インタビュー 働き方におけるデジタルの活用  決裁申請システム「HI-MAWARI」(ひまわり)の開発

兼松株式会社 IT企画部 第二課 課長寺内 容子
兼松株式会社 IT企画部 第二課田中 雄大

10月22日、社内決裁申請システムの電子化プロジェクトを推進した兼松株式会社 IT企画部の寺内氏、田中氏にご協力いただき、プロジェクトの概要と推進に当たっての貴重なご経験や思いをインタビューしました。

貴社のお取り組みの概要についてご紹介いただけますか。


プロジェクトを推進した田中氏と寺内氏
(左 田中氏、右 寺内氏)

寺内:当社は決裁申請システム「H I -MAWARI」を開発し、2020年11月に社内リリースしました。2021年4月より社内申請手続きの起案から決裁までを完全にデジタル化し、紙文書ゼロを実現しました。2019年10月に谷川前社長から「経営の会議体を完全に電子化したい」と指示があり、IT企画部でプロジェクト化してゼロベースでシステムをつくり上げ、結果的に約1年でリリースすることができました。当社では社内手続きに紙を使用することが多く、業務効率化が積年の課題であったことに加え、2022年には本社移転を予定しているため、紙文書量の削減は急務でした。

田中:私と宮内(現在産休および育休中)がプロジェクトの主担当で、リリースするまで一緒に進めてきました。申請書は年間7,000−10,000件も回覧されているのですが、申請書には案件説明書以外に添付資料もあり、紙にすると1案件当たり平均20枚程度になります。これらを申請部署のみならず関係部署もコピーを保存するため、毎年数十万枚ずつ積み重なって、結果的にオフィスに紙の山ができていました。紙を回覧するためには決裁に関わる多くの社員が出社しなければなりません。決裁申請システムの電子化は働き方改革に直結する重要なミッションでした。

具体的に「HI-MAWARI」はどのようなシステムなのでしょうか。


決裁申請システム「HI-MAWARI」のロゴ

田中:「HI-MAWARI」は申請時の分かりやすさと、回覧・閲覧時の操作性、一覧性に優れたユーザーフレンドリーなシステムを目指しました。決裁申請ワークフローシステムと電子会議システムHI-Meetingsの二つのシステムで構成されています。タブレット上で「HI-MAWARI」を開くと、申請書項目一覧(アジェンダ)を見ることができます。確認したい案件をタブレット上で指をスクロールして探し、該当の項目をタップすると詳細が見られます。スマートフォンでニュースアプリを見るように、ダウンロードに時間をかけることなく、サクサクと申請書を閲覧することができます。直感的に操作できて分かりやすいユーザーインターフェース(UI、注1)とし、会議の進行の妨げにならないよう工夫を凝らしました。ニュースアプリは説明書がなくてもさまざまな項目を閲覧できますが、HI-Meetingsの操作性、一覧性はそれと同等のものと考えています。

寺内:電子化前、申請者はワードとエクセルで申請書を作成してきました。電子化しようとしたときにシステム上にワードやエクセルの書式をそのまま落とし込むという発想に陥らないように気を付けました。定型の申請は必要項目が網羅された選択式フォーマットやテンプレートを用意し、申請者が漏れなく入力できるよう工夫しました。リッチテキスト(注2)の画面にすることで、URL、表、画像なども挿入できるようになり、申請書の分かりやすさも向上しましたし、必要事項の記入漏れも差し戻しも減りました。また、決裁された申請書はPDF化した上でオンラインストレージに自動格納されます。文書規程に沿った保管が可能で、検索や共有も簡単です。承認履歴や添付資料も確実に整理できるので安心です。役員は社外からも会議に参加できるようになり、社員は外出先からの申請や承認も可能となって、業務効率は飛躍的に改善しました。

