですが、当時の民主党は事前投票で浮動票を確保していく戦略をとりました。バージニア州の事前投票場を取材した際、オバマ事務所のボランティアの若者が、自分の乗用車で足の悪いお年寄りを何度も送迎している姿が印象に残りました。

しかし米国では、当選したら終わりではなく、選挙後もニュースや新聞で自分たちが選んだリーダー、議員を監視しています。議員は地元で記者会見を行い、テレビやラジオ等を通じて、自分の政策を地元有権者にアピールします。有権者も、「私たちのためにこんな政策を推進してくれるのだ」と理解できますし、議員にコンタクトもとりやすくなります。社会を良くしようという気持ちは、日本より強いと感じています。

日本の美とビッグビジョン

ニューヨークに住んであらためて思うのは、やはり日本の伝統や美的・色彩感覚の素晴らしさです。お寺や日本庭園、着物などを見ると、いかに日本の美が考え抜かれ、生き残ってきたのか、なぜ日本にしか存在しないのかを理解するようになりました。さらに、自動販売機のディスプレーや、コンビニのお菓子の並べ方などを例にしても、日本は精緻で細かな部分が非常に上手だと思います。

しかし、逆に言うと、精緻さを追求するので、ビッグビジョンに欠けるのかもしれません。例えばシリコンバレーでは、ベンチャーキャピタルから資金を得て、全く新しい電気自動車会社を設立するような新しい発想、挑戦が歓迎されますし、ベンチャーキャピタル(出資額100万ドル以上)、エンジェル(出資額100万ドル以下)と呼ばれる投資家がいる環境も素晴らしいと思います。イノベーションという言葉も米国人は好きですね。日本では、ものづくりやバージョンアップがイノベーションと理解されていますが、米国では、全く何もないところから、新しい何かをつくることがイノベーションであり、そのためにビッグビジョンを描くことがとても重要とされています。

日々感じるのは、後ろを振り返らず、ポジティブに前へ進む米国民のパワーのすごさです。これからもアンテナを張り巡らせ、米国で何が起こっているのか、国民が何を考えているのかを、私なりのアングルで日本に発信していきたいと思っています。

(聞き手:広報グループ 蟹田綾乃)

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