寄稿 これからの働き方とABW(Activity-Based Working)

東京大学大学院
経済学研究科 准教授
稲水 伸行

近年、フリーアドレスやABW (Activity-Based Working/Office)といったオフィス形態が出てきているが、これらは席の自由度とスペースの多機能度という二つの軸で捉えると理解しやすいだろう(図1)。席の自由度は固定した席を決めない自由席となっている程度であり、スペースの多機能度は、多様なスペースから適切な場所を選んで仕事ができている程度である。

一つ目のオフィス形態は「固定席」である。もともと日本では、一人一人に固定席が割り当てられ、部署ごとに島を作る、いわゆる「対向島型」オフィスが一般的だが、これに該当するといってよいだろう。

二つ目は「単純フリーアドレス」である。1990年代後半から2000年代にかけて日本で普及の兆しを見せたのがこの形態である。

ワーカー自身が席を選べるが、従来の執務スペースが多く、集中ブースやカフェ、協業スペースなどが十分に用意されているわけではない。必ずしも全員分の執務席を準備しなくてもよいので、スペースの有効活用を目的として導入される傾向が強いようである。

残りの二つは大きくABWに分類されるものである。このうちの一つは「固定席型ABW」で、各人に自席がある一方、自席を離れて集中ブースやカフェ、協業スペースなどを利用することもできる。最後の一つは「ABW」で、自席がないものの、業務に適した多様なスペースが用意され、業務に合わせて本当に自由に場所を選んで仕事をすることができる。


図1:オフィス形態の分類


筆者は、2018年7月、島津明人・慶應義塾大学教授と三井デザインテック株式会社と共同でビジネスパーソン3,000人を対象とした調査を実施した。その結果、固定席型ABWとABWでワークエンゲイジメントやクリエイティビティが高く、ストレスが低いということが明らかとなった。一方、単純フリーアドレスはその逆ということも分かった(稲水, 2019)i。このように、これまで従来型の固定席だったオフィスを単に自由席化するのは危険かもしれない。重要なのは自由席化ではなく、仕事内容に適した空間を選べるような選択肢を多く用意してあげることだといえるだろう。


注) コロナ禍以前より在宅勤務経験有、コロナ禍で初めて在宅勤務を経験、出社勤務の3群に分けて比較。在宅(経験有)群で、オフィスが仕事内容に合わせて多様な場所を選択できるようになっていると回答している人が多い。


さて、COVID-19の感染拡大に伴い、在宅勤務を半ば強制的にやらざるを得ない状況が生じた。筆者らの調査によると、ABWの取り組みを行っている職場ほど、在宅勤務に以前から取り組めていたということが分かった(図2)。確かに、ABWを突き詰めれば、オフィス内に限らず、適切であれば自宅やコワーキング・スペースを利活用することにもつながっていく。コロナ禍で在宅勤務に注目が集まっているが、やるべきなのは、「在宅勤務で仕事が回るのであればオフィスをなくしてしまう」ことではなく、オフィス出社が必ずしも前提とならない中で「オフィスが果たすべき機能は何か」を考えることである。

ご存じの方もいるかもしれないが、フィンランドでは国を挙げてABWを推進する方針が打ち出されている。2019年に筆者が調査した企業では、テレワーク率が非常に高い一方で、オフィスの利用率は低下傾向にあった。ところが、オフィスをなくすという選択肢は取らず、むしろオフィスに投資して大規模なリノベーションを行い、オフィスに来ることを促す施策を打っていた。企業のシンボルとしてオフィスを位置付けるとともに、所有する絵画や美術品を惜しげもなくオフィス内に展示することで審美性も追求した空間づくりを手掛けていた。オフィスには、生産性やパフォーマンスを上げるための機能の他に、企業文化やアイデンティティを表象するシンボル的機能や、デザインや装飾が知覚や感覚に影響を及ぼす審美的機能があるとされる。後者二つの機能も追求することで、オフィスも選ばれる選択肢の一つとして提供し、広い意味でのABWを推進していたのである。

今後は、広い意味でのABW、つまりオフィスに限らず在宅やサードプレイスも含めて適切な場所を選んで仕事をする働き方が一つの方向性となるだろう。オフィスをなくすということはこの流れに逆行するものといえる。ただし、旧態依然としたオフィスのままでいいというわけでもない。オフィスに求められる本質的な機能は何かをもう一度検討し、あるべきオフィスへと変化させていく必要があるといえるだろう。

i 稲水伸行(2019)「活動に合わせた職場環境の選択が個人と組織にもたらす影響 : Activity Based Working/Office とクリエイティビティ」『日本労働研究雑誌』, 61(8), 52-62.

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