一番ご苦労が多かったプロセスはどこでしたか。


USMの作業の様子

田中:既存の紙による決裁プロセスを把握する作業が一番大変でしたが、このプロジェクトの肝になったところです。プロセスが複雑で社内決裁の全体像を知っている担当者がいなかったため、全ての申請書回覧プロセスを解析する手法としてユーザーストーリーマッピング(USM、注3)を使用しました。横軸に時系列、縦軸に担当部署を置き、イベントを一目で見られるよう付箋を貼り付けて一覧化していきました。1 ヵ月程度かけて毎日、丁寧にプロセスをひもときました。アナログで気の遠くなるような作業でしたが、申請から決裁まで見える化できたことは、システム開発の提案依頼書の品質向上につながりました。コロナ禍の前に決裁プロセスを理解、整理できたことは、緊急事態宣言以降、リモート作業が絶対の状況下でも非常に活きました。

寺内:当社の職務権限規程をよく見ると、一つの事案に対して例外事項の注書きが何個も付いていました。この注書きを条件分岐に整理して全てシステムに組み込むと3,000パターンにもなってしまい、システム化のハードルが高いものでした。

この注書きは、会社の長い歴史の中で、間違いが起きないよう配慮した結果として追記されてきたものです。各部署にヒアリングを行うとそれぞれに事情があり、簡単に省略できるワークフローではありませんでした。各部署の事情を上手にくみ取りつつ、ヒアリングした内容をシステムに落とし込む方法を柔軟に検討しました。

システム面ではどのように進めたのでしょうか。

寺内:前社長が、「ワードやPDFではなく、タブレットでニュースアプリを見るように申請書を一覧で確認しながら会議を進行したい」という明確なイメージを持っており、そのイメージを形にしたUIをつくることがプロジェクトの命題でした。世の中に存在する市販のシステムはほとんどがPDF化文書を同時参照する仕様です。市場にないシステムをどうやって開発するかが最大の課題でした。

田中:最初は市販品の中から使用できそうな製品をテスト利用し、うまくいかないとすぐに止めて次を試すという実証実験を繰り返しました。捨てる勇気があったことで、システムに求める必須要件の整理が進みました。試行錯誤の末、最後にたどり着いたのが株式会社エヌ・ティ・ティ・データ・イントラマートのワークフロー製品「intra-mart」です。ワークフローとUIを融合するのは、二つの異なるシステムを合体させるのと同じでとても難しいのですが、二つのシステムをカスタマイズして、一つのシステムとして運用できたのは同社の製品だけでした。

寺内:「HI-MAWARI」をリリースして以降、他社から最も多くご質問をいただくのは決裁パターンをどのように圧縮したかという点です。会社が大きくなればなるほどワークフローは複雑化します。われわれは全ての決裁パターンをシステム内に固定するのではなく、回覧フローの基本軸のみシステム化しました。当社では案件の種別ごとに「主務」という受付部門があります。与信審議なら審査部、貿易金融なら財務部、といった具合です案件内容を熟知している主務に手動で決裁者を変更できる余地を限定的に残したことで、イレギュラーなパターンにも対応できるようにしたのです。これにより決裁パターンは3,000から600にまで減りました。何から何まで全部をシステム化することが電子化ではありません。人間の判断とシステムによる自動化をうまく組み合わせることで、初めて業務効率化につながり、働き方が進化します。

田中:システムの命名に当たっては、部内でコンペを行い「HI-MAWARI」と名付けました。名前に込めた意味の一つ目は申請書が高速で社内を駆け巡るイメージです。「HI」が高速、「MAWARI」は申請書が回ることを意味します。二つ目は太陽に向かって真っすぐ伸びていくヒマワリのイメージです。提案者は宮内でした。自宅に飾られたヒマワリの花からインスピレーションを得たもので、満場一致でこの名前に決まりました。われわれのプロジェクトに対する思いが詰まった名称です。


インタビューでは、当会のスクリーンを使用しペーパーレスでシステムをご説明いただきました


インタビューの様子
(左 寺内氏、右 田中氏)


コロナ禍での作業は大変だったのではないでしょうか。


田中:2020年4月にベンダーが決まった直後に新型コロナウイルス感染症が急拡大しました。ベンダーの担当者とはキックオフで対面して以降、リリースまで全てオンラインで進めました。多くの社員が出社できなくなりましたので、2日間の突貫で暫定オンライン決裁申請システムを制作してみましたが、最低限の機能で作業効率が悪いため可及的速やかに正式な決裁申請システムを開発しリリースしなければならない状況になりました。当初は2021年4月をリリース目標時期に設定していましたが、5 ヵ月前倒しの2020年11月に変更となりました。システム開発期間は8 ヵ月でした。当初は完成度の高いシステムを開発して小規模のトライアルで動作を確認後、順次社内に広める方法を計画していましたが、基本的な機能を実装して全社にリリースする方法に変更しました。応用機能等はリリース以降に開発でき次第、実装していく追加方式としました。USMで要件定義を行っていたため、実装すべき機能の優先順位を自然と理解していたことも短納期を実現できた大きな要因の一つです。

働き方はどう変わりましたか

寺内:今回のプロジェクトは、スピードが求められる中で、場所を選ばず移動時間を削減できるオンラインと、コロナ禍前のオフラインによる綿密なUSMのベストミックスでプロジェクトを完遂しました。コロナ禍がなければ最後までミーティングを設定して、ベンダーと会議室に集まって議論していたでしょう。出社とリモートのバランスを取りながら業務に当たってくれましたので、チーム内のコラボレーションも十分に活かすことができましたし、妊婦の感染リスクも低減しながらプロジェクトを完遂できました。働く場所を問わない新しい働き方で結果を出したチームメンバーを誇りに思います。

田中:オンラインとオフライン両方の働き方で多くの気付きを得ました。USMを使った要件定義はこのプロジェクトの要であり、今考えても対面で取り進めることがベストだったと思います。手を動かしながら直接コミュニケーションを取ることでプロジェクトの目標へ目線を合わせることができました。オンラインの強みは効率性にあります。このプロジェクトは途中で納期が8 ヵ月に短縮されましたので時間がありませんでした。オンラインでベンダーと打ち合わせをしていくうちに、実は移動時間を開発等に充てた方が効率良くプロジェクトが進むことに気が付きました。高い頻度で多くの会議ができるオンラインのメリットも実感しました。ベンダーとの打ち合わせ後は、すぐに社内チームメンバーだけでラップアップを行い、次のアクションを決めました。

最後にこのプロジェクトへの思いを教えてください。


プロジェクトの中心メンバー
宮内氏

田中:私は入社4年目なのですが、2年越しの大きなプロジェクトは初めてでした。尊敬する先輩とタッグを組ませてもらい、仕事の進め方を学びつつ、プロジェクトを成功させることができました。任せてくださった部長、課長、先輩、チームの皆さんに感謝しています。新しい働き方を活かすには、ミッションの目的から逆算して、プロジェクトに合わせて業務を組み立てることが重要です。今後も経験を活かして成果を上げられるように努力を続けたいと思います。

寺内:私はプロジェクトの要所のみ参加し、メインは宮内と田中で進めてもらいました。コロナ禍で困難な状況下でも常に前を向いて、伸びやかにプロジェクトを進めてくれた2人を見ていると「HI-MAWARI」と一緒にハイスピードで成長していくようでした。大きな開発規模にもかかわらず短期間での導入を求められたプロジェクトではありましたが、従来の開発手法にこだわらず部署とベンダーの間に入り柔軟な発想で対応するしなやかさがありました。大変なプロジェクトでしたが、決裁申請システムの電子化は、全社員の働き方を良い方向に変えると信じています。宮内は10月に無事出産し、育児という新しいプロジェクトと格闘していますが、また一緒に働ける日をチーム全員で楽しみにしています。

今後は「HI-MAWARI」内のデータ分析や活用、兼松グループ内への展開を予定しています。

注1: ユーザーインターフェース(UI)…利用者と製品やサービスとの接点全てのことを指すIT 用語。
注2: リッチテキスト…簡単な操作で文字の色、大きさなどを編集でき、表現力が高いテキスト形式のこと。
注3: ユーザーストーリーマッピング(USM)…システム開発の際に使われるユーザーストーリーを時系列と優先度に沿ってマッピングする手法のこと。

